最終章 嗤うのは誰か・・・?
「あら、ここまで?」
その時、声が聞こえました。その声に、全員が不思議そうな顔をしています。いえ、全員ではありません。ただ、橋本さんも水倉さんも嘉川刑事も深夜も、私も、喋っていない中で聞こえた声。それは、私達の他に、誰かがいる、という答え。
「残念、もう少し聞いていたかったけど」
「……まさか」
その声は聞き覚えがありました。その声は耳に残っていました。
この部屋にいるわけでなく、ドア越しに喋っているので、若干声量が小さいですが、そんなものなんの関係ありません。それは知っている声。それは求めていた声。しかしてそれは、ここに不釣合いな、声。
私は混沌とした頭の中を、無理やり押さえ込み、ドアを見つめます。入ってくるのでしょうか。入ってくるでしょう。声を出し、自分の存在を知らしめた今、ここで出てこないという事は、ない。鳥肌が、総毛立つ。
そこにいるのは、私の知っている人でしょうか?
そこにいるのは、私の知っていた人でしょうか?
解るからこそ、解らなくなる。今の私は、心が揺らいでいる。そんな事はお構いなく、ドアは開きました。扉が開き、そこに立っていたのは、二日前から行方をくらませていた――新美咲、虹。ニーニーでした。どうして、ここに……?
全員が疑問に思う中、深夜が一番初めに反応しました。
「ニ……ニーニー!」
「えっと……誰だっけ?」
「お前のクラスメイトの釘咲深夜だ!」
「ああ、先月転校した」
「クラスメイトって言ってるよな!? そんなに一緒のクラスという事を否定するの!?」
「あはは、面白いそれー」
「何処に笑う要素がありました!?」
深夜とニーニーの、いつもの掛け合い。まるで学校にいるような、まるで今まで通りの、変わらない日常を見せられているような光景。でも、これは異常。日常などでは、断じてない。
「ニーニー」
「ん、燈莉も久しぶり」
「まだ、二日程度ですが」
「そうね、でも、久しぶり」
ニーニーは、笑顔で再会の言葉を口にします。
しかし、しかしこれは、これは一体、どういう事なのでしょうか?
解らない。私と深夜はニーニーを探す為にここまで来たというのに、当のニーニーはまるで、何事もなかったかのような態度。これは、何がおかしくて、何が正しいのか。
「ニーニー、どうしてここに? いえ、今まで何処に居たのですか?」
「ここにいる理由は、安西さんに会いに来たから。何処に居たっていうのは、安西さんの家」
「安西さんの家?」
「そう、燈莉面白そうな事してるね。でも、間違いに気づいちゃったみたいね」
そうです。私は今、誰が安西さんを殺したのか、それを判明させてニーニーの居場所を探そうと思っていたの……に? あれ? これは、一体どうなるのですか? 私は、何をすればいいのでしょう?
「とりあえずさ、燈莉の推理を聞かせてよ」
「すい……り?」
「うん、何故橋本さんが犯人だと思ったのか。間違ってるとこ、私が指摘してあげるから」
深呼吸を、一つ。まずは心を落ち着かせましょう。次に頭を働かせましょう。何事も順序良く行かなくとも、無理矢理捻じ曲げてしまえば、存外まっすぐになるものです。
私は何をしていたのでしょう。私は探偵ではありません。人の背後を付回し、人の足跡を撫で回す、人の後しか探せない、そんなモノとは、違う。
私は、灯夜逆燈莉。警察でもなければ探偵でもない、ただの女子高校生。そんな私が、何をしようとしていたのでしょう。そんな私が、何を恐れるのでしょう。恐れはいらない。怯えもいらない。そんな私が、何故こんな、探偵や警察の真似事をしているかというと、それはニーニー、貴女の為です。 ならば、この場が貴女の為に用意された舞台なら、私は私の役割を果たしましょう。
無様に無残に無骨に、素人は素人らしく、ご披露させて頂きましょうか。
「……解りました。では、何故私が、橋本さんを犯人だと思ったのか、僭越ながら語らせてもらいます」
ニーニーの登場で唖然とする一同を一瞥すると、推理を、話し始めました。
ひどく滑稽な、ひどく愚かしい話を。
「まず、動機の点は先ほど言ったように恋愛感情です。橋本さんも認められたので問題はないと思います。ただ、凶器。これに関して、私は重要視していませんでした。ここにくれば、本を処分するのと同じように、凶器も一緒に処分するのではないか、と思ったのです」
だから、私は橋本さんを疑った。でもその時は、わざわざ安西さんと橋本さんの人間性の違いまで考えておきながら、同じ行動を取ると、勘違いをしてしまった。
「そう、そこが間違い」
ニーニーのいきなりなダメだしです。容赦ないです。
「燈莉、よく考えて。その日記、本当に安西さんが書いたのかな? だって、こんな、誰かを殺して埋めたと告白する証拠を残しておく? 警察から締沢さん殺害の疑いがかかっている中、こんな物を家ではなく、入ろうと思えば誰でも入れる、見ようと思えば誰でも見れる、こんな開放的な、反密室空間に」
それは、そうかもしれませんが。私は安西さんの異端を、ほんの少しですが感じました。そして、橋本さんの話を信じるなら、安西さんは締沢さんを愛していたという事です。そして、警察の話を合わせると、安西さんは、愛する人を手にかけた可能性がある。それは、異端と呼ぶにも、異常と呼ぶにも、異質と呼ぶにも、十分。
「この日記は、安西さんが書いたと思わせる為にここに置いてあり、誰かに安西さんが書いたと勘違いさせる為に置いてあるように思えない? 普通、そんな事を書く人間なら、他にも似たようなモノがないとおかしくない? なんで、殺した瞬間の感情だけ、愛情として書いていたのかしら? 答えが解っているのに長引くのは面倒だから言うけど、アレを書いたのは私」
微笑みながら、ニーニーは言いました。あっけない、ネタバレを。
「ニーニー……が?」
その可能性は、ありませんでした。というより、最初からニーニーが出てくるなんて事は、予想の範疇外。けれど、もし、ニーニーがそれを書いたとしたら、書けるのだとしたら。私はあれを、安西さんだから書けると言いました。
それはまさに、同質ということ。誰と誰が、同じということ。
「燈莉。燈莉はまだ、理解していないよ」
「何が、ですか?」
事件の真相? 安西さんの犯罪? 橋本さんの愛情? 篝さんの友情? 何をでしょう? 何を私は、理解していないのでしょうか?
