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八話

 結局、あれから三十分くらい優希ちゃんに振り回され続けていた。

 でも、どうやら怒っていても目的は忘れていないようで時々部屋の中に入ったりはした。だけど、やっぱり、冷静さはかけていたようで僕が詳しく調べようとしたら引きずられて別のところへと連れて行かれた。

 しかも、ここの廃校はそれほど広くないので何度も同じところに入ったりもした。なので、結構疲れている。

 そうして、やっと優希ちゃんの暴走はあるひとつの部屋で止まった。

「優希ちゃん、やっと、落ち着いた?」

 優希ちゃんの進む速度は結構速かったから少し息が上がってしまっている。

「え?あ、うん」

 こちらを振り返り素直に頷いてくれた。よかった、ちゃんと落ち着いてくれているみたいだ。

 それよりも、ここはどこだろうか。

 僕は部屋の中を見てみる。

 この部屋にはグランドピアノが置かれていた。だけど、ずっと放置され続けていたせいかほこりをかぶり、所々朽ちてしまっている。

 それから視線に入ってきたのは額縁、だけだった。そこに飾られていたであろう写真か絵はどこにもなかった。だけど、そこにどのような写真が、絵があったのかは想像がつく。この部屋の雰囲気から。

 ここは、かつては音楽室だった場所なのだろう。そんな雰囲気をこの部屋は持っている。

 そういえば、と思う。さっきまで散々優希ちゃんに振り回されていたけれど一度もこの部屋には入っていない。まあ、ここは廊下の突き当たりに位置しているから曲がり角があれば曲がる、という進み方をすれば入ることはなかったかもしれない。

 そう言う意味では、優希ちゃんがこの部屋に入った時点で落ち着きを取り戻していた、ってことになるんだと思う。

「とりあえず、この部屋から調べてみよう……か?」

 なんだか優希ちゃんの様子がおかしかった。といっても、ぼーっとしているように見えるだけで、それ以上は何もない。だけど、気になることは気になる。

「優希ちゃん?……どうしたの?」

「……え?う、ううん、どうもしてないよ」

 少し反応が返ってくるのが遅かった。

「本当?でも、優希ちゃん、ちょっとぼーっとしてたよ」

「そうだったの?……でも、まあ、そんなことどうでもいいよ。早くこの部屋に何かないか探してみようよ」

 本当にどうでもいいことなんだろうか。でも、本人がどうでもいいって言ってるんだからこれ以上気にするのはやめとこう。

 まずはどこを見てみようかな、と僕は再度部屋を見回してみる。

 そうしていたら、誰かに左腕を引っ張られた。そういえば、僕の腕、優希ちゃんに握られたままだった。

 そのことに、優希ちゃんも気がついたようだ。でも、僕の腕を掴んだときは冷静じゃなかったから掴んだ、ということにさえ気がついてなかったかもしれない。

「え?あ……、あわわ、ご、ごめん、広也」

 優希ちゃんは、ばっ、と僕の腕を放す。何故だかかなり取り乱しているようだった。顔まで赤くなっている。

「うん、別に謝らなくてもいいけど……どうしたの?顔、真っ赤になってるよ」

 調子が悪いのかな?でも、幽霊に調子がいいとか悪いとかってあるんだろうか。

「赤くなんかなってないよ!広也のバカっ!早くこの部屋を調べるよ!」

 何故か、バカ、と言われてしまった。そして、優希ちゃんはそのまま部屋の隅の方へと一人で行ってしまった。

 でも、まあ、調子が悪いみたいじゃないからよかった。

 そう思って僕もこの部屋を調べ始めた。



「優希ちゃん、何か見つけた?」

 一通り部屋の中を調べ終わった後、僕は優希ちゃんにそう聞いた。

「ううん、別に何も見つけれなかったよ。広也は?」

「僕も同じ。特に何も見つけられなかった」

 優希ちゃんのものについて探しているわけだから優希ちゃんが何も見つけられないっていうのは予想ができていた。だけど、何を見つけてもとりあえずは見つけたことになる僕までもが何も見つけられないとは思わなかった。

 この部屋にあるのはもう誰も弾くことのできないグランドピアノと何も入っていない額縁だけのようだ。この部屋にある棚とかを開けてみても全部空だった。

「どうしようか……」

 この部屋から動くべきなんだろうけど、まだこの部屋を調べる必要があるように思う。何故なら、

「ねえ、優希ちゃん」

「……え?なになに?」

 優希ちゃんは先ほどから何度かこのようにぼーっとしていることがあった。

「優希ちゃんはこの部屋に、何か気になるものでもあるの?」

「う〜ん、気になる、っていえば気になる、ってことになるんだろうけど……こう、なんだか引っかかるんだよね」

 そう言って優希ちゃんは部屋の中を見回した。僕もつられて一緒に見回してみた。だけど、特に変わったところはなかった。

「こうして見た限りだと、何もないよね」

「うん、そうなんだけど……。何かが、気になるんだよね」

 それから、僕たち二人は黙っているままだった。ここに調べられるような場所はない。だけど、優希ちゃんの反応からしてここには何かがあるはずだ。

 そう思っていたら、突然、優希ちゃんが口を開いた。

「……実はね、わたし、この部屋に来るの初めてなんだ」

「えっ?そうなの?」

 僕の確認するような言葉に優希ちゃんは頷く。夕佳が言っていた、無意識のうちに避ける場所がある、というのは本当だったんだ。

 だったら、ここに何かがある、というのは明白だ。

「じゃあ、優希ちゃんに関する何かはここにあるんだろうね。……幽霊になってるってことはさ、生身の状態じゃできなかったこともできるようになってるんじゃないかな?こう、優希ちゃんの探しているものがどこにあるのかその気配を感じるとか、そんな感じのこと」

