十四話
「優希ちゃんはこの世で何をするつもりだったの?」
この世で何をするつもりだったのか、ということを思い出した優希ちゃんに聞く。黙っていても答えてくれそうな気がしたけど、出来るだけ、早く聞きたいと思っていた。
「簡単だよ。お父さんとお母さんの思い出の場所に行くつもり、だったんだ」
「思い出の場所?」
オウム返しのようにそう言ってしまう。
「うん、この山の上の方にね、二人の思い出の場所があるらしいんだ」
「へえ……。どんな場所なの?」
「それは、今は秘密だよ。行ってからのお楽しみだよ♪」
あれ?なんだか優希ちゃんの声が今まで聞いた中で一番明るかったような気がする。なんだろう?まあ、いっか。
「上の方にあるんなら、今日は雨が降ってるからやめておいた方がいいね。……って、優希ちゃんには関係ないか」
そう、優希ちゃんは幽霊だ。だから、雨で濡れることはない。だけど、生身の人間である僕は違う。雨には濡れる。だから、カッパを着ないといけないし、そうしてカッパを着た場合は非常に歩きにくい。
だけど、優希ちゃんが濡れないというのなら今すぐ行ってあげたいような気がする。いや、優希ちゃんが一人で行ってもいいのかもしれない。むしろ、優希ちゃんが一人で行くべきなのかもしれない。この先は優希ちゃんの家族だけが関わることだ。僕がいくべきじゃない。
「確かにそうだね。だけど、わたしは晴れてから行きたいな」
考え事をしていたら優希ちゃんが僕の言ったことに言葉を返してくれていた。
「どうして?優希ちゃんなら雨に濡れることもないし、歩きにくいなんてこともないから今すぐ行ってもいい気がするんだけど」
「わかってないなぁ、広也は。思い入れのある場所はそこが一番綺麗に見えるときに合わせて行くべきなんだよ。……それに、広也にもついてきてほしいから、出来るだけ歩きやすい日がいいんだ」
少し恥ずかしそうに言った。そっか、優希ちゃんは僕にいてほしいんだ。なら、優希ちゃんが一人で行けばいいよ、なんて言えるはずがない。
「じゃあ、今すぐ晴れますように、って二人で祈ってみようか」
だから、僕はそう答えてた。祈ったくらいで天候が左右されるとは思わないけど、ただ、なんとなく優希ちゃんとそうしたら楽しいかな、と思えた。そして、もしかしたら、想いもきっと届くんじゃないんだろうかって。
「そんなので晴れると思わないんだけど」
意外と優希ちゃんは現実主義者だった。まあ、確かに祈ったくらいで思うようになるんなら、この世に悲しんでたり、苦しんでる人なんかいないよね。
「それじゃあ、どうするの?今日はもうすることがないよ?まだ、この廃校の中で何か探してみる?」
「やだよ、わたしはずっとここにいるんだからもう今さら見るところなんてないよ。ここみたいな特別なところ以外はね」
「それって、ここでなにかを探してみたいってこと?」
思ったままに言ってみた。だけど、言ってみてからなんとなくそれは違うような気がした。なにが、というのはわからないけど、漠然とそう思った。
「ううん、違うよ。……ただ、ここにいられればいいんだ。ここは、懐かしい感じがするから、ここにいると落ちつけられるんだ」
優希ちゃんは床に足をつけて、僕が落とした額縁にハンカチとライターを置く。それから、かがみこんでそれを持ち上げた。
こうして、優希ちゃんのお父さんが大切にしていたもの、お母さんが大切にしていたもの、そして、二人の絆を現したものがひとつになった。
「そっか、じゃあ、今日はずっとここにいようか」
まだまだ雨は上がりそうにない。
「うん。広也は、いてくれるよね」
今日の雨は何故だか優しいような気がした。
「当たり前だよ。どうせこのまま帰っても優希ちゃんのことが気になってそうだし」
でも、雨の音はどこか悲しさを帯びているような気がして、
「そ、それって、どういう、意味?」
だからか、この雨は優希ちゃんの今の気持ちを表しているような気がする。
「え?どういう意味って、言われても、その言葉のまんまの意味なんだけど」
悲しい記憶を取り戻して、泣いて、
「そう、なんだ……」
幸せだった時のことを思い出して、笑っている―――
「……?」
―――今、僕の前にいる一人の少女の心を表しているような、そんな気がした。




