六話
優希ちゃん探し始めてから二十分くらい後。やっと優希ちゃんを見つけることが出来た。どうやら、向こうも途中からは僕たちを探していたようで何度も行き違いがあったようだ。おとなしく、どこかで待っていればよかった、と思うけど今さらそんなことを思っても仕方がない。
見つかったのだから、それでよしとしよう。
「この学校にある、何か、ねえ。それだけだと、何を探せばいいのかさっぱりね」
僕と優希ちゃんの前を歩いている夕佳が呟くようにそう言う。僕たち三人は周りをきょろきょろと見回しながら歩いている。
僕たちは今、この学校にある優希ちゃんが気になる何か、を探している。昨日優希ちゃんは何気なく言ったんだろうけど僕の中ではとても気になっていることだった。
もしかしたら、優希ちゃんが幽霊になってこんなところにいる理由なんじゃないだろうか、と思って。
だけど、夕佳が言ったようにそれをどうやって探せばいいのか、というのはわからないのだ。それは物なのかもしれないし、者なのかもしれない。それにもしかしたら、優希ちゃんの記憶そのもの、という可能性もある。まあ、でも、こんな場所なので者、ということはないと思う。ここには誰もいないのだから。
そうなると、優希ちゃんの気になっている何か、というのは物か記憶かのどちらか、ということになる。
とりあえず、今は夕佳の提案で優希ちゃんの気になるものは物だと仮定して探している。それは、優希ちゃんの気になるものが万が一に記憶だったとしても物を探しているうちに記憶を見つけられるかもしれない、ということだからだそうだ。
さすがは霊感があり、たくさんの幽霊と関わってきた、という夕佳だ。なんだか、その言葉には説得力があった。
と、いうことで、今、僕たちは当てもなくこの廃校の中をうろついている。
「そういえば、優希ちゃんは生前のこと、どれくらい覚えてるの?」
何かのヒントになるかもしれない、と思って僕は聞いてみた。だけど、その直後に僕はそのことを後悔してしまう。
優希ちゃんはこんなことを聞かれるのが嫌じゃないだろうか、と思ったからだ。自分が死んでいる、ということを聞かれて嫌な気持ちにならない人がいるはずがない。それは、優希ちゃんだって例外ではないはずだ。
だけど、それは単なる考えすぎであったようだ。
「生前のこと?う〜ん、どうだろう。結構、曖昧になっちゃってることとかけっこうあるし……」
う〜ん、と腕を組んで考え込む。生前のことを聞かれるのが嫌とか、そういうのはなさそうだ。
「生前の記憶の中にこの学校のことはあるの?」
嫌じゃないなら、こうやっていろんな質問をして、少しずつ優希ちゃんの記憶を掘り進んでいってみよう。そうすることによって、優希ちゃんが気になるものがなんなのかわかるかもしれない。
「ううん、ないよ」
すぐに首を振って答えてくれる。
「それじゃあ、こういうところに廃校があるっていうのを教えてもらった記憶は?」
「ない、ような気がする」
本人もよくわからないようだ。なんだか、答える声に自信がなさげだった。これは誰かに教えてもらったということなんだろうか?でも、まだ断言はできない。なので、次の質問をすることにした。
「僕と夕佳以外で思い浮かぶ人はいる?」
「広也と夕佳さん以外の人……」
腕を組んで考え込んでその場で止まってしまう。僕もその隣で立ち止まる。
「夕佳」
僕たちの前を歩いている夕佳に声をかける。僕たちの方を振り返った夕佳は何も言わずに立ち止まってくれた。
後ろで僕たちが話をしていたのは聞こえていたはずだから僕が何を言おうとしたのかわかってくれたのだろう。
それから、一分ぐらいして、優希ちゃんはようやく口を開いて答えてくれた。
「お父さんと、お母さん……」
最初に思い浮かんだのは両親か。それが意味することは……僕なんかではわからない。僕は探偵ではないし、ましてや人の心が読めたりするわけではない。そもそも、人の心が読めるんならわざわざこんなことをする必要もないか。