 とりあえず、出来ることをやってみよう、ということで適当に思い浮かんだことを言ってみる。

「どうやって?」

 どうやら、優希ちゃんは僕が言ったようなことを出来ないようだ。ていうか、幽霊自体が出来るのかどうかが怪しい。

 でも、このまま諦めても進展はない。だから、僕はさらに考えてみる。しょせん、適当に思い浮かんだことだけれど、何もしないよりはましだ、ということで言葉にしてみる。

「……意識を集中させてみたらどうかな?その、優希ちゃんの中にある引っかかりだけに意識を向けるような感じでさ」

「……うん、わかった、やってみる」

 優希ちゃんは頷いて、ぎゅっ、と目を閉じる。僕はただそんな優希ちゃんの姿を見守ることしかできない。

「……」

「……」

 静寂だけが部屋の中を満たす。時折、外から蝉の鳴き声や木が揺れる音が聞こえてくるけれど、それらはすぐに静寂の中に溶け込んでしまう。それくらい、僕たちの周りは静かになっていた。

 ただ、一つ規則的に聞こえてくるものがあって、それは僕の呼吸の音。僕が生きていると証明するものだった。

 それを聞いていると悲しくなってくる。僕の呼吸の音が聞こえるからじゃない、優希ちゃんの呼吸の音が聞こえてこないからだ。

 静かになると、彼女がもうとっくに死んでしまっているんだと再確認させられる。そうさせられるとひどく悲しい気持ちになる。

 彼女は僕の前で笑って、怒って、照れて、そんなふうに生きている人間と変わらない行動をする。それに、僕と優希ちゃんには特別なつながりあるおかげか僕は彼女の温もりをも感じることが出来た。

 それなのに、そうだというのに、彼女は死んでいる。自分は死んでいるんだと自覚して、特別な人以外には姿も見てもられない。そんな、悲しい存在があるだろうか。

「広也……」

 小さく、僕を呼ぶ声。その声で、僕ははっ、として考えるのをやめる。

「あ、優希ちゃん、どうしたの?どこにあるのかわかった?」

 それから、無理やり笑みを浮かべて、何も聞かれないように、とこちらから先に問いかけておく。

「……」

 どこか、悲しそうな表情で僕を見た後、

「ううん、広也の言う通りにやってみたけど、わかんなかったよ」

 首を振って言った。

 先ほどの悲しそうな表情。それは、何もわからなかったからなのか、それとも、僕の表情を見てしまったからなのか……。

「やっぱり、広也の言うことは全然駄目だね。役に立たないよ」

 明るい声でそう言った。そういえば、今日は優希ちゃんの明るい声を聞くのはこれが初めてだったような気がする。何故か怒ってばっかりだったから、僕をこうしてバカにするようなことは言ってなかった。

「そんなこと言わないでよ。僕だって必死に考えたんだよ」

「ほんと?実は適当に思い浮かんだことを言っただけじゃないの?」

 やっぱり、優希ちゃんは鋭かった。

「うっ……。まあ、確かに思い浮かんだことを言っただけど、なにもしないよりはましでしょ?それに、実際にやったのは優希ちゃんだし……」

「そ、それは、そうだけど……。広也のくせに、生意気だよ!」

 逆切れされてしまった。

「ねえ、優希ちゃん、ってさときどき自分が不条理なこと言ってるって気が付いてる?」

「知らないよ!」

 うわ、怒鳴ってきた。

 情緒不安定だなあ、と思って今は優希ちゃんを見ていることしかできない。今は何を言っても優希ちゃんを怒らせるか不機嫌にさせてしまうような気がする。

 だから僕は黙っていることに決めた。優希ちゃんも黙っているつもりのようで何も言ってこない。

「……」

「……」

 気まずい沈黙が流れる。さっきの沈黙とは違って重さのようなものを感じる。

「……あの、優希ちゃん?」

 沈黙に耐えきれなくて僕は口を開いてしまう。なに?、といった感じに優希ちゃんはこちらを振り向く。

「別の場所も調べてみようか。そうしたら、何か別の方法とか別のものとか見つけられるかもしれないよ」

 何かすることがあれば沈黙しててもある程度、沈黙に耐えられると思ってそう言っていた。

「……そうだね。そうしよっか。じゃあ、行こ」

 すでに、優希ちゃんの声は落ち着いていた。むしろ、ホッとしているような感じだった。もしかしたら、優希ちゃんも沈黙に耐えれなくなってたのかもしれない。

 僕もホッとした。正直、気まずいままだなんて嫌だったから。

「広也、どうしたの?早く、行こう」

「あ、うん、ちょっと待って、今行くから」

 先に部屋を出ていた優希ちゃんを追いかけて僕もこの音楽室をあとにした。

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