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十話

『今日はやめておくわ』

 今日は、廃校に行くの?、という問いに対して返ってきたのはそんな言葉だった。

「そっか、じゃあ、今日は僕一人で行くね」

 携帯電話を耳にあてたまま僕は窓の外を見てみた。

 今日は天気が悪く、朝から雨が降っている。雨によって濡れた窓の向こう側には雨に濡らされた世界が広がっている。

『ええ、そうしてちょうだい。……あと、広也、二人っきりになれるんだから頑張るのよ』

 何故か携帯電話の向こう側の夕佳の声が楽しそうな色を帯びる。

「うん?言われなくても頑張るつもりだよ。早く、優希ちゃんが忘れていることを思い出させてあげたいからね」

『そうじゃないでしょ!二人っきりと言ったら別にすることがあるでしょ?』

「そうだっけ?……ないと思うんだけど」

 夕佳の言葉に僕は首を傾げる。

『はあ、広也はなんにもわかってないわね。優希ちゃんが可哀想だわ』

「可哀想?優希ちゃんが?どうして?」

『そんなこと、自分で察してよ。まあ、広也はかなり鈍そうだから気付かないでしょうけど』

 夕佳の声は呆れているようだった。

「……?夕佳が何を言いたいのかよくわかんないけど、早めに優希ちゃんの所に行ってあげたいからそろそろ、電話切るね」

『あらあら?実は結構、脈ありだったりするのかしら』

「夕佳?何言ってるの?」

『あ〜、いやいや、別に気にしなくてもいいわよ。ちょっと、独り言みたいなものだし。じゃあ、広也。ちゃんと、優希ちゃんの傍にいてあげるのよ』

「うん、わかってるよ。それじゃあね、夕佳」

 そう言って、僕は通話を切った。静かになった部屋の中、雨の降る音だけが聞こえてくる。

 あ、そうだ。カッパ、出してこないと。森の中に入らないといけないから、傘なんて使えないだろうし。

 僕は準備をするために立ち上った。



「広也、来るのが遅いよ!」

 廃校の中に入った途端に優希ちゃんに怒鳴られた。

「ご、ごめん。雨でぬかるんだ山道って結構、歩きにくかったから時間がかかったんだ」

 とっさに、僕は謝っていた。

「うわー、それに靴、どろどろだよ」

「ああ、うん、そうだね。僕は気にしないからいいけど、優希ちゃんはこういうの見てて気になる?」

 そう言いながら、僕は雨で濡れたカッパを脱いでビニールの袋の中に畳んで入れる。

「わたしは、そんなに気にしないけど、広也はそんなの履いてて気持ち悪くないの?」

「ちょっとは気持ち悪いけど、ここって靴脱いで歩くには危ないから我慢するよ」

 僕は自分が濡らした床を見ながら言った。

 ここの床は古くて荒れているから、荒れた部分が足の裏に刺さってしまいそうだった。

「確かにそうだね。……じゃあ、広也は頑張って我慢してね」

 何故だか笑顔と一緒にそう言われた。からかってるんだろうか。でも、いつもの意地悪そうな感じはしないから違うかもしれない。

 まあ、そんなことどうでもいいや。今までも気にしてなかったんだから、今回もあんまり気にしないでおこう。

「それで、今日はどこから探してみるの?」

 優希ちゃんにそう聞いた。

 実は、昨日の夜、一人で僕なりに考えてみて、気になる場所はあったけど、まずは、優希ちゃんが探したい、という場所を探したかった。

「え?うーん。昨日の音楽室、かな?昨日見てみたかぎり、あそこが一番気になった場所だったし……」

 どうやら、優希ちゃんが見てみたい、という場所は僕が気になったものがある場所と同じようだ。

 だけど、優希ちゃんは音楽室のどこが気になる、というのはないようだ。ただ、漠然とその場所が気になっている、という感じだった。

 まあ、僕も似たようなものか。僕だってなんとなくあるものが気になるってだけで、確信的なものは何一つない。

 あるのは、あそこが気になる、という疑問だけ。

 でも、なんにしろ、行かなくては何も始まらない。

「じゃあ、音楽室から行ってみようか」

「何もなかったらどうするの?」

「それは、その時になって考えるよ」

 ようは、見つからなかったらどうしようもないって、ことなんだけど。

「それって、ようは何も見つけられなかったら手詰まり、ってことだよね」

 そんなことを思ってたら、優希ちゃんが僕が思っていたことと同じようなことを言った。

「……うん、まあ、そういうことなんだけどね。まあ、今、考えても仕方ないってことだよ。とりあえず、今はやれそうなことがあるんだからそれをしないと」

「広也って結構、考え方が適当なときがあるよね」

 優希ちゃんが言ってることは僕も自覚していることだ。だけど、

「考えすぎて前に進めないよりはいいでしょ?」

「あっ、だから広也は道に迷ってこんなところに来ちゃったんだ」

 自分の信条みたいなことを言ったつもりだったのに、結果的に墓穴を掘ることとなってしまった。

「……よしっ、優希ちゃん、早く音楽室に行こう」

 時間が経った今となっては思い出すのが恥ずかしいので誤魔化すようにそう言った。だけど、勘の鋭い優希ちゃんは僕が誤魔化そうとしているのに気がついた。

「広也、誤魔化したって無駄だよ〜。っていうか、そんなにあからさまに誤魔化されたら逆にいろんなこと、言いたくなっちゃうな〜」

 優希ちゃんが意地悪な笑みを浮かべる。僕にとっては不吉な予感を抱かせるものだった。

 そして、その予感はあながち間違ったものではなかった。

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