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能力者の恋

無関心の恋

作者: 黒湖クロコ

 この世界に生きる人間は神様から一つだけ能力をもらう。

 その能力は小さなものから大きなものまで様々で、大きな能力をもらった人は神様から強く愛されていると考えられ、強い能力者ほど高い階級に居た。

「この世界は、Aクラスの能力者達が主人公の世界なのかもね」

 そう言ったのは、私の姉だった。

 そんな姉が持っていた能力はCクラスの【花嫁の眼差し】。能力内容は、他者の結婚に関する運命を見る事ができる。ようは赤い糸を見る事ができる能力で、予知タイプに分類される能力だ。

 Aクラスの能力は、自然を操るタイプのもの。Bクラスの能力は自然タイプ以外で戦闘能力が強い、または感知能力の高いもの。Cクラスは特殊タイプで、凄く偏りはあるが使える能力のもの。そしてDクラスは特に生きていくうえであまり使い物にならない能力だ。


 そんな私はDクラスの能力で、【無関心】。能力内容は、ただひたすら影が薄いというものだ。元々影が薄いのだが、能力を発動すると、さらに薄くなる。確かにそこにいるのに、認識されにくくなるというもので、透明になるタイプとも違う。ただ単に無関心となるのだ。

 この能力を発動中は、攻撃もできない。誰かに敵意を持てば、その瞬間能力は消え私の存在は浮き彫りになる。だから、使えない能力として分類されていた。

 Dクラスの能力者はみじめだ。

 なれる職業も限られる。この世界で一番多いのがCクラス。次にB、そしてAとDが同じぐらいだ。同じぐらい希少価値なのに、そこにはとてつもなく高くて厚い壁が立ちはだかっている。

 Dクラスはまず、結婚もできない事が多い。何故なら、誰も神から見放された血を入れたくないから。兄弟にAクラスとDクラスが生まれるという事もあるので血筋で能力が決まるわけではない。でも嫌われるのが世の常だ。

 そして1人で生きていかなければならないのが決まってるのに、職業もあまりいいものは与えられない。コンピューター関係だったら感知能力者、医療系なら治癒系と決まっていて、清掃などの誰でもできると言われてしまいそうな職業しか残っていない。

 姉はちゃんと私にも赤い糸は出ているから大丈夫だと言ったけれど、今思うと幼い妹を慰めるための優しい嘘だったのかもしれない。


「よろしくお願いします」

 小さく掃除道具に呟いて、私は清掃活動に入る。

 私はビルやショッピングモールなどの清掃に派遣される仕事をしていた。だから今日も深夜のショッピングモールをモップ掛けする。

 静かな仕事だ。誰とも話す事がない仕事。だから時折話すという事を忘れないように、私は掃除道具などに話しかける。そして後は黙々と清掃だ。

 時折、音楽関係に恵まれた能力者が作り出した流行りの歌を口ずさみながら進める。

 しばらく掃除を進めていた時だった。突然窓ガラスが割れる音がした。私は口ずさんでいた声を止め、物音の方へ進む。勿論、【無関心】の能力を発動してだ。

 私が敵意を出さない限り、誰もが無関心となるから巻き込まれる事はあっても襲われる心配はない。

 そして近づいた先にいたのは血まみれの男だった。その周りにはガラスの破片が飛び散っている。割れている窓は天井だ。

 生きているだろうか。近くまで近づくと気は失っているが一応呼吸はしていた。

 さて清掃係として、どうするべきか。何か戦闘が開始されようとしているのかもしれないが、今のところこの男以外は誰もいない。それにこのまま汚したままというのは怒られそうだ。

 天井の穴が開いた事に関しては報告を入れるとして、とりあえず綺麗にガラスの破片を片付ける必要があるだろう。となるとできるだけ、戦闘は回避したい。


「気は失ってるよね」

 男の体をとりあえず端まで移動させると、私は嫌だなと思いつつ親指の腹を落ちていたガラスで傷つける。ぷっくりと血がにじんだところで、それを男の額に血判よろしく押した。

 痛いし本当は嫌だけど、これをしないと男の存在に気づいて誰かが来てしまうかもしれない。逆に言えば、気を失って敵意も何もない男は、私の血をつけるだけでかなり存在感を薄められるのだ。

 私は男をそのままにした状態で掃除道具をとってくると、箒で掃いてガラスの欠片を集める。能力者がバトルするのはよくある事なので、たぶん天井に穴が開いたとしても、このショッピングモールは明日も営業するに違いない。ここで誰かが転んだらとても危ないので、私は欠片も残さないように綺麗にする。

 ちょうど綺麗に掃除が終わった所で、男の方から声が聞こえた。

「うっ。……ここは――」

「待って、動かないで」

 動き出そうとする男を止め私は新聞紙を広げた。

「アンタは――」

「何処かへ移動するなら、この上でガラスの破片を払って」

「……えっ?」

「そのまま歩かれるとガラスの破片が飛び散るからすごく困るの」

 男は何を言われているのか分からない様子だったが、私はそうお願いする。清掃に特化したような能力者でない私は掃除はできるだけコンパクトに終わりたい。


「助けてくれたのか?」

「いいえ。ただそこに転がしておいただけ。掃除の邪魔だから。まだ移動しないならそのままでいいけど、でも移動するなら新聞紙の上でガラスの破片を落としてからにして」

「……はぁ。君はここの清掃員なのか?」

「そう」

 私はこくりと頷く。

 こんなに人と話すのは久々だから上手く話せているか心配だけど、何とか意志疎通はできたようだ。男は立ち上がると新聞紙の上でカラスを払ってくれた。

「少し屈んで」

 私は新聞紙の上で屈ませると、男の頭についた欠片をとれる範囲で取り除く。もう少し明かりがあると取り除きやすいのだけど、清掃の為の最低限の明かりしか灯っていないので、すべてを取り除くのは難しそうだ。

「なあ。ここに俺以外の人は来なかったのか?」

「いいえ」

「そっか。せっかく掃除してたのに汚して悪かったな」

 ……突然謝られて私はキョトンとしてしまった。どうやら自己紹介をしていなかったので、私の階級を間違えているようだ。

「貴方はAクラス?」

「まあな」

「私はDクラス。謝る必要はない。それに掃除が仕事だから、問題ない」

「待て待て。AクラスだからDクラスに謝らなくてもいいとかおかしいだろ。そんな事言う奴がいるのか? だったら、俺がそいつをぶん殴るから」

 そう言って、男は右手で拳を作り左手の手のひらにぶつけるしぐさをする。

 不思議な人だ。この世界の主人公なのに、モブキャラ以下の存在を気にするなんて。


「殴らなくていい。それが普通だから。Aクラスは天災。何があっても仕方がない事」

「いやいや。普通じゃないって。それにどうやら俺は、Dクラスの君に助けられたみたいだし」

 もしかして頭をぶつけて、頭の回路がおかしくなっているのかもしれない。さっき私は助けてないと答えたはずだけど。

「って、おい。残念そうな目で見るなよ。俺はなぁ――」

「出口は、C館にある従業員通用口か、あそこの穴。じゃあ、新聞紙を片付けるから」

 私が屈むと、男は新聞紙の上から退いた。

「えっと。従業員通用口がどこか分からないんだけど」

「……案内する」

 新聞紙を丸めながら、そこへ行く道を考えたが口頭で伝えるには少し難しい事に気が付いた。だから私は仕事を途中で止める選択をする。

 仕方がない。主人公は天災。その横暴は誰にも止められないのだ。

「仕事が終わるまでここで待ってるよ。アンタが帰る時についでに案内してくれ」

 しかしAクラスの男は遠慮をした。

 ……やっぱり、頭を打ってどこかおかしいのだろう。でも無理に案内するのも何か違う気がして、私は頷いた。

「分かった。少し待ってて。急いで終わらせるから」

 こうやって誰かと約束をするのは、いつぶりだろうと考えながら。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「悪いな。なんか、車まで出してもらって、家でシャワーまで借りる事になっちまって」

「大丈夫。ついでだから」

 男の額には、まだ私の血がついているから、それほど人から関心をむけられたりはしない。でもボロボロの服で頭にガラスの欠片を残す男を見捨てるのも悪い気がして、私は家でシャワーを浴びてから帰ってもらうことにした。

 相手はAクラス。Dクラスの女に手を出すようなほど女に飢えている事もないだろうし大丈夫だと判断した。

「うわっ。今日も誰かが派手にドンパチやってるな」

 車を走らせていると、前方の方で、稲妻と炎が見えた。

 Aクラスの能力者はこうやって町中で戦闘することも多い。でも皆天災だと思って、見物はしても止めようとはしなかった。

「って、おい。迂回しないのかよ」

「大丈夫。稲妻と炎だったら車に物が飛んでくることはないから」

 私は気にせず道路を走らせる。

 これが風や土を操るタイプだと、周りに居ると物が飛んできたりするが、雷や炎は早々大丈夫だ。

「でもさ、戦闘中に車が走ってると、目障りだって攻撃する馬鹿も居るだろ。……その、Aクラスって、血の気の多い馬鹿がいるのは確かだからさ」

「私の能力なら問題ない」

 私は能力を発動させ、問題の場所を通る。

 稲妻を操っていた持ち主は、炎を操っているだろう能力者にそれをぶつけようとし、炎を操っている能力者は、稲妻の持ち主の周りを発火させていた。

 本当にエネルギーの法則とか丸無視な動きだ。年は高校生のようで、着ている制服に見覚えがあった。


 そんな事を思いながら戦闘場所の隣を通り抜け、私は信号で止まった。

「すげぇ……本当に何にもされなかったな」

 能力を発動したままなのに声をかけられ、私はビクッとする。何で無関心の能力が効いていないんだと思ってから、私の血をこのヒトにつけてたままだからかと気が付く。

「私の能力は【無関心】。影を究極に薄くする能力だから。今は貴方の額に私の血をつけさせてもらったから分かりにくいと思うけど」

「血?」

「私の血をつけると、その対象物も影が薄くなるから。でも血がついていない状態で、私がこの能力を発動させていれば、貴方は私にまったく関心がなくなっているはず」

 そこにいるのは分かっても、それを知ろうとは何となく思わなくなるのだ。

「ただこの能力はそれほどすごくはない。殺意を持ったら一瞬で解けるから」

 誰かの役には到底立たない能力だ。この世界のごく潰し。そう言われても仕方がないと思っている。

「そっか、やっぱりアンタが俺を助けてくれたんだな。ありがとう」

 バックミラーに映る男はそう言ってニカッと笑った。

 ありがとうと言われるのは……何年ぶりだろう。慣れない言葉に顔が赤くなる。

「ど……どういたしまして」

 それから何をしゃべったか覚えていない。ただたわいもない事をしゃべって私のアパートについた。タオルと仕事場から持ってきた男物の作業着を脱衣場に置き、私は自分の仕事をする。

 会社に今日天井に穴が開いてしまったことへの報告を行い、掃除完了のメールを送信した。そしてだらだらとしていると、男は風呂場から出てきた。作業着を着ていると、Aクラス的なカリスマ性が皆無だなと思う。まるで私と同じようだ。


「風呂、ありがとうな。そういや、名前をまだ聞いていなかったな。俺は――」

「別にいい。今日かぎりの知り合いだから」

 名前で呼び合ったら、まるで友達のようで、きっと後で寂しくなる。Aクラスの彼と話すのは、きっとこれが最初で最後だ。

「寂しい事言うなよ。ここから始まる恋だってあるかもだろ?」

「私はDクラスだけど?」

 あまり記憶力が良くないのだろうか。……頭を打ったせいなのか元からなのか。神は才能を2つは与えてくれなかったらしい。

「だからさ、Dとか関係ないって。それにアンタの能力は少なく見積もり過ぎだと思うぞ」

「そんな事ないから。お風呂に入ったなら、帰って。作業服は、この会社に送ってくれると嬉しい」

 私は自分の名刺を取り出し渡す。そこには住所と電話番号が書いてあるから、何とかなるだろう。

「ふーん。影路綾(かげろあや)ちゃんか」

「そこは気にしなくていい。上に書いてある住所が会社だから」

「綾ちゃんと影路ちゃんのどっちがいい?」

 聞けよ。

 流石、Aクラス。ノリがフリーダムだ。

 私は仕方がないと、深くため息をつく。

「影路で」

 流石にいきなり名前呼びはされたくない。

「Ok。影路ちゃん。俺は佐久間龍(さくまりゅう)だから龍って呼んでくれればいいから」

「佐久間さん。ではさようなら」

 そう言って私は頭を下げる。

「影路ちゃんはつれないな。まあ、でも。男が夜中に独り暮らしの女子の部屋にいるのは色々不味いだろうし、帰るわ。またな」

 またはないと思うのだけど。

 そう思うが、振られた手に、私は気がつけば小さく振りかえしていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「なあ、影路ちゃんは、他の仕事してみたいとか思わないわけ?」

 あれ以来、何故か私の前に佐久間は現れるようになった。仕事中だといっても、影路ちゃんは器用だから話しながらでもできるでしょうと聞いてもらえない。

「別にこの仕事に不満はない。給料は少ないけれど、Dクラスの給料はこんなものだと思う」

 Dクラスの平均給料を知っているわけではないが、たぶん私はそれほど少なくて仕方がないという数字ではないと思っている。それに清掃だって誰でもできるけれど、誰かがやらなければならない仕事なのだ。

 だから私は特に職業を変えたいとは思っていない。

「例えば俺のパートナー的な?」

「……ベッドはここにはないのだけど」

「あれ? 何か凄い遠まわしに馬鹿にされてる?」

「馬鹿にはしていない。佐久間は寝ぼけてるんだよね」

 佐久間は、能力を使った凶悪犯罪の時に警察からの要請で制圧に動く組織で働いているそうだ。ただ所属している者はAクラスの力馬鹿が多く、感知系能力者の数が少ないらしい。そこで私の能力ならスパイ的な感じで的確に情報を収集できるだろうと考えたそうだ。


「寝ぼけてないよ。影路ちゃんの力が必要なんだって」

 この男は、本当に心臓に悪い。わざと私の苦手な言葉を使っているのだろうか。

 味噌っかす的なDクラスの能力者に【あなたの力が必要なんです】なんて言ったら、誰でも浮き足立ってしまうと思う。

 少しだけ佐久間と話して免疫はついてきたけれど、私も所詮はDクラス女。凄く心惹かれてしまう。ただAクラスの人に混じって、その輪を乱すのは嫌だという後ろ向きな思考が残っているから踏みとどまっていられるだけだ。

「佐久間。私が偶然、貴方を助けるような状況になったから勘違いしているのだと思う」

「違うって。俺はヒトを見る目はちゃんとあると思うんだよね。で、その上で、影路が欲しい」

 分かってやっているのか、ただの天然か。

 どちらにしろ、佐久間の言葉は私には毒のようだ。私の思考を溶かしていく。Aクラスだからこんな酷い事ができるのだろうか。

 分からない。

 分からないけれど……これ以上はもう、無理だった。

「分かった。一度だけなら付き合う」

「うん。ありがとうな。楽しい職場だぞ」

 そう言って笑う佐久間を見て、Dクラスの私では端から勝てなかったのだとため息をついた。





◇◆◇◆◇◆◇◆




「足を引っ張らないでよね」

 そう言ったのはBクラスの女だ。身体強化能力の持ち主で、すさまじい脚力を持つ。アニメの世界のようにぽんと3階ぐらいなら屋根まで簡単に上れるし、蹴りで電信柱を壊す事もできる。

 この手の能力者は縦割りの運動系な感覚な人が多いので、引きこもりがちオタク系Dクラスの人間は苦手だったりする。

 例えば足を引っ張らないでよと言う言葉だけでも、結構負担なのだ。すでに足を引っ張るのではないかというあらゆるパターンの失敗は頭の中でシュミレーション済み。それなのにさらに言われたら、萎縮するほかないと思う。

 気持ち的には最初から能力を発動して、自分の存在を決してしまいたかった。

 

 今回の任務は、銀行強盗が起こっている場所の中の状況を私が探るというものだ。相手は拳銃を持っているし、本当に嫌な役回りである。

 一瞬でも敵意を持ったらばれてしまう能力なので、とにかく冷静でいなければいけない。

「大丈夫だって。何かあったら俺がフォローするし」

「フォローしたら、役立ってるかどうか分からないじゃない」

 全く持ってBクラスの女の言う通りだ。佐久間がフォローしたら意味がない。それに私はトイレでBクラスの女と一緒になった時に、『佐久間は貴方があまりに悲観的で何の能力もないって嘆くだけのうっとうしい考え方をしているから、貴方に自信をつけさせようとしてるの』と教えられていた。

 なるほど。

 私のうじうじした考え方を、スパルタで直そうとするのが、彼なりのこの間の御礼なのかと思う。まあでも、それぐらいの事だと思っていた。

 私としてはそこまで自信が必要とは思わないが、それぐらいしないと、Aクラスの人間はDクラスに助けられたという借りを返せないのだろう。


「じゃあ、行ってくる」

 私はできるだけ平常心を保ちながら、能力を発動させ、銀行に向かって歩いた。

 てくてくと歩き、窓にピタリとくっ付いて中の様子を伺う。

「人質の数は15人。うち8人が職員で残りがお客。子供は2人。1人妊婦。犯人は全部で5……いえ、6人。1人隠れている。突入をしたらたぶんその人が何らかの攻撃をするのだと思う」

 無線に向かって私は中の情報を伝える。

 とりあえず、人質をこっそり減らすかと私は自分の手首にカッターで傷をつけた。まるで、自殺志願者のようで気持ちの良いものではない。でも私のつたない能力だとこれしかない。

「中に入ります」

『ちょっと待て。大丈夫なのか?!』

「私は」

 能力を発動したまま、入口から中へ入る。

 自動ドアが開き中に入ったが、誰もおかしいと思わないようで騒ぐ人はいない。普通の光景だと誤認して、私の存在も誰も気に留めないようだ。

 とりあえず従業員より客が優先だろうと妊婦と子供の額に私の血をつける。

 血を付けた瞬間すごく驚いたような顔をしたが、私は何でもないかのようにその手を握った。

「外へ出る」

「えっ。でも――」

「外へ出る事だけ考えて。そうすれば大丈夫だから」

 子供を1人背負い、もう1人は妊婦さんに手を繋いで貰って普通に玄関から出た。走ったりもしない。あまり血を使ったタイプの能力発動はやった事がないので、他者の感情の起伏に対してどの程度までカバーできるのか分からない。なので、混乱を避ける為、少人数ずつ行うしかない。

 そして3人を連れたまま佐久間やBクラスの女が居るところまで来て、一度能力の発動を止めた。


「えっ?! いつの間に?」

「というか、手。どうしたんだよっ!!」

 佐久間が私の傷に驚き、Bクラスの女は突然私を認知するようになって驚いた。

「この間佐久間にしたのと同じことをした。気を失っていてくれると楽だけど。やっぱり意識ある人間に使うのは怖いね」

 もしも誰かが敵意を一瞬でも向けてしまったらと思うと冷や冷やする。

「怖いじゃなくて、何かあったらどうするんだよ」

「一応これでも考えてる。子供と妊婦を助けるのは最優先だと思ったから。何かあっても、私が盾になるし」

「盾って。俺はそんな為に頼んだんじゃなくてなっ!!」

「知ってる」

 佐久間はきっとそんなこと考えていなかったと思う。でも、実際私の能力が役立つのだと思うと、どれだけ怖くてもやらずにいられないのだ。

 Dクラスは誰からも望まれない分、もしもその力を使える場所があったら、例え死ぬことになっても使ってしまうと思う。この世界の荷物じゃないと分かったことが何より嬉しいから。

「じゃあ、次は客を順番に出していく」

 私はそう言って、能力を発動させた。拳銃を向けられるのは怖い。私が盾にならないとと考えると、1人1人順番に開放するしかないので、時間もかかる。もっと効率の良い能力だったらよかったのだけど、Dクラスの能力なんてこの程度だ。

 私は必死に無心になれるよう心を落ち着かせて客を1人1人解放させていった。





◇◆◇◆◇◆◇◆




「本当に全員解放しちゃうなんてね……。逆に誰もいない場所で立てこもっている犯人たちは、どういう思考になってるのかしら」

「さあ」

 最初からいなかったと思うか、途中で逃がしたと思うかだろうけど。……まさか今も居るだなんて思ってはいないよなぁ。

 そう言う事まで確認したことがないというか、こんな風に能力を使ったのは初めてと言っていい。

「全員出したらもういいだろ。手当てするぞ」

 そう言って、佐久間が私の手を掴む。

「1人でできるから」

「俺は……」

「佐久間。1人でできる」

 中々手を離さない佐久間に、手当は私だけで十分だと重ねて伝える。佐久間がここから抜けるのは許されないだろう。

 後は突入して捕まえるだけなのだし――。


 パンッ。


 銀行から発砲音が聞こえた。

 周りがその音に騒めく。

『犯人からの要望だ。人質を助けたければ逃走用の車を用意しろと』

 無線でそんな連絡が私の耳に届く。

 人質?

 だって、全員助けたはずだ。しかし遠目から、犯人が誰かを掴まえその頭に拳銃を当てているのが見えた。

「まだ1人残っていたという事ね」

「そんな……」

 これで完璧だと思ったのに。

「まあ、犠牲者が15人から1人になっただけ良かったんじゃない?行くわよ。佐久間。ここからは私たちの仕事でしょう?」

「そうだな。影路はここで待ってろ。ちゃんと、怪我の手当てをして。それから――」

「はいはい。アンタは影路のお母さんか。とにかく、一気に攻めるわよ」

 Bクラスの女と佐久間が出ていく。

 私の所為だ。もっとよく見ていなかったから……でも、本当に私は見落としたのだろうか。建物の方へ向かっていった2人を見送りながら思う。

 だってあの場に居たのは確かに15人で。犯人は――。

 

 もしかしたら犯人の1人が人質の振りをしている?

 ふとそんな事を思いついた。

 最初に中を確認した時、5人がすごく目立つような場所にて、あと1人が隠れていた。ただ拳銃を向けられている人が、その隠れている人なのかどうか、ここからでは確認できない。

 銃弾の音が聞こえる。

 戦闘が開始したのだ。佐久間は大丈夫だろうか。人質を傷つけないように苦戦しているのではないだろうか。でももしも人質が犯人だったら……。

「そんなの嫌だ」

 佐久間はこの世界の主人公なのだ。死んではいけない。

 私は必死に自分の心を落ち着かせる。そして能力を発動した。

 銃弾が飛び交う場所へ向かうのは怖い。あの犯人たちの能力もどんなものか分からないのだ。それでも……それでも。

 私が必要だと言ってくれた人があそこには居るのだ。


 銀行の建物まで近づいた私は、銃弾で割れた窓ガラスから中を覗く。

 中は土煙が舞って見難い。佐久間の能力は風を操り擬似的な竜巻を作る事だと言っていた。だからこの土埃は佐久間が引き起こしてるのかもしれない。

 どうか神様。

 初めて必要とされたんです。Dクラスで味噌っかすで、この世界のお荷物の私が。だから彼の力になりたいんです。

 そうやって祈りながら中を見ていると、犯人の姿が見えた。その瞬間、私は向けてはいけない殺意を向けてしまった事に気がつく。

 あの人が佐久間をと思った瞬間、もう駄目だった。

 犯人が私に気が付く。拳銃がこちらへ向けられる。撃たれる前に伝えなければ。

「佐久間っ!! 人質なんていないっ!! あれは犯人っ!!」

 大声で叫ぶと同時に聞こえた銃声。

 何が起こったか分からないまま私は倒れた。たぶん撃たれたのだろう。

 ああでも。私の事が気になって、佐久間達が戦えなくなってしまうと困る。私はお荷物のまま死にたくはない。だから私の【無関心】能力を発動させた。

 こうしたらきっと誰も私の事に興味を示さない。

 私の心臓が止まったら能力も止まるだろうから、きっと葬式位は出してもらえるだろう。


 佐久間。ありがとう。

 私は、本当は掃除以外の仕事もしてみたかった。掃除の仕事が嫌いなわけじゃない。でも誰もいない場所で働くのではなくて、誰かに必要とされてみたかった。

 それが叶ったのだから、佐久間に風呂を貸したにしては過ぎたお返しだ。

 こんな風に満足のいく仕事ができて――そして好きな人を守れるだなんて。私は幸せだ。





◇◆◇◆◇◆◇◆





「トリックオアトリートッ!」

「……佐久間。もう少しマトモな発音できないの? 影路、傷の調子はどう?」

 結局あの後、私は佐久間に担がれて病院へ行き、一命を取り留めた。

 私の存在に誰も気が付かないだろうと思ったが、佐久間は私の傷を手当てしようとした時に私の血にふれていた為、私の能力が効かなかったそうだ。なんだか1人舞い上がってしまっていた分、生還してしまうと、これはこれで恥ずかしい。

「おかげさまで、もうすぐ退院できそう。治療費も払ってもらえるなんて、申し訳ない」

「別に、私たちも任務で負傷したら治療費は国が出す事になってるし。当然の権利よ。貴方がどこのクラスの能力者でも関係ないわ。私は卑屈なのって大っ嫌いだから、あまりDクラスだって自慢しないでよね。それから、私の事は明日香って呼びなさい。Bクラスの女とか言ったらかかと落としするわよ」

「りょ、了解」

 たぶん明日香にかかと落としをされたら、折角一命を取り留めたのに今度こそ昇天してしまうだろう。心の中でずっと、Bクラスの女と呼んでいたのは内緒にしておこう。

「なあ、俺のこの渾身のボケには誰にもツッコミを入れてくれないわけ」

 佐久間は相手されなかったのが寂しかったのか、自分の頭の上についている猫耳をチョンチョンと指をさす。そう言えば、入ってきたときも、トリックオアトリートと言っていた。

「ああ。お菓子なら、お見舞いでいくつか箱が積まれてる中に入っていたと思うから。適当に食べていいよ」

「いや、お菓子が欲しいのではなくてですね。影路さん?」

「影路が目を逸らしたくなるぐらい酷いってことだから、いい加減とりなさいよ。一緒に歩いていた私も恥ずかしいわ」

 明日香に言われて、しょんぼりしながら佐久間は猫耳をとった。そしていじけながらお菓子をつまむ。

 なんだかAクラスの人間には見えない子供っぽさだ。


「私トイレに行ってくるから。後はごゆっくり」

「へ?」

「貴方への貸しはこれでチャラよ」

 そう言って明日香が病室から出ていった。

 なので病室の中は、必然的に佐久間と私の2人になる。事件の後初めて会ったから、少しだけ気まずい。もしかしたら佐久間も同じ気持ちで、だからあえて猫耳なんてつけて場を和ませようとしたのかもしれない。

「……結局、足を引っ張ってしまってごめんなさい」

 私は少しためらって、でもさっさと謝ってしまおうと口を開いた。

「でも……私でも誰かの為に何かできるんだと知れて嬉しかったから。ありがとう」

 何もかもを諦めて生きていたあの時より、すごく充実している。『佐久間は貴方があまりに悲観的で何の能力もないって嘆くだけのうっとうしい考え方をしているから、貴方に自信をつけさせようとしてるの』というのは、確かに今回ので叶った気がする。

 少しスパルタだったけれど。

「お見舞いもありがとう」

 これで最後の別れかもしれないけれど。

 Dクラスでも何かできる事は分かったけれど、Aクラスと住む世界が違う事には変わりない。だけど、佐久間の友達になれて幸せだった。


「ありがとうじゃないだろ。もっと俺に恨み言とかないのかよ」

「ないよ。別に。佐久間は私に自信をつけさせようと任務を手伝わせてくれたんでしょ? ばっちり自信は付いたから。今後は胸を張って清掃の仕事をするよ」

 そしていつか、本当にやりたい事を見つけよう。

 きっと何かできるはずだ。Dクラスだからできないじゃなくて。

「って?! また清掃の仕事するのかよ。何? やっぱり今回ので怖くなったのか? いや。本当だったら、影路はあんな危険な任務じゃないから。ああいうのは俺みたいな戦闘に特化した奴がやればいい話で」

 ん?

 佐久間が何故か慌てている。

「これって、1日体験みたいな感じだったんだよね?」

 Aクラスの職場体験的な。

 AクラスはAクラスで大変だなあと思ったけど。

「違うって。俺は本当に、影路をスカウトしたくて」

「自信をつけさせるためじゃ?」

「自信を持って俺のパートナーになって欲しいんだよ」

 そう言う佐久間の顔は真っ赤だ。

 まるで愛の告白でもされているみたいだと笑えてくる。

「ねえ。そう言うのは、Dクラスには、殺し文句だって事分かってる?」

 Aクラスにそんな事言われて、コロッといかないDクラスなんてほぼ皆無だ。いい加減心臓に悪い発言はやめて欲しい。

「はあ? 思った事言ってるだけなのに。殺し文句?」

「ある意味、愛の告白と同じレベル。超金持ちからのプロポーズとイコールと言っても過言じゃない」

「ぷ、プロポーズッ?!」


 驚いた顔をしている佐久間を見て私は笑った。どうせ、佐久間から告白なんてされる事ないだろうし。能力を認めてもらえただけでも奇跡に近い。

「うん。清掃の仕事の合間なら手伝うよ」

「って、やっぱり清掃優先かよ。影路って、俺が落ちてきた時も仕事優先にしやがったもんな。どれだけ清掃好きなんだよ」

「物事には優先順位があって、Dクラスは謙虚堅実モットーにというのが合言葉で、仕事を無くした時も路頭に迷わないように、ちゃんと保険をしておこうと思うんだよね」

 力がない分、とても地味に堅実に生きているのだ。Aクラスの派手人生とは違う。

 だから仕事は手抜きをしない。

「でも1回ぐらいは主人公に巻き込まれてみるのもいいかなって思ったから。保険は必要だからかけるけど」

「主人公?」

「そう。佐久間達Aクラスはこの世界の主人公。その近くでモブとして付き合うのも、楽しそうだし。人生いつ死ぬか分からないから」

 今回だって、これっきりだったかもしれないわけで。

 でもそれでも満足だと思えたのだから、謙虚堅実ながらもやりたい事をやると言うのが楽しく生きる上で一番そうだ。

「ひ、ヒロインはAクラスとは限らないだろ」

「まあ。そうだね。皆がAクラスじゃ、物語も面白くないだろうし」

 色んな人がいるから面白い世界なのだ。それにみんながAクラスでドンパチやってたら、町はめちゃくちゃだ。

「よろしく、佐久間。ヒロインに誰を据えるのか知らないけど、私にも面白い物語を見せて」

 私は新しい人生を歩む為に、佐久間に手を差し出した。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 天才が天災になっている箇所が。 天災でも間違いではないですが前後の会話がおかしくなります。
[一言]  諦めという感情は、後ろ向きだけど前向きな、歩みだすための感情でもあると思います. ……うけいれらない方も多いようですが、それだけにそんな雰囲気の漂う作品は珍しく、ついつい心を寄せてしまいま…
[良い点] クロコ様へ、誕生日おめでとうございます。 ごろごろの中、書かれたお話読ませていただきました。 綾ちゃん!度胸あります。気配読めます。 行動力あります。ランク付け関係ないほど複数の能力持ち…
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