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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 前章 蜂鬼退治。
5/34

5、いざ蜂鬼の巣へ。

 ★★★★


 ―ーー蜂鬼の巣。

 蜂鬼たちがつくる活動拠点である。

 種類によって金銀財宝やレアメタル、メタンハイドレード、天然ガスなどを貯めこんでいるものが確認されている。まさに自然が生み出した宝箱だといってもいい。


 そして、今回の蜂鬼は『娘』を蓄えている。

 人間の若い娘が蜂鬼に拉致される事件が起こっていた。男はその場で毒針で刺し殺すのだけれど、若い女だけはなぜか巣へと連れて行ってしまう。その目的もなぜ若い女ばかり狙うのかも判っていない、だから個人ではなく部隊を率いての攻略になるのであった。


 蜂鬼の巣を攻略するには、一筋縄ではいかない。

「……っと前置きはこのくらいでいいかな。健太郎くんも判ったよね?」


「ああ、でも少女ばかり攫うなんていかにも鬼らしい鬼だな」


「なんでだろう……人質のつもりかな? そこらへんの理由もボク達の調査項目に入るね」


「なんでもいいよ、俺は鬼退治ができれば満足だから」


「むやみに殺しちゃダメだよ、あいつらは仲間の死体に寄ってくるから」


「判ってる、自重するよ。ちゃんとナキリさんに言われた通りお風呂でフェロモンを洗い流してきたから下準備も完璧だ」


「そういえば、健太郎くんの身体からいい匂いが香ってくるね」


「そうか? 自分の体臭なんかよく判らん」

 健太郎とユーマは寂光の灯った樹海を歩く。


 時刻は正午。静まり返った白夜の空。

 視界の悪い『迷いの樹海』―――生い茂る広葉樹林にも似た巨大樹の幹を縫うように蜂鬼の巣を目指す。普通ならここはもう異世界だから、油断は即死につながる。けれど、健太郎は缶詰いっぱいの炒り豆を食べながら歩くほどリラックスしていた。

 先輩方が張った『陣』のおかげで急襲の心配はない。


 ―――陣。

 異世界に入ってまず最初にやることである。

 巨大樹に極細のクモの縦糸を幾重にも張りめぐらせて地上の鬼からの奇襲に対応するものだ。昔の戦でも同じことをしていただろう。百すべての情報は中央にいる曲弦技師へと伝わる構造で、索敵と防衛を兼ねた代物である。

 健太郎たちは本陣の最先端へと向かっていた。


「やっぱり陣があると助かるよな」


「『陣』は三つの感覚によって成り立つ。まずは『肌』を持つ人が糸の振動で敵を感知する。さらに『眼』を持った人たちが巨大樹の上から目視で警戒する、そして『耳』を持った人たちが陣の東西南北で周囲を警戒するんだ。鬼退治では初手ともいわれるこの手は……」


「はいはい、判ったからしずかにしてくれよ」


「で、でもこの陣は地を這う鬼のためのものだから、蜂鬼のように飛行可能な鬼に対しては効果が薄いんだ。もし三つの感覚から漏れた鬼がいたら……」


「ええい、豆でも喰ってろ!」


「むぐぐ……」

 ユーマは口に放り込まれた炒り豆をほおばる。

 なにかを食べているときはだれだって黙るしかない。


「おお、ユーマに悪玉君、よく来てくれた」

 大門先隊長の声にふたりは振り向く。

 

 雄々しい装備―――真紅に染まる龍の胸当てと両の手首に大きな穴が開いた筒の付いた奇妙な篭手、そして頑強な肩当ては身体を大きく見せようとする猫のようにも見えた。

 赤い騎士は、本当に強そうだった。


「先隊長、此度はよろしくお願いします」


「ああ、よろしくな。とりあえず今回の仕事は生きた蜂鬼のサンプル回収とトラップの回収及び再設置、そして拉致された少女たちの安否を確認することだ」


「はい、頑張ります」


「期待している―――あ、あとキミたちにも蜂鬼の巣に入ってもらうかもしれないからよろしく」


「はい……はいぃ?」

 ユーマの声が裏返る。

 突然の”蜂鬼の巣に入れ”との命令。本来ならば先輩方にしか許されない『特別危険地帯』への侵入を強制されたのである。


「け、けけ健太郎くんと違って、ボクでは力不足です、考え直したほうが……」


「もしもの話だから