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三章 さて、この事件は――

      ∴      ∵


 父親の特権を乱用し、現場の下っ端警官を怯えさせて無理矢理安西さんの研究室に忍び込みました。研究室と言っても大して広くありません。散らかってないとはいえ、それでも物が雑多に置いてあり、先ほど集まった人数が一杯一杯という感じです。私はデスク周りを、深夜は本棚を担当に捜索を開始しました。深夜は本をパラパラと捲り、一冊一冊取り出して調べています。私は引き出しを開け、中を見させてもらいました。

 なんでもいいから、情報が欲しい。

 人のデスクを勝手に見るというのはよくないことですが、文句を言う安西さんはすでにいないので良しとしましょう。引き出しの中には仕事関係のメモや、文房具などが入っていました。他にも書類のようなものが入っていますが、特に目を引くようなものはありません。やはり、ニーニーに関係している何かを見つけるなんていうことは、雲を蹴るようなことだったんでしょうか。あれ、掴む?

「燈莉!」

 私が雲を蹴るも雲を掴むも、意味合いとしては同じだから私は間違ってないと理論武装をしていると、深夜が話しかけてきました。

「なんでしゅ……なんですか」

「それが……しゅ?」

「怒」

「怯」

 ……誰だって、何か考えている時に声をかけられれば噛みます。狙い済ましたかのように声をかけてきたということは、きっと深夜はそれを狙っていたんでしょう。

「まさか、深夜がそこまで計算して私の醜態を見たい性癖の持ち主だったとは思いませんでした。あとで虐めてやりましょうか」

「俺が何をした!?」

「っ!? 心の声を聞いたのですか!?」

「口に出てる喋ってる!」

「今度は羞恥プレイですか……深夜はいつも私の斜め上ですね」

「お前はもう少し彼氏に対して理解を示そう! そして信用しよう!」

「性癖なんて人それぞれだと思いますが、アブノーマルなプレイはちょっと……」

「お前は俺をなんだと思ってる!?」

「えっと……その……」

「口ごもらないで!?」

「ごめんなさい、いくら私でもこれ以上はちょっと……」

「違う違う俺はこれ以上を求めて文句を言ったんじゃねぇ!」

 深夜が手に持っていた本を床に叩きつけて叫びました。

 ふぅ、どうやらこれで私の醜態は忘れ去られたようですね。それよりも……、

「深夜、人の本を、というより本を床に叩きつけるなんて言語道断です。それくらい常識でしょう? 本を叩きつけるくらいなら深夜が地面にダイブしてください」

「本の事は謝るけど酷いっ!?」

 私は本を拾います。それは書物というより、日記帳に見えました。丁寧で豪華な造り。市販ではなくオーダーメイドといった装丁で、本が好きな人間にとって垂涎とまではいかなくとも、羨ましいと思える代物。

 拾い上げ、裏と表を見ましたが特に何も書かれていません。

「これは?」

「そうそう、これだ。変なことが書いてあったんだ」

 深夜は私から日記帳を受け取ると、あるページを開きました。

「ここ、見てくれ」

 深夜が開いたページ。そこには、不気味なことが書いてありました。


『どうして彼女は解らないんだろう。

    どうして彼女は解らないんだろう。

  僕だけが彼女を愛していることを、

     僕だけが彼女を理解できることを、 

   愚かな彼女は解らない。

       聡明な僕だけが知っている。

       だから彼女を閉じ込めよう。

           ずっと暗い暗い土の下に、

           ずっと側に置いとく為に、

                       彼女は今も、僕の下に――』 


 それは殺人の告白に近い、気味の悪い醜悪な欲求。

 煮詰めて焦がした、けれど純粋なる想いの丈。

「どう思う?」

「日付を見ると、ニーニーについて書かれたものじゃないと思いますが、これは……」

 愛、なのでしょうか。

 しかし、これを愛と認めてしまうと、愛とは一体、なんなのでしょうか。

 あまりに私たちの次元から離れています。

 あまりに私たちの常識から隔絶しています。

 私には解らない意味が、この短い文章の中に、篭っているような気がします。

 真実の愛に近いのかもしれません。人間が作り出す愛からは、程遠い、禁忌に近い、愛の形。

「日記っていうよりも、詩に近いよな」

 詩とも違うでしょう。これを詩と言うのなら、それは全ての詩に対しての侮辱です。

 言葉。ただ単純に人間が抱え込んでいる言葉。意味を、純粋な言葉の意味をつけた、言葉。

「日付は、二ヶ月前だな」

「二ヶ月前……」

 それは、それは締沢貴美枝が消えた時節と同じではないでしょうか。

「貴美枝さんのことを、書いているのでしょうか……」

 深刻で重苦しい空気が流れようとした時、場違いな軽快で気分の良い音楽が流れました。私の好きな、あの暗い表情の、けれど歌声は希望に満ちた歌手の曲。どうやら私の携帯のようで、着信画面を見ると、非通知と表示されていました。誰からかの電話。誰でしょう?

