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三話

 何の目的もなく街の中をぶらぶらと歩いていたらいつの間にか日は沈みかけ、辺りは薄暗くなり始めていた。太陽は頭の先の部分がかろうじて見えるくらいだから、あと数分もあれば完全に沈んでしまうだろう。

「優希ちゃん、今日はどうだった?」

 僕は隣にいる優希ちゃんにそう聞く。今日は半ば僕が無理やりついてこさせたようなものだったからどう思っているのか気になっている。

 あんまりよく思われてなかったら……もうどうしようもない。できるのはこれからはもう優希ちゃんをあの廃校へと居続けさせてあげることぐらいだ。

「うーん、そんなに楽しいとは思わなかったけど、悪くはなかったよ」

 なんとも微妙な感想だった。これは、僕が何か楽しませるためにいろいろと考えろ、ということなんだろうか。まあ、嫌ではなかったと言ってくれたんだから今はこれで良し、としておこう。

「今度、一緒に街に行くときは優希ちゃんのことを楽しませれるように頑張ってみるよ」

「ううん、そんなことしてくれなくてもいいよ。広也、わたしと一緒にいたら変な目で見られちゃうよ?広也はただでさえ変な人なんだから、ずっとこんな調子だと広也を普通に見てくれる人がいなくなっちゃうよ?」

 からかうような口調だけれど、それが僕のことを気遣っての言葉だということはすぐに気がついた。

「別に僕はそんなふうに見られても全然いいんだけどね」

「わたしが、嫌、なんだよ。わたしのせいで広也が変な目で見られるっていうのが。この世界にちゃんと存在してないわたしのせいでそうなってるっていうのが……」

「それは……」

 それよりも、先の言葉は続けられなかった。優希ちゃんの浮かべている表情があまりにも悲しげだったから。

 実は、優希ちゃんと一緒に歩いていて気がついたことがあった。それは、僕以外の人には優希ちゃんの姿が見えていない、ということだ。

 街の中を歩いていて変なものを見るような視線を何度か感じることがあった。最初のうちは浮かんでいる優希ちゃんの姿が珍しいからなのかな、と思っていた。だけど、心の片隅ではそれにしては、静かすぎるとも思っていた。もう少し騒いだり、驚いたりしてもいいんじゃないだろうか、と思っていた。

 そして、その考えは当たっていた。変なものを見るような視線を浴びていたのは僕だけだった。僕以外の人に優希ちゃんの姿は見えていなかった。

 それに気がついたのは街を歩き始めてから三十分くらいは経った時だった。僕が何も言わないときは視線を浴びることはなかった。だけど、僕が優希ちゃんに話しかけたときには変なものを見るような視線が向けられた。

 だから、気が付いてしまった。優希ちゃんの姿は僕以外の人には見えていないんだってことに。

 でも、さっき、優希ちゃんに言ったように僕自身は他人から変な目で見られようと別にかまわない。それよりも、優希ちゃんの存在を否定している彼女自身のことのほうがよっぽど気にかかっている。

 彼女は自分自身のことを世界にちゃんと存在していない、と言った。その言葉は誤っていないんだと思う。優希ちゃんは幽霊で、僕以外からは姿が見えていないのだから。

 だけど、それが真実だとしても、そんな悲しい言葉は聞きたくなかった。

 優希ちゃんは悲しい、とか寂しい、とかの感情を隠そうとする。それは、まだ僕と出会ったばかりだからなのかもしれないし、ただ単に彼女が優しすぎるからかもしれない。

「……広也、立ち止まっちゃってどうしたの?」

 先ほどよりも明るい声が、悲しい気持ちを隠すような声が聞こえてきた。あんなことを考えていたからそのように聞こえたのかもしれないけど。

 僕はその声に反応して内側に向けていた意識を外側へと向ける。

 そこは一軒の家の前だった。二階建てのどこにでもあるような一軒家だ。郵便受けにかけられている表札には『深山』と書かれている。

 ここが僕の家だ。考えながらでも家に帰れるっていうことは僕もこの街に慣れてきた、ということだろうか。まだ、知らない場所はたくさんあるけれど……。

「ここが僕の家だからね。優希ちゃんは、どうするの?……このまま僕の家に泊まっていく?」

 廃校に戻るの?、と聞こうとしたけどそれを聞くのはやめておいた。あまり、優希ちゃんを一人にしたくないからだ。

「広也は、わたしを泊めて変なことをするつもり?」

 優希ちゃんは自分の身を守るように自らを自分の腕で強く抱きしめている。僕を見る彼女の瞳にからかいの色が浮かんでいるということはすぐに気がついた。

 まあ、本気で先ほど言ったように思っている、というわけではないようだ。とりあえずは信用されている、と思っていいのだろう。

「変なことなんてしないよ」

「怪しいな〜。女の子と一緒に何もしないなんてほんとう?」

「なんにもしないよ。ただ、優希ちゃんと一緒にいてあげたいと思っただけなんだ。優希ちゃん、寂しそう、だからさ」

 どうやって切り返したらいいのかわからなかったので僕の思いを伝えた。想いって言えるほど立派じゃないものだけど実際に表にしてみたら恥ずかしかった。

 普段こういうことを言うようなことってないからなあ、と自分の中で恥ずかしさを隠すためにそんなことを考える。

「え?……そう、なの?」

 返ってきたのは戸惑いの言葉だった。で、僕は僕でそんな優希ちゃんの反応に戸惑ってしまう。

 優希ちゃんなら、なにかっこつけて言ってるの?、とか言ってからかってくると思っていた。だから、この反応は意外すぎた。

「うん、そうだけど。……僕がそんなこと言ったら変だったかな?」

 とりあえず、このまま僕までも黙ってたら優希ちゃんは黙ったままでいそうだったからそう言った。僕が言ったことが変なことだったから戸惑っているとは思ってない。彼女なら変だと思ってたら、素直にそれを言って僕のことをからかってるだろうから。

「……そ、そうだよ!広也のくせにそんなかっこつけたようなこと言わないでよ!広也にそんな言葉は絶対に似合わないよ!」

 何故か顔を赤らめて語気を強めて言ってきた。

「な、なんで怒ってるの?」

 優希ちゃんの言動にたじろいでしまう。

「怒ってなんかないよっ!……広也があんなこと言うから――――」

 顔を赤くしたままそっぽを向いてしまう。そのせいで、優希ちゃんが最後になんて言ったのかが聞こえてこなかった。

「ねえ、優希ちゃん。最後になんて言ったの?よく聞こえなかったんだけど」

「なにも言ってないよ!わたし、もう帰るね!おやすみ!広也!」

 そう言って優希ちゃんは離れて行った。

「あ、うん。ばいばい、優希ちゃん!明日も、行くから待っててね!」

 もう結構、距離が離れていたから僕はできるだけ大きな声を出して言った。優希ちゃんの背中はどんどんと遠ざかっていくだけだけど、聞こえていたとは思う。

 まあ、聞こえてなくても、それはそれでもいいか。明日、また彼女とは会うことができるんだから。

 それにしても、あの優希ちゃんの反応はなんだったんだろうか。なんだか不自然だった。

 何かを隠しているような、そんな反応だった。優希ちゃんは何を隠してたんだろうか。

 うーん、と考え込んでみる。だけど、全然わからなかった。

 仕方がないので僕は家の中に入ることにした。家の前で考え込んでたらここを通った人に不審者だと思われるだろうな、と思ったから。


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