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五話

「外の見かけどおり、中もぼろぼろなのね」

 夕佳は周りを見回している。僕も周りを見回す。といっても、僕は優希ちゃんを探すためだけれど。

 優希ちゃんはどこにいるんだろうか。名前を呼んでみようと思ったけどこれで夕佳に優希ちゃんの姿が見えなかったら僕は単なる変な人だ。

「さっきも言ったけど、本当によくこんなところを見つけられたわね。それとも誰かにここに廃校があるってことを教えてもらったのかしら?」

「自分で見つけたんだよ。偶然にね」

 昨日、散々優希ちゃんにからかわれてしまったので道に迷って、ということは伏せておいた。

「そう、広也は山道をそれて道に迷って偶然にここを見つけたんだよね」

「うん、そうだよ。……?」

 声に頷いてから疑問に思う。今のは夕佳の声ではなかった。しかも声が聞こえてきたのは夕佳が今立っているのとは真逆の方からだった。だとしたら、考えられるのは一人しかいなかった。

 僕は今夕佳がいる場所の反対側を見る。そこにいたのは案の定、優希ちゃんだった。昨日と変わらない姿で宙に浮かんでいる。

「おはよっ。広也」

「うん。おはよう」

 夕佳にどう見られようとも構わない。僕以外には姿が見えていない、ということに気がついた時の優希ちゃんの悲しげな表情。決してその表情を見たくないから。だから、僕は優希ちゃんに普通に接してあげることにした。

 気がつくと、優希ちゃんは安心したような表情と申し訳なさそうな表情の二つが混ざったような表情を浮かべていた。

 僕は気にしなくていいよ、というように微笑みを浮かべてみた。

 優希ちゃんは不安だったんだろうな、と思う。唯一僕だけが優希ちゃんの姿や声を認識することが出来たということがちゃんと今日も続いているのかどうかすぐにでも確かめたかったんだと思う。そして、僕に声をかけたらしっかりと返してもらえた。それが優希ちゃんが安心した理由だと思う。

 だけど、優希ちゃんが話しかける時僕の前には夕佳がいた。夕佳がいる状態で僕が返事をすればおかしな人だと思われる、と思っていたのだろう。それでも、確認したかったから僕に話しかけてきた。それがもう一つの方、申し訳なさそうな表情を浮かべた理由。

「広也、邪魔をするのかもしれないけれど、一つ聞いてもいいかしら」

 たぶん、僕がいきなり虚空に向かて挨拶をしたことを聞いてくるんだろう。嘘をつくつもりはない。真実をそのまま話すつもりだ。

「……その子は、誰?」

 だけど、夕佳の口から出てきた言葉は予想外のものだった。だから、その言葉に僕は驚いてしまう。それは優希ちゃんも同じようだった。

 僕たちは一瞬、顔を見合わせた後、同時に夕佳の方を見た。

「何よ。驚いたような顔を浮かべて。私はただ、その子が誰なのか、って聞いただけよ?」

 どうやら、夕佳には優希ちゃんの姿が見えているようだ。でも、夕佳のこの冷静さはあり得ない。

 夕佳に優希ちゃんの姿が見えているのだとしても、今の優希ちゃんは宙に浮かんでいる状態だ。それを見て、驚かないはずがない。

 ふと、夕佳の訝しげな視線を感じた。そういえば、夕佳の疑問に答えていなかった。

「あ、えっと、この子は優希ちゃん、っていうんだ」

 そう言って僕は未だに驚いて固まったままの優希ちゃんを夕佳の前まで引っ張る。

「あ、あの、は、はじめまして。優希、っていいます」

 僕と初めて出会ったときとは違って敬語だった。しかも、可愛らしくお辞儀までしている。

「優希ちゃんね、初めまして。私は宮平夕佳、です。好きなように呼んでくれて構わないわ」

 僕と自己紹介をした時と全く同じように言った。夕佳は自分の名前を名乗るところだけは相手の年齢など関係なく敬語となる。

 おそらくそれが、彼女なりの初対面の相手に対する礼儀なのだろう。本人から聞いたわけではないので実際のところはわからないけど。

「あ、あの、夕佳、さん」

 優希ちゃんが夕佳のことを敬称付きで呼ぶ。それに、少し緊張しているようだった。そこから、優希ちゃんの僕と夕佳の扱いの違いがわかる。

「ん?なにかしら?」

 夕佳が優希ちゃんの緊張をほぐすようにやわらかく微笑む。

 なんだか今まで見たことのない姿だ。といっても、知りあって今はまだ三カ月ほどだ。知らないことなんてまだまだあって当たり前なのかもしれない。

「あの、夕佳さんにはわたしの姿、見えてるんですか?」

 この反応で見えていないということはないだろうと思う。だけど、それでも優希ちゃんは不安なんだ。見えてるとわかっていても確認をとりたくなるほどに。

 そして、僕は気がついた。彼女は寂しがり屋で、怖がりなのだと。

「大丈夫よ。ちゃんと見えてるわよ。だから、安心して」

 夕佳が優希ちゃんの頭へと腕を伸ばす。優希ちゃんは小さく、あ、という言葉をこぼした。

 夕佳の手は優希ちゃんの頭を撫でていた。優しく微笑みかけている。

 対して、優希ちゃんは安心したように、気持ち良さそうに目を閉じている。はたから見れば仲のいい姉妹のように見えた。

 僕は僕で夕佳に聞きたいことがあったんだけど、この二人の間に入るのは無粋なような気がする。だから、僕は二人のことを見ていることしかできなかった。

「あ、あと、もう一つ聞いてもいいですか?」

 優希ちゃん頭を撫でられたまま上目遣いで夕佳を見上げる。

「いいわよ。なんでも聞いてちょうだい」

「なんで、夕佳さんはわたしの姿を見ても驚かなかったんですか?」

 それは僕が聞きたかったことだった。どうやら、優希ちゃんも僕と同じ疑問を持っていたようだ。

「ああ、そのことね。それは、簡単なことよ。私は強い霊感を持ってるの。そのおかげで毎日のように幽霊を見ているから慣れちゃったのよね」

 平然と言ってのけた。

 反対に僕と優希ちゃんは夕佳の言葉に呆然としてしまう。っていうか、優希ちゃんも何も知らなかったんだ。でも、死んでから今まで誰とも話したことがないって言っていたから当たり前なのかもしれない。