「燈莉は自分で言っといて、理解してない」
ふふ、と笑って、
「燈莉、貴女は高校生なんだよ? まだまだ世界を知らない、自分の周りしか見えていない子供なんだよ? 探偵でもなく、警察でもない、ただの女子高生。探偵のように推理を楽しむわけでもなく、警察のように犯罪者を捕まえようとするでもない燈莉が、まるで小説やドラマのようにしゃしゃり出て、ヒーローのように、ヒロインのように、快刀乱麻の如く自由自在に世界を支配して、ご都合主義に貴女の為に周りが動いてくれるなんて事、あるわけがないじゃん」
「………」
辛辣な言葉。なのに、事実である歯痒さ。自覚していたのに、足りなかった私の心。
「勘違いしては駄目。貴女は灯夜坂燈莉。何処から何処に行こうと、貴女はただの女子高生の灯夜坂燈莉にしかなれない。そんな貴女が偉そうに人を捕まえてご高説を垂れて、まるで私の言葉が全てと、世界を見下して甘く見て油断している燈莉が、自分しか見えていない今の貴女が、他人の世界を見るなんて事、出来るわけないでしょう」
「………」
けれどこれは、私を知っている、ニーニーだからこそ言える、言葉。
「解っているのかしら? 今の貴女は探偵のように自慢の推理を披露して悦に入り、警察のように犯人と決め付けた人間を逮捕しようとしているのよ? 何様のつもり? 貴女は女子高生。子供も子供、まだまだ世界を知らない、自分の世界さえ確立出来ていない半人前。そんな貴女が、探偵のように人を集めて、警察のように働くなんて、滑稽にも程があるわ」
ニーニーは、それだけ私に言い聞かせると、優しく私の頬を両手で包みました。
「でもね、それでいいのよ。私の素敵な可愛い燈莉は、それでいいの。半人前と言っておきながら警察でも導き出せなかった正解を半分出して、探偵の役割であるべき人間が出てくる前に全てを終らせようとする。貴女は全て早急に、全てをあっという間に、終らせたかった。それは、私の為でしょう」
優しく微笑むニーニーに、私は敗北感を味わいながら言い返します。
「……随分、自分勝手な意見ですね」
「ふふ、違うかしら?」
「……いえ」
そう、私は、
「ニーニーが言うのですから、合っているでしょう」
認めなければならない。私はそうでないと、きっと、進めない。言いたいことはある。言えない事もある。だから、私は認めなければならない。甘んじて、受け入れなくてはならない。
「そんな燈莉に、私からプレゼントよ」
ニーニーは私の頬から手を放し、安西さんの机まで行きます。
「実はね、あの日記、水倉さんに書いてほしいって頼まれたの」
「おいっ!」
慌てたように水倉さんが反応します。何故、でしょうか。何故、そんな事を?
「簡単よ。水倉さんは安西さんを殺したかった。でも、自分の手を汚したくなかった。だから、あんな日記を書いて、橋本さんが殺すように仕向けた。もし上手くいけば、嫉妬や愛情に突き動かされて、橋本さんが安西さんを殺すかもしれない。わざと見つかりやすい場所に置いてね。でもね、漫画や映画じゃないの、そんなに簡単に成功するわけないでしょう? 私が小道具の本を渡した時だって、そう言ったわ。でも水倉さんは、少しの可能性にも賭けたかった。そして、負けた」
「負けた……? どういう事だよ。だって、安西さんは橋本さんに殺されたんじゃないか」
「それは違うわ、釘咲君」
ニーニーは厳しく、間違っていると言い、
「そんな勘違いをして欲しくないから、私が出てきたのよ」
安西さんの机に腰掛けました。
先ほどの私のように、世界を牛耳るように、尊大な態度で、空気を支配して。
「安西さんを殺したのは私かもしれないわ」
唐突に、突然に、ニーニーは告白します。しかしそれは、曖昧な物言い。確定のない、発言。
「誰も殺していないんでしょう? だったら、きっとそれは私よ」
嗤いながら、言いました。
「は……? 何、言ってんだよ……?」
深夜が、動揺を隠し切れず、声を震わせて聞きます。
「動機ならあるわ。私はね、安西さんに殺されかかったのよ」
「ころ……され?」
「そう、私はあの時、そこにあるシャベルで殴られた。いくらなんでも、成人男性に女子高生である私が勝てるはずないものね。一撃で昏倒、一発で気絶。ああ、このまま終わりかと思ったけど、何を血迷ったのか、私を自宅に運んだのよ」
淡々と、微笑を交えながら話すニーニーの姿に、鳥肌が立ちました。ニーニーは、なんとも思っていない。そんな体験も、ただの、過ぎ去った過去としか、捉えてないのだと。
