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十五話

 カナカナカナカナ……

 ふと、小さくヒグラシの鳴き声が聞こえてきた。ゆっくり、と瞼を開く。

 と、瞼を開いたその先には夕陽で顔を赤く染めた優希ちゃんの顔が間近にあった。

「……」

「……」

 しばしの間、僕たちは見つめあうことになる。結構、近くで見ているからわかるんだけど、優希ちゃんは今完全に停止してしまっているみたいだった。瞬きはしないし、頬は動いていないし、瞳さえも動いていない。

「優希ちゃん?」

 少し心配になって声をかける。

「え?あ、わ、お、驚かさないでよ、広也!」

 慌てたように離れていった。

 対して、僕はそれを追いかけるようにゆっくりと体を起こす。寝起きでぼんやりする頭のままで優希ちゃんの方を見る。視線をそらされた。

 どうしたんだろう、優希ちゃんは、と思いながら僕は立ち上がる。変なところで寝たせいか体の節々が痛い。

「お、おはよう、広也」

 不自然に視線をそらしながら近づいてきた。

「おはよう、って言えるような時間じゃないと思うけど……。でも、一応、おはよう」

 優希ちゃんの態度が気になったけど、それに関しては何も言わないでおいた。

 そのかわりに、眠っている間に固まってしまった体をほぐすように伸びをする。寝起きにこうすると結構、気持ちがいい。

 それから、欠伸が出そうになったのでそれを噛み殺す。

 僕が寝始めたのはいつだろうか。時計を見ていないので正確にはわからないけど、お昼御飯を食べてから寝始めるまでに一時間か二時間くらいしか経ってなかったように思うから結構な時間、眠ったことになる。

 結局、あのあとは何もすることがなくて暇、だったんだよね。だらだらと、優希ちゃんとくだらないことばかり話していたけど、ふとした沈黙が起きた。

 どうしたんだろう、と思って優希ちゃんの方を見てみると優希ちゃんが眠っていた。

 幽霊も眠るんだ、と意外に思いながらその寝顔を眺めていたら眠気に襲われた。そして、眠気には抗えなくて眠ってしまった。

「僕たちが寝てる間に雨、上がったみたいだね」

「そんなこと知ってるよ。わたしのほうが早く起きてたんだよ」

「そっか、それもそうだよね。……どうする?優希ちゃんの両親の思い出の場所には行ってみる?」

「今日はもう、行かないよ。わたし、言ったでしょ?思い入れのある場所は―――」

「―――そこが一番綺麗に見えるときに合わせて行くべき、だよね」

 途中で優希ちゃんの言葉を取って微笑みを浮かべながらそう言った。

 そう、僕はわかっていたんだ。優希ちゃんがこう言うだろう、って。でも、もしかしたら、って思ってたから確認を取るように聞いてみただけだった。

 そんな僕を優希ちゃんはなんだか不満そうに見ていた。

「むぅ、人のセリフ、取らないでよ」

「ごめん、ごめん。優希ちゃんが言ったことってさ、結構いい言葉だったから言ってみたかったんだ」

 この言葉に偽りなんかはない。本当にそう思っている。

 思い入れのある場所はそこが一番綺麗に見えるときに合わせて行く、理解もできるし、納得もできる。だけど、優希ちゃんがそう言うまでは気がつかなかった。

 この考えは、大切な考え方で、それだからこそ、気づきにくいのかもしれない。僕は、そう思った。

「そ、そうかな?わたしはただ、自分が思ったことを言っただけだよ……」

 僕から視線をそらして、そう言う。

「そう思えることはすごいと思うよ。僕は優希ちゃんにそう言われるまで気がつかなかったんだしさ。優希ちゃん、って心が奇麗なのかもしれないね」

「――――っ」

 優希ちゃんが夕陽の光とは関係なく顔を赤く染めた。今日までずっと一緒にいて気がついたけど、優希ちゃんは結構恥ずかしがり屋なようだ。しょっちゅう、顔を赤くしては僕から顔をそらしたりしている。

 そういう、素直な反応は見ていて和むことができる。現に今だって、少し和んでしまっている。

 まあ、でもこのままだと恥ずかしがっている本人が可哀想だ。

「それじゃあ、僕はそろそろ帰るね。優希ちゃんは、今日もついてきてくれるんでしょ?」

 全く関係のない話題を出すことによって恥ずかしさを薄れさせてみようとする。

「え?」

 あれ?聞こえてなかったみたいだ。苦笑をしながらもう一度言うことにする。

「だから、僕はそろそろ帰るから、優希ちゃんは今日もついてきてくれるんだよね、って聞いたんだよ」

「あ、そうなんだ。……うん、今日もついてくつもりだよ」

 いつもの優希ちゃんの調子で頷いてくれた。やっぱりこういう優希ちゃんの方が僕としてはとてもやりやすい。変に意識しないですむ。

 優希ちゃんが恥ずかしがっていると妙な雰囲気が出来上がってしまい、僕もいつも通りに振るまいにくくなってしまう。どうしてなんだろうか。そんなことでいつも通りに振るまいにくくなる必要なんてないはずなのに。

 いくら考えてみても理由はわからない。こういう場合は考えるのは諦めるべきだ。今は、まだ優希ちゃんと一緒にいる。そのときに会話を途切れさせるのは嫌だから。

「そう、じゃあ、帰ろうか」

 優希ちゃんとちょっとしたやり取りをしていた間に日は沈んでしまったようだ。辺り薄暗くなってきている。そして、ここはすぐに真っ暗になってしまうだろう。

「うん、そうだね。真っ暗にならないうちに帰らないと、広也、帰れなくなるもんね」

 からかうような笑みを浮かべてそう言った。もうさすがに何度も言われているので慣れている。それに、真っ暗になってしまえば帰れなくなるかもしれない、というのは本当のことだから。

「そうならないためにも早く帰るよ」

「あれ?広也、もう、このことを言われるのに慣れちゃった?」

「うん、さすがにね」

 苦笑しながら言う。

「そっか。……それじゃあ、新しく広也をからかうための材料を探さないと」

 優希ちゃんはそんなことを呟くように言ったのだった。


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