story.13 四分の一
一方、エルシアたちから少し離れた森の開けた所で、リュウはアクティアのハルを閉じ込めた魔法と同じ水の結界魔法により、身動きが取れない状況にあった。アクティアはしかめっ面のままこちらを睨みつけて来る彼を嘲笑う。
「ふふふ……居心地はどう?いつまで耐えられるかしらね?」
「ごぼっごぼぼぼべぼぼ!!(くそっ!この魔法解きやがれ!)」
「残念、何を言っているのかわからないわ。」
アクティアがわざとらしく両の手のひらを空に向けたのを見て、リュウはぐっと拳を作り、顔の前で自分の両腕をクロスさせた。すると彼の全身から赤い炎が湧き出て、アクティアの水を全て蒸発させてしまった。自由になったリュウはすたんと軽く地面に着地する。アクティアはそれを見てこれまでの落ち着いた表情をなくし、動揺を見せた。
「……貴方も……龍の子なの……?」
「はぁ?」
「……私の水魔法はただの水魔法じゃないわ。龍神族の特別な水魔法よ……それに対抗できるのは……奇跡の剣と謳われる『伝説の剣』と――――龍の炎だけ。」
先程の水の魔法で濡れてしまった、三つ編みにした長い襟足の水気をしぼりながら、リュウはアクティアの話を聞いて難しい顔でううんと唸った。
確かにリュウは龍神族の村の出身だった。リュウジンゾクというのは、この世界の数少ない戦闘民族のうちの一つで、ドラゴンの加護を受けることができる種族だった。リュウが他の同じレベルの格闘家と比べて身体能力や攻撃力がやや高いのはその身上ゆえであった。
しかし、だ。
「お前の言う通り、俺は龍神族『火の一族』の村の出身だけど、本当の龍神族だったのは死んだジジイだけだぞ」
「……貴方の中には龍の血が四分の一しか流れていないということね。そう言えば、火の一族には純血が少ないと前に聞いたことがある……理解したわ。」
アクティアは目を閉じて、戦闘態勢を解いた。リュウはそれに少し驚くが、彼女はお構いなしに再び目を開けてリュウをまっすぐに見つめた。その水色の瞳に赤い目を丸くしたリュウが映る。
「いくらクウォーターと言えど、同胞とやり合うのは忍びないわね。向こうももうダメみたいだし……魔王様に報告しなければならないこともできた。この辺でお暇させてもらうわ」
「なっ……おい、待て!」
リュウの目の前で、アクティアは水になって消えてしまった。
「な……なんだったんだ……?」
ぽかんと口を開けてほうけるリュウだったが、すぐにハルとエルシアのことを思い出して、彼女達の元へ戻るべく走り出した。
*
エルシアは瞼をゆっくり持ち上げ、宝玉と同じその翠の瞳にいまだに震えながら命を乞うルシファードを映した。
「……私もあんたもバカだった。私にはあんたの命を取る権利なんかないわ。」
「……!!さ、さすがは俺のエルシアだ…!!」
それを聞いた途端、エルシアの目は氷のように冷たくなり、彼の顔のすぐ横に矢を振り落した。その際にルシファードの頬が少し切れる。恐怖のあまり何も言えないでいるルシファードに、エルシアの冷たい声色が追い打ちをかけた。
「勘違いしないで。私のことはどうでもいいけど、私の家族に手にかけた罪は重い。必ずその身をもって償ってもらうわ」
「ひっ……!」
「おーい!エル、ハルちゃん!」
「リュウくん!」
ルシファードを動けないように縄で縛っているところに、リュウが走って戻って来た。
「終わったのか?宝玉は?」
「うん、なんとか」
「……見ての通りよ。そっちは」
「ああ……なんかしらねーけど退いていっちまったよ。なんだったんだろうな?」
「まぁいいじゃない、目的は達成できたんだから!」
ハルがにっとほほ笑んでみせると、リュウもそれに微笑み返した。エルシアの表情も最初と比べて柔らかくなっていた。ルシファードをリュウが担ぎ、三人は僧侶やエルフの村人たちが待つ地下洞窟へと戻ることにした。
「ただいまー!!」
「宝玉ちゃんと奪い返してきたぞー」
「おお……!!」
洞窟に戻ると、とりあえず拘束したルシファードを村人数人に預けて、彼らは洞窟の奥の落ち着ける場所まで歩いた。もうほとんどの村人の怪我が治っており、大勢の人が三人のまわりに集まる。
「まさか本当に奪い返してくるとは……」
「ふふ、エルちゃん頑張ったもんね!」
「わ、私は……別に……」
「……エルシア」
ハルの後ろに隠れるようにしていたエルシアの前に、リズとルーカスが歩み出てきた。すると二人は勢いよく頭を下げて、泣きそうな声で謝った。
「エルシアが宝玉を奪い返しに行ってから、みんなで色々考えたんだ。酷いこと言ってごめんな……」
「言い訳になるかもしれないけれど……あの時は、村が襲われて気が立ってて……何も考えられなくなってた……本当にごめん」
エルシアの翠の瞳が揺れる。宝玉を握る手に、知らず知らずのうちに力が入り、いつの間にかぽたぽたと涙がその瞳からこぼれ落ちた。
「私こそ……ごめんなさい……っ」
ハルは抱き合う三人を遠目に見てから優しく微笑んだ。しかし、すぐに僧侶の姿が見えないことに気が付いた。きょろきょろと辺りを見渡すが、やはりどこにもいない。そこでエルフの瞳で結界を張り直し終えた村長に彼の居場所を聞いてみることにした。
「エミリアさん、僧侶くんは?」
「ああ、あの青年ならそこで寝ておるわ」
「えっ」
「はぁー!?」
案内されたところに行くと、確かに僧侶がソファの上で足を放り出して僧侶とは思えない姿勢で横たわっていた。リュウとエルシアは爆睡する彼を見て、苛立ちを募らせる。
「コイツ……私達が戦ってる間、ずっと眠りこけてたわけ……?」
「んだとぉ!?おいクソ僧侶、起きやがれ!」
「わー…僧侶くんがこんなにぐっすり寝てるとこ、初めて見た……」
各々が感想を述べていると、村長が歩み寄ってきて微笑みながら告げた。
「全員を治し終えた直後に倒れてな。だがそう責めてやるな。百人以上も連続して治癒魔法を使ったのだ、こうなって当然だろう。普通の聖職者なら成し得ぬことだ。この僧侶、ただの僧侶ではないな」
「(…おばあさまのおっしゃる通りだわ。こいつ、僧侶にしてはステータスが全体的に高すぎるのよね……)」
「まぁ何はともあれ、お陰でみな元気になった―――――礼を言うぞ」
村長の後ろにはあんなに傷ついていた村の人達が、嬉しそうに笑っている。洞窟の中は来た時の鬱屈とした雰囲気が嘘のように明るくなっていた。
三人はいまだに寝ている僧侶の顔を再び見やり、そして互いに顔を見合わせては笑みをこぼした。




