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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 前章 蜂鬼退治。
7/34

7、勝ちの決まった鬼ごっこ。

 ★★★★★★★


 結果的に作戦は大成功だった。

 蜂鬼の追ってくる気配は感じられない。

 このまま山を越えれば、蜂鬼の巣を大きく迂回して脱出できる。生け捕りした蜂鬼をリュックの残骸で包み込み、引きずっても死なないよう絶妙な力加減で運ぶには申し分ない。


 山頂へと目指す山道は間違ってはいない。

 剥き出しの山肌には樹木がなく、曲弦技を使うには不向きな環境ではあるが、視界が開けているのですぐに敵襲を感知できる。あの追い詰められた状態から出した活路としては満点に近い判断であったと言える。


  しかし健太郎は後悔していた。

 大門や先隊の人間を見殺してしまったことに気を咎めていた。


 ――あの場ではベストな判断だった。

 生きた蜂鬼のサンプルを手に入れられたし、最低限のノルマは達成している。置き去りにした先隊の壊滅は決して無駄ではなかった。大門は判断を焦りすぎた――ただ、もっとうまいやり方があったはずだ。


「―――た郎くんッ、健太郎くんッ!!」

 ユーマの声で我に返る。

 後ろから付いてくるユーマの表情は焦りの色が濃かった。


「―――? どうかしたのか」


「やっぱり聞こえてない、もう耳の限界は見えている。ボクが蜂鬼を持つよ」


 ……どうやら、耳が遠かったようだ。

 耳に呪いを受けた俺は、やがて何も聞こえない時間がやってくる。

 それまでに逃げ切られるかが勝負だった。


「大丈夫だ、陣に帰るまで倒れたりしないから。それより、お前の方も重傷だろ?」


「……え? ボクはまだ限界じゃな――ッ」


「違う、足の方だ。右足を庇って歩いてるのがバレバレなんだよ。ちょっとみせてみろ」


 健太郎たちはその場で腰をおろす。

 消毒液を片手にユーマの長靴を脱がせると、なにか画鋲を踏んだような小さな穴ぼこが無数に出来ていた。深く抉れており、見た目よりもずっと痛そうである。


 健太郎は消毒液を遠慮なくぶちかけた。

 ユーマは叫び声をあげないように、自分の口を懸命に抑えている。


「こりゃあひどい、痛かったろうな。いつ受けた傷なんだ?」


「……た、たぶん、蟻鬼を踏んだ時、噛まれたんだ」

 あの、俺のリュックを踏みつけたときだ。

 長靴越しに踏みつけるだけでここまで傷ついてしまうものなのか、と背筋がゾッとする。


 ――まさに生きる天然のトラップだ。

 ユーマは今まで通りに歩けるのだろうか?


「ボクの歩幅に合わせてたら健太郎くんまで遅れてしまう。悔しいけど先に行ってよ」


「冗談言うな」


「そっちこそ、冗談言わないでよ。もうボクはいままで通り歩けないんだよ」


「……じゃあ俺が担いでいく」


「絶対に嫌だよ、健太郎が潰れちゃう」

 ユーマは首を横へブンブンと振る。

 それだけは死んでも嫌だ、と言わんばかりの必死さだった。


「悪いことばかりじゃないさ」


「……健太郎くん?」


「このまま帰還したら、俺たちは英雄だぞ。こんなに傷だらけなんだから、きっと救護隊長のナキリさんが手厚く看病してくれるに違いない。清楚美人の特別看護とか、最高じゃないか」


「なにそれ? ナキリ先輩に看病してほしいの」


「いや、看病される時にナキリさんの生声を録音するんだ」


「ん? 録音して……どうするの」


「あまり大きな声で言えない話……ある筋に『着ボイス』として流して諭吉さんに変えるプランがないわけでもない」


「な、なにやってるの!? ナキリ先輩に殺されちゃうよ!」


「冗談だよ、あくまで記録用のボイスレコーダーとして録音してるって設定だから」


「その設定って言ってる時点で、思いっきり黒じゃん」


「ははは、健太郎ジョークだ。お前の生声は使わないでやるから」


「え、ちょっと健太郎くん! どこまで本気なのッ!?」」


 なんの意味もない会話。渇いた笑い。

 もう何年も嗤ってなかったような気がする。

 そして、健太郎はボイスレコーダーの悪用をしないよう誓わされた。


 身を寄せ合ってしばらく休憩をとるふたり。

 なんの前触れもなくユーマが独りごとのように口を開いた。

「そういえば、健太郎くんはよくあの蟻鬼に噛まれなかったね」


「ん? 言われてみればそうだな」


「だって蜂鬼の巣の一番奥にいたんだよ? そこから出口まで走ってきて蟻鬼の雨に一度も当たらないなんて奇跡だよね。一匹も踏んでないみたいだし……なにか特別なことしたの?」


「いや、そんなことはない。もしかして無意識かもしれないな」


「もしかして健太郎が無傷だった時の法則性を見いだせれば蜂鬼攻略は思ったより簡単かもしれないよ」


「おお、希望が見えてきたな」


「うん、これも健太郎くんのおかげだよ」


 ユーマが微笑む。キラキラした眼でこちらを見ていた。

 一部の熱烈なファンがいることで有名だけれど、納得である。


「これが終わったらさ、ボクもちょっとは強く……」


 ――――突如、ユーマの語りが止まる。

 まるで時間が止まったかのように、停止した。健太郎も同じくその場から動くことはできない、不審な動きは即座に落命へとつながるからだ。


 ―――なんで、お前がここにいるんだ!

