第3話 接近してドキドキ
「ねえねえ、優一くん」
僕が机に座って、道中と出会った頃の時を思い出していたら、隣の道中から声がした。
僕がその声に、横を振り向くと、道中が僕に向かって手を合わせていた。
「お願い優一くん、一時間目の授業の教科書を忘れたから、私にも見せてちょうだい」
道中が、僕に手を合わせながら、そう言ってきた。
どうやら、教科書を忘れたので、机をくっ付けて見せて欲しいと言う事らしい。
「ねえ、お願い♡」
そう言って首を少し傾け、僕に上目遣いで甘えるような眼をした。
僕は、その瞳に思わずドキリとした。
こんな風に、女の子から甘えられる事なんか無かったから。
例え、元男でも、思わず狼狽える。
女馴れしている男なら、こんな事はサラリと流せるだろうが。
しかし、僕は姉妹どころか一人っ子な上。
小学校低学年以降、女の子にマトモに相手にされなかった僕は、スッカリ焦ってしまった。
「う、うん、良いよ・・・」
僕はその甘えるような眼に、負けてしまい、了承してしまう。
「ありがとう、優一くん♪」
道中は、僕にお礼を言いながら、まるで花が咲いたような笑顔になった。
その笑顔を見て、僕は胸に暖かい物を感じた。
”・・・って、相手は元とは言え、男だったんだぞ”
僕は、一瞬、変な気分になったのを叱咤した。
「ふふふっ、二人とも仲が良いなあ」
道中の後ろから、半分からかう様な口調で、池野がそう言ってきた。
「別に、隣の人間に見せるのなんか普通だろう」
僕は、内心の動揺を悟られない様、ぶっきらぼうに答えた。
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ホームルームが済み、そして一時間目が始まる。
一時間目は、数学である。
道中は、最初に先生に断りを入れると、自分の席を僕の席にくっ付けた。
数学の先生は、物分かりの良い先生として有名であり。
だから、取り立てて、教科書を忘れた事に対し、事を荒げることはしなかった。
隣には、道中が接近していて、いつもの様に甘い匂いを漂わせていた。
僕は極力、その事を意識しない様にする。
「・・・・・・」
ふと、僕は隣に接近している、道中をチラリと横目で見た。
道中の横顔は、まるで巨匠が書いた絵画の様である。
特に、窓からの光が逆光になり、それが道中の美しさを引き立たせていた。
「ん、どうしたの?」
いつの間にか、道中に見惚れていたみたいで。
そんな僕に気付いた道中が、僕に尋ねてきた。
「いや、何でも無い」
「?」
僕は、道中に見惚れていた事を悟られたくないので。
そう言って、誤魔化した。
・・・・・・
横を見ると、見惚れてしまうので、僕は斜め前の教科書を見ている。
二人で教科書を見るので、教科書をくっ付けた机の境目に置いた。
「ガタガタガタ」
より見やすい様、道中が椅子を移動させて、更に接近してくる。
すると、肩から上腕部分が密着した。
「(ぷにっ)」
密着した部分から、道中の柔らかな体の感触が伝わってきた。
”えっ!”
接触した部分から伝わる、道中の体の感触に驚いた。
僕は、女の子に縁がなかったので、当然、体を触ったことは無かった。
元男とは言え、女の子の体の柔らかさに、ドキドキしてしまう。
意識していたら、柔らかさの次に、今度は暖かな体温が伝わってきた。
タダでさえドキドキしていたのに、更に、落ち着かなくなる。
「あっ、ページを開かないと」
僕の意識が、触れた箇所に集中していたら、そんな声が聞こえた。
隣の道中が、教科書の、次のページを開こうとした。
だが、それと同時に僕も教科書に手を伸ばした。
「「あっ!」」
二人が同時に驚いた。
ページをめくろうとした、二人の手が触れてしまったのだ。
二人の手が弾かれたように引っ込む。
「僕がめくるから、いいよ・・・」
「うん・・・」
僕がそう言ってから、教科書のページをめくる。
ページをめくった後、隣をチラリと見ると、下を向いた道中の顔が、少し赤くなった様に感じた。
しかし、そんな事を考えた僕も、顔が熱くなっていた。
それから先の授業時間は、お互い、何とも言えない微妙な雰囲気のまま、過ごしていたのであった。