「そこからは簡単よ。目を覚ました私は何が起きているのか解らなかった。でも安西さんは私に言ったわ。『やぁ、お帰り―――貴美枝』って」
ニーニーはシャベルを手に取り、自分を襲った刃の先端をしげしげと見つめています。
そこには、誰かの血がついて黒くなった部分が。
「締沢さんを知らないけど、私と似ているみたいね。勘違いのまま、自宅に匿われていた。いえ、監禁されていたが正しいのかしら? 本当は困ったんだけどね。私としては、隠れるわけにはいかないし、隠れた方が危険だから。連絡がつかなくなって、姿を消した方が問題だから」
そこで私に視線を寄越します。すべてを知る、私に。
それは恐らく、自供だったのでしょう。自分の父親を殺したと、言っている。
「……馬鹿ですね。いえ、戯言ですか」
「違うわ燈莉。それは違う。安西さんは有体に言ってしまえば、ただの精神異常者。彼に常識は通じない。彼に論理は通じない。彼に理論は通じない。彼に倫理は通じない。彼の常識で動き、彼は彼の論理で行動し、彼は彼の理論で生きて、彼は彼の倫理を持っていたのよ」
そこまで解っていながら、そこまで危険な人間と解っていながら、ニーニーは何故、安西さんの家にいたんでしょうか。さっさと逃げ出せば良かったのに。
「きっと彼、理解者が欲しかったのよ。孤独すぎて、淋しかったのよ。愛しい人の愛を永遠にしても、語り合う相手がいなければ意味がないでしょ? 家出したと言った私はちょうどいい生贄だったのよ。違うと解っていながらも、私に面影を求めた。その前の、水倉さんの妹さんを殺した時、気づいたんでしょ。彼女を愛する感情を思い出しても、それを誰かに語ることのできない苦しみに」
水倉さんの顔が苦痛に歪みます。家出かと思っていた妹さん、安西さんの殺されていたのですか。そうか、だから、水倉さんは橋本さんを使って、殺そうとした。でも、
「普通、なるわけがありません。何ですかそのご都合主義は? それこそまるで物語。ドラマや小説のように都合のいい展開に持っていくだけの、三流並みに恥ずかしい、戯言ですよ」
「事実は小説よりも奇なりって言うでしょう。あら、これはそれとも言ってはいけないのかもね。まあ正直私も思わなかったわ。安西さんがあそこまで壊れているなんてね。恐らく近いうちに、安西さんは壊れていたでしょうね。夢の中を旅する異常者。現実を拒否する不適合者。安西さんは確実に、なっていたでしょう。生きていれば、ね」
そこで一振り。ニーニーはシャベルを上から下に振り下ろしました。風を裂く音。
「そして次の日、安西さんを尋ねてきた水倉さんに会ったわ。私はお手伝いさんだと言って、水倉さんを家に上げた。そこで私は水倉さんに言われたわ。『早くこの家から出て行った方がいい』って。何故ならね、水倉さんは妹が、安西さんに殺されたかもしれないと思っていたから」
その言葉に、水倉さんは体を震わせました。全員の驚いた視線が、水倉さんに注がれます。そうか、前回会った、初めて会った時に引っかかったのは、これだったんですね。安西さんの携帯のストラップ。携帯を見た事がないと言った水倉さんが、何故携帯のストラップを知っていたのか。それは、妹さんを探す過程で見つけた、殺害の証拠なのかもしれません。
「だから言ってるでしょう、燈莉。現実は小説と違って、貴女の為に全ての情報を掲示しないの。貴女が知らない事も知りえない事も、あるのよ。ストラップ、とかね」
「それは、そうかもしれませんが……」
でも、それは、不意打ち過ぎる。布石も伏線もなく、そんな事を言われても困る。だけど、これがニーニーの言う、現実。
「妹さんは家出したらしいわ。家出をした次の日、水倉さんは血の付いたシャベルと、妹さんが持っていたはずの、携帯のストラップを安西さんの机の上で発見したのよ」
「そう……なのですか?」
私が尋ねると、水倉さんは辛そうに頷きました。
「だから水倉さんに、私はあの本を渡したの。橋本さんが安西さんを慕っているのを知っている彼は、橋本さんさえ憎悪の対象となった。普段からきっと、安西さんをフォローしたりするのを見て、苛立ちが溜まっていたんでしょうね。橋本さんを利用して、罪を着せる事はできないかと聞かれた時、私はできないと答えたわ。ただ、少し。可能性は低いけど、殺してしまう結末もあると、本を渡したの。これが、全て」
そう言うとニーニーは私に近づいてきました。くるりと体を反転し、ドアを背に立ちます。
全て? いえ、まだ解っていないことがあるはずではないでしょうか?
