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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 前章 蜂鬼退治。
8/34

8、起死回生ジャマ―。

 ★★★★★★★★



 どこをどう走ったのか、まるで覚えていない。

 ただひたすらに視覚の大半を捨ててまで走り切った。

 暗がりのなか、一点のひかりへ向かって走ったことを憶えている。

 無我夢中で、なにがなんだか分からない。


 ――周りの様子を探る。

 健太郎はひとの声を聴いた―――悲痛な叫びにも似たう甲高い女性の声である。しかし肝心の内容は耳鳴りのせいでまったくと言っていいほど入ってこない。


――なんだろう? このまま俺を解剖して鬼じゃないか調べるつもりなのか。 しかしその心配はなく、ようやく声の輪郭を捉えることができた。


「健太郎君ッ!」

 聞きなれた女性の呼ぶ声がする。


 目を開けると、そこには焦りの表情を浮かべたナキリさんがいた。

 女性用の迷彩服――長袖をまくり上げて、野暮ったさを押しのけるくらい魅力的に着こなしていた。雑草に足をとられないようにとスパッツを、軍服を連想させるスカートを着重ねている。


 彼女はペタリ、と崩れ落ちるように座り込んだ。

 そして、震える声で安堵の声を出す。


「良かった、先隊が総崩れしたと聞いて、慌てて駆けつけた時にはあなたが倒れていて、もう半日も目を覚まさないからすごく……心配しました。無事で、本当に良かった」


 彼女は目に涙を浮かべていた―――自分のことのように喜んでくれる。

 『嬉し泣き』など彼は生まれて初めて目の当たりにした。

 喜怒哀楽に乏しいナキリさんが泣く姿など、初めて見る光景なのでものすごく気まずくなってしまう。

 ポロポロと涙をこぼすナキリさんを直視できなかった。


「なんか、ゴメンなさい」

「ダメ……そんなの許しません。ちゃんと反省するまで、絶対に許してあげませんから」

 かなりトサカに来てるようだった。

 ここまで感情に流されるナキリさんの声は、聴いたことがない。


 健太郎はあたりを見渡す。

 本陣にある宿泊施設――仮眠用に容易されたハンモックが連なっている。あたりを見渡しても自分と同じく治療を受けている者、あるいは仮眠を取っているものがちらほらと目に留まった。

 ――思い出した、ここは本陣のキャンプだ。

 暗がりから導いてくれた光は本陣の照明、つまり光に向かって走ったのは間違いではなかった。そこで鬼と会わずに逃げ切れたのは本当に幸運だったと言える。

 ―ー気が付けば、ナキリさんは泣き止んでいた。

 真っ赤にした目元を拭うともう責めることはなく、ゆっくりと俺の肩に手を置く。


「とにかく、無事で良かった。聴覚もほぼ回復しているようですね。あなたに聞きたいことが山ほどありますから、ハンモックに寝たままでいいですから、ちゃんと説明してください」

 キリリ、といつもの冷静な顔に戻る。

 いつもの冷静なナキリさんに戻っていた。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆


 それから、健太郎は事情を話した。

 蜂鬼の巣への潜入成功。

 巣内で陣とハニートラップの設置。

 そして蟻鬼と蜂鬼の攻撃による全滅。

 ユーマと分かれたところまでの話を全部話した。

 すべてを聞き遂げたナキリさんはまとめるように言う。


「現状確認します。先隊の全滅、および先隊長・大門の死亡。現在蜂鬼たちは巣の外を散策している模様、巣の近くには先隊の犠牲者が多数いるようで、安否は確認できていません……以上ですか?」


「……そんな感じです」


「あと、あなたと一緒にいたユーマさんは蜂鬼に刺されたんですか?」

 ナキリさんの言葉から、あの光景がフラッシュバックする。

『ありがとう、健太郎くん』と笑顔で散っていったユーマの顔。


「……はい、あいつは俺を庇って、自ら蜂鬼の毒針に……」


「刺された後、ユーマさんはどうなったんですか?」


「……そこまで、確認してません。なにせ無我夢中でしたから」


「ふーむ、そうですか」

 電子端末へ文字を打ち込む動作が止まる。

 そしてなにか考えるような仕草をすると、独り言のように呟いた。


「いえ―――まだ諦めるのは早いです」

 ナキリさんは迷いなく言い切る。

 サッと立ち上がると、その場で電子端末に向かって話しかけた。


「こちらナキリです。生存者から情報を確認しました、すぐにまとめてそちらへ送ります。今後の方針として我々救護隊は蜂鬼の巣近辺の人命救助を行います。蜂鬼の巣へは一歩も踏み入れません、先隊の被害者を回収でき次第、この樹海から撤退します。……はい、失礼します」