そんな風に、思考が本題からずれていってしまう。
「あ、そうだ。そういえば、この場所はお父さんとお母さんに教えてもらったんだ」
「え!そうなの?それじゃあ、もうちょっと思い出せないかな?何のためにここに来たのか、とかさ」
「う〜ん……」
腕を組み、眉根にしわをよせる。今までの中では一番考え込んでいる、という感じだった。
「むむむむ……」
変なうめき声を出している。本当にすごく考え込んでいるようだ。
そのまま一分、二分、三分、と過ぎていく。その間、僕と夕佳は優希ちゃんのことをじっと見つめていた。これで、何か手掛かりが見つかればいい、僕はそう思いながら。
「う〜、駄目だ。思いだせないよ」
五分ほどして、ようやく優希ちゃんはそう言った。考えすぎて頭が痛いのか、頭を少し押さえている。
「そっか……。まあ、あんまり無理して思い出そうとしなくてもいいよ。この廃校が優希ちゃんの記憶に関係してるってことはわかってるんだからうろうろしてればまた何か思い出すよ」
「そうかもしれないけど、わたしは一年もここにいて何も見つけられてないんだよ。この中を周るだけでわたしの記憶が甦るとは思わないよ」
優希ちゃんの声がだんだんと暗くなり始めてきた。どうしよう、何を言ってあげればいいんだろう、何をしてあげればいいんだろう。そう思うのに、なにも思い浮かばない。
「……幽霊っていうのは記憶から抜け落ちた場所を自分の意志とは関係なく避ける、っていう習性があるのよ。だから、私たちと一緒にいればそういう場所を避けることがなくなって今まで優希ちゃんが行ったことがない場所に行けて記憶が少しだけかもしれないけど戻るかもしれないわよ」
すらすらと、淀みなく夕佳はそう説明を――いや、優希ちゃんに希望を持たせるような言葉を口にした。
「え?そうなんですか?でも、わたしは全ての場所を周ったはずですよ?」
「無意識に避けてるから優希ちゃんの主観は関係なくなるわ。探し物をするときだってそうでしょう?すべての場所を探したつもりでも、もう一度同じ場所を探したら探し物が見つかった、ってことが。それが、目の前に探し物があっても見つからないっていう感じになったのと同じよ」
「そんなものなんですか?」
「そ。そんなものなのよ。だから、早く校舎の中を周ってみましょう?」
「でも、もし、何も見つからなかったら……」
不安そうに顔を伏せる。こういう時なら僕でも言えることがある。
「探す前から、見つからない、なんて考えてちゃ駄目だよ。見つかるまで僕が一緒に探してあげるよ。それに、もし、優希ちゃんが諦めたら僕は一人で探すよ。優希ちゃんのためにさ」
しょせん、幽霊に関する知識も落ち込んでいる人を励ます経験もないからこれくらいしか言えないけど、優希ちゃんを何とかしてあげたい、と思っているのは本当の気持ちだ。
このまま、優希ちゃんを放っておけるはずがない。優希ちゃんと一度関わってしまったからには最後まで付き合ってあげたい。
「ひ、広也のくせに、かっこつけたようなこと言わないでよ」
僕が似合わないことを言ったのが気に入らないのかそっぽを向いてしまう。そんな行動をとられると、少し傷つく。
だけど、わずかに見える優希ちゃんの横顔は、かすかに赤くなっているような気がする。うーん、照れているんだか、怒っているんだかよくわからない。
「可愛い反応してるじゃない。やっぱり、優希ちゃんって広也のことが―――」
「ぜっったいに、そんなことないですから!もう、その話はやめてください!」
大声をあげて、夕佳がそれ以上続けるのを遮った。大声を上げたからなのか、それとも別の何かのせいなのか優希ちゃんの顔は真っ赤になっている。
なんだか、さっきも同じようなことがあったな、と僕は二人を眺めていた。