「全てというのはおかしくないですか? 犯人が解っていませんし、ニーニーは何も……」
「このナイフの血、誰のかしらね」
ハンカチに包まれた、大事に包まれた鋭利な刃物。どこかで見た光景。誰かの家で見た光景。それは、ニーニーの家にあったノコギリと同じく、血に濡れた銀色。
「安西さんの物よ。嫌ね、そんな顔しないでくれる? 燈莉は笑っていた方が可愛いんだから」
これで、終わり。全てが全て……終わりで、いいんでしょうか。
「これで解ったでしょ。全てはもう終ったのよ。そうそう、安西さんと初めて会った時、言ってたんだけど、あの山のあの場所に、二人分の死体が埋まっているから、掘り起こしてみたらいいわ。多分、水倉さんの妹さんも、出てくると思うから」
「二人分……」
「そうよ。締沢さんと、妹さんのね」
ニーニーはそれだけ言うと、持っていたスコップを両手で抱えるように持ち、私と深夜、それからこの場にいる全員に嗤いかけ、
「それでは―――御機嫌よう」
天井の電灯に思い切り投げつけました。
「うわ!?」
「きゃっ!?」
深夜と橋本さんの悲鳴が聞こえ、細かく砕かれた電灯が粉吹雪となり降り注ぎます。深夜は私を抱きかかえて細かい破片から守ってくれました。その間、私はニーニーから目を離しません。ニーニーはそれが解っていたのか、私を見つめ、声を出さず口を動かし、皆が怯んでる隙に勢いよくドアを開けて走り去っていきます。全員が顔を上げた時には、開かれたドアと、安西さんを殺したとされる犯人、ニーニーはすでに、舞台から降りていました。
∴ ∵
その後、私以外の全員は何が起こったのか理解していませんでした。私がわざわざ、逃げたのだと言っても、嘉川刑事は何故逃げたのか解らないようです。私が安西さんを殺したからでしょうと伝えると、嘉川さんは事の次第に気づいたらしく、慌てて何処かに電話しながら部屋から出て行きました。残ったのは私と深夜と、友達を利用しようとした水倉さんと、愛に支配され友達を見捨てた橋本さんだけ。
「水倉君……」
「…………」
「本当に、私に安西先生を殺させようと、したの?」
「……ああ」
苦しそうに、痛そうに。
水倉さんは目を逸らしながら、頷きます。
それを見て、橋本さんは身体を震わし、悲観の表情を浮かべました。
「妹さんの、復讐の為? でも、はっきりとした証拠もないのに」
「お前も同じだろ」
「え?」
「お前も、同じだ」
「………」
殺人の罪を着せようとした、篝さんに押し付けようとした、橋本さん。二人は黙り、お互い見つめる事もなく、けれど意識しています。
水倉さんは妹を殺されたかもしれないという復讐から、橋本さんは愛する人を奪われた嫉妬心から、この事件は始まり、終ったのです。
∴ ∵
ゴールデンウィークも終わり、今日から学校が始まりました。私は家から徒歩で学校に通っているのですが、今日は少し遅く家を出たせいか遅刻気味です。五分ほど歩いていると、背後から深夜の声が聞こえてきました。
「おはよう」
「深夜、今日は遅いですね」
「そうか?」
「急がないと遅刻ですよ」
「マジで? じゃあ走るか」
「解りました。ほら深夜、早く私を担ぎなさい」
「何故そんな労力を強いられなきゃいかんの!?」
「昔から言うでしょう。惚れた女には全てを明け渡せと」
「詐欺師みたいな台詞!?」
失礼です。私は結構深夜に尽くしているつもりなのですが。
「私が走っていくと汗もかきますし髪も乱れて服もシワになってしまいます」
「燈莉を担ぐと俺はその二倍の疲労がオプションとして付くのですが?」
「深夜は大丈夫ですよ。深夜の汗に私はメロメロになりますし、乱れた髪は寝癖を直すことが出来ますし、服のシワなんていつもの事じゃないですか」
「汗以外に利点がないだと!?」
「あ、学校に付いたら暫く私に近づかないで下さい。汗臭い彼氏と一緒にいられませんから」
「利点がなくなったー!」
いつもと変わらない会話。子供な二人。いくら背伸びしてもそれは背伸びの何者にもならない二人。それが、私。それが、深夜。私達はまだまだ子供で、まだまだ世界を知らないのでしょう。そう、ニーニーが言うように。
「よう、二人とも」
もう少し行けば学校が見えるところで、聞き覚えのある、見知った顔が前方に現れました。
「篝さん」
篝さんはタバコを片手に「よっ」と挨拶すると、
「ちょっと話があるんだが、いいか?」
「これから学校なんですが」
「ん? そうか、そうだったな。いやぁーすまない。大学生やってると、時間の感覚がおかしくなってな。ま、サボれば暇だろう?」
「サボる前提ですか」
「お前等だって知りたいだろ」
篝さんは一口タバコを吸うと、携帯灰皿で消して仕舞い、歩き出しました。
「私達の、その後をさ」
私と深夜は顔を見合わせると、しぶしぶと篝さんの後に付いてきます。そんな事を言われたら、行くしかないでしょう。篝さんは何処か落ち着いた場所をと言って、例のバイトしていると言った喫茶店に行きました。
ゆったりとした空気が流れる店内。奏でられる音楽は時間を忘れさせ、コーヒーの香りが心を落ち着かせます。篝さんを見た店長らしきマスターが声をあげました。
「おや? 篝ちゃん今日はシフト入ってなかったけど」
「ああ、マスター、今日は遊びに来ただけだ。コーヒー三つ頼むよ」
「あいよ。おや、可愛い子を連れてるね。よし、一番高いのを淹れてやる」
「なんだい、女子高生がいるからって羽振りがいいな」
「大丈夫だ、篝ちゃんの給料から引いとくよ」
「マスターいつもの三つでお願い」
篝さんはマスターに私達の分のコーヒーも注文すると、一番奥の四人がけの席に行きました。人が来ても中々目につかない、奥の席に。
篝さんが席に着き、私が篝さんの目の前に、深夜は私の隣に腰を下ろします。
「さて、あの後の事だけどね」
篝さんは吸ってもいいかと煙草を見せたので、どうぞと頷きました。篝さんは一口吸って美味そうに吐き出し、話し始めます。ところでそんなにタバコは美味しいのでしょうか。興味が沸きますが、肌荒れが気になるので多分吸わないでしょう。
「まず水倉の事だが、妹さんは見つかったよ」
「それは……」
それは、よかったのか、悪かったのか。この事件の引き金とも言える、水倉さんの妹。それは、最後の最後で出てくるべき人物ではなかったです。
もっと、もっと早く、出てくれば、あるいは……。
私が考えている事が解ったのでしょう、そんな私に、篝さんは笑って言いました。
「ああそうそう、死体じゃなく、生きてね」
「え?」
朗報であるのですが、その言葉に戸惑います。引き金だったはずの問題が、まったく別の姿を見せた瞬間。生きて、ですか? だって、ストラップは?