 ナキリさんは電子端末から耳を離す。

 やれやれと、とでも言いたげに、また椅子へと腰を下ろした。


「信頼されているんですね、あれだけの報告でいいだなんて、普通はありえませんよ」


「どうでもいいのでしょう、防人ギルドはこの件にはあまり首を突っ込みたがらないようですからね。手柄は自分たちで、責任は私へと押し付けるような連中ですから」


「……そうなんですか」


「ですが、その信頼とやらも今夜かぎりでしょうね」


「え? どういう意味ですか?」

 ナキリさんは珍しく暗黒微笑を浮かべている。


 ――なにか悪いことを考えている顔だ。

「さっきの報告は、あくまで表向きの作戦だからです」

 ナキリの含みがある物言いに健太郎は首をかしげる。


「―――私はひとりで巣の最深部、女王の間を目指します」


「……!?」


 思わず健太郎の身体に激震が走る。

 さっき先隊の全滅を確認したばかりなのに、何を言っているのか。

 まだ巣の一合目までしか侵入していないのに、あまりに無謀だ。


「私の読みでは、ユーマさんも拉致された少女たちと同様に攫われています。早く助けないと取り返しの付かない事態になるでしょう。そして私には勝算があります。こうも壊滅的な戦況を一気にひっくり返せるほどの策です」


「そんな……」

 都合の良い話は聞いたことがない。

 ナキリさんがウソを言っているとは思いたくないけれど、いきなりボスを目指せる作戦があるなんて信じられなかった。

 しかもナキリさんひとりで鬼どもの巣を攻略できるとは考えられない。

 鬼相手に、一対多数は自殺行為だ。


「最善の一手ですが……絶対安全とは断言できません。もしもの場合、私は巣から出られなくなる可能性があります。夜明け前までに私から連絡がなければ、救護隊はすぐさま撤退するように手配するつもりです。なにも心配は……」


「そんなの、ダメでしょ?」

 一瞬、空気が凍ったような気がした。

 冷静だった健太郎は怒りのあまりに本音が漏れる。


「お言葉ですが、あなたの考えはめちゃくちゃです! ここまでボロボロになった先隊を確認したあとになにができるって言うんですか? よしてください、俺たちにできることをやるべきなんです! あとは本隊に任せましょう!」


「……ですが」


「俺はユーマに願いを託されてここへ来ました。希望を繋ぐために、あいつは犠牲になったんです。ここで助けに行くことに正義はあるんでしょうか?」


「……、健太郎君」


「そもそも『防人ギルド』の規律に反しています。俺に言ったことが裏目に出ましたね。俺がこのままギルドに告げ口すれば、あなたは活動停止、下手をすれば懲戒免職になります。救護隊長を降ろされるでしょうね、その覚悟はあるんですか?」


 ――そうだ、俺は正しい。

 ここでは本隊に任せるべきなんだ。

 一発逆転ではなく確実な勝利に兵を割くべきだ。


「……、……」

 絵に描いたような正論。

 もはや一部の隙もなく、ナキリさんは黙るしかない。

 ――しかし、それで止まるなら隊長になどなってないだろう。


「たしかに、あなたの言う通りです。規則違反ならばならば私は『隊長』という鎖を自ら断ち切りましょう」


 ナキリは『救護隊長』の腕章を外し、スッと机の上へと置いた。

 それが何を意味するのか、すぐにわかった。


「私は救護隊長の肩書きを捨ててでも、蜂鬼の巣へと向かいます」


「……正気ですか? いくらなんでもやりすぎでしょう?」


「私は大マジです」


 先隊を壊滅させるほどの蜂鬼、それに対して一人で攻略しようとする彼女の発言はあまりに無謀すぎる。健太郎は彼女の強い眼差しを直視することができないでいた。

 ナキリさんは強いひとだ。


「どうしても行くのならひとつだけ条件があります、守ってくれるなら防人ギルドにリークしたりはしません。約束します」


「聞きましょう」


「俺を一緒に連れてってください。俺なら一度巣の中へと入ってますから地理は把握しています。それに拉致された子を担いで帰るには人手がいるでしょ?」


 ――これが精いっぱいの譲歩だ。

 ナキリさんというスペシャリストに懸ける俺のギャンブル。

 彼女の心が、俺のユーマを助けたい気持ちに火を付けた。


「今から一時間後、私と健太郎君のふたりで女王の間へと向かいましょう」


 ようやく、彼女の目を見て頷くことができた。

 俺は今、ナキリさんにありがとうを言いたい気分になる。

 ――心に張り付いた絶望を晴らすチャンスをくれたのだから。


 ★★★★★★★★


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