story.14 クエスト報酬忘るべからず
「アクティア、ただいま戻りました」
アクティアの透き通る声が、大きな広間に響き渡る。幾つもの数えきれない蝋燭が赤い絨毯の両端に並んでおり、不気味に灯されている。大きな窓の外では雷が唸るように鳴り響いており、やがてそれはピカッと光って玉座に座るその者を映した。
「――――魔王様。」
魔王。魔を総べる者。人々の恐怖を煽る存在。
色々な解釈の仕方があるが、この魔王は少し――――いや、かなり奇特な魔王であった。
「あらぁん、アクティアちゃんじゃなぁい!早いお帰りねぇ~、何かあったのかしらぁ?」
いきなりオネエ言葉で話し出した魔王は、両の頬に引っ掻き傷のようなペイントを施し、赤く長い前髪で右目は隠れていた。晒されている左目には、赤いアイシャドウとつけまつげが付けてあり、瞬きをするたびにまつげが揺れた。紅をさした口元が、ゆるりと綺麗に弧を描く。
アクティアは面をあげず、跪いたまま魔王の問いに答えた。
「はい、魔王様。どうやら、次の『救世主』が現れたようです。宝玉の任もその者に妨害され、果たせませんでした。申し訳ございません」
『救世主』、という単語を聞いた途端、魔王はより一層笑みを深めた。その笑みは面白いおもちゃを見つけた時の子供のような、嬉しげな笑みだった。
「うふふ、知ってるわよぉ。あの頭の悪そうな小娘でしょう?」
「ご存知でしたか」
「当たり前じゃなぁい!ワタシ、流行りものには敏感なのよ。大丈夫よぉ、放っておけばそのうち勝手に魔物に食べられてるでしょ。それより――――…」
魔王の血の色をした赤い目が、きらりと光った。
「――――そのパーティに、僧侶はいなかったかしらぁ?」
魔王はこれが本題だとでもいうかのように、わくわくした様子で玉座から身を乗り出した。アクティアは無表情のままその静かな水色の瞳に魔王を映したあと、ゆっくり首を振った。
「さぁ。私が見たのはその伝説の剣を持った救世主の娘と、エルフの娘、格闘家の青年のみでしたが」
「………そう~。まぁいいわぁ。アクティアちゃん疲れたでしょぉ?休んでいいわよぉ」
アクティアが会釈して下がった後、魔王はくすくすと笑みをこぼした。
「ふふ……まったく、退屈しないわね」
*
瞼がゆっくりと持ち上げられ、薄く開いた隙間から碧い瞳がのぞく。その瞳に、満面の笑みを浮かべたハルが映りこんだ。
「おっはよー、僧侶くん!」
「……」
僧侶は笑顔のまま挨拶をするハルを無表情のまま数秒見つめた後、体は起こさずに首だけ彼女の方へ向けた。おそらくまだ本調子ではないのだろう。長い間眠りこけていたから喉が渇いているのか、少し掠れた声で聞いた。
「……宝玉は」
「ばっちり奪い返してきたよ!」
「………怪我は」
「私は大丈夫。エルちゃんがちょっと額切っちゃって……でも手当してもらったから今は大丈夫だよ」
ハルがにこりと笑んでそう言うが、僧侶は顔を顰めてゆっくりとハルのこめかみの辺りに手を添えた。何事かと驚いて固まる彼女をよそに、僧侶は目を瞑る。すると彼の周りに水色の眩い光があふれ、それはやがて彼の手に集まってハルのこめかみにあったかすり傷を一瞬で治した。
「嘘つけ……怪我してるだろうが」
「別にこれぐらいよかったのに」
「少し前まではちょっと転んだだけでぎゃあぎゃあ煩かったのにな。セイチョーしたもんだ」
「えへへ、そうかな~」
「褒めてねぇよ」
ゆっくり体を起こした僧侶は、そこが洞窟ではないことに気が付く。ハルによれば、村人達はすでに村の復旧作業にあたっているらしい。
「ここは村長さんのおうちで、奇跡的に焼け残ってたから村の復旧指令本部にしてるんだって」