「……あれ?っていうことは、優希ちゃんが見える僕も霊感を持ってるってこと?」

 優希ちゃんが見える、ということは僕も夕佳と同じように霊感を持ってるってことになるはずだ。

「さあ、どうかしら。……広也は今までに優希ちゃん以外に幽霊を見たことがある?」

「ううん、ないよ」

「それなら、広也に霊感はないわね」

 はっきりと、言い切られてしまった。

「え?だったら、どうして僕には優希ちゃんの姿が見えるの?」

「ふふ、それはあなたたちの魂の形が似てるっていうことよ」

 何故か夕佳は微笑ましげな表情を浮かべながら答えてくれた。夕佳の言ったことの意味はわからない。

「夕佳さん、魂の形が似ているってことは、どういうことですか?」

 優希ちゃんが不思議がるように聞いていた。どうやら、彼女も僕と同じように夕佳の言葉に疑問を持ったようだった。

「簡単に言えば二人にとってお互いは特別な存在ってことよ」

 特別な存在、と言われてもぴん、と来なかった。僕は首を傾げてしまう。

「広也、ちょっとそこで待ってて」

 だけど、優希ちゃんは違ったようだ。僕を制止させ夕佳の手を引っ張って僕から離れていく。

「特別な存在って―――」

 それよりも後の言葉は声が小さすぎたから聞こえてこなかった。だけど、優希ちゃんの顔が少しずつ赤くなっているような気がするから、彼女にとって恥ずかしいことを言っているんだと思う。何を言ってるんだろうか。

「別に、そう言うわけでもないわよ。まあでも、特別な存在が、う――――」

 夕佳は優希ちゃんに聞かれたことを僕に隠すつもりはないのか僕の方まで届くような声量で言っている。このままいけば優希ちゃんがなんと言ったのかわかると思った。だけど、夕佳が一番重要なところを言う直前に優希ちゃんはその口を手で抑えてしまった。

 そんなに聞かれたくないことなんだろうか。気になるけど、わざわざ僕から離れて行ったんだから、僕が聞いたところで教えてくれるとは思わない。

 仕方がないので、二人の話が終わるまでもう少し待っている。

「あ、もしかして、優希ちゃんって――――」

 突然、夕佳は優希ちゃんの耳に顔を近づけた。たぶん、小声で何かを言ってるんだと思う。

 そう思っていたら優希ちゃんがさきほどよりも顔を赤くして頭を左右に振っていた。対して夕佳はそれを楽しそうに見ている。

 ほんとう、二人は何の話をしているんだろうか。かなり、気になってきた。

「ねえ、二人とも、なんの話をしてるの?」

 我慢が出来なくなったからそう言いながら近づいていく。

「ん?それは―――」

「ゆ、夕佳さん!」

 優希ちゃんが叫ぶように言って夕佳の言葉を遮ってしまった。

「ひ、広也には関係ないことだよ!だから、何を聞かれても答えないからね!」

 それから、僕の方を向いてすごい剣幕でそんなことを言ってきた。少し驚いてしまった僕は反射的に頷いてしまう。

 それから優希ちゃんは僕のことを顔を赤くしたまま軽く睨んできた後、そっぽを向いてしまう。そんなに聞かれたくないことだったんだろうか。

 そういえば、昨日も別れ際に同じようなやり取りをしたような気がする。睨みつけてきたりはしてこなかったけど、顔を赤くしてそっぽを向けたというのは昨日あったままだ。

「ま、そうね。優希ちゃんが関係ないって言うなら関係ないっていうことにしとくわ」

 夕佳は暗に僕に関係ある話だったということを言った。

「あ、そうだ。あとで、話の続き、しましょう?」

「しません!話はあれでもう終わりました!」

 怒ったように言ってどこかに行ってしまった。追いかける暇もなかったのですぐに姿が見えなくなった。

「あらら、怒らせちゃったわ」

 悪戯っぽくそんなことを言う。

「でも、優希ちゃんって可愛いじゃない。ちゃんと、大切にしてあげるのよ」

「なんで、そんなことを僕に言うの?」

 訳がわからず僕は首をかしげる。なんで、大切にしてあげるのよ、とか言われるのだろうか?

「それは、いつか気づくわよ。それに、もし気がつかなかったとしても私が気付かせてあげるわ」

 なにかを企むような笑みを浮かべる。何かを楽しんでるっていうのも混ざっているような気がする。

 夕佳はなにを楽しんでるんだろうか。

「まあ、そんなこと今はどうでもよく……はないけど、先に優希ちゃんを探しましょう?」

 そういえばそうだった。今はどこかに行ってしまった優希ちゃんを探すのを最初にしなければいけない。

 僕は頷いて、夕佳とともに優希ちゃんが飛んで行った方へと歩いて行った。

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