「ストラップなんていっても、量産品だろ?」
ストラップ。それは、それで殺意を決意した、水倉さんの証。
でもそれは、どこでも簡単に手に入れる、雑貨。
誰も一度も、水倉さんでさえ限定品などの言葉を使わなかった。お金を出せばどこでも買える、誰もが持っているモノ。
「たまたま安西が持っていただけさ。だから、水倉の妹は本当に、ただの家出」
「家出……」
ということは。
「橋本さんは、危うく意味もなく、安西さんを殺すところだったのですね」
「……そうだな。いや、そうなのかな。意味はきっと、あったんだろうよ。ま、私はその場にいなかったから知らないんだが、ニーニーとかいうお前等の友達が言うように、これは物語なんかじゃなく現実さ。現実で、そう都合よく、殺人なんて起きない。でも、それでめでたしめでたしって程、私達は人間ができているわけじゃない」
水倉さんは安西さんを殺す為に橋本さんを利用して、
橋本さんは警察から逃れる為に篝さんを利用して、
一番の貧乏くじは、篝さん。
すべてが解決しても、それは終わったわけじゃありません。
「だから殴っておいた」
「………ん?」
篝さんが爽やかに言いました。
「二人とも、大学にはいられないって言うんでな。グーで二人とも殴っといた」
「ぐ、ぐーでですか」
それで終わりだ、と篝さんは言いました。それで、終わらせた。
終わらない現実を、篝さんは、それで全てを、終らせたのですか。
「本当に、それで全てが終わりますか?」
「いんや、無理だろうな。私が殴ったくらいで、元通りになんかならんよ。けど、あいつらは、もう大学を辞められないさ」
「辞められない……」
「私が、今度は私が二人を、縛り付けたからね」
それは、何で縛り付けたのでしょう。
水倉さんは復讐という鎖に縛られて、橋本さんは愛憎という鎖に縛られて、
篝さんは、篝さんは、友情という鎖で、縛った。
それは、出来すぎかもしれませんね。あまりにも、夢見がち。
けれど、もしそうなら、これは、最後に笑える出来事だったのでしょう。
犠牲者を出しながらも、当事者に関係者はあまりもな話だったとしても、関係のない篝さんには、それで許せる話。
「とりあえず、今後大学卒業するまでは下僕だな」
「げ、下僕ですか……」
「ん? 奴隷かな?」
「一瞬でもいい話だと思った気持ちを返してください」
突っ込んでしまった。これは深夜の役目ですのに。そんな私の反応を可笑しそうにしながら、篝さんは両手で私の頬をぷにぷにしてきます。
「ははは、可愛いなーお前等は」
「やめて下さい」
「どれ、深夜君。君にもやってあげよう」
「やめて下さい」
深夜が照れくさそうに顔を篝さんに寄せたので、私は裏拳を深夜の顔面へと食い込ませました。無言で椅子の背もたれに寄りかかる深夜。
「おぉう!?」
篝さんは本気で驚いたらしく、私をマジマジと見つめて、気絶した深夜に向かって合掌します。ふむ、裏拳も、中々。
「いや、深夜君には悪いことしちゃったな」
「篝さん、今日テンションが高いですよ」
「それは高くもなるだろう」
篝さんは笑いながら、本当に綺麗に笑いながら、言いました。
「全てが、終ったんだから、さ」
篝さんはまた、煙草を一口吸います。
「それにしても、私は結局最後まで会えなかったが、そのニーニーって嬢ちゃんは、簡単に、人を二人も殺しちまったんだな」
煙りを吐きながら、篝さんは顔をしかめます。煙草の煙りにしかめた、わけではないでしょう。ニーニーが、簡単に一線を越えられた事。これが、私達の常識と違う事が、篝さんは、解らない。それは、きっと私も同じです。
解るのは、あんな詩を書ける人物だと思った、日記を見てそう思った、安西さんくらい、なのかもしれません。
私は思い出します。ニーニーとの、昔話を。
「以前、ニーニーが言っていました。命は儚い、と」
『燈莉は、命をどう思う?』
『命、ですか』
ニーニーが父親も、誰も殺していなかった、けれど本質は変わらないある日の放課後。教室には夕暮れが濃く広がり、緩慢に活動を停止させる世界。誰も人はいなく、深夜もその時は用事があるとこで何処かに行っていました。
私とニーニー、二人だけの会話。珍しくもなく、それまでと同じなのですが、会話の内容だけが少しだけ真面目なもの。
何の話しをしていたのか解りませんが、ニーニーが私にそう聞いてきました。
『難しいですね』
『そう?』
『例えば、私はニーニーと深夜、この二人の命は、他の人に比べて、重いです』
『あら、嬉しい』
本気にせずふざけた口調で言いますが、私の本心なのは変わりません。ニーニーもそれが解っているから、おどけた口調の照れ隠しをしたのでしょう。
『けれど、もし命自体をどう思うという質問なら、ありきたりで常套句で昔から使われる表現かもしれませんが、私は、尊い、と答えます』
『尊い、ね』
ニーニーは私の言葉を繰り返します。
『命は、無くしても奪われても捨ててもいけない。私はそう考えます』
『うん』
『だから、尊い』
『そっか』
ニーニーはそう返事をすると、鞄を持ち、私の机へと歩みよります。
