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九話

「そろそろ、暗くなってきたわね。私はそろそろ帰るけど、広也はどうするのかしら?」

 夕佳の言う通り廃校の中は薄暗くなり始めていた。ここは、周りが木に囲まれているので、陽が沈みかけるとすぐに暗くなってしまうようだ。

「僕もそろそろ帰るよ。優希ちゃんはどうするの?今日も、僕の家までついてくるの?」

「うん、そうだね。夕佳さんがいても、広也が一人で帰れるか心配だからついていくよ」

 からかうような口調でそう言われた。僕が昨日、道に迷って帰れなくなったことは優希ちゃんにとって僕をからかうためのいい材料となってしまっているようだ。

「いや、もうさすがに迷ったりはしないから」

「ほんとう?広也のことだから、帰る途中でいきなり道じゃない所に入って、迷子になるんじゃない?」

「さすがに帰る、って決めたら真っ直ぐに帰るよ」

「うん、確かにそうじゃないと、単なるバカな人だよね」

 朗らかに笑いながら言ってくれた。

「優希ちゃん―――」

「はいはい、広也、帰るつもりがあるんなら早く帰るわよ」

 優希ちゃんに、そうやって、僕をからかうのをやめてほしいんだけど、と言おうとした。だけど、夕佳に途中で邪魔されたせいで、言えたのは優希ちゃんの名前だけだった。

「優希ちゃんも、そんなに広也のことをからかっていたいんなら今日から広也の家に泊っちゃいなさいよ。そうすれば、好きなだけからかってあげれるし、甘えられるわよ」

 からかうのと、甘えるのって一緒になることがない言葉のような気がする。

「夕佳さん、そう言う話はやめてください、って言いましたよね!」

 そう言って、優希ちゃんは夕佳から顔を背けてしまう。

 優希ちゃん、夕佳に僕に関する話をされるたびに機嫌が悪くなっているような気がする。僕のことが嫌いなんだろうか。

 でも、僕と優希ちゃんの二人だけでいたときはとくに嫌がっているような素振りを見せなかったからそれはないような気がする。嫌だっていう気持ちを隠すようなこともしてないと思うし。

 それだから、なんで優希ちゃんが不機嫌になるのか全然わからない。

「あらら、またまた怒らせちゃったわね。……じゃあ、私は一人で帰るわ。優希ちゃん、二人っきりの時間は譲ってあげるから、しっかりやるのよ。広也は、優希ちゃんの気持ちにちゃんと気がついてあげるのよ」

 そう言い残して夕佳は帰っていこうとする。

「ちょっと、夕佳、待って!」

 僕は夕佳のことを追いかけようとした。だけど、このまま不機嫌な優希ちゃんを置いていくわけにもいかない、と思ってその場に留まる。

「優希ちゃん、どうして怒ったの?」

 今だに、そっぽを向いたままの優希ちゃんに聞く。

「夕佳さんが悪いんだよ。わたしが話してほしくないってことを話すから!」

 結構怒っているようで、まだ語気が荒い。だけど、優希ちゃんが言ったことには少し気になることがあった。

「ねえ、優希ちゃんがしてほしくない話って、僕に関すること?」

「……」

 何も答えてくれなかった。とりあえず、その沈黙は肯定であったと思っておく。

「じゃあ、優希ちゃんはなんで、夕佳に僕の話をしてほしくなかったの?」

「そ、それは、広也が気にすることじゃないよ。広也だってあるでしょ?特に理由もなくしてほしくないこと」

「いや、僕はないけど」

 っていうか、理由もなく僕の話してほしくないって、それ、さりげなく僕のこと嫌ってるよね、と続けようとしたけど、

「あるんだよ!」

 優希ちゃんに怒鳴られて、先は続けられなかった。

「あ、あの、優希ちゃん、落ち着いて」

 とにかく、優希ちゃんの気持ちをなだめようとそう言う。

「う〜、広也のバカ!早く帰るよ!」

 でも、効果はなかったみたいだ。そっぽを向いたまま進んでしまう。しかも、今朝と同じように僕の左腕を掴んで。

 こうやって、わざわざ引っ張っていくってことは僕のことが嫌いだって言う訳じゃないんだと思う。そして、だからこそよくわからない。優希ちゃんが夕佳に僕の話をされて怒る理由が。



