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二十一話

「……うくっ…………ひっく……」

「え?ゆ、優希ちゃん、ど、どうしたのっ!僕なんかに、そういうこと言われるの、嫌だった?」

 優希ちゃんが泣いていたことに驚いて彼女から手を離して、距離を置いてしまう。

「そういう、わけじゃ、ないよ、バカ……」

 泣きながら罵られた。

 だけど、そんなことよりも、彼女から離れてみてわかった。彼女の体は結構薄れてきていて、もう別れが近い、ということを物語っていた。

「って、うわっ!」

 いきなり、抱きつかれた。倒れることはなかったけど、どうしていいのかわからなくなってしまう。

「わたしも……わたしだって広也のことが好きだよ。大好きなんだよ!」

 叫ぶように言って、また、泣き始める。

「だから、だから、ね。わたしは、広也と別れの、言葉を、言う時間が、ほしくなかったんだよ……。広也と、別れるのが、辛くて、悲しくて、痛くて、耐えられなくって……。そんなんだから、もし、別れの、言葉、なんて、言ってたら、泣き出しちゃう、って思ったから、言えなかったんだ、よぉ……」

「そうだったんだ……。僕もね、こうして、優希ちゃんが目的を達成したら、いなくなっちゃうんじゃないか、って不安だったんだ」

 僕はもう一度、優希ちゃんを抱きしめる。最初に抱きしめた時よりも、感触があやふやになっているような気がする。だから、最初よりも力を入れて抱きしめる。

「結局、その不安は、的中しちゃった、けどね」

 今まで隠して目をそらしていた不安。それが現実となった今はそれから目をそらす意味もない。悲しいけど、これが現実だから。

「広也も、不安だったん、だ。……あは、よかった」

 優希ちゃんが小さく笑う。だけど、それが悲しさで揺れていたのは明白だった。

「でも、広也、って、ほんとに、バカだよね。幽霊の、わたしなんかを、好きに、なって、さ」

「そういうことに、なっちゃうのかな。でもね―――」

 僕は優希ちゃんの顔を見るために彼女を抱くのを止める。彼女は依然として僕に抱きついたままだからあまり距離は開かないけど、それでも、彼女の顔を見ることは出来た。

「―――好きになっちゃたら、それはもう、しょうがないことだと思うんだ。もう、生きてるだとか、死んでるだとかそんなことが関係なくなるくらいにね」

 僕の前にある優希ちゃんの顔は涙で濡れていた。だけど、同時に笑顔も浮かんでた。

「広也のくせに、なに、かっこつけたようなこと言ってるの?」

「あ、あれ?気に入らなかった、かな?」

 その言葉に彼女は首を横に振ってくれる。

「ううん、そんなことないよ。むしろ、すごく、嬉しいかな」

 恥ずかしそうに目をそらしながら言う。僕はそんな優希ちゃんが可愛いと思ったし、愛おしいとも思った。これから、永遠の別れが来るとわかっていても。いや、永遠の別れが来るとわかっていたからこそ余計に。

「……広也、わたしは、嬉しいんだよ。広也に出会えて、少しの間だけど広也と一緒にいられて、……広也に、好きだ、って言ってもらえて……」

「僕も、そうだよ。優希ちゃんに会えて、よかった。優希ちゃんと、一緒にいられて、よかった。優希ちゃんを、好きになれて、よか、った……」

 彼女が言ったことを復唱するように言う。彼女を安心させようとか、そんな単純な気持ちからじゃない。心の底から、僕はそう思っていた。そして、そうだからこそ、僕は今にも泣き出してしまいそうだった。