そして今度は、返事を聞いたから自分の考えを言う、ニーニーの考えを、口にします。
『私はね。燈莉と同じ昔から使い古された物言いかもしれないけど、儚い、と思う』
『儚い?』
尊いと似て、でも違う儚い。
『そう。尊くはなく、ただただ、儚いだけ』
『よく、言われますね。命は尊い。命は儚い』
『そうね。でも、私はただ儚いとしか思えない。命は尊い。命は儚い。それは、どちらも命に価値を、意味を付けていると思うけど、私は、そんなモノは付けない』
『価値に、意味ですか』
命に意味はない。そう言っているようでした。
それはもしかしたら、ニーニーの母親があっけなく、あっさりと、そしてニーニーの祖母が、なんてことなく、さっぱりと消えてしまったことからくる感情だったのかもしれません。
『そう、ただただ儚い。命は、ただただ儚く脆いモノだと思う』
『ニーニーは』
私も立ち上がり、鞄を持ちます。そして、ニーニーの瞳を、真っ直ぐと、見つめて。
『ニーニーは、自分の命を、どう思いますか?』
それに、ニーニーは嗤って――
「ふーん」
篝さんは二本目の煙草に火を点けました。深夜は気絶したままです。そんな強く殴った覚えはないのですが、当たりどころが悪かったのでしょうか。
「ニーニーにとって、命とはただ生きている結果に過ぎないモノなんだと思います。生きているから、命がある」
自分で言っておきながら違和感を覚えました。何か、噛み合っていないような、噛み合い過ぎているような、気が。しかし、全ては終わり、事件も何も残っていない現状で、一体何が気になるというのでしょう……解りません。
私の言葉を、ニーニーの台詞を聞いた篝さんは、煙を漂わせながら言います。
「ただ儚いだけってのは、一見普通に思えるかもしれないけど、それは普通に見えるだけで、本質は違うな」
「本質、ですか」
私とは違う、解釈。
「儚いってのは、つまり陽炎のように、不確定で不確実で、そんな曖昧な意味で、あの子は言ったんじゃないだろうよ」
「………」
「多分、ニーニーちゃんは儚いって意味を、無意味と同義で扱ったんじゃないか」
「儚いと無意味じゃ、随分違いますね」
意味が、違う。 意味が、ない。
価値の話に代わり、価値がない。
「ん? まぁそうだな。はは、やっぱり私には、ニーニーちゃんの思考は解らないな」
そう言って、篝さんはコーヒーを飲みました。でも、篝さんのその言葉は、合っているとまでいかなくても、近い。限りなく、近いのではないかと、思いました。
ニーニーとって、命なんてものは、無いにも等しいのかもしれません。
「さて、と」
篝さんはコーヒーを飲み干して、席を立ちました。
「私達の話しはこれで終わりだ。水倉は勘違いで、橋本は先走って、私は貧乏クジさ」
ニヒルに笑いながら、篝さんは言います。そんな篝さんを、私は、眩しいモノを見る想いで、見つめます。強い、です。儚く、強い。尊さを感じるほど、強い。
「お前らの話も聞きたいが、それはもう、プライベートになっちまうからな。私が聞いていいことじゃあ、ないだろう」
篝さんは何気なく伝票を取り、会計に行きました。どうしましょう。する仕草の一つ一つが無駄にカッコイイです。あ、無駄って言っちゃいました。
「付き合ってもらって悪かったな」
篝さんはマスターにコーヒー代金を渡して、ドアに手をかけ振り向きながら言います。
「また何か私に用があったら、ここに来てくれ。コーヒーくらいはご馳走するさ」
そう言うと、篝さんはお店から出ていきました。カランカランと、鈴の音と私達を残して。
篝さんが去った後、私は深夜が起きるまでコーヒーを飲んで待つ事にしました。寝ているみたいですし、深夜のコーヒーも頂きましょう。
篝さんの知り合いという事で、マスターがこれまた美味しそうなクッキーを差し入れてくれました。感謝感謝です。私は一口、クッキーを頂きます。とろけるような甘さ、嫌味でない甘味の触感。コーヒーの苦味と相成って、苦味が少しずつ消えていく代わりに、クッキーの甘さが少し舌の上に残って、絶妙な味を引き出していました。
さて、今回の事件。それは全て解決したと言えるでしょう。ニーニーのお父さんも、安西さんの家で見つかりました。これは、水倉さんの妹のように、生きて帰っては来ませんでしたが。今日篝さんに会えたのは、僥倖だったでしょう。事件の全てが解りました。事件の全てが終わりました。だから、もう気にする事はないはずです。何も。その、はずなのに。
何故でしょう。私は篝さんと話した時、何かが引っ掛かりました。何が引っ掛かったのか。それが、解らない。あの時、あの場面。ちょっと考察でも入れてみましょうか。暇つぶしにでも、例えば橋本さんが安西さんに告白したきっかけは、
「ッ!?」
全身に鳥肌が広がり、頭を鈍器で殴られた感覚が伝わります。そう、なんで今頃気づいたんでしょう。違う、まだ何も終わってない。私は自分で推理なんて大層なことを、すべてを結論付けて関連付けて考えたせいで、見落としていた。
だって、何故、
どうして橋本さんは、締沢さんが死んだと知っているのですか。