「さ、ついたよ。広也の家」

「確かについたけど、なんで優希ちゃんはずっと僕のことを引っ張ってたの?」

 僕はそう言って軽く左腕を持ち上げる。それと一緒に、横に並んでる優希ちゃんの腕も持ち上がる。

 廃校で腕を掴まれてからずっとここまで引っ張られてきた。

 途中で止めようともしたんだけど、速い速度で進んでいくので転ばないように優希ちゃんについていくのに精いっぱいでそんな余裕はなかった。

「それは、絶対に広也が道に迷わないようにするためだよ」

 得意そうに胸を張って言った。どうやら、とことん僕のことをからかいたいようだ。

 だけど、よく見てみると、優希ちゃんの顔は微かに赤く染まっていた。

 どうしたんだろう、と考えようとして気がついた。そっか、女の子だから、そういうこと、気にするんだよね。

 そういえば、今日の朝も音楽室まで引っ張られていって、優希ちゃんが僕の腕を掴んでるのに気がついた時に取り乱していた。あれは、照れてたんだ。

 そうだったんだ、と僕は一人納得して心の中で頷く。あれ?だけど、そうだとしたら なんで恥ずかしいのにわざわざ僕の腕を掴んだりしたんだろうか。

 朝は、怒っていて冷静じゃなくなっていたから考えるまでもない。でも、今は冷静になっている。

 あ、でも、僕の腕を掴むときはそこまで冷静じゃなかったような気がする。じゃあ、さっき優希ちゃんが僕をここまで引っ張った理由を言ったときに得意そうに言ったのは照れ隠しなんだろうか。

 うーん、よくわからない。無意識だったにしろ、なんでわざわざ僕の腕を掴んだりしたんだろうか。

 なんだか、わかりそうな気もしてきたけど、結局、わからない。優希ちゃんに聞いてみようと思ったけど、恥ずかしがるってことは聞かれたくないことだと思うから、やめておいた。

 まあ、わざわざわかる必要もないか。気になるけど、困ることはないし。

 そういうわけで、優希ちゃんが僕の腕を掴んだ理由について考えるのをやめることにした。

「広也、わたしはもう戻るね」

「あ、うん。気をつけてね」

「大丈夫だよ。わたしは幽霊だから、危ないことなんてないよ」

 優希ちゃんは僕の方に笑顔を浮かべてから背を向けた。昨日とは違ってゆっくりとした速度で離れていく。

 僕は優希ちゃんの後ろ姿を見送る。少し寂しそうな、後ろ姿を。

「優希ちゃん!」

 気がつくと、僕は彼女の名前を呼んでいた。

 優希ちゃんが振り向く。不思議そうな顔をしているのがここからでも見える。

「寂しくなったり、一人でいるのが嫌になったりしたら、遠慮なく僕の所に来ていいからね!」

 優希ちゃんは驚いてるようだった。確かに、いきなりこんなことを言われたら驚くかもしれない。

 あ、そうだ。もうひとつ、言っておこう。

「あと、僕は優希ちゃんと一緒にいて楽しいから、いつでも、優希ちゃんが来るのを待ってるから!」

 実は、昨日の夜、優希ちゃんと別れたあと、優希ちゃんのことが気になっていた。優希ちゃんは一人で寂しくないんだろうか、一人であんな所にいて心細くないんだろうか、とずっと考えていた。

 それは、きっと、さっき優希ちゃんに言ったように、一緒にいて楽しかったからそう考えていたんだと思う。

 優希ちゃんの方を見てみると、優希ちゃんは顔を俯かせていた。どうしたんだろうか、と思った直後に優希ちゃんは顔を上げた。

「広也のバカー!!」

 大声でそんなことを言ってきた。正直、そんなことを言われるとへこむ。だけど、優希ちゃんの言葉はそれだけではなかった。

「でも、ありがとう」

 僕を罵ったときの声とは違って小さな声だった。だけど、周りが静かだからか、その言葉ははっきりと聞こえた。

「どういたしまして!」

 僕がそう言うと優希ちゃんは反対方向を向いて行ってしまった。そして、彼女の後姿は見えなくなる。

 あ、さっきの優希ちゃんの罵りの言葉は単なる照れ隠しだったんだろうか、と今頃になって気づいた僕だった。


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