十九話
部屋に戻ると僕はすぐに優希ちゃんに、おやすみ、と言ってベッドの上に横になった。
だけど、睡魔が襲ってくることはなかった。あんな夢を見たから起きてしまったんだと思ってたけど理由はそれだけじゃなかったみたいだ。
今日の昼、いや、さっき時間を確認したら午前二時だったから昨日の昼になるのか。まあ、どっちでもいいか。
とりあえず、昼間に寝すぎたせいで眠くないようだ。
それでも、どうにか眠ってみようと目をつむってみる。それから落ち着く体勢はないかと何度も体をベッドの上で動かしてみる。
けど、どう頑張っても眠ることは出来なかった。
「どうしたの?眠れないの?」
頭上から声が聞こえてきた。目を開けてみると、優希ちゃんが僕の顔を覗き込んできていた。
「うん、昼間に寝すぎたせいだと思うけど」
優希ちゃんの声に答えながら僕はゆっくりと上体を起こす。
「そうなんだ。実はわたしも、なんだよね」
あはは、と笑いながら言った。それから、ベッドへと腰かけるようにする。それが生身の人間らしい振る舞いだったのか優希ちゃんが腰かけた部分が沈む。
「優希ちゃんもなんだ。じゃあさ、二人で何か話してようか。二人が眠くなるまで、さ」
「うん、別にいいけど、何か話すようなこと、あるの?」
首を傾げながら聞き返されてしまった。確かにそうだ、特に話すことなんてないように思う。
「……なんだかさ、こうしてるとさ、優希ちゃんが僕のことを看病してくれてるみたいだよね」
自分たちの状況を見て思ったままを言ってみた。
「あはは、確かにそうだね。広也は何の病気で看病されてるの?」
「う〜ん、ちょっと熱があって、咳が出るくらいの風邪かな?」
わざとらしく、咳をしながら答える。
「そっか、風邪か。じゃあ、風邪をひいちゃった、広也はわたしに何をしてほしいのかな?」
「別に何もせずに一緒にいてくれるだけでいいよ。……でも、そうしたら、優希ちゃんに風邪をうつしちゃうか。だったら、この部屋から出ていってほしいかな」
幽霊だから風邪なんてひかないよね、という無粋なことは言わない。
「へえ〜、そうやって、心配してくれるんだ」
優希ちゃんの顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。その表情に僕は見惚れてしまう。
「それでも、わたしは、広也の看病を続けるよ。放って帰ったら広也が可哀想だからね。それに、もし、広也にうつされたら、今度は広也に看病してもらうからいいよ。広也なら来てくれるよね」
「うん、そうだね。たぶん、優希ちゃんが風邪をひいた、ってことを知った瞬間に駆けつけるよ」
「学校がある日なら、学校を休んででも?」
じっと、僕のことを見つめて聞いてくる。
「う〜ん、どうだろう。容態による、かな?ひどい風邪なら、すぐに行くと思うよ。でも、軽い風邪なら学校を休んだりはしないかな?……でも、学校で優希ちゃんのことが心配になってずっと、そのことばかり考えてそうだな。……たぶん、その時は学校が終わって、すぐに駆けつけていくんだと思うよ」
仮定の話であるはずなのに、僕は真剣に考えて、真剣に答えてた。好きになると、こんなどうでもいいことも本気で考えるようになってしまうんだろうか。
「え?そ、そうなんだ。えへへへ〜」
なんだか、とても嬉しそうに笑っている。いや、どっちかというと、にやけている、感じだ。なんだか見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
「あ、あの、優希、ちゃん?」
恥ずかしさに耐えきれなくなり、声をかけてしまう。
「え?あっと、えっと、いや、あの、その〜」
その途端に、意味のない言葉ばかりを口にしながらわたわた、と両腕を振る。
「だ、大丈夫?」
優希ちゃんの少し不審な言動が心配になってそう言った。
「う、うん、大丈夫。……じゃなーい!広也のバカ!バカ!」
悪口とともに何度も僕のことを叩いてくる。
「ちょ、ちょっと、優希ちゃん、痛いよ」
「いいの!それで!広也が悪いんだから!」
不条理にも僕が悪いことにされてる。しかも、まだ僕のことを叩き続けてる。
「ゆ、優希ちゃん、自分がかなり不条理なこと言ってるの気が付いてる?」
「そ、そんなことないよ!わたしは正しいことしか言ってないよ!」
「じゃあさ。僕の何が悪いのか、ってことを教えてよ」
何回も不条理なことを言われていれば一度くらいは切り返してみたくなる。
「う、うるさい!広也は黙って自分が悪かったんだって、納得してればいいんだよ!」
せっかく切り返したのに、また不条理が返ってきた。今はどう頑張っても不条理な言葉しか返ってこないみたいだ。
まあ、でも、顔を赤くしている優希ちゃんを見ていると、それでもいいか、と思えてしまう。
たぶん、僕ににやけた顔を見られたのが恥ずかしいんだろうな、と思う。それと同時に、可愛いな、とも思った。
なんで、あの時ににやけてたのか、というのはわからないけど、恥じ隠しで怒ってるのが子供っぽい、って思った。
「広也、なんで笑ってるの!」
知らないうちに僕は笑みを浮かべてしまっていたようだった。
「ごめん、優希ちゃん。優希ちゃんの反応が子供っぽくって可愛いな、って思ってね」
つい、本音が出てしまった。
「な、な、なに、言ってるの!わ、わたしは、そんなこと言われても嬉しくなんかないよ!」
顔を真っ赤にして動転している。僕自身もあんなことを言って恥ずかしかったけど、優希ちゃんも恥ずかしかったようだ。
「あ!広也、また笑ってる!」
そうやって、騒がしく夜は過ぎていく……。