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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 前章 蜂鬼退治。
9/34

9、真打ちパーティ。


 ★★★★★★★★★


 出発前の一時間はあっという間に過ぎる。

 健太郎は曲弦技の準備のため一時帰宅し、ナキリは蜂鬼攻略のために『上』への活動レポートと救助隊の作戦をまとめた。計画性などうわべだけの決死の救出劇が幕を開けた。


 ナキリさんを筆頭に、救護隊が進軍する。

 だれひとりとして声を発さない。女性だけで構成された十名の班は『拉致されないか』という不安に晒されているのだ。それを差し引いてナキリさんは通常運転である。


 殺伐した雰囲気のなか、ナキリさんが問いかけてきた。


「なぜユーマさんが生きていると断言できるのか、気になりますか?」


「……はっきり毒針を刺されるところをこの目で見たんです。とても生きているとは思えません」


「先ほど調べた蜂鬼の体液には『中毒性』がありました。過剰に抽入されれば、そのまま逝ってしまいますが、少量に抑えれば獲物を捕らえる神経毒へと変わる仕組みです。おそらくユーマさんが刺されたのは少量の毒だったのでしょう」


「どうして見てもいないナキリさんが、実際に現場に立ち会った俺よりもはっきりと判るんですか?」


「拉致される者には法則があるからです」


「え、たしか少女しか攫わないんでしたっけ?」


「そう、ユーマさんは女の子ですから。拉致されていてもおかしくありません」


「え? ユーマって女だったんですか」


「……はい?」


「んん?」


 なるほど、話が噛み合わないわけだ。

 とんでもないところで誤解していたようだ。


「ちょっと、健太郎君。本気で言っているのですか?」


「いや、いやいやいや、だって確かめようがないですよ」


「あんな可愛い子が男の子なわけありません」


「なんだそりゃ」


「ジョーク、軽いナキリジョークです」


「重いのもあるんだ……」


「本当はギルド全員の健康記録を管理していた時に、ちらりとユーマさんのデータに目を通したことがあります。間違いなく女性でした」


「つ、つまりユーマは本当に?」


「男装女子です」


 信じられない気持ちでいっぱい。

 あのユーマが女だった、しかもかれこれ五年の付き合いになるのにまったくと言って違和感がないなんて。


「……気付かなかった」


「男女共通の制服を着ていれば、無理もないでしょう」


「もう今まで通りユーマと接する自信がありませんよ」


「次があれば、なんとでもなります」


 もっともらしく重い、一言だった。

 今はユーマの性別なんて関係ない。付いていようといまいと関係ない。

 大事なのは、生きて蜂鬼の巣から出してやることなのだから。


「くれぐれもユーマさんに『本当に女の子か』を確認するためにボディチェックするのは止めてください」


「やりませんよそんなこと」


 ナキリさんはクスクスと笑っている。

 どんだけ信用がないのか、と泣けそうだ・

これもナキリジョークなのかはわからない。



 ✪✪✪


 見覚えのある大木の前へ来る。

 蜂鬼の巣のくたびれた大木である。あいかわらず口を大きく開いた様子はまるで訪れる人間を飲み込む鬼の口に見えてしまう。ある意味ではその通りなのだ。


 目で見るよりも鼻にくる異臭。

 明らかに生き物が死んだ匂いである。


 近くに大量の動物が腐りかけている、タンパク質の腐った匂いがそこらじゅうからするのはひとえに先隊の亡骸がまだそこらへんにいる可能性が高かった。


 生臭い血の匂いで、救護班のうち嗅覚担当の新兵がたまらず吐いた。

 他の隊員も少なからず動揺しているのが伝わってきた。


「これが先隊の壊滅した蜂鬼の巣、ですか」


 ナキリさんは眉をひそめる。

 圧倒的なまでの腐臭、鼻が曲がるほどの激臭を前にしても感情に出すことはなかった。それがこの場において正常な判断を奪うことをしっかりと把握しているからである。


 異常嗅覚の彼女はなおさらキツイはずなのに弱音を吐かない。

 ――流石は救護隊長、人の上に立つ器だ。


「では第一作戦通りに行きます、解散」


 合図とともに、救護班は作業を開始した。

 自分の役割を全うするために、迅速かつ静寂に行動する彼女たちからは目に見えない信頼が肌で感じられた。部活動を思わせる連携である。


「それでは、私たちも進行しましょう」


「あ、ちょっと待ってくださいよ」


 蜂鬼の巣へと歩き出すナキリさんに続く形で付いていく。

 大胆不敵な行動、一歩間違えれば巣の近くで活動している救助隊まで犠牲になるにも関わらず、歩みに迷いを感じられなかった。


 くたびれた老樹の口から中へと侵入する。

 待ち受けていたのは、先隊の仕掛けたトラップであった。


「この先には蜂鬼と蟻鬼のトラップがありますよ。先隊が全滅した要因のひとつです」


 俺の発言に、ナキリさんは答える。


「そういえば、健太郎君に説明していませんでしたね。私がなぜひとりでも女王の間へとたどり着けるのか。いい機会なので教えましょう。私から離れないでください」


 そして、蜂鬼の巣を降りていく。

 天井には新しい蜂鬼と無数に目を光らせる蟻鬼がいた。先隊が来た時よりも凶悪になった顔立ちには身震いさえ覚える。蜂鬼が合図したら最後、大量の蟻鬼がこちらへ振ってくるのは明白であった。


