お姉ちゃんは異世界勇者になりました
「あなたのお姉さんは、異世界で勇者になっています」
「は?」
「あなたのお姉さん……夏美さんは、異世界で勇者になっています」
「は?」
七度目のやりとりだ。さっきから何回聞き返しても、ナッツと名乗った人物はそれしかいわない。情報がまったく増えなくて僕はイライラしていた。
イライラを緩和するにはお姉ちゃん分を摂取するのが一番だ。だから僕はとりあえずお姉ちゃんに馬乗りになり、胸を揉みしだいた。叫ばれる前にボールギャグを噛ませるのは忘れない。
「#$%&’&%$#““#$%$#“#$%&%!!!!!」
「あぁ〜癒やされるぅ〜〜〜」
お姉ちゃんの胸はあり得ないくらい柔らかくて、低反発クッションの八倍くらい気持ちいい。
ちなみにお姉ちゃんはわりと日常的に僕に胸を揉ませてくれる。
断言しておくが僕とお姉ちゃんの間に近親相姦的な出来事は存在しない。僕のお姉ちゃんへの愛情はあくまでの弟としてのものであり、それ以外ではない。
じゃあどうしてお姉ちゃんが日常的に僕に胸を揉ませるかというと、以前「弟に胸を揉ませると大きくなる」という記事の載った雑誌を読んだからだ。
ちなみにその記事を書いたのは僕だったりする。
僕が、お姉ちゃんの胸を幼い頃からそれとなく揉んでいたらお姉ちゃんの胸が柔らかくて大きくなった、という話を雑誌に投稿したところ採用され、図書カード五千円と掲載雑誌が送られてきて、それをお姉ちゃんが読んだのだ。
その結果、疑うことを知らない天使なお姉ちゃんは「弟に胸を揉ませると大きくなる」という記事の内容を信じ込み、僕が胸を揉んでも怒ったりせず、むしろ喜ぶようになった。
そんなわけで僕は普段からお姉ちゃんの胸を気ままに揉みしだく充実ライフを送っていたわけだ。
「#$%&’&%$#““#$%$#“#$%&%!!!!!」
「はぁ、落ち着いた」
お姉ちゃんのことを思い出しながら、お姉ちゃんの胸を揉みしだいたおかげでようやく僕は落ち着いて現状を受け止められるようになった。
ナッツ、と名乗った彼女の口に嵌めたギャグボールを外す。
「なんで……なんでぇ胸揉むんですかぁ」
「そりゃあ、お姉ちゃんのおっぱいは正義だからさ」
「意味分かんない……もうやだぁ」
「ねぇ、ナッツだっけ? お姉ちゃんが異世界で勇者をしている、ってのはどういうこと?」
「詳しいことは言っちゃいけないことになって——」
「揉むよ?」
「わかりました! 話します! 話しますからもう揉まないでください!!」
っていうかなんで実姉の胸をそんな揉みしだけるのかわけわかんないんだけど……とぶつぶつ文句をいいながらも、ナッツは説明をはじめた。
実姉だから揉みしだくのだということが理解できないナッツの思考が僕には理解できなかったがひとまず置いていく。
「まず改めて自己紹介をさせていただきます。わたし『ナッツ・ココ・ヴァレンヌ』はこの世界とは別の世界——つまり『異世界』の住人です」
「あ、そういうの興味ないからいいや。お姉ちゃんがどうなったかだけ教えて?」
「……わ、わかりました」
「私たちの世界には魔物や魔王といった存在がいます。それを倒せる人を異世界から召喚して『勇者』になってもらい倒していただくことで、私たちの世界は平和を保っています」
「ふーん」
「そして今回……なんと! あなたのお姉さんである夏美さんが、見事この勇者に選ばれました!」
おめでとうございます! ぱちぱちぱちぱち、とナッツは一人で拍手してみせた。
「わかる」
「はい?」
「お姉ちゃんは天使だからね。勇者に選ばれても仕方ないよね」
「え、ええ、はい、まぁそうですね。本当は他の候補は誰も話を信じてくれなくて誰も引き受けてくれなくて仕方なく夏美さんにお願いしたんですけど」
「お姉ちゃんは人のことを疑わないからね、だから天使なんだ」
「そうですね、確かに脳みそお花畑って感じでした」
「モミモミ」
「ああああ、ごめんなさい嘘ですぅ、天使ですぅ、だから胸揉みしだくのやめてくださぃ〜〜〜!!」
「うんうん、わかってくれればいいんだ。ところで、なんでお姉ちゃんの肉体にナッツが入ってるの?」
