story.01 目が覚めたら意味わからん雑貨屋にいた件
私が一体何をしたというのだろうか。
目の前にはなんだかヤバそうな色の薬瓶、カエルやトカゲの標本が並んでおり、気味悪い品物のオンパレードだった。
ハルはこみあがってくる吐き気をなんとか堪えて、今まで自分が何をしていたのかよくよく思い出す。
先ほどまで学校で数学の授業を受けていたはず。つまらないから居眠りをして、そして起きたらこんなわけのわからないところにいたのだ。
確かに学生の本分である勉強を放棄していた自分に非があるかもしれないが、この仕打ちはあんまりじゃないだろうか。
「うぇえ…気持ち悪い…夢なら覚めてぇ…!!」
「やっと起きたか、この居眠り娘め。」
「ぎゃ―――――!!!!」
突然しゃがれた声がしたもんだから、ハルはびっくりして周りに置いてあった本の山やら薬瓶やらを盛大に散らかしながら後ずさり、最終的に何かに足を引っかけて転んでしまった。
強打したお尻をさすりながら視線を前にやると、そこにはマントのフードを深々とかぶった鉤鼻の老婆がいた。フードのせいで表情はよくわからないが、口元が弧の字に歪んでいたので笑っているように見える。
ハルが怪訝そうに様子を窺っていると、老婆はまたしゃがれた声で告げた。
「世界を救え。お前は“救世主”だ。」
「………」
「…………」
「…………あ……あ~~~そっかなるほどね!おばあちゃんきっとお孫さんのゲームの見過ぎね!も~~ゲームは程々にさせなきゃだめだよ~~」
あやしげなおばあちゃんだけど、私以外に人がいて良かった。
良くも悪くも物事を楽観的に見る癖があるハルは、安堵しながらゆっくり立ち上がった。
早いところこのおばあちゃんに道聞いて帰らないと、学校を抜け出したことを親に知られたらと思うとぞっとする。うちの親結構厳しいんだから。ほんとなんで私こんな意味わかんないお店にいるんだろう。
ハルが物思いに耽っていると、老婆はしわくちゃな口を徐に動かして告げた。
「おばあちゃんなどと気安く呼ぶでないわ。わしのことはエイゼルさまとお呼び」
「ねえ、これぜーんぶおばあちゃんの趣味?やめたほうがいいよー、お孫さん遊びに来なくなっちゃう」
「だからわしはエイゼルじゃ。」
「エイゼルおばあちゃんね。私は森山春。」
「だからおばあちゃんと呼ぶな。そしてわしには孫なんぞおらん」
なんかさっきからこのおばあちゃんと会話かみあってないような……まあお年寄りと話すときにはよくあることだよね。
ハルはまたもや楽観的な考えを巡らせてはきょろきょろと辺りを見渡して出口を探した。そして扉を発見し、嬉々としながら駆け寄ってその扉を開いた。
しかし扉の前に誰かいたようで、彼女はその誰かにぶつかりドンと後ろに突き飛ばされて尻もちをついてしまう。思いっきりお尻を打ったらしい彼女は、四つん這いになりながらお尻をさすりつつ、相手に謝った。
「す、すみません……」
「……」
「…わぁ……」
ハルはぶつかった人を見上げた時、なんかのコスプレですか?と思わず聞いてしまいたくなった。
彼女のことを冷たい目で見下ろしていたのは、まるでゲームの世界の、僧侶や司祭が着ていそうな、綺麗な白と黄の長い衣服と頭巾を身にまとった、ハルよりいくつか年上に見える青年だった。
着ているものも珍しいが、更に光に反射してきらきらと輝く白銀の髪、透き通る空色の瞳にハルはまた目を奪われてしまった。
「(お兄ちゃんがやってたゲームの登場人物みたい……)」
「……おい。」
「っうわっあ、はい!!」
ほうっと魅入っていると、突然青年が口を開いた。ハルは肩をびくつかせて、何故かその場に正座する。
「俺は僧侶をやっている『冒険家』だ。お前が今度の“救世主”か」
「……あ、もしかして、あのおばあちゃんのお孫さんですか?」
「あ゛ぁ?」
「ひぃいごめんなさい!!」
ぎらりと睨んできた双眸にハルは身を縮みあがらせた。涙目になりながら、彼女は自分の身を守ろうと傍にあった柱の影に隠れる。その間にも青年は遠慮なくズカズカと部屋の奥へ進み、エイゼルの前まで行って抑揚のない口調で尋ねた。
「おいババア、あのひ弱そうな女がそうなんだな」
「まったく、二人揃って失礼な口じゃ……」
「なら、早く剣を渡せ。今すぐにでも出発する」
「そう急かすでないわ。大体じゃ、あの小娘はまだ状況をちっとも把握しとらん」
エイゼルが溜息混じりにそういえば、青年はその碧眼でまた柱に隠れるハルを睨んだ。
ハルは瞳に涙を浮かべながら更に柱の影に体を寄せたが、青年はお構いなしに彼女の制服のシャツの襟ぐりをひっつかみ、ずるずると引きずり出してしまった。首が締まって息ができなくなり、手足を無茶苦茶に動かして暴れていると、ぱっと手が離された。ハルは青年の方を振り向き噛みつくように言う。
「もううう一体なんなの!?私が何をしたっていうの!そりゃ居眠りをしてたのは悪かったけど、こんな悪夢を見せられるほどの罪じゃないよ!」
「小娘よ、よく聞け。此処は、お前がいた世界じゃない。まったく異なる世界じゃ。お前は伝説の剣によって選ばれ、こちらに喚ばれたのじゃ」
「わ、わけわかんないいいったい痛い痛い痛い!」
いきなり加減の知らない手が頬を抓ってきて、ハルはじんじんと痛む頬をさすりながら涼しい顔をしている犯人を睨み上げた。
「何すんの!」
「さっきからぎゃあぎゃあうぜぇんだよ。逃げてねぇでとっとと受け止めろ。」
「う、受け止めろって…言われたって……」
「信じようが信じまいが、どちらにせよお前は魔の根源である魔王を倒さねば――――元の世界には帰れぬ。」
ひくり。喉の奥が鳴る音がした。
魔王、救世主、魔の根源。まるでゲームの世界にいるみたい。ああ、誰か嘘だと言って欲しい。夢なら早く覚めて欲しい。
しかしそんな願いも叶うことはなく、ハルはこの目つきも口も悪い僧侶と旅に出ることになるのであった。