「……外の様子見に行くか」
「もう動いて大丈夫なの?」
「俺はそんなに柔じゃねぇ」
「ぶっ倒れたくせにー」
「うるせ」
二人が外へ出ると、村の広場の真ん中で捕えていたルシファードが大勢の村人達に囲まれているのが目に入った。そしてエルシアとリュウが少し離れたところでそのようすを見ていた。二人は取り敢えず、彼女らの元へ駆け寄った。
「な、何があったの?」
「……今からあいつを…罰するらしいわ」
「え…それって、どういう意味……」
目を丸くしたハルに、エルシアは険しい顔をして、目を伏せたまま静かに告げた。
「つまり――――殺すということよ」
エルシアは俯いたまま、静かにそう言った。彼女のかたく握った小さな拳が震えているのが見えて、ハルは黙って人ごみの方へ向かって行った。
「……!?ハル、なにを……」
ハルはエルシアの制止を振り切り、村人達の間を無理矢理割り入って進み、一番前にいたリズとルーカスの腕をひっつかむ。驚いて振り向く二人に、彼女は強く言い放った。
「お願い。殺さないで」
「こんなやつ、生かしておいたらまた別のところで同じようなことをしでかすかもしれない!」
「そうだ、生かしておく価値なんてない!」
「や、やめてくれぇ……!アクティアっていう魔王の手下に言われてやっただけなんだ……!他の仲間の居場所も教える!だからどうか、命だけは……!!」
「ハッ、そんな嘘信じられるか!」
各々槍やら斧を持つエルフの村人達。今にもルシファードを殺してしまいそうだ。
そんな中、ハルはルシファードの前に立ち、両手を広げて彼を庇った。そして村人達を強く、そしてまっすぐに見つめた。彼女の放つ威圧感に、リズやルーカス、他の村人達も気圧されてしまい、しんと辺りが静まり返る。
そのようすをどよめく村人達の間から見て、エルシアは翠の瞳を揺らした。
「この人が私と同じ人間だから庇ってるわけじゃない。貴方たちが私達とは違う、エルフという種族だから反対してるわけでもない。この人に手を下したら……きっと同じになってしまう。この人には、ちゃんとした罰を受けて貰わなきゃいけないと思う。」
「………、」
「だからどうか、街の役人の人に処罰を任せて欲しいの。」
「――――救世主殿の言う通りだ」
奥から出てきた村長エミリアに、全員が注目した。エミリアはルシファードを見下ろし、そして次に村人全員を見渡していく。
「このような者に構っている暇などお前たちにはなかろう。速やかに各自持ち場に戻れ。村の復旧が最優先だ。人間の処罰は人間に任せよ。お前たちの手を汚す必要はない。」
「村長……」
刃物をおろしていく村人達を見て、ハルはほっと胸をなでおろした。正直のところ、説得できる自信はゼロだったのだ。そんなハルを見てエミリアは小さく微笑み、そして少し柔らかい声音で告げた。
「大した娘だ。うちの戦士たちを、ああも圧倒するとは」
「え……?あっとう?いやいや私、エルフの人達と戦ったことなんてないですよ…!怖いし!!」
「ふふふ……よい、忘れてくれ」
エミリアはふとエルシアに視線を移した。エルシアは彼女が今までで見たことのない柔らかい表情をしていたものだから、思わず呆気にとられてしまった。それはハルも同じだったようで、去っていくエミリアの後姿を見つめたあと関心したように言った。
「は~、あんなに優しい顔もするんだねぇ…美人にますます拍車が……」
「……ハル」
「ん?」
エルシアは少し間を置いたあと、翠の瞳にきょとんとするハルを映して静かに笑った。
「……ありがとう。」
「…!」
彼女にお礼を言われたのは初めてで、ハルはぱぁっと花が咲いたような笑みを浮かべた。




