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十一話

 さんざん優希ちゃんにからかわれた後、僕たちは音楽室へと向かった。

 外が雨なので、廃校の中は暗くなっていた。けど、見えない、ということはなかったので難なくたどり着くことが出来た。

「優希ちゃん、やっぱり、ここに来ると気になるものがある?」

 部屋に入った途端に優希ちゃんは虚空をぼーっ、と見つめていたから、声をかける。

「……うん。それに、昨日はよくわかんなかったけど、今日はなんだか懐かしいような感じがするんだ」

「そうなんだ。……やっぱり、ここには優希ちゃんに関する何かがあるんだろうね。よし、じゃあ、探そうか」

 うん、と優希ちゃんは一度だけ頷いた。それを確認した僕は昨日の夜、調べよう、と思っていたものの方へと近づく。

 それは、何も飾られていない額縁だ。僕はそれへと手を伸ばそうとした。そうしたら、視界の端から誰かの腕が伸びてきた。

「「え?」」

 二人分の疑問の声が重なった。僕は腕の伸びてきた方を見てみる。

 優希ちゃんと目線が合った。驚いているようだった。それはたぶん、僕も同じだと思う。

「優希ちゃんもこれが気になってたんだ」

 僕はここまで真っ直ぐに来た。だから、額縁へと手を伸ばすタイミングが重なるには僕と同じように初めからそれを調べてみよう、と決めていなければいけない。だから、優希ちゃんも僕と同じように額縁を調べようとしていたんだと思った。

「うん、昨日はこれの裏側を調べてなかったなぁ、って思ったから今日、調べてみようと思ったんだ」

「僕と同じだね。僕も昨日の夜、そのことに気がついて調べてみようと思ったんだよ」

「えっ!わたしも、昨日の夜にそう思ったんだよ」

 優希ちゃんは僕の発言に驚き、僕は優希ちゃんの発言に驚いていた。

「もしかしたら、夕佳の言ってた魂の形が似てる、ってこういうことなのかもしれないね」

 考えること、思い浮かぶ時間、それがシンクロするような存在。それが、魂の形が似た者同士の特別な関係なんだと思う。

「そうかな?単なる偶然かもしれないよ?」

「確かに、そうかもしれないけど、でも、どう言ったらいいのかよくわかんないけど、そうやって偶然、って言葉で片付けるよりはいいと思わない?僕だけが優希ちゃんと関われる理由がそこにあるような感じがして。でも、夕佳も優希ちゃんと関われるか……。あ、でも、霊感がある夕佳は例外ってことになるのかな?」

 途中で何を言いたいのかわからなくなってきた。でも、伝えたいことはきっちり伝わっていたようだ。

「うん、そうだね。わたしと、広也には、特別な関係が、あるんだよね」

 恥ずかしいのか言葉が不自然なところで途切れていて、頬が微かに赤くなっていた。かくいう僕も普段は言わないことを言って恥ずかしかったりする。

「そう思うと、僕は最後まで優希ちゃんの手伝いをしてあげたいよ」

「じゃあ、そういうなら、広也のことすっごくこき使っちゃおうかな。毎日疲れ果てて動けなくなるくらいに」

 冗談なんだか本気なんだかよくわからないような表情で言った。

「ま、まあ、別にこき使われるのはいいけど、ほどほどにしてね」

 優希ちゃんのためになるというのなら彼女にこき使われても悪い気はしないような気がした。さすがに、限度はあるけど。

「どうしよっかな〜」

 からかうような口調。たぶん、優希ちゃんはそこまで僕をこき使うつもりはないのかもしれない。でも、苦笑が浮かぶのは抑えられなかった。

「まあ、そんなことよりも、早く調べてみようよ。わたし、額縁まで手が届かないからさ」

 うん?、と疑問に思って隣を見てみた。

 優希ちゃんがはいつもと違って浮かんでいるのではなくて床に足をつけているのに気がついた。

「なんで、優希ちゃんは浮かんでないの?浮かべば手、届くんじゃないの?」

「あれ?広也、わたしがものに触れないってことに気がついてなかったの?」

 そう言って優希ちゃんは地面から足を離して浮かび上がり額縁の方へと手を伸ばした。伸ばされた優希ちゃんの腕は額縁をすり抜けてそれに触れることは出来なかった。

 そういえば、初めて会ったとき優希ちゃんは上から出てきたし、山の中を歩いてるときも木の枝が優希ちゃんの体をすり抜けてたと思う。

 優希ちゃんは腕を降ろして、もう一度、床に足をつけた。

「でもね、こうやって床に足をつけると、ちゃんと触れるようになるんだよ」

 額縁の方へと伸ばされた優希ちゃんの手は額縁から数センチ下の所に触れた。残念ながら優希ちゃん自身が言ったとおりあそこまで手が届かないようだ。

 そして、改めて優希ちゃんを見てみて気がついた。優希ちゃん、って結構、小柄なんだな、と。僕の頭一つ分のさらにもう一回りくらい小さい。いつも、浮かんで僕の横にいたから気がつかなかった。