あの時点では、警察さえ行方不明扱い。篝さんの詰問も、何か知っているのかというもの。なのに、橋本さん一人だけが、締沢さんの結末を知っていた。安西さんと橋本さんは携帯の番号を知る仲。同じゼミ生である、水倉さんだって知らない番号を知る仲。もしかしたら、もしかして、締沢さんを殺したのは、安西さんだけでなく、橋本さんも関わっているのではないでしょうか。そうじゃなきゃ、辻褄が合わない。言動が、一致しない。
篝さんが去った方を見ます。篝さんは気づいているのでしょうか。いえ、あの場面にいた人間にしか、気づけない。それに、確証はない。ニーニーが曖昧に、安西さんを殺したのは私かもと、ナイフを見せた程度の証拠しかない。ナイフだって拾えば……拾ったとしたら、もしかしたら、この事件の犯人はやはり、橋本さんなの、でしょうか。私に問い詰められていた彼女は、あまりに狼狽していましたが、安西さんが死んだ時、殺された時、彼女は涙も零さなかった。演技をするに、十分な本質があった。あれら全てが嘘で、演技だとしたら。
橋本さんは今頃、嗤っているのかもしれません。
……私はコーヒーを口にしました。やめましょう、解らない。これ以上は、私が関わっていい問題じゃない。私がやろうとしていた事は、違う。誤っちゃいけない。危なく私は、嗤いながら事件を解決しに行くところでした。どこかの警部のように、どこかの犯罪者のように。
けれど私は、違う。彼らとは、違う。ニーニーの元気な姿は見れたのです。よかったとしましょう。とそこで、今度は私自身の言葉に、引っかかる。 ニーニーの、姿? 何でしょう。どうしてこの単語が、気になる。ニーニーの姿。それを見たのは、水倉さんに橋本さん。そして嘉川刑事に、私と深夜。篝さん以外は、関係者全員が見ていたはずです。
篝さん、以外。
そう、篝さん以外は、ニーニーの姿を見ていて、篝さんは、ニーニーの姿を見ていない。
なら、なら何故、篝さんはニーニーの事を、嬢ちゃんと、女の子と解ったのでしょう。
私達は一言も、篝さん達の前ではニーニーを捜している事も言っていないのに。
嘉川刑事に聞いたのでしょうか。その可能性はあります。事件の事を知っているみたいですし、細部まで解っているみたいでした。でもそれだと、それだと一つ気掛かりな事が。あの日、篝さんは13号館の前で、中庭でコーヒーを飲んでいたはずです。それならば、走って出てきたニーニーの姿を見ていないのは、おかしい。篝さんは言いました。結局、私は姿を見ていないと。
偶然、見なかったのでしょうか、たまたま、目を離した隙に? しかし、あそこで、果たして篝さんが、目を離したとしても、見逃すでしょうか?
犯人を捕らえると言って入った13号館には、一緒に来た橋本さんと水倉さんもいたのに。
目を離すなんて、考えられない。むしろ、目を離さず見ていたはず。
なら、13号館から飛び出てきた、逃げ出したニーニーを、篝さんは犯人であるニーニーだと、思わなかったのでしょうか。ニーニーがどんな容姿か解らなかったのか。いえ、嬢ちゃんと言っている時点で、それはないです。いや、でも、その時は知らなかったのでしょうか? なら、なら……。そこで、思い付きました。気絶している深夜をそのままに、逸る気持ちを抑えて抑えて抑えて、マスターに、聞きます。
「マスター、ここ二、三日の間に、誰か雇いませんでしたか?」
「ああ、篝ちゃんの紹介で、女の子を一人雇ったよ」
そのクッキーも、その子が作ったんだ、とマスターは言いました。
「マスター、すみませんがお礼を言いたいので、入ってもいいですか? もしかしたら知り合いかも、しれません」
「いいよ。キッチンで皿洗いや料理を作ってるから」
裏に行ってみな、とマスター。私はマスターにお礼を言って、店の裏へ、入ります。お洒落なカフェらしいキッチンです。そこで、皿洗いをしている女の子が、一人。
「クッキー」
私は声をかけます。そう、気づくべきでした。いえ、気づかせてもらったのでしょう。篝さんに。篝さんが殴ったくらいで、本当に全てが丸くなるほど、世の中は出来ていません。人の心はそう簡単に、出来ていません。
だから、篝さんは全ての起点でもある、その子を捕まえた。
警察にも渡さずに、ずっと見張っていた13号館から飛び出してきた女の子を。
篝さんはすぐに何か感づいたのでしょう。そして、捕まえる。全ての罪を被り、全てを行った、その子を捕まえた。それは、橋本さんに安西さんを殺させなかった、水倉さんに橋本さんを利用させきらなかった、お礼、でしょうか。それとも、他に何か理由があるのでしょうか。解りません。解らない事だらけです。けれど、私も今やっと、本来の目的である人物を捕まえました。
「美味しかったですよ。ニーニー」
「ちょっと甘いような、気がしたけどね」
ニーニーは嗤いながら、私を見ました。
焦れた、追い求めた姿が、そこにはありました。
なので、本当はこれは蛇足なのかもしれませんが、私は最後にすべてを終わらせるために、尋ねます。
「本当に」
解らない。解らないからこそ、尋ねます。
「ニーニーが、殺したんですか」
その問いに、ニーニーは笑って言いました。
「殺したよ」
殺したと、殺害したと。
でもそれは、私の質問と違う回答。
それは、私の問題の起因となった事件の、
「お父さんを殺したのは、私」
顛末の、話でした。
だから私は、続けます。
真実を、曖昧のまま終わらせないために。
結局、私は自分の欲に勝てずに、ニーニーに窘められたことをしながら。
「でも、安西さんは……」
「おお、凄い」
ニーニーが驚きの声をあげます。
「その通り。私は、安西さんは殺してないよ」
殺してないと、私の考えが間違ってないと、言いました。
「安西さんはね、自殺だよ」
「え……」
「ナイフが安西さんのだって、言ったでしょう?」
ニーニーが最後の、推理の場にいた時に口にした言葉。
その通り、ニーニーはあの凶器となるナイフを安西さんのだと言いました。それが本当なら、殺人はおかしい。おかしくなる。てっきり橋本さんが殺したのかと思っていた私ですが、それさえ間違っていた。
「安西さんはね、壊れていたの。あの時点で、あの時に、やっぱり壊れていたのよ」
「で、でも」
「ふふ、橋本さんに愛されて、水倉さんに憎まれて、篝さんに疑われて、私に会ってしまった。多分、一番の原因は私ね。彼女に似ていたっていう、私に会って。あの時殺そうとした時に、殺せなかった私に会って。安西さんは、気づいちゃったのよ」
永久に愛し合えると思っていたのに、現実には、いない彼女。
一方的でしかなかった愛情。ニーニーを見間違え、生かしてしまった。
それは、きっと安西さんにとって絶望だったのでしょう。橋本さんに告白されても、断り愛を貫こうとした安西さん。好きな人がいると言って、貫き通そうとした安西さん。
「なんで、安西さんはあそこで死んだのですか?」
自殺。だとしても、自殺するなら安西さんが愛した女性が眠る、山の中ではないでしょうか。
「言ったでしょう? 気づいたって。例えそこに死体があったとしても、もうそこに彼女はいない。愛した女性はいないって気づいてしまったの。だから、彼女と出会った、あの大学で、校舎で、安西さんは死にたいって思ったのよ」
思い出の中で死にたい、安西さんは、そう思っていた。
理解できそうで、私には理解できませんでした。
ニーニーには理解できたのでしょうか。だから、あそこに居て、ナイフを持っていたのでしょうか。
「私がね、プレゼントしてあげたの。あのナイフを。きっと、水倉さんには悪いけど、死にたいだろうなって解ってたから。自殺したい人間がいるのに、水倉さんのエゴで殺人者を出すのは忍びないなって思ってね」
優しさのように見えて、なんと残酷なことでしょう。
思い出します。ニーニーとの会話を。
思い出します。篝さんとの会話を。
命について、話したことを。
ニーニーにとって、命とは、無いに等しい。
そこに重要性を見出していない、思考。
「まさかあんなすぐに自殺するとは思わなかったけど、橋本さんの告白を断った時、彼女が締沢さんを引き合いにだしたからね。だから、きっと、カッとなってやっちゃったんでしょ」
でもそれなら、ニーニーが犯人ではないことは明白です。それなのに何故、ニーニーは自分が殺したように言ったのでしょうか。私の疑問に、ニーニーは自分勝手な、自分中心なことを言いました。
「いずれにしろ、私が直接手を下してなくとも、私がきっかけを作ったのは事実よ。だったら私は、その罪から目を逸らさず、受け止めるつもり。だって、それが自殺を手助けした、私の責任でしょう?」
それでお終い。
本当に、お終い。
橋本さんが涙を流さなかったのは、偶然。それでも発見した時、どうしてと呟いていたのは、つい先ほどまで話していた安西さんが死んでいたから。
驚きのあまり呟き、自分のせいかもと葛藤してしまったのでしょうか。涙を流す余裕もなく。
「それで、どうする?」
ニーニーが尋ねます。
すべてが終わった後で、どうすると。
続きは、どうすると。
「私を、捕まえる?」
意地悪な感じで尋ねるニーニーに、私は――
「そうですね。でも、私はただの女子高生ですし、警察でも探偵でもないですから」
そんな、気の利かない返答しかできませんでした。
「なにそれ」
「本当にニーニーが父親を殺したのか、解りませんし。証拠もなく、ニーニーの自供でしかありません。安西さんの犯行も隠し罪を被ろうとしたニーニーの言葉を、信じるのも癪です」
それは願望かもしれません。ニーニーが人を殺してなんかいないという、縋るような願い。
「もし犯人なら、私は私のために、私のためにも、ニーニーを見逃すことはできないです。でも、今はただ。私の目的はただ――」
ニーニーが私の言葉に微笑みます。
殺人事件なんて現実ではそうそう出会えない体験をし、不覚にも楽しんでしまった私は、私に誰かを裁く権利があるなど解らず。
ただただ、その笑顔に、私も、嗤って――
こうして私は、物語だったら主軸であり、目的でもあるニーニーとの再会を、果たしたのでした。
END