 ただ、なんとなく、かけてきそうな人物は想像できます。

 悪戯じゃなければ、存在自体が悪戯みたいな人ですが、他に今、物語のような殺人事件が起きている今、ここで電話にで登場すべき人物は、そう多くはありません。

「再登場、というわけですか……」

 私は、ゆっくりと、ボタンを押しました。

『やア、コーヒーは美味しかっタ?』

 予想通りというか、期待外れというか、妙に語尾が訛った、場にそぐわない口調で的外れなことしか言わない、油断大敵な、兎警部の声が聞こえてきました。

「何故、知っているんですか?」

 やや怒気を含んだ口調で兎警部に聞きました。

『何をだネ?』

「コーヒーの事ですよ」

 私の問いかけに、兎警部はあくまでとぼけた調子で答えます。

『ああ、そんな事カ。何、君達の周りにはまだ警官が現場を調べているだろウ? コーヒーを飲んでいるのヲ、たまたま見かけた警官がいただけの話サ』

「…………」

 未だ私たちのことを見張っている、という事でしょうか。つまり、私たちは疑われている、と。いえ、もしかしたら篝さんが監視されていて、そこで偶然会った私が話しをしているところを目撃したのかもしれません。希望的観測ですが。現在こうして、兎警部と話しているのは、私なのですから、誰を見ていたのか解ります。