「広也、なんか失礼なこと考えてるでしょ」

 じとーっ、とした目で優希ちゃんがこちらのことを見ていた。

「う、ううん、そんなことないよ」

 僕は慌てて否定した。優希ちゃんのことだから、僕が小柄だと思っていたことを知ったら怒りだすと思う。

「それ、嘘でしょ?広也、絶対に失礼なこと考えてたよ。……たとえば、わたしの身長のこととか」

 やっぱり、優希ちゃんは勘が鋭くて的確に僕が考えていたことを言い当てた。

「……ごめん、優希ちゃん。実はその通り」

 このまま隠し通すのは無理だと悟った僕は正直に言って謝ることにした。

「う〜、やっぱり。わたし、身長のことは気にしてるんだよ!」

 そう言って、優希ちゃんはそっぽを向いてしまう。この歳で死んでなかったらもっと大きくなってたはずなのに……!、と小さな声で言っていた。

「あの、優希ちゃん。ちっちゃかったらさ、その、可愛いと思うよ」

 って、僕はなに恥ずかしいことを言ってるんだろうか。でも、フォローにはなったと思う。きっと、たぶん……。

「え?」

 優希ちゃんは怒っているのとは違う感じで頬を赤く染めながらこちらを振り向いた。

「もしかして、広也はちっちゃい女の子の方が好き、なの?」

「え?いや、別にそういう訳じゃないけど」

「じゃ、じゃあ、広也はどんな、女の子が、好みなの?」

 僕は優希ちゃんのいきなりの問いに困惑してしまう。なんで、そんなことを聞いてくるんだろう、と思うと同時にとても答えにくい質問だな、と思っていた。

 今までそういうことに興味を持ってこなかったから好み、を聞かれても、ないとしか答えようがない。だけど、優希ちゃんは僕の答えに何かを期待しているようで、僕の答えはそれを裏切ってしまうような気がした。

 考える。どうすればいいのか、ということを頑張って考える。

 本当になんで僕にそんな質問をしてくるんだろうか。それも、並行して考えてみたけど結局わからなかった。

 このまま沈黙していたら不自然に思われてしまう。だから、仕方がないので僕は思っているままのことを言った。

「そういうことに興味がないから、好み、って言われても答えようがないんだよね」

「そう、なんだ……。じゃ、じゃあさ!わたしのことは、どう思ってるの……?」

 顔を俯かせながら聞いてきた。

 優希ちゃんの聞きたいことは、女の子として、という意味だろうか。ここまでの会話の流れからしてそれ以外は考えにくい。

「……」

「……」

 何とも微妙な沈黙が流れる。優希ちゃんは顔を俯かせているだけで、それ以上は何も言ってこない。

 本当に、なんで、優希ちゃんはそんなことを聞いてくるんだろうか。もしかしたら、という思いもあるけど、それはないだろうな、という思いの方が強い。

 とりあえず、何と答えてもどうにかなるだろう、と僕は楽観的に考えて、

「どっちか、っていわれると、好きだよ、優希ちゃんのこと」

 正直に言ってみたらかなり恥ずかしかった。今さらだけど、異性に好きなんて軽々しく言うもんじゃないな、と思ってしまう。

「え……。そ、それって本当っ?」

 優希ちゃんが顔を上げる。その顔は真っ赤になっていた。

「う、うん。こ、こんなときに嘘を言っても仕方ないと思うんだけど」

 僕は僕で優希ちゃんの顔を直視できなくて視線が泳いでしまっている。

 優希ちゃんは僕の答えを聞いたからか、また下を向いてしまう。僕はそんな優希ちゃんから目をそらしてしまう。

「……」

「……」

 また、微妙な沈黙が流れる。いや、今回はさっきと違ってかなり気まずい。

 な、何か言わないと……っ!