「えーと、ですね。私たちの世界はなんといいますか、この世界とは物理法則が全く違うので、夏美さんの肉体をあちらに持ち込む、というようなことは不可能なんです。なので、勇者になっていただく方には、依代となる異世界人と精神だけを交換するという方法をとるんです」
「ふーん」
「本当に説明には興味なさそうですね……それで、まぁ、あちらの世界で私は巫女をしているんですけど……その私と夏美さんの精神を入れ替えて、彼女には私の肉体を使って勇者として戦っていただく、というわけです」
「なるほど。わかった。じゃあ、お姉ちゃんはいつ帰ってくるの?」
「それは……わかりません」
「は?」
「ほ、本当にわからないんです!」
僕が揉む仕草をするとナッツは必死になって言った。
「あちらからこちらへ干渉する術はありますが、こちらからあちらへ、どうやって干渉したら良いのかはわかりません……魔王を倒したら、夏美さんがこちらへ帰ってくると思います」
「そんな……じゃあ、お姉ちゃんは魔王を倒すまで帰ってこないの?」
「はい……」
「倒すにはどれくらいの時間がかかるものなの?」
「わかりません……そもそも今までに魔王を倒した勇者がいませんので……」
「そんな……じゃあ、お姉ちゃんは死んじゃうかもしれないじゃないか!」
「そういう契約ですので……」
「くそ! くそ!」
まさか僕がほんの少し目を離した隙にこんなことになるなんて……お姉ちゃんがいなくなったら僕はどうやって生きていけば良いんだ……。
僕はお姉ちゃんに馬乗りになったまま考えた。
考え事をすると自然と手が胸に伸びる。
「ひゃっ、や、やっめてくださいっ!!」
ナッツが僕の手を避けようと身をよじった拍子に、彼女の胸元からぶら下がったペンダントが顔を出した。
「これは……? こんなのお姉ちゃんは持ってないぞ」
お姉ちゃんの所有物は全て把握しているのだから間違いない。
「あ、それはあちらとのゲートです」
「はああああ!? あるじゃんかよ、あっちとの干渉手段!!」
「ですが、それの使用は1回限りなので……夏美さんとの契約の際に使ってしまったので今はもうただの飾りです」
「でも、これは向こうと繋がってたんだろ!? どうやって繋がるんだ?」
「それは呪文を唱えて——」
「やって!」
「ですけど、これはもう魔力が切れているので——」
「いいから、やって! じゃないと……」
「わ、わかりました!」
僕が手をわきわきさせるとナッツは大人しくペンダントに向かって呪文を唱えはじめた。
「!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(」
ナッツの唱える呪文は想像していたのと全く違って、機械音的な感じだった。初代ポケモンの鳴き声的な。
ペンダントは特になんの変化もしない。
「やっぱり、ダメみたいですね……」
「あきらめるなよ! もっと続けて!」
「えぇ〜、そんなぁ、これ結構疲れるんですよぉ? 自分でやってくださいよ」
「僕がやっても効果あるの?」
「呪文はパスワードみたいなものなので、誰がやっても同じ効果がありますよ」
「!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(」
「え、なんでそんな1回聞いただけで完全にコピーできるんですか!?」
お姉ちゃんの一挙手一投足を覚えることに比べればこんなことくらい朝飯前だ。
「!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……」
僕はただただ無心に呪文を繰り返した。
「!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……」
だが、ペンダントはなにも反応しない。
「!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……」
だけど僕はあきらめない。あきらめてたまるか!
お姉ちゃんのことは僕が絶対に守るんだ!
「!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(……!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(!!」
そのとき、ペンダントがうっすらと光を発した。