 そこへ、警戒色の蜂鬼が一匹だけ姿を現した。


 キチキチと顎を鳴らして警戒している―――明らかにこちら、とくに健太郎へ向かって敵ををむき出しにしていた。昆虫じみた六本の腕で地面に這いつくばっていた。


 なぜここへ来た!?、どうやってここまで追ってこれた!?

 まだ追い風は止んでいないのに。

 ふと、健太郎には思い当たる節があった。


 ―――この生け捕りにした蜂鬼が警戒フェロモンで居場所を知らせたんだ。

 微かな匂いを辿ってこの一匹だけ追ってこられたわけだ。

 なんという不覚だ、どうして気が付かなかったんだろう。

 ―ーなぜだれも蜂鬼を捕獲できなかったのか、考えもしなかった。

 捕まえた奴らはすべからく同胞から『制裁』を受けたのだ。


 とにかく不味い、非常に不味い。

 いまのこの状況で、一匹だけでも相当脅威である。


 ここでの戦闘は命がけのものとなる。不利な地形と荷物を抱えたままでの戦闘は苦戦を強いられる。こいつを誤って殺してしまえば、よりいっそう仲間が集まってくるに違いない――そうなればひとたまりもない。


 結局はこの蜂鬼退治、遅かれ早かれ全滅する運命だったのかもしれない。

 ……もうナキリさんに謝ることもできないのか。


「健太郎くんなら、できるはずだよ」


 ユーマは独りごとのように呟く。

「この局面さえ切り抜ければ、生きた蜂鬼を連れて本陣まで帰還できるはずだ」


「……なに?」


「キミにしかできないことをやるんだ。ここではボクにしかできないことをするから」

 言ってる意味が分からない。判ろうにも脳が思考の邪魔をする。

 判りたくないのだと、駄々をこねる。


「これしかない。荷物がひとつ減って、さらに蜂鬼がいなくなる方法は他にないよ」


「言ってる意味がわかんねえよッ!」


「判らなくてもいいよ、でも約束してほしい。ここを切り抜けたら、ちゃんと逃げ切って本陣の人たちに、ボクたちの犠牲を無駄にしないでね」


 ―――待て、と言う前にユーマは動く。


 ―――ユーマの怒号。力いっぱいの叫び声。

 なんてことはない、ただ蜂鬼へと突っ込むだけだ。

 作戦なんてものじゃない、ただの特攻。

 肉を切らせて骨を断つための、苦肉の策。


 当然のように蜂鬼は、ユーマに襲い掛かる。

 ユーマの攻撃を一度受け、代わりに屈強な六本の怪腕で獲物の身体をがっちりと抑え込む。まるでユーフォ―キャッチャーのようだ。

 そして、腹の先端に付いた毒針を――。


「ああぁああぁぁ―――ッッつ」

 モロに腹部を刺された。

 言葉にならない。ユーマの叫びはすぐに静かになった。

 身体はぐったりと脱力して、四肢に力が入っていない。蜂鬼の腹がドクン、と拍動するたびに毒針から神経毒が体内へと送られているのだろう。


 健太郎の身体はピクリとも動かなかった。

ついさっき蜂鬼の巣で見せたときの機敏な行動力は見る影もなく、あれだけ熱く躍動していた心臓も今はひどく冷たかった。

 健太郎は理解していた―――もうユーマは助からないことを。


 ユーマがゆっくり宙に浮かび上がる。

 蜂鬼は大きな羽を力いっぱい動かして、対称的に動かないユーマの身体を持ち上げるとそのままどこかへ飛び去ろうとし始めた。いまならあるいは蜂鬼を捉えることなど容易だろう。


 しかし、健太郎には使命がある。

 ユーマに託された願いを――不意にすることはできない。

 ――俺にしかできないことをする!


 健太郎はがむしゃらに走る―――泣きそうになりながら、助けたい衝動に駆られながらもユーマの願いを叶えるために山を登ることを諦めなかった。


 その光景を、ユーマはどう思ったのだろう。

 仲間を見捨てる男の背中を見て、絶望したのだろうか。

 見えてないけれど聴覚、耳は否応にも反応してしまう。

 これはただ自分の行動を正当化したいだけの幻聴かもしれない。

 ただ蚊のような小さな声が――聞こえた気がした。


「ありがとう、健太郎くん」

 最後の捨て台詞は、弟の遺言と同じ。

 なにに感謝してるのか、ついに聞くことはできなかった。


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