 そう思うけど、軽く混乱している今の僕の頭ではどうやればこの状態を脱することができるのか、わからない。

 当てもなくあちこちに視線を彷徨わせる。

 視線が右に、左に、と動く。その間に、雨が屋根や地面をたたく音が耳に入ってくる。

 そして、やっと見つけた。この沈黙をどうにかするためのものを。

「優希ちゃん」

「広也」

 不運にも二人分の声が重なってしまう。今の状態でそんなことになってしまうと、とても先を続けにくい。

「あの、優希ちゃん、先に、言っていいよ」

「う、ううん、広也からでいいよ」

 いや、優希ちゃんから、と言おうとして止めた。このまま譲り合っていてもらちが明かない。

「じゃあ、僕から言わせてもらうよ。早く、あの額縁を調べてみようか。……僕が言いたいのはこれだけだけど、優希ちゃんは?」

「え、えと、わたしも同じこと、言おうとしてたんだけど」

「あれ?そうだったんだ」

「うん……」

 それから、何故か僕たちはまた沈黙しそうになる。そうならないようにしたのは僕自身だった。

「じゃ、じゃあ!早く見てみようか!」

 緊張から不自然に大きな声を出してしまう。僕は何を緊張しているというんだろうか。

「う、うん。そ、そうだよね。ひ、広也、お願い!」

 僕は焦ったような優希ちゃんの言葉に頷いて額縁の方へと手を伸ばす。本来しようとしていたことをするまでに結構時間がかかってしまった。

 だけど、これをするまでに時間がかかった割に額縁は拍子抜けするくらい簡単に外れた。

 僕はそれを手元まで引き寄せる。優希ちゃんはとても気になるのか浮かび上がって僕の手許を覗き込んでくる。

 僕は、先ほどとは違う緊張を持って額縁を裏返そうとする。優希ちゃんも固唾をのんで額縁を見つめる。

 これで、何もなかったら拍子抜けだ。笑うか、落胆するか、どっちかだと思う。

 だけど、もし、何か――優希ちゃんに関するものがあったら僕たちはどうするんだろうか。想像はできない。優希ちゃんがどうするか、ということに関しては特に。

 だからといって、このまま考えているわけにはいかない。もうここまで来てしまったら引き返すことはできないから。

 そう思って、僕は額縁をゆっくりと裏返した。

 そこには、相合傘が書いてあり二人分の名前が書いてあった。右には直安(なおやす)、とあり、左には恵子(けいこ)、とあった。この廃校がまだ学校として機能していた時にいた生徒が書いたものなんだろうか。僕はこれを見て特別な感情などは抱かなかった。そう、少なくとも僕は。

 だけど、優希ちゃんは違った。優希ちゃんは幽霊だから息をしていないけど、感覚としてそういうことをしていた、というのを覚えているのかもしれない。驚きからか、優希ちゃんが息をのむ音がはっきりと聞こえたような気がした。

「これ、お父さんと、お母さんの名前だ……」

 そして呟くような小さな声でそんなことを言った。こうして、優希ちゃんが覗き込んでいなかったら聞こえていなかったであろう言葉に僕は驚きを隠せない。

「それって、本当のこと?」

 確認を取るように僕はそう聞く。だけど、どこかで優希ちゃんが言ったことは本当なんだとすでに納得している。

 優希ちゃんが気になる、と言ったこの部屋で見つけた僕と優希ちゃんが同時に調べようとした額縁の裏側。それが、裏付けようのない証拠のようになっている。

「うん、間違い、ない、よ……」

 頷き、少しずつ、声が震えていく。優希ちゃん?、と名前を呼ぼうとした瞬間。

「おとう、さん……おかあ、さぁん…………」

 そして、突然、優希ちゃんは大声で泣き始めた。

 いきなりのことに僕は狼狽してしまう。

「優希ちゃん?……優希ちゃん!」

 混乱しながらも何回か優希ちゃんの名前を呼ぶ。だけど、一向に優希ちゃんは落ち着きそうになかった。

 彼女は、大声で泣きながら何度も、何度も、お父さん、お母さん、と言っている。まるで、親とはぐれて途方にくれて泣いている子供のようだ。だけど、そこにあるのは不安ではなくて悲しさ。

 彼女は両親に関して何かあったのだろうか。泣き叫びたくなるほどに悲しい何かが……。

 僕は優希ちゃんの様子を見ていられなかった。何か、何かをしてあげないと。

 そう思っていたら、気がつけば僕は彼女のことを抱きしめていた。そのときに、僕は額縁から、手を放していた。額縁は重力に逆らうことなく地面に落ち、大きな音を立てた。だけど、それは彼女の泣き声によってかき消されてしまう。

 僕は彼女を強く抱きしめていない。僕にそんな権利はないから。優しい言葉をかけることはできない。何を言えばいいのかわからないから。

 それでも、彼女は僕に抱きついてきた。強く強く、何でもいいから何かにすがりつくように。

 僕はただ、されるがままになっていた。彼女が突然泣き出したことに困惑しながら、彼女に対して何もできない自分に苛立ちを抱いて……。


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