「でも、広也。もう、わたしたちは、もう……お別れ、だよ」

 そう言う彼女の姿は今にも消えてしまいそうだった。

「そう……だね…………」

 もう、ダメだった。溢れてくる涙を抑え切れなくなる。

「ねえ、ひろ、や。泣かない、でよ。わたしも、そんな、広也を、見てたら、泣きたく、なっちゃう、から、さ……」

「……うん、ごめん。これで、最後なんだから、笑って、いようか」

「うん、そう、だよ。それで、いいん、だよ……」

 そういって、彼女は笑顔を、浮かべた。瞳からは幾筋もの涙が流れているようなボロボロの笑顔を。

 たぶん、僕も同じような笑顔を浮かべているんだと思う。笑顔を浮かべても、その隙間から悲しさが溢れてしまっているから。

「ねえ、ひろ、や、最後に、わたしのこと、抱き締めて、くれない、かな。今までで、一番、強く、さ」

「うん、わか、った」

 僕は彼女が望んだとおりにぎゅっ、と力を込めて抱きしめた。離れたくない、放したくない、その一心で抱きしめる。

 彼女もまた同じように痛いほどに抱きついてくる。だから、僕は更に力を込めて抱きしめる。

 彼女の温もりを強く、感じる。だけど、それは徐々に消えていく。

「広也……」

 涙で濡れた声で僕の名前を呟く。

「楽しかった、よ……。嬉しかった、よ……。いろんなことを感じれたよ……広也の、おかげで」

 彼女の涙で、僕の服が濡らされていく。

「お別れは、辛い、けど……さようなら、広也」

 彼女には見えないとわかっていても、僕は無理やり、笑顔を浮かべた。彼女も、笑顔を浮かべているだろう、と思ったから。

「うん、さようなら、優希ちゃん」

 その直後に彼女は消えてしまった。感触も、温もりも、彼女の涙も。

 そして、全てを理解した途端、僕の胸の中にどうしようもない、悲しさが、苦しさが、寂しさが……そして、恋しさが浮かんできた。

 僕はその場で立ち尽くしたまま、嗚咽を漏らす。その間に、何滴もの雫が地面へと落ち斑模様を作った。

 胸が締め付けられるくらいに痛かった。それが、彼女は僕にとって、本当に大切な存在なんだと再確認させられた。

 涙が溢れて止まらない。抑えていなければ、子供のように大声をあげて泣き出してしまいそうだ。

 そして、それを無理に抑えているから胸が痛い。どうしようもないくらいに苦しい。

 喪失感が僕を襲う。それが僕の心の中でのたうちまわる。

『広也、やっぱり、お別れは、辛い、よぉ……』

 突然、優希ちゃんのそんな泣き声が聞こえてきた。

 まだ、彼女はここにいる。そうだ、僕に泣いている暇なんてない。彼女のことが本当に大切なら、彼女を泣き止ませなければいけない。

 僕は、手で自らの涙を拭い去る。そして、彼女を泣き止ます言葉を考える。

「優希ちゃん!」

『え……?』

 彼女の名を呼ぶと、驚いたようなそんな声が聞こえてきた。

「優希ちゃん、僕は君の笑ってる顔が好きなんだ!」

 普通の声では届かないと思ったから大きな声を僕は張り上げて言う。

「だから、泣かないで、笑っていて!そうしたら、僕も、笑って、いられるから……!」

 やっぱり、駄目だ。こうして、いても、泣き出してしまいそうになる。声が少しずつ歪んでくる。

『広也……』

 彼女が呟くように、名前を呼んだ。涙で歪んだようなそんな声、だった。

 僕たちの間に沈黙が流れる。

 彼女は消えてしまったんだろうか、という不安はなかった。温かさを、彼女の温もりを感じることが出来たから。

『うんっ……!そう、だよねっ。広也は全然っ、ダメな人だからっ、わたしが笑ってあげないといけないんだよねっ!』

 涙を、無理やり振り払うような元気な声が聞こえてきた。

『広也、約束だよっ!わたしが、消えても泣いちゃ、ダメだからねっ!』

「うん、約束、だね。そのかわり、優希ちゃんも、絶対に泣いたら駄目だよ!」

 答えは、返ってこなかった。だけど、その代りに、一瞬、彼女の笑顔が見えたような気がした。涙のない、彼女の純粋な、笑顔が。

 僕は、ゆっくりと、目元にたまっていた涙を拭う。これは、優希ちゃんと約束をする前に浮かべていた涙だ。だから、まだ、約束は破ってない。

 だけど、今すぐにでも涙が溢れてきそうだった。声をあげて泣き出してしまいそうだった。

 僕はそれを抑えるように、笑顔を浮かべる。それから、草の上へと横になり青い空を見上げる。

「優希ちゃん、空が、青いよ」

 もう、近くに彼女はいないのにそう語りかける。

「雲ひとつ浮かんでないし、風も気持ちがいいよ」

 どうでもいいようなことを僕は一人、喋りつづける。そうしないと、今すぐにでも泣き出してしまいそうだったから。

「優希ちゃん、僕は君ともっと話していたかったよ。ずっと、一緒にいたいと思ってたよ」

 もう、叶わない願いを口にする。それは、とても悲しい行為だけれど、他に、どうすればいいのかわからなかった。

 ざわざわ、と彼女の両親の思い出の場所の木が葉を揺らす音が聞こえてくる。騒がしくはない、むしろ、心地よかった。

 風が優しく、僕を包み込んでいるような気がした。

 彼女のいなくなった世界は少し悲しさに彩られているような気がした。

 そして、風が、それを悲しさとは別の色に塗り替えてようとしているとも……。

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