十七話
狭いとはいえないけど、広いともいえない僕の部屋に僕と優希ちゃんの二人だけがいる。今まで誰かをここに誘ったことはない。だから、この部屋に僕と僕の家族以外が入ったのはこれが初めてだった。
その初めての訪問者である優希ちゃんの感想はというと、「普通の部屋だね」、という簡素で率直なものだった。
まあ、僕自身もそう思ってるから別に何とも思わないんだけどね。
それで今、僕は夕飯も食べ終え、お風呂にも入って、布団の上で横になって天井をぼーっ、と眺めている。優希ちゃんは一人になりたい、と言って外に出て行ってしまった。
どうしたんだろうか。何か、考えたいことでもあるんだろうか。彼女が怖がっている曖昧な不安についてとか。
本当に優希ちゃんがそれについて考えているのかはわからないけど、僕は優希ちゃんの抱えている不安について考えてみようと思った。彼女がなんらかの不安を抱えてそれに対して恐怖を抱いている、というのは間違いないだろうから。
でも、一体、恐怖を抱くような不安って?
死ぬこと?何かを失うこと?独りになってしまうこと?
どれも、近いような気がした。そう、彼女が幽霊なのに、死ぬ、という言葉も間違っていないような気がするのだ。だけど、どれもが近いだけで答えとは違うと思った。
これらのことに横のつながりはなく、ただ、一つの答えへと集束しているような気がする。
なら、その答え、というのは?
死んで、何かを失って、独りになってしまう……。
全てをつなげてみると、とても悲しく辛く寂しいものになった。こんな不安は確かにあるだけで恐怖を感じると思う。
だけど、これだけじゃまだまだ曖昧だ。恐怖を感じる、ということはわかるけど何に、というのがいまだにわからない。
うーん、と今までこんなに悩んだことがあっただろうか、と思うくらいに悩む。
そういえば、彼女は僕が「やっと、優希ちゃんの目的地に行けるんだね」、と言ったとき、彼女はどこか翳を帯びた声で頷いていた。
もしかして、目的が達成される、そのことに不安があるんだろうか。でも、いったいなんだってそんなことに不安を感じ恐怖する必要が?
死ぬこと、何かを失うこと、独りになってしまうこと、そして、目的を達成すること。
答えを導くのに必要だと思われるピースが増える。だけど、それでもわかりそうにはなかった。
体を動かして壁を見る。それのおかげ、というわけではないけど、僕の頭にはある一つの可能性が思い浮かんでいた。
だけど、それは受け入れがたかった。そして、受け入れがたいからこそ真実なのだと思わせられてしまう。
それほどまでに僕が気がついたものは衝撃的だった。
あんまり考えていて気持ちのいいものじゃないな、と今さらながらに思い、思考を止めた。それから、ぼーっ、と壁を眺める。
まだこの家は新築だから壁が綺麗だ。ほとんど汚れていない。
だけど、それも今だけでこれから少しずつ汚れていってしまうんだと思う。いい意味でも悪い意味でも。
それは人間だって同じことなんだと思う。いつまでも人は純粋ではいられない。いつかは汚れていく。
だけど、それだけじゃない。綺麗なまま残るところもあるし、思い出とか経験で最初以上に綺麗になることもある。
幽霊にはそういうことはあるんだろうか。
そう思って、優希ちゃんを思い浮かべる。いや、思い浮かべるもないか、と僕は苦笑してしまう。
彼女にはちゃんとした感情がある。むしろ、僕よりも感情を表に出すのが上手かもしれない。
彼女は肉体がなく、僕や夕佳みたいな特別な人としか関われないという状態ではあるけど、人間となんら変わりはない。
……そんなことを考えて僕は何をしたいんだろうか。彼女が人間と変わりないということは初めて出会ったときに少し話をしただけでわかっていることだった。
今、僕は意味のないことをした。わかりきっていることを確認するような。そして、何かに、怯えるような……。
僕が怯える?それはなんにかんしてだろうか。
……いや、本当は気づいてる。さっき僕が気付きかけたこと、その答えに僕は怯えている。
もう、寝よう。このまま起きていて考え事をしていたら精神的に疲れそうだ。
そう思い、何かから逃げるように目を閉じる。
本当は逃げられないんじゃないんだろうか、と思いながら。