「それで、何の用ですか?」

『新美咲虹についての事だヨ』

 凍る、その言葉。聞きたくない名前。見つけたい名前。

 覚悟はしていた。理解もしていた。

 ニーニーのことを話してしまってから、ニーニーがやったかもしれない、事件について、調べられると。こんなに早く、行動に移されるとは思わなかったけど。

 私の不注意で、私の油断で、解るはずがないと、悟られるはずがないと高をくくった結末。

 だからこそ、覚悟した。

 けれど、その覚悟も認識も、まだまだ甘いという事が、兎警部から痛感させられます。

『とりあえず、新美咲虹ちゃん、君達で言うニーニーちゃんは、現在捜索中でありまス』

 うざい。仕事は早ければいいというわけじゃありません。

『それから、ここが重要なんだけどネ? とりあえず重要参考人として、探してるかラ』

 重要、参考人……。

 私は、私はあの時、ニーニーが行方不明としか言っていません。

 それ以上の情報は、与えていません。

 何の事件、と兎警部は言いませんでした。

 ということは、それは、部屋を、ニーニーの部屋に入ったという事。

 そして、素人の私が見ても不自然な、何かの血に塗れたノコギリを見て、ニーニーの父親が連絡を取れないのを見て、ニーニーが行方不明なのを見て、気づいた……のかも。

「重要、参考人ですか?」

 もしかしたら、違う理由かもしれません。その望みにかけて、私はとぼけた答えと質問をします。

「ただの一般市民で凡庸で平凡な女子高校生が、何故重要参考人なのでしょう? 家出人の間違いでは?」

『間違いじゃないヨ? 何の参考人と聞かれると困るけド、むしろ解り切りすぎて戸惑っていると言った方がいいかもしれないけド、あの血だらけのノコギリを聞くことかナ?』

「血だらけ、の……」

 脳内に再生される映像。台所に置かれた血だらけのノコギリ。

 兎警部は可笑しそうに言います。

『おヤ? 知らなかったかイ? 彼女の家に、とても凡庸で平凡な女子高生の家に相応しくない、血だらけのノコギリが置いてあることヲ?』

 ああ、やはり、気づいた。

 だからこそ、私は口走ってしまったのかもしれません。

 今度は油断ではなく、今度は慢心ではなく、純粋に―――墓穴。

「そ、その血が、ニーニーのお父さんの物とは、限らないじゃないですか」

『……そうだネ』

「な、なら」

『まだ鑑識待ちだから、解らないネ。それはそうだ、君の言う通りだヨ! ところデ、何故君はお父さんの血かもしれないなんて思ったんだイ?』

 言われて気づく、あまりもな失敗。

 私が、私は何を、言ってしまったのか。何故、そんなことを言ってしまったのか。

 身体が硬直し、声が出ません。黙る私に、兎警部はただただ可笑しそうに、嗤います。

「………」

『……クク……ハハハ……アハハハハハハハハハハ!!!』

 嗤い声が、聞こえます。それは、嘲笑のようで、哄笑のようで、その中間でもあるような、そんな、笑い声でした。

『アハハ!! 面白イ! 実に面白いよ燈莉ちゃんッ! 君ハ、君は僕を騙そうとしているのかナ? 試そうとしているのかナ? 面白イ! 面白ク、甘く見られたものだネ!』

「………」

『僕は別に何も罠を仕掛けてないんだヨ? 僕は別に何も聞き出そうとはしてないんだヨ? それなのニ、それなのに君は僕に情報を与えタ! 血だらけのノコギリ! 行方不明のニーニーちゃン! そして同じく行方知れずの父親! これは何の茶番かナ? これは何のミス?』

「………」

『嘉川君をそっちに向かわせてるかラ、彼の車に乗ってニーニーちゃんの家まで来るといいヨ。 大事な大事ナ、話があるんだかラ』

「………」

『そこで君が楽しんでいる事件の真相を教えてあげよウ』

「………」

『安西が何故死んだのカ? 安西はどうやって殺されたのカ? 安西は誰に殺されたのカ? もしかしたら君ハ、ある程度推測できているかもしれないけれどネ』

「………」

『そしテ、新美咲虹ガ、何をしたのカ』

「………」

『では、ニーニーちゃんの家で待っているヨ』

「………」

『……電話なんだから、会話してくれると嬉しいんだガ。まあ仕方ないネ』

「………」

『そうそウ。切る前に一つ聞きたいんだけどネ。なんで僕がこんなにも早ク、ニーニーちゃんの現状を把握したのか解るかナ? だってサ、君は気づいたはずだヨ。自分の失態ヲ、自分の間違いヲ。だから君に証拠隠滅させられる前ニ、友達想いな君に邪魔されない為ニ、僕は迅速に最速に行動したんダ。けれド、結果はこれダ。君は大切な大切な友人よリ、一回会っただけの男の方に居ル』

「………」

『君のお父さんが自慢していたヨ、今時少ないイ、よく本を読む真面目で可愛い娘だっテ。色々な本を読むけド、その中でもミステリーが好きで鋭い洞察力と推理力を持っているかラ、将来は警察に入れてあげたいともネ』

「………」

『でもサ、君は何を考えているのかナ? まさカ、小説みたいニ、ドラマみたいニ、映画みたいニ、漫画みたいニ、ただの女子高校生である子供の君ガ、事件の真相を警察よりも早く解けるなんテ、絵空事を考えていたのかナ?』

「………」

『日本の警察は優秀だヨ。2011年の検挙率を知っているかナ? 強盗は64.9%。放火は81%。そして殺人ハ―――97.9%ダ。安心していいよ女子高生探偵君。君みたいな子供が躍起になって殺人事件の犯人を推理する必要がないくらイ、我々日本の警察は事件の迷宮入りを許さなイ。犯人を許さなイ』

「………」

『ところでサ、そんな探偵気取の君に聞きたい事があるんダ。君はサ、灯夜逆燈莉はサ―――』


『『『『『『『『『『『『


    ――― 本当に   新美咲虹を   助けたいと 思って いるのかイ ――


                                           』』』』』』』』』


 ブツッ、と携帯の通信が切れました。何故なら私が切ったからです。

 電話を切った瞬間、ノックがしました。

「失礼するよ。ああ、いたいた。兎警部から聞いているかもしれないけど、新美咲さんの家に君達を連れて……聞いてる?」

 隣では深夜が見つめてきます。携帯での会話というものは、意外に相手の声が聞こえてしまうものです。近くにいれば、尚更。全て聞こえていなくとも、ある程度は聞こえたでしょう。

 これから何が始まるか。

 これから何が終わるか。

 その、全てが。

「……いえ、何でもありません」

 私は、深夜を無視して嘉川刑事に答えました。

「さあ、行きましょう」

「ああ、そうだね」

 嘉川刑事は、あっさりと言いました。


      ∴      ∵

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