 ナキリさんが、ためらう俺の手を強く握る。


「大丈夫です、私を信じてください」


 その言葉と同時に、蜂鬼は動いた。

 蟻鬼が雨のように上から降ってきた。雨と勘違いしてしまいそうなほど、自然に降り注ぐ鬼に対して通常装備のみでは全裸同然だろう。


 思わず身体を守り―――

 すぐに異変に気付いた。


 なんと蟻鬼が身体に止まらない。一応身体にはヒットするのだけれど、そのまま何事もなかったかのように地面へと滑り落ちていくのである。


 そして、地に落ちた蟻たちも道を開け始めた。

 足元はまるで蟻鬼の雨をはじく透明なバリアが張られているかのようである。健太郎の周りも同様にある一定のエリアに近づくと、蟻鬼はすぐに逃げ出した。


 蟻鬼が、襲ってこない。

「彼らは私に襲ってきません」

 もうなにがなんだかわからない。


「私の身体から『精油(エッセンシャルオイル』に似た油脂が分泌されます。これは虫が最も嫌う匂いのひとつであり、昆虫鬼避けの効能があります。鬼化したところで蟻鬼も蜂鬼も例外ではありません)


「つまり、対鬼用の匂い」


「――フィトンチッド、虫を払い安らぎを与える攻防一体の香りです。これはあなたが蜂鬼の巣攻略の前に入浴した湯船に混ぜておきました。あなたが先の戦いで蜂鬼や蟻鬼の攻撃から避けられたのも、ひとえにこの精油もどきのおかげです」


 ――そういえば、ユーマが『いい匂いがする』って言ってたのはこのことだったのか。ナキリさんの匂いが移って、癒しや安らぎ効果が得られたのである。


「だから、蜂鬼に対してひとりでも大丈夫だって言ったんですね」


「その通りです」


 蟻鬼の雨が止んだ。

 どうやら無限に降り注ぐわけではないらしい。

 ナキリさんはズイズイとらせん状の坂を下っていく。階段ではなく坂なのに足取りが軽いのは荷物を最小限に抑えているからなのは容易に見て取れた。


 どこまでも計算尽し、というわけだ。

 俺が蜂鬼の巣へと向かうことさえも予想通りだったのか、はたまたただの考え過ぎなのだろうか、本当に考えが読めないひとである。


 ――と、ここでひとつだけ疑問が浮かぶ。


「つまり、ナキリさんはうちの湯船で汗を流したってことですか?」


「ええ、黙って使うのは気を咎めましたが、それが一番効率的でしたから」


「もったいない」


「え?」


「それならお風呂のお湯は捨てなかったのに」


「……どういう意味でしょうか?」


 あ、と雰囲気の乱れに気付く。

 思考ダダ漏れの健太郎は口を押えるけれど、すでに手遅れであった。


「あ、今のはアフレコでお願いしま」


「答えてもらいましょうか、『私が入浴終えた残り湯』であると知ってたら、どうしてお湯を捨てなかったのか。返答次第ではもう絶交、二度と口を利かないほどの絶縁を考えさせてもらいます。さあ答えなさい」


 逃げ切るには、言葉しかない。


「……、続きはウェブで」


「ええい、吐きなさい。絶対に吐かせますからね!」


 しばらくナキリさんとの雑談(?)に花を咲かせた。

 残り湯の件については、『精油を取り出してまた使う』という建前上の理由を盾にしてなんとかその場を乗り切ることに成功する。真の目的はついに語られることはなかった。


 とにかく、リラックスして攻略が続く。


「これで残りの心配は女王と捕虜の救出のみになりました、それも健太郎君の力を借りればあながち不可能ではないレベルの鬼退治です」


「はい、拉致被害者を助けるために尽力しますよ」


「それならひとつ、作戦成功のため正直に答えてほしいことがあります」


 ナキリさんは目を合わせない。

 あくまで坂を下るだけの移動時間を紛らわすため。

 単なる暇つぶしであるかのような口調である。


 しかし――俺の心臓が握られるような緊張が走った。


「健太郎君はだれを呪ったのですか?」


 だれにも聞かれたくない言葉。

 ナキリさんの背中が、怒ってるように見えた。


 ★★★★★★★★★


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