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『ときにはシリーズ』

ときには、心にしみる一皿を(ときにはシリーズ②)

作者: トド

 前作のオリジナルファンタジー、「ときには、心休まる休息を」(http://ncode.syosetu.com/n0683cx/)の続編です。前作を未読の場合は、先に前作をお読みいただければと思います。

 相変わらず剣と魔法は出てきませんが、お読みいただければ幸いです。


 ……たまに夢に見ることがある。貧しくとも幸せだったあの頃のことを。



 あの大きな屋敷の中で、わずか数部屋が自分たちに与えられた「家」の全てだった。


 けれど、あのときには、いつもそばにペントが居てくれた。物心がつく前から、ずっと一緒に。

 生前の母を知らない自分にとっては、ペントが母親だった。


 ペントは恰幅のいい中年の女性だった。

 いつも優しく、けれど自分が悪いことをしたときにはきちんと叱ってくれた。

 そして、いつも自分の味方で居てくれた。


 加えて、ペントは料理が上手だった。

 毎日、ペントが作ってくれた美味しい料理を食べられることが幸せだった。

 どんな高級な料理よりも、ペントの作ってくれる料理が自分にとっては何よりものご馳走だったから。


 しかし、幸せな時間はそう長くは続かなかった。

 ペントが病に侵されて、療養のために故郷に戻って行ってしまったのだ。


 ペントはいつまでも一緒にいるんだって言ってきかなかったけれど、自分が説得をして故郷に帰ってもらうことにした。


 寂しかった。


 でも、ペントに死んでほしくなかった。

 だから、そのことを後悔はしていない。


 だけど、それから自分は料理を心から美味しいと思ったことがない。

 趣味で料理を作ったりもしていたが、自分自身が心から満足できるほどの料理は作ることができなかった。


 そして、きっと自分はこれからも満たされないままなのだろうと、どこかで諦めていた。


 あの日、あの人に出会うまでは……。





 予定の時間よりも少し遅くなったが、まだ日が昇っているうちに船は目的地に到着する。

 

 長い船旅を終えて、ようやくエルマイラム王国の地にたどり着いた。

 だが、ジェノはさしたる感慨もなく下船し、辺りを見渡す。


 自分を迎えに来てくれている女性がいるはずなのだが、人があふれるこの港では聞いただけの情報を手がかりに目的の人物を探すには骨が折れそうだ。


「……たしか、名前はバルネア。三十歳くらいの金髪の女性だったか。……とりあえず、あまり動かずに船の近くにいたほうが良さそうだな」


 待ち合わせをしている人物に似た人間は、見渡すだけで該当者がかなりいるが、自分と似た風体の者は辺りに一人もいない。


 黒い髪に茶色の瞳は、様々な国の人が暮らすこの街でも珍しいようだ。

 その上帯剣している少年となると、嫌でも目につくだろう。


 ジェノは船から降りてくる人間の邪魔にならない位置に移動し、小さく息をついた。


「……未熟だな。まだ心の整理がついていないのか、俺は……」

 この一ヶ月以上の船旅で、少しは気持ちに余裕ができたが、未だにそれを克服できない自分に嫌気がさす。


 ジェノは暫くそんなことを心の中で思い巡らせていたが、不意に彼の耳に女性の声が聞こえてきた。


「待ってください。ですから、先程から何度もお詫びをしているじゃありませんか」

「まぁまぁ、いいじゃねぇかよ、ちょっと俺達に付き合えよ」

「こっ、困ります。私はここで人を待っていなければ……」


 二十代の半ばくらいだろうか?

 金髪の女性が屈強そうな大男たち三人に取り囲まれて困っている。


「……まったく、どこにでも、ああいう輩は居るものだな……」

 気が付くとジェノはその方向に駆け出していた。


「……ちょっと待て。そこのお前たち……」

 ジェノが女性を無理やりどこかに連れて行こうとする男達に声をかけると、男達はさも面倒そうにこちらを振り返る。


「なんだ、このガキ……。おい、俺達に何か用があるのかよ?」

 振り返ったのは二十代後半か三十代前半の人相の良くない男達だった。


 声に凄みを利かせているつもりなのだろう。

 低い声でこちらを威圧するような喋り方をする。


「……お前たちが、その女性を無理やりどこかに連れ込もうとしている。それで間違いないか?」

 だが、ジェノはそんな男達に気圧されることなく、端的に尋ねる。


「やかましい! 訊いているのは俺の方なんだよ、このガキが!」

「危ない!」

 問答無用とばかりに男の一人がジェノに殴りかかってきた。そこに女性の悲鳴が重なる。


 だが、ジェノはその一撃を体を僅かに横に逸らして交わすと、拳を空振りして前のめりになった男の足を自らの足で薙ぎ払う。


「がっ!」

 支えを失った男は顔面から地面に倒れ込んだ。


「……やりやがったな、このガキ!」

「ふざけやがって!」


 倒れた男の仲間たちは絡んでいた女性を突き飛ばすと、二人がかりでジェノに襲いかかる。

 だが、ジェノは彼らの攻撃を全て前進しながら避けて、女性の前に歩み寄った。


「……そこから動かないで」

 ジェノは地面に倒れた女性にそう告げると、手荷物を女性のそばに無造作に置き、振り返って男たちに対峙する。


「えっ、あの……」

 状況が理解できずに戸惑う声が聞こえた。


「一度だけ言っておく。これ以上痛い目にあう前に、このまま消えろ」

 ジェノはそう警告をした。

 しかし、それは逆効果だった。


「調子に乗るなよ、このガキが!」

 先ほど顔面を地面に叩きつけた男が、熱り立って突進してきた。

 そしてそのまま太い腕から右拳が繰り出される。


 だが、ジェノは今度はそれを避けずに左腕を大きく回転させて男の右腕を絡め取って無力化すると、そのまま右の肘を男の腹に突き刺した。


「ごばっ!」

 奇声を上げ、男は白目を向いて後方に吹き飛ばされる。


「なっ……、なんだと!」

 明らかに体重が軽いジェノが巨漢を吹き飛ばしたことに驚く男たち。

 だがそんなことで驚いている暇など彼らにはなかった。


「どこを見ている」

 ジェノは呆然とする残った二人の男のもとに一瞬で駆け寄り、男達の顔に鋭い蹴りを一撃ずつ喰らわせる。

 その蹴りで、残った二人の男達は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。


「……大丈夫ですか?」

 ジェノは男達が全員気を失ったことを確認すると、地面に倒れていた女性に手を差し伸ばした。


 金色の髪の女性は呆然としていたが、

「あっ、ええ。大丈夫よ。……その、助けてくれてありがとう」

 そう言ってジェノの手を取り、立ち上がる。


「……あの、間違っていたらごめんなさいね。私はバルネアという名前なのだけど、もしかして貴方の名前は、ジェノちゃんって言うんじゃないかしら?」


 不意にそう言われ、ジェノは僅かに眉を動かす。

 女性の年を見た目で判断するのは難しいものだとジェノは思った。


「……なるほど。貴方がバルネアさんですか……。はい。俺の名前はジェノです」

 ジェノはそう答えると、それ以上は何も言わずに手荷物を拾い上げる。


「……ジェノちゃん、あの……」

「ジェノで結構です。それより、この男達に何か襲われるような心当たりは?」

「いいえ。その、私が人波にのまれて間違ってそこの人の足を踏んでしまったの。そうしたら、足を怪我したからお金を払うように言われてしまって……」


 バルネアの言葉に、ジェノはおおよその話を理解した。

 やはりこの男達がつまらない難癖をつけていたのが原因のようだ。


「いや、見事なものだな、少年」

「加勢するつもりだったが、必要なかったみたいだな。すんません、バルネアさん、遅くなってしまって」


 不意に人だかりの中から現れた屈強な中年の船乗りと若い船乗りの二人がジェノに声をかけてきた。どうやらバルネアという女性の知り合いらしい。


「いいえ、ありがとうございます。その気持ちだけで十分です」

 バルネアはそう言って二人に笑みを返す。


「バルネアに手を出そうなんてバカな奴らだぜ。おい、お前たち、そいつら全員、縄で縛り付けて自警団に付き出してやれ。二度とバルネアに手出ししようなんて気が起きないようにしてからな」

「デリアムさん、あまり手荒なことは……」

「いいや、バルネア。こういった連中にはしっかりと分からせておかないと駄目なんだ」


 デリアムと呼ばれた中年の男は、後からやって来た自分の部下らしき男達にたちに命じて倒れている暴漢たちを縛り上げていく。


「というわけだ。後のことは俺達に任せておきな。自警団の奴らが来たら厄介なことになる。早くここを離れたほうが良い」

 デリアムはバルネアそう言い、横に立ち尽くすジェノに笑みを向ける。


「しかし、その年でこんなに腕っ節が強いとは将来有望だな」

「……別に、大したものでは……」


 ジェノはただそう応える。

 謙遜でも何でもなく素直な気持ちだった。


「……ジェノちゃん、とりあえずデリアムさんの言うとおりにしましょう。付いてきて。私の家まで案内するわ」

 バルネアはジェノの手を取ると、笑顔で歩き出した。


 ジェノはなされるがままに港を後にする。

 そしてそのまま十分も歩き続けると、バルネアの家――料理店に辿り着いた。


「ここが……」

「ええ。ここが私の家でお店。そして今日からはジェノちゃんの家にもなるところよ。さぁ、入って。少し早いけれど夕食の準備ができているから」

 手を離し、店の入口の鍵を開けると、バルネアはジェノの背中を押して店に入るように勧める。


「…………」

 ジェノは何も言わずにバルネアの勧め通りに店に入る。


「長旅で疲れているでしょう? まずは座って。今、元気がでる料理を用意するから楽しみにしていてね」

 バルネアはそう言い、厨房に入っていく。


「……ここが、俺の新しい住処か……」

 店内を一瞥し、ジェノはそう小さく呟く。


 かなりの繁盛店だとは聞いていたが、店の規模はあまり大きくないようだ。

 もっとも、料理人が一人しかいないらしいから無理も無いことだろう。


 手持ち無沙汰にテーブルの上に置かれたナプキンで手を拭き、

「……そう言えば、今日もあまり食事をとっていなかったな」

 今更ながら、ジェノは自分が空腹であることに気づく。


 思い返せば、船内で出された昼食を一口か二口だけ胃の中に流し込んだだけだった。


 べつに昼食が不味かったわけではない。ただ食欲が出なかったのだ。


「今なら、何が出てきても食べられるだろう」


 バルネアはこの国でも屈指の腕を持つ高名な料理人なのらしい。

 だが、ジェノは彼女が作ってくれるという料理に期待をしていなかった。


 この数年間、ジェノは食事を心から旨いと思ったことはない。


 そしてそんな日々が続いていくうちに、食事というものに対する考え方がだんだん気薄になってきていた。

 ある程度の栄養バランスを考えて食事を摂るようにしていたが、あまり味にこだわることはなくなっていたのだ。


「はい、お待たせ。私の得意料理の一つよ。歓迎の料理としては地味だけどね」

「……これは……」

 ジェノの顔に僅かに表情が浮かぶ。それは驚きの表情。


「ふふっ、なにか手の込んだ料理で歓迎することも考えたんだけど、長い船旅で豪華な料理は食べ飽きているんじゃないかと思って作ってみたわ。熱いから気をつけてね」


「…………」

 ジェノは呆然と専用の深皿に入ったその料理を見つめる。


 どんな料理が出てきても驚かないつもりでいたが、これは流石に予想外だった。


 呆然とするジェノに、取り皿とナイフとフォークを給仕し、バルネアは「さぁ、召し上がれ」と料理を食べるように促す。


「……いただきます……」

 ジェノは静かにそう言い、ナイフとフォークを使ってその料理を一口、口に運び、暫く言葉を失った。


 そして、次にジェノの口から漏れたのは、

「……旨い」

 久しく口にしていなかった、その一言だった。






 エルマイラム王国の首都ナイム。

 その巨大な街の中央通から少し外れたところにその店はある。


 その名は、料理店<パニヨン>。

 エルマイラム王国の現国王が『我が国の誉れである』とまで賞した料理人が営むその店は、お世辞にも大きな店とはいえないが、連日客足が途絶えることがない名店である。


「嬉しいことに、今日も忙しかったわねぇ」

 疲れをまるで見せずに、厨房の後片付けをすませたバルネアが居間に戻ってきた。


 すでに彼女はコックコートから普段着に変わっていた。


 時計は午後の二時を指している。

 まだ閉店時間には程遠いが、仕込んでいた材料が底をついてしまっては店を閉めざるを得ない。


「お疲れ様です、バルネアさん。今、お茶を淹れますね」

 メルエーナはバルネアに慰労の言葉を口にし、温かな紅茶を用意する。


「ありがとう、メルちゃん。それと、ご苦労様。今日もメルちゃんとジェノちゃんがいてくれて助かったわ」


 バルネアが静かにいつもの指定席に座ると、メルエーナはそっと紅茶の入ったティーカップを給仕する。


「いいえ。ジェノさんに比べたら私なんかまだまだです」

「そんなことないわよ。この半年ほどですごく進歩しているわ。ジェノちゃんはメルちゃんよりも一年半以上長くうちのお店で働いているから、そう思えるだけよ」

 バルネアは笑顔でそう言うと、美味しそうにメルエーナが淹れた紅茶を口にする。


「ジェノさんがこのお店で働き始めたのは、二年ほど前のことなんですか?」

「ああっ、そう言えばもう少しで丸二年になるわね。う~ん、時間が経つのって早いわねぇ」

 そこまで口にし、バルネアは「あっ、いいこと思いついたわ」と笑みを浮かべる。


「どうしたんです、バルネアさん?」

 メルエーナが尋ねると、バルネアは一層笑みを強める。


「ふふふっ。ジェノちゃんが家に来てからもうすぐ二年目になるから、何かジェノちゃんのために特別な料理を作ってあげようかなって思ってね」

「いいですね。きっとジェノさん、すごく喜ぶと思いますよ。……あまり表情には出さないかもしれませんけど」

 いつものジェノの無愛想な顔を思い出し、メルエーナは困った顔をする。


 そんな話をしていると、奥の部屋から黒髪の少年――ジェノが出てきた。

 彼は居間にメルエーナ達がいるのを確認すると、その前で足を止めた。


「バルネアさん、メルエーナ。稽古に行ってきます」


「あっ、ちょっと待って、ジェノちゃん」

 端的に要件をいい、足を進めようとするジェノにバルネアが呼び止める。


「なにか?」

「ええとね、ジェノちゃんがうちのお店にやってきて、もうそろそろ丸二年になるじゃない。だから今晩はそのお祝いをしようと思うの。

 そこで、ジェノちゃんにリクエストしてほしいのよ。なにか食べたい料理はないかしら? なんでも言って。私が作るから」

 笑顔で言うバルネアとは対照的に、ジェノは顔色を変えずに。


「……バルネアさんが作る料理なら、俺は何でも良いですよ」

 そう答えるだけだった。


「ジェノさん、せっかくバルネアさんがこう言ってくれているんですから……」

 メルエーナがジェノに再度呼びかけるが、ジェノは表情を変えない。


「いや、普段の食事が旨すぎて、特にこれといったリクエストが浮かばない」

 そう言われてはメルエーナもそれ以上ジェノに無理強いをすることはできない。


 困ってどうしたものかとバルネアを見ると、彼女は気にした様子もなくにっこりと笑っていた。


「ジェノちゃん、なんでも良いのよ。今日は時間があるから、手間がかかる料理でも」


「……すみません。本当に何も思い浮かば……」

 不意にジェノの言葉が止まった。


「ふふっ、なにか思いついたみたいね。言ってみて。何が食べたいかしら?」

 バルネアの言葉に、ジェノは僅かの間沈黙し、重い口を開いた。


「……それなら……」


「……えっ?」


 ジェノは端的にその料理の名前を口にした。

 だがそれはメルエーナにとっては、あまりにも質素な要望だった。


「ふふっ。わかったわ。しっかりお腹を空かせてきてね。ジェノちゃんが帰ってくる頃にできたてをご馳走するわ」

 しかしバルネアはジェノのリクエストに満足気に微笑む。


「……行ってきます」

 ジェノはただそう言い残して外出して行った。

 稽古だと言っていたから、きっといつもの道場に向かうのだろう。


「……ジェノちゃんのリクエストが不思議だったかしら?」

 全てを見透かしたように、バルネアが尋ねて来る。

 メルエーナは素直に頷いた。


「はい。その、もう少し豪華な料理を言うのかと思っていました。あっ、でも、ジェノさんのことだから、バルネアさんに気を使って……」


「うふふっ、そんなことはないと思うわよ。覚えておいて、メルちゃん。男の人ってこういう料理に弱いものなのよ」

 バルネアはひどく上機嫌に鼻歌交じりにエプロンを身につける。


「さてと、時間がかかる料理だけど作り方は簡単だから、メルちゃんも一緒に作りましょう。おいしい作り方を教えてあげるから」

「はっ、はい!」


 この国でも指折りの料理人からの直伝ということもあり、メルエーナは緊張した面持ちでエプロンを身につけてバルネアの後を追って厨房に入る。


「メルちゃん。そんなに固くなっては駄目よ。この料理を作るときには、おおらかな心でないと駄目なの。それと、この料理を食べて喜んでくれる人の顔を思い浮かべて、おいしくなぁれって思いを込めて作るのが何よりも重要な事なのよ」

 バルネアはそう言いながらも手際よく食材を用意する。


「それらを踏まえた上で、次に必要なのはしっかりとした下準備よ。この料理はただ作るのは簡単だけど、その分おいしく作るのは難しいの。コツを教えるからしっかりと覚えてね」

「はい!」

 バルネアの丁寧な説明をメルエーナはしっかりと記憶して行く。


 だが、ものが簡単な料理なだけに覚えることもそう多くはなかった。


「ですが、だからこそ、このコツを知っているかどうかで味に大きな差がでてしまうんですよね」

 メルエーナは心の中で自分に言い聞かせ、しっかりとバルネアの教えを守りながら料理の下ごしらえをして行く。


「……さてと、後はじっくり煮込んでいくだけ。でも、さっきも言ったように、おおらかな心で、おいしくなぁれって思いを込めてから煮込んでいくのよ。そのことも忘れないでね、メルちゃん」

「はっ、はい!」

 技術面にばかり気を取られていた自分の心を読んだかのような指摘に、メルエーナは驚きながら返事をする。


「はい、よろしい」


 バルネアは満足そうに頷くと、

「でも、この料理を作るのは久しぶりだわ。昔は割と頻繁に作っていたのだけれどね……」

 そう何気なく呟き、どこか遠くを見るような目をする。


「……バルネアさん。この料理は、もしかすると、ティルさんの……」


 先日、思いもかけずに知ることになったバルネアの過去。

 そしてその話の中で出てきて知った、バルネアの亡き夫――ティルの存在。


「……ええ。あの人の大好物だったわ。というか、私が大好物にしちゃったっていうのが正しいかしら」


 バルネアは、憂いとも懐かしさとも取れる笑みを浮かべる。


「大好物にしてしまった、ですか?」

 言葉の意味がわからずに尋ねるメルエーナに、バルネアは微笑む。


「後は料理のできあがりを待つだけだから、手持ち無沙汰になってしまうわね。そこで、メルちゃんがよかったらなんだけど、少し私の昔の話を聞いてくれないかしら?」


「はい。聞かせて下さい」

 メルエーナは即答し、バルネアが椅子に腰を掛けるのに倣って、自分もその隣の、いつもの指定席に座る。


 そうすると、バルネアは静かに語り始めた。

 自らの過去の話を。


 まだ、バルネアがメルエーナと同じくらいの年頃だった時の話を。




『ときには、心にしみる一皿を」





 メイラ島という島がある。


 エルマイラム王国の東端にある、人口が二千人に満たない小さな島だ。


 知る人こそ、この島が優れた船乗りの産出地だと知っているが、エルマイラム王国に住む多くの人は、その島の名前さえ知らない者がほとんどだろう。


 メイラ島は風光明媚な景色があるわけでもなく、特にこれといった産業はない。

 漁業も自分たちが食べていく程度のもので、農業もそれほど発達していない。

 だから、観光客などはほとんどいない。


 だが、この数ヶ月というもの、この島を訪れる人が日増しに増えてきている。


 それは、この島のただ一つの料理店が、素晴らしい料理を提供するという噂が流れているためだった。


 <小さなしずく亭>。

 それが噂になっている店の名前。

 そして今日も、店からは料理を食した客達の歓喜の声が響き渡る。


「……ああっ。美味しいわぁ。噂に違わぬ味ね」

「ぬぅ、こんな小島にこれほどの料理人が……」

 島の外からやって来た年若いカップルの賞賛の言葉を聞きながらも、この店の料理人は忙しなく手を動かし続ける。


 僅か七席しかないテーブルが全て埋まっていることに加えて、店の外には席に座ることを待ち望んでいる人たちが待っているのだから。


「すいません、今日のオススメ料理、もう一食追加で!」

「こっちはデザートのおかわりを!」

 お客様の追加注文を受けて、まだ年若い料理人は笑顔でそれに応える。


「は~い。ロゼリアさん、三番テーブルの料理あがりました! それから六番テーブルにデザートのおかわりをお願いします! 一番テーブルの追加は三分後に出来上がりますので」

「はいよ。まかせといて。ところで、魚のストックは足りてるかい?」

「あと五です。それと、オススメ料理は次でオーダーストップをお願いします!」


 口を動かすよりも早くに手を動かし、料理人は鍋やフライパンを自由自在に操って料理を作り上げていく。


 若輩とは思えない堂に入ったその手さばきは、熟練のシェフの動きと比較しても遜色はないだろう。


「はいよ、了解。シャンテ、魚の追加をお願い。ティア、二番テーブルのお客様がお帰りだよ。会計を」


 三十代半ばほどのやや小柄な栗色の髪の女性――ロゼリアが、従業員達に指示を出す。

 目が回るような忙しさに追われながらも、その顔には笑顔が浮かんでいる。


「分かりました、すぐに追加を持ってきます!」

「はい。……ありがとうございました。お会計は……」

 それは従業員たちも同じで、額に汗をしながら働けることをみんなが喜んでいる。


 ほんの数ヶ月前には考えられなかった、この状況を作り出したその料理人も、笑顔で料理を作り続けている。

 そして驚くことに、皆をうならせる料理を作りあげているのは、まだ十七歳の少女であった。





「ありがとうございました!」

 本日最後のお客様をお見送りし、その姿が見えなくなってから、ロゼリアが「本日の業務は終了いたしました」といった内容の掛け看板を店の入口にかけた。


 その途端、ロゼリアを始め、他の従業員が安堵の息をつく。


「ふぅ~。何とかのりきったわね……」

 ロゼリアの言葉に、従業員たちは笑みを返す。


「あははっ。昨日より明らかにお客さんが増えていたわね」

「そうそう。洗っても洗っても皿洗いが終わらないなんてね。ははっ、もう手に力が入らないわ」

「ロゼリア、もう一人くらい皿洗いの数を増やさないと回らなくなってしまうんじゃないかい?」

 従業員たちの言葉に、ロゼリアは「確かにね」と困ったような笑みを浮かべる。だが、それは嬉しい悩みだった。


 島の男たちの多くが船旅に出ている間、女達には家庭を守ること以外の仕事が殆ど無かった。


 だが、この数ヶ月で劇的にそれは変わって来ていた。

 それがこの<小さなしずく亭>の大繁盛だった。


「んっ、そう言えば、嫁の姿が見えないけど?」

「あの娘なら、今まかないを作っていますよ。私達全員分の……」

 ロゼリアが呆れ混じりの言葉でそう告げると、従業員の女達はみんな揃って苦笑いをする。


「……いくら若いとは言っても、元気が良すぎるんじゃないかい」

「あれだけ料理を作っていたのにまだ作りたりないの? まったく、呆れるしかないわ」

「料理の神様の化身なんじゃないのかい、あの娘は」


 皆の感想にロゼリアも苦笑するしかなかった。

 それらはロゼリア自身も思っていることなのだから。


「ロゼリアさん! 味見をお願いします!」

 小皿を片手に店の厨房から現れたのは、金色の髪の少女。


 この数ヶ月で自分に代わってこの店の料理長となった人間であり、そしてロゼリアの義理の娘でもある。


「はいよ。ちょっと待って」

 ロゼリアはそう答えて金色の髪の少女の元に歩み寄ると、静かに小皿の上に置かれたスープを味見する。


 香りで分かったが、ブイヤベースを作っていたようだ。


 閉店前から準備をしていたのであろうそれは、非常に美味でありながら懐かしい味。

 ロゼリアが母親から受け継いだ味だった。


「まったく、わざわざ私の味にしなくてもいいのに……」

 ロゼリアはそう心の中で呟く。


 以前、この少女にそう言ったことがあるのだが、「このお店を訪れてくれるお客様は、この店の味を求めて食べに来てくれているんですよ。それを私が変えるのは、お客様にもロゼリアさんにも失礼です」と言って味を変えようとはしなかった。


「どうですか?」

 わざわざ聞かなくてもいいだろうに、この可愛い娘は自分のことを尊重してくれる。

 料理の腕では明らかに上で有るにもかかわらず。


「うん、ばっちりよ!」

 そう言ってロゼリアは少女を抱きしめる。


「ううっ、バルネア。本当に貴女みたいないい嫁が来てくれて嬉しいよ、私は。あのボンクラな息子には勿体無いようないい娘だよ、まったく」


 何度言ったかわからない台詞を、ロゼリアは涙をこぼしそうな声で繰り返す。


 店の女達は「また始まった」と言わんばかりの表情でそれを見ている。


「まだまだ至らないところだらけですが、よろしくお願いします、ロゼリアさ――いえ、お義母さん」


 バルネアも、そう何度言ったかわからない台詞を繰り返した。






「う~ん、美味しいわねぇ」

「ふふっ、この味でお客さんがつかないわけがないわよね」


 自分の作ったブイヤベースにみんなが舌鼓みを打っているのを確認し、バルネアも静かに椅子に腰を下ろした。


「ご苦労さまだったね、バルネア。今日も大忙しで疲れただろう?」

「ありがとうございます、レイアさん。ですが大丈夫です。それに、明日は定休日ですから」


 この中で最年長の白髪交じりの初老の女性に礼を言い、バルネアは彼女が淹れてくれたお茶を受け取る。


「ふふっ、それだけじゃないだろう。愛しい亭主が帰ってくるのが楽しみで仕方がないって顔をしているのが見え見えだよ」

 レイアの指摘に、バルネアは照れることなく、


「はい。愛しい私の旦那様ですから」


 そう満面の笑顔で答える。


「……今回は海が荒れていないようだから、予定通りに船が戻ってくるようで何よりだわ。うちの人も怪我なんてしてなきゃ良いけど」

「ああっ、うちの宿六も健康だといいけど。まぁ、怪我をすると言っても、どうせどこぞの女に引っかき傷の一つでもつけられているのがせいぜいだろうけどさ」


 そんな従業員の主婦たちの言葉を耳にしながら、バルネアは気持ちを落ち着けようと一口お茶を口に運ぶ。


 誰もが島を出て行った男たちの帰りを心待ちにしている。


 バルネアがこの島に嫁いで来てもう少しで半年ほどになるが、その間にティルを始めとする島の男の人たちは、仕事のため何度もこの島を離れていた。


 特に今回は往復で二ヶ月以上かかる少し長めの航海だ。

 みんなが心配をするのは無理もない。


「……ティル、大丈夫よね……」

 そんな言葉が喉元まで出かかったが、バルネアはそれを飲み込んだ。


「おかわりはいかがですか? 少し多めに作ってしまったので、皆さんで手伝って下さい」

「……いただくよ。ふふっ、バルネア。すっかりあんたもこの島の女になったね」

 レイアの言葉に、バルネアは「ありがとうございます」と応えて、彼女の皿におかわりを取り分ける。


 不安な気持ちはみんな一緒なのだ。

 みんな大きな不安を胸に秘めて笑顔を浮かべていることをバルネアは知っている。

 自分も同じ気持ちだからだ。


「本当に、レイアさんの言うとおりだよ」

 ロゼリアは優しい声でそう言うと、愛おしそうにバルネアを背中から抱きしめた。


「貴女が突然この島にやって来て、うちの息子と結婚させてほしいと言ったときにはとても信じられなかったけど、貴女はあっという間に島の生活に馴染んでいった。

 そしてそればかりか、貴女はこの島を明るくしてくれた。私たちに新しい生きがいを与えてくれたわ。ありがとう、バルネア。私だけじゃなくて島のみんなが貴女に感謝しているわ。

 ……でもね、そんなことをしなくても、貴女はとっくに私の娘で、この島の一員なんだから無理をする必要はないのよ」


 ロゼリアの言葉に、従業員の女たちも同意する。


「そうそう。貴女が嫁いできた時点でとっくに私達の仲間なんだから、もう少し私達に頼ってくれてもいいのよ」

「そうよ、バルネア。貴女も私達主婦仲間の一員なんだから、変な遠慮とかはなしにしてもらわないと」


 そんな優しい言葉に、バルネアは涙を一雫垂らしたが、それをそっと指で拭って微笑んだ。


「ありがとうございます。でも、無理なんてしていませんよ。それに、私もすごく助けられているんですよ。お義母さんにも、皆さんにも……」


 バルネア自身、自分の置かれた高待遇に感謝こそすれ不満などない。


 『銀の旋律』に入ることができず、務めていた店も辞めなくてはいけなくなってしまい、路頭に迷いそうになっていた自分を受け入れてくれたばかりか、自分のことを信用してくれて料理長の大役を任せてくれたのだから。


 義母であるロゼリア。そして突然大忙しになったお店を快く手伝ってくれた島の仲間にバルネアは心から感謝している。


「この店の手伝いくらいならお安い御用だよ。子育てにてんやわんやしていた時に比べたら、これくらいなんてことないわ」

「そうよね。それに、私達にも現金収入が入るのは本当に有り難いわ」

「そのとおり。これで男連中に大きな顔をさせずにすむというものさね」

 レイアの言葉に、女達は笑みを浮かべる。


 それからみんなで暫く談笑をしていたが、夕食時が近くなると、みんなはそれぞれ家路に就いて行った。


 店に残されたバルネアとロゼリアは、二人でまかないの後片付けをし、少し休憩をした後に簡単な夕食を済ませると、明日の帰港を祝う宴の下準備を始める。


 もっとも、島中の人間が食べる食事となると量が量なので、本格的な準備は明日の朝に島のみんなで行うこととなっているのだが、どうしても前日から仕込んで置かなければいけない料理というものもある。


「まったく、今の島の連中は幸せだね。こんなに手の込んだ料理を味わえるんだからさ」

 ロゼリアはそう言いながら楽しそうに食材の皮むきを続ける。


「すみません、お義母さん。普段以上に手間を掛けさせてしまって……」


 大鍋で大量のスープを作りながら、謝罪するバルネア。


 そんな彼女の頭をロゼリアはポンと手のひらで軽く叩いた。


「何を言っているのよ。私だって料理人の端くれ。珍しい料理を作れることを喜びこそすれ、難儀に思うことなんてないわよ。しかもそれが自分の娘の発案とあったら嬉しいことこの上ないわ」


 そう言って笑みを浮かべるロゼリア。

 バルネアもそれにつられて笑顔を浮かべる。


「あっ、そういえばバルネア。さっき保管庫に行った時に気づいたんだけど、あの隅に避けてあった一人分の食材ってなんなの? なにか特別な料理を作るのに使う……訳ないわよね。ありふれた食材ばかりだったし」


 ロゼリアの問に、バルネアは微笑む。


「いいえ、あれは特別な料理のための食材なんですよ。他の皆さんには申し訳ないですけど、あの料理はティルだけの特別用なんです」

「でも、あの食材で作れるものといったらたかが知れてないかい? たとえば……」


 ロゼリアの例示に、バルネアは「正解です」と答えた。


「……ああっ、なるほどね。そう言えば、うちの人も航海から帰ってきたらそんな料理をよく作って欲しい言ってたわね」

 そう言ってロゼリアは納得する。


「ええ。男の人はこういう料理に弱いって、昔務めていたお店の先輩が言っていたので」


「そう。ふふっ、本当にあの子は果報者だわ。貴女が作るのならおいしくないはずがない。それに野菜もしっかり食べられるから栄養価も高いしね」

「……きっと、ティルのことだから、美味しいものを食べ続けていて、そういう味に飢えていると思うんです。

 まだ、ロゼリアさんの料理ほどティルは満足してくれないかもしれないですけど……」


「ふふん。まだまだ私の料理があの子の日常の味だからね」

 ロゼリアはそう少し得意気に言う。


「『食べ物は母の鍋のがいつも一番』と言いますからね。でも、その日常の中に一品、私の料理を加えられるようになりたいんです」

「ふふっ、大丈夫よ。きっとあの子も気に入るに決まっているわ。こんなに慕ってくれて、思ってくれる奥さんが作る料理なんだから。

 さて、このペースでも真夜中まで掛かりそうだけど、頑張りましょう、バルネア!」

「はい。お義母さん!」


 ロゼリアにバルネアは笑顔で答えた。

 





 船はほぼ定刻通り、昼過ぎに港に着いた。


 船の帰港を待ちわびていたみんなは、島を挙げて出迎える。


「ローゼ、行きましょう」

「……うん」

 バルネアは同い年で仲の良いローゼという少女とともに、帰港した船に駆け寄る。


 やがて船から桟橋が降ろされ、一人、また一人と船員たちが降りてくる。

 そんな中に、小柄な少年の姿が見えると、バルネアは彼に向かって駆け寄った。

 

「おかえりなさい、ティル!」

 その声と同時に、バルネアは栗色の髪の線の細い少年に抱きつく。


「わっ! ……ばっ、バルネア……」

 そう言って驚きの声を上げ、しかし嬉しそうに微笑むのは、彼女の夫でこの船の航海士見習いの少年――ティルだった。


「大丈夫? 怪我なんてしてないわよね?」

「あっ、うん。大丈夫。他のみんなも怪我することなく全員無事だよ」

 ティルはそう言って笑顔を見せる。


 およそ二ヶ月ぶりに見るその笑顔に、バルネアはもう一度ティルを抱きしめた。


「無事に帰ってきたみたいだね」

「あっ、うん。ただいま、母さん」

 バルネアに抱きつかれたままの状態で首だけを動かし、ティルはロゼリアに帰宅の挨拶をする。


 船の周りではいたるところで、みんな家族や大事な人との再開を喜んでいる。


「はっはっはっ、。ようやく新妻との再会だな、ティル。この数日間、ずっと落ち着かない様子だったからな、お前も」


 薄茶色の髪を短く切り揃えた、二十歳前後の長身の豪快そうな青年が、ティルの頭に手を置いて愉快そうに笑う。


 その青年の名はマクレーンという。

 ティルを人一倍可愛がってくれている人物である。


「なにを言っているのさ、マクレーン。あんたにもお待ちかねの相手がいるだろうが」

「ははっ、まいったな。ロゼリアさんには叶わないな」


 マクレーンはそう言うと、バルネアたちの隣りにいる銀髪の少女に笑顔を向けて両手を広げる。


 すると、バルネアの隣で潤んだ瞳をしていた銀髪の少女――ローゼは、その男の胸に飛び込んだ。


「……お帰りなさい、マクレーン……」

 銀髪の少女はそう言いながら涙を流す。


 島一番の器量良しと呼ばれているその少女は、マクレーンの婚約者でもある。

 口数が少なくて控えめな性格なのだが、ことがマクレーンの事になると周りが驚くほど大胆なことをする少女だ。


「ふふっ、良かった。ローゼったら、ずっとマクレーンさんのことを心配して、ここ数日は食事もろくに喉を通らなかったのよ」

 バルネアはティルにしっかりと抱きつきながら、そう彼に説明をする。


「ったく、ティルもマクレーンさんも、いちゃつくのは家でやってくれよ。独り身には目の毒だ」

「そうだよ、マクレーンさんはまだしも、どうしてティルにまでこんなに可愛い嫁が待っているんだよ、羨ましい……」

 船から降りてくる年若い船員が、羨望の眼差しでティルとマクレーンに愚痴を漏らす。


「ははっ、ごめんなさい。お詫びになるかどうかは分かりませんけど、宴の料理は私とお義母さんで思いっきり愛情を込めて作ったので楽しみにしていてくださいね」

 バルネアの言葉に、若い船員たちは歓声を上げる。


 バルネアの料理の腕前は島のみんなが知っているのだ。


 そして、船から僅かな積み荷をおろして、船長の命令で一時解散となると、船の乗組員と家族は各々の家に戻っていく。

 夕方の宴を心待ちにしながら。



 バルネアはティルとロゼリアとともに家路に就いた。

 バルネアは色々とティルに話しかけて彼を質問攻めにする。


 ロゼリアは微笑ましそうにそれを見守っていた。


「さてと、お邪魔虫は退散するから、後は二人で仲良くしなさい。でも、バルネア。宴の準備の事は忘れないようにね」

「は~い、お義母さん」


 新居――ロゼリアの家の物置を改築したものだが――に着くと、ロゼリアはそう言い残して隣の母屋に戻って行った。


「ほらほら、ティル。とにかく家に入りましょう。美味しい料理を用意してあるんだから」

「あっ、うん。久しぶりだね、君の料理を食べるのは」

 ティルはそう言って微笑む。


 その笑顔はバルネアが大好きな笑顔。

 それを見て、ティルが帰ってきたんだという実感が湧く。


「ふふふっ、それでは今度はティルに、我が家に、私のところに帰ってきたんだと思ってもらいましょうか!」

 バルネアは心の中でそう言うと、静かに家の扉を開ける。


「ほらっ、まずは手を洗って。すぐに用意するから」

「うん。分かったよ」


 ティルから上着を預かってそれをハンガーにかけると、バルネアは上機嫌でキッチンに向かう。


 ロゼリアの店のものとは比較にならない小規模なものだが、自分専用のキッチン。

 料理人にとっては自分の城も同然の、バルネアのお気に入りである。


「……そう言えば、母さんからの手紙に書いてあったけど、お店の方も大盛況らしいね。さすがだね、バルネア」

「うん。ありがとう。でも、それは、お義母さんと島の皆さんのおかげよ。どこの馬の骨ともしれない私を信用してお店を任せてくれたんだもの」


「ははっ、君の料理の腕を見たら納得しないわけにはいかないよ。初めて君が調理しているところを見た母さんの驚いた顔といったら、すごかったからね」

 ティルはそう言って苦笑する。


「あらっ、それを言うのならば、私が初めてこの島にやってきた時の方がすごかったじゃない。あの時のお義母さんの驚きようと言ったら……」

 二人で談笑しながらも、バルネアはその料理の煮込み具合を確認して「よし、完成よ」と声を上げる。


「ティル。夕食はみんなのために用意したけれど、この料理は貴方専用の特別な料理よ」

「ははっ、なんだろう、特別な料理って? ……えっ? これって……」


 バルネアがキッチンから運んできた料理を一瞥し、ティルは驚いた顔をする。


「あらっ、もしかして肩透かしを食らわせちゃった? でも、豪勢な料理は今晩しっかり堪能できるから、今はこの料理を楽しんでね」


 心配そうなバルネアの言葉に、しかし、ティルは首を横に振る。


「……ううん。そんなことないよ。外食ばかりだったから、こういう料理はほとんど口にしていなかったんだ。ありがとう、バルネア。僕のことを考えて作ってくれたんだね」

「ふふふっ、それはそうよ。愛する旦那様に食べてもらう料理ですもの。ほらっ、熱いうちに食べて」


 バルネアに促されて、ティルは子供のような無邪気な笑顔で「うん」と頷いてその料理を口にする。


「……ははっ。美味しい。美味しいなぁ、本当に。心からそう思うよ」


 ティルは子供のような無邪気な笑顔をバルネアに向ける。

 その笑顔に釣られてバルネアも笑顔を浮かべる。


「……本当に、君はすごいね」

 ティルは一旦フォークとナイフを置き、真顔になってバルネアを見る。


「ティル?」


 不思議そうな顔をするバルネアに、ティルはにっこりと微笑む。


「僕は君と一緒にいられることをずっと神様に感謝しているんだ。僕にはない眩しい物を持っている君をいつまでも見ていたい。君がどんなに光り輝くのかを見ていたい。君と一緒になってから僕はずっとそう思っている。

 ありがとう、僕と一緒になってくれて……」


 ティルの思いもしなかった深い感謝の言葉に、バルネアは驚いたが、すぐに口の端を上げて微笑む。


「もう、水臭いことは言いっこなしよ。私たちは夫婦なんだから」


 そう言うとバルネアは、ティルの顔に自分の顔を近づけて、不意にティルの唇と自分の唇を重ねあわせた。


「あっ……。そっ、その、バルネア、不意打ちは……」

 ティルの顔が熟したトマトのように真っ赤になる。


「何を今更照れているのよ。そ・れ・に、見ているだけでいいなんて、私ってばそんなに魅力がないかしら?」

 バルネアは悪戯っぽい笑顔で尋ねると、ティルの顔が一層赤くなった。


「その、そんなことは全然ないよ……」


 蚊の鳴くようなか細い声で恥ずかしそうに答えるティルに、バルネアは、

「まぁ、そのあたりのことは今晩しっかりと分かってもらうことにして、とりあえず料理を食べてしまって。私の気持ちがたっぷりとこもった料理なんだから」

 そう言って僅かに頬を朱に染める。


「あっ、うん。そうだね」

 ティルは未だに赤い顔をしながら食事を再開する。

 そして、嬉しそうに微笑む。


 どんな言葉よりも雄弁に、その表情が「美味しい」と言ってくれているのが分かった。


 そして、この日を境に、ティルが仕事を終えて島に帰ってくる度に、バルネアがその料理を作るのが定番となったのだった。






 バルネアが話を終えると、コトコトと煮こまれていく料理の音だけが厨房で聞こえる音となる。


「……なるほど。それでバルネアさんはティルさんが島に帰ってくる度にこの料理を作っていたんですね」

「ええっ、そうなのよ。いつも美味しそうに食べていてくれていたわね」


 遠い目をして呟いたバルネアだったが、「ああっ、そう言えば」と何かを思い出す。


「どうしたんです、バルネアさん?」

「いえね、ジェノちゃんがうちのお店にやって来た時に、初めてご馳走したのもこの料理だったなぁって思ってね」

「……ジェノさんがこの店に来た時、ですか?」


 メルエーナがジェノと初めて出会ったのは、もう一年ほど前の事になる。

 そして同じ屋根の下で暮らすようになって半年が経つ。


 だが、それ以前のジェノのことについて、メルエーナはほとんど何も知らない。


「ふふっ、気になるわよね。ちょっと昔のジェノちゃんのこと。

 でも、あまり今と変わらないかしらね。ジェノちゃんはその時からすごく優しくて、強かったわ。……私が見知らぬ男の人達に絡まれているのを助けてくれたのよ。初対面だったのにね」

「バルネアさんが、男の人達に?」

「ええ。私が誤って一人の男の人の足を踏んでしまって、難癖をつけられていたの。そこをジェノちゃんが助けてくれたのよ」

「……ジェノさんらしいですね。バルネアさんに出会った頃から、ジェノさんはジェノさんだったんですね」

 少し物憂げにメルエーナは同意する。


「……でも、少し違うこともあったわね。初めて出会った時、私がジェノちゃんを見て思ったのは、『どうしてこの男の子は、こんなに疲れた顔をしているのかしら?』ということだったわ」

「疲れた顔、ですか?」


 普段から仏頂顔のジェノが、そんなに顕著に表情を顔に出していたということにメルエーナは驚き、そしてバルネアの話の続きを待つ。

 しかし、バルネアは小さく首を横に振った。


「ごめんなさい。メルちゃん。何故そんな顔をしていたのかは私にもわからないの。私が昔お世話になった方に頼まれてジェノちゃんを家で預かる事にしたのだけど、その詳しい経緯は聞いていないのよ。……ジェノちゃんも何も教えてくれないしね」


 バルネアの言葉にメルエーナは「いいえ、そこもジェノさんらしいです」と困ったように笑う。


「相変わらずジェノさんは、自分のことをあまり話してはくれしませんよね。どうしてなんでしょうか……」

 メルエーナは胸元の二つに分かれたペンダントを弄りながら呟く。


「年頃の男の子だからね。何か話しにくいことなのかもしれないわね。多感な時期だもの。……でも、ジェノちゃんの悩み事って、すごく根深いもののようにも思えるのよ。あの時の顔を思い出すと、ね……」


「そんなに疲れた表情をしていたんですか、ジェノさんは?」

「ええ。その時からあまり表情を顔に出さない子だったけど、目にそれが現れていたわ。本当に何があったのかしらね……」


 暗い表情でバルネアはそう言ったが、小さく首を横に振り、


「……まぁ、いつかジェノちゃん自身が私達に話したいと思ってくれるかもしれないから、それを待ちましょう。今日はとにかく、この特製料理でジェノちゃんに喜んでもらうとしましょう!」

 そう言って笑顔を浮かべた。


「さっきも言ったけれど、初めて出会ったあの日も、ジェノちゃんにこの料理を出したの。そうしたらね、ジェノちゃんは微笑んでくれた。美味しいって言ってくれたの。少しだけど、目に光が宿ったように思えたの」

「……そうなんですか。もしかすると、ティルさんと同じように、ジェノさんにとってもこの料理は特別な料理になったのかもしれませんね」

「そうだったら嬉しいのだけど……」

「そうに決まっていますよ。だからこそ、ジェノさんはこの料理をリクエストしたのだと思います」

 メルエーナは笑顔で断言する。


「ふふっ。ありがとう、メルちゃん」

 メルエーナとバルネアはお互いの顔を見合わせて、もう一度微笑む。


 自分たちが暗い顔をしていたらジェノに心配をさせてしまう。


 自分の悩み事は人に明かさないのに、他人が困っていると手を差し伸ばそうとするのだ、あの人は。


「……この料理を食べたら、またジェノさんは喜んでくれますよ、きっと」

「ふふっ、そうね。私と、なによりメルちゃんの気持ちがしっかりと詰まった料理だもの、ね」


 バルネアの言葉に、メルエーナは気恥ずかしそうに頷き、

「どうか、ジェノさんが喜んでくれるように、美味しく出来てください……」

 煮こまれている料理に向かってそう願いを込めた。 






 日がすっかり落ち始めた頃。道場を後にし、ジェノは一人で家路に就いていた。


「今日もシーウェン相手には、勝ち越せなかったな……」


 普段ならその日の鍛錬を振り返り、反省をしながら歩いているのだが、今日はあまりそれに集中ができない。


「……まったく。子供か、俺は……」

 ジェノは心の中で苦笑し、気持ちを落ち着けるために静かに息を吐く。


 家を出る際のバルネアの言葉を思い出し、少し浮かれている自分の気持ちを律するためだ。


「……だが、いつ以来だろうな。こんなに家に帰るのが楽しみだと思うのは」

 幼い頃はいつもこんな気持ちだった。あの頃にはペントが居てくれたから。


「ペントと別れてから、もう七年近くが経つのか……」

 ジェノは心の中でそう独りごちると、幼かった頃の日々を思い出す。


 ――物心がついた頃から、ジェノの家は、大きな屋敷の裏口近くの数部屋だけだった。


 それ以外の部屋には入ることはおろか、近づくことさえ許されなかった。


 それはジェノの父親――もっとも、ジェノ自身は父親だと思ったことはないが――が取り決めた事だった。


 父は一代で莫大な富を得るほどの商才にあふれた人物だったようだが、親としては最低の類の人間だった。


 ペントや兄さんの話を聞く限りは、父は母にはそれなりの愛情を持っていたらしい。

 だが、その子どもたちに対する愛情は皆無だった。


 母が病で亡くなるとすぐに、父は母のためにと与えていた屋敷を、ジェノたちの家を取り上げると言い出した。

 そして、その家で暮らしたければそれ相応の対価を支払うようにと子どもたちに要求してきた。


 物心がついたばかりの幼いジェノにそんな力はなく、ジェノと七つ年の離れた兄が、まだ幼いながらに、一人で自分自身とジェノ達を路頭に迷わせないために働くこととなった。


 もっともそれだけではとても暮らしていけなかったが、生前の母と親交が深かった侍女のペントが、ジェノ達兄弟の保護者になってくれた。

 そのおかげで、ジェノ達は何とか生活をすることができたのである。


 兄は懸命に働いてくれた。

 幼いながらも兄は頭がよく、とても優秀な人間だった。


 そしてそれこそ寝る間も惜しんで働いてくれて、ジェノを養ってくれたのである。


 それはペントも同じだった。


 ペントは屋敷で働き続け、そのお金の殆どをジェノたちのために使い、わが子同然に育ててくれたのだ。


 もっとも、日々の生活費のやりくり等を考え、そして、父親の請求する多額の部屋の使用料を支払うためには、屋敷の数部屋分が限界だったため、ジェノの「家』と呼べる空間はとても狭いものだった。


 屋敷を出ようと、兄とペントにジェノは言ったことがある。

 だが、二人はそれを良しとはしなかった。

 僅かでもジェノに母のいた屋敷で生活を続けさせて上げたいと言って。


 二人はジェノのためにずっと頑張ってくれた。


 お世辞にも豊かとは言えなかったが、ジェノはその生活に不満はなかった。


 それどころか、立派な兄と優しい母親代わりの存在がいることを幸せに思い、早く大人になって兄さんたちに協力したいと願っていた。


 ジェノが十歳になるころ、ジェノの兄はその頭角を現し、父親から屋敷の全てを買い取ったばかりか、やがて父を追放し、父の商会をその手中に収めた。


 これでみんな、もっと幸せになることができる。そう思っていた。


 ……だが、ずっとジェノの母親代わりで居てくれたペントは、病に侵されてしまい、療養のためにジェノのもとを去らねばならなくなってしまったのだ。


 母親代わりのペントと別れるのは、幼いジェノにとっては身を引き裂かれるほどに辛いことだったが、ペントに死んでほしくないと思い、彼女を説得して故郷に帰ってもらった。


「ペントは元気にしているだろうか? そして、兄さんも……」

 ジェノは心の中で尋ねるが、無論それに答える声はない。


「……あれから、いろいろなことがあったな……」


 ジェノはペント達がいなくなってしまった後の出来事を振り返ったが、すぐにそれを止めた。


 あまりにも思い出したくない出来事ばかりだったからだ。


「……ペントが家にいてくれて、兄さんも空いた時間を見つけては側に居てくれた。思えば、あの頃が一番幸せな時だったな……」


 ジェノはゆっくりと足を進ませながら、昔を振り返る。


 もう戻っては来ない幸せな時間を惜しむように……。






「……ただいま帰りました」


「おかえりなさい、ジェノさん!」

 店の裏口から帰宅したジェノを、メルエーナが出迎えた。

 この家での毎日の光景だ。


「おかえりなさい、ジェノちゃん。ちょうどいいタイミングよ。手を洗って座っていて。お待ちかねの料理が待っているわよ」


「はい」

 端的に応え、バルネアに言われるがまま、ジェノは手を洗いに行く。


「……料理をリクエストしたのは俺なのに、どうしてあの二人があんなに嬉しそうなんだ?」


 普段以上に嬉しそうに微笑むバルネアとメルエーナの姿に、ジェノは怪訝に思う。


「さぁ、ジェノちゃん、座って」


 ジェノが手を洗って居間に戻ってくると、すでに席に座っているバルネアが、ジェノにも座るようにと促す。

 ジェノは黙っていつもの指定席に腰を下ろした。


「はい。お待たせしました。ジェノさんリクエストの、バルネアさん特製ポトフです」


 ポトフ専用の深皿を鍋つかみで持ち、メルエーナは笑顔でそれをジェノの前に給仕する。


 ジェノがバルネアに作ってくれるように頼んだ料理は、何の事はないポトフだった。


 肉やソーセージと一緒に、大きく荒く切ったニンジン、タマネギ、カブ、セロリなどの野菜類をじっくり煮込んだ料理である。


「とはいっても、食材の下ごしらえはメルちゃんがやってくれたから、このポトフは私とメルちゃんの合作なのよ。ほら、ジェノちゃん、早速食べてみて」


「……いただきます」


 ナイフとフォークを手にし、ジェノはメルエーナが給仕した取り皿に大きな人参を移すと、それを一口大に切り分けて口に運ぶ。


 熱々の、けれど素材の歯ごたえを残した人参の甘い味に、肉と野菜、そして香辛料とハーブの豊かな香りが絶妙のバランスで折り重なったスープの旨味が重なる。


 その味の形容を端的にいい示す言葉は一つしかなかった。


「……旨い……」


 ジェノの口から自然とその言葉が漏れた。


「……そう。よかったわ。ジェノちゃんが喜んでくれて。頑張ったかいがあったわね、メルちゃん」

「はい!」

 嬉しそうに笑うバルネアとメルエーナ。


「……やっぱりだ。何故、こんなにこの二人は嬉しそうなのだろう?」

 

 口いっぱいに広がる温かな味と、嬉しそうに笑う自分以外の誰か。


 巨大な商会を取り仕切る代表の弟に恩を売るためでもなく、大きな屋敷で確固たる地位を固めたいと思って擦り寄ってくるわけでもなく、ただ純粋に自分が喜んでいることを嬉しく思ってくれている。


「…………」


 このポトフは、初めてこの国にやってきて口にした料理。

 あの時の感動をジェノは忘れたことはない。


 だが、ジェノはバルネアにこの料理を作って欲しいと頼んだことは今までなかった。


 あまりにも懐かしい味だった。

 もう味わうことができないと思っていた味だった。

 だから回数を重ねてその感動が薄れてしまうことを嫌ったのだとジェノは自身で思う。


 だが、今日食べるこのポトフの味は、あの時以上に心に響く美味しさだった。


「ジェノちゃん、どうかしたの?」

「どうしたんですか、ジェノさん? あっ、もしかして私、なにかミスをしてしまいましたか?」


 ジェノが、バルネアとメルエーナの二人をぼんやりと見つめて食事の手を止めたことに、二人は慌てて心配そうに声をかけてくる。


「……いや、なんでもありません」

 ジェノはそう言ってもう一口料理を口に運ぶ。


 美味だった。この上なく温かくて心が満たされる味だった。


 ジェノは思わず、その最高の料理を味あわせてくれた二人に感謝の言葉を口にする。



「ありがとう、バルネアさん、メルエーナ。この上なく美味しいです……」



「あっ……」

「あらっ?」

 だが、メルエーナとバルネアは不意に驚いた顔をした。



「んっ、どうかしたんですか?」

 ジェノが怪訝に思い尋ねると、二人は悪戯っぽい笑みを漏らした。


「ジェノさん、今、笑いましたよね」

「ええっ、私も見たわ。初めてね、ジェノちゃんがそんなふうに笑うところを見たのは」


 思わぬ二人の言葉に、ジェノは小さく息を吐き、いつもの仏頂顔に戻って食事を再開する。


「もう、照れなくてもいいじゃないの、ジェノちゃん」

「そうですよ。とても素敵な笑顔でしたよ」

 満面の笑顔の二人にそう言われながら、ジェノは何も言わずに食事を続ける。


「ふふっ。メルちゃん、私達も食べましょうか?」

「はい。今持ってきますね」

 聞こえてくるのは嬉しそうに笑う二人の声。


「まったく、この二人は…‥」

 そう心の中で文句の言葉を口にしながらも、自然と口元が緩むのをジェノは抑える事ができなかった。


 子供の頃のあの幸せな時間はもう戻っては来ない。だが……。


「……そうか。今もか……」


 ジェノは無意識のうちにそう呟いていた。


「ジェノさん?」

 バルネアと自分の分のポトフを運んできたメルエーナが不思議そうにこちらを見ている。


「いや、なんでもない」

 ジェノはそう言って食事を再開する。


 温かな思いの込められた料理の味が心に深く染み渡った。

 お読みいただきありがとうございました。

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 お目汚し、失礼いたしました。m(_ _)m

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[良い点] 拝読しました。 バルネアさんの回想とともにジュノの生い立ちが触れられ、物静かな彼の意外な一面が垣間見えたお話でした。 作品自体の雰囲気が柔らかく、今回も暖かな気持ちになりました。 いい食…
[一言] 想い出の料理、そして心身ともに暖まる料理。 いいですよねぇ。私の場合は野菜たっぷりのシチューでした。疲れきって表情乏しくなる時に母が作ってくれまして。 トドさんはなにかそういう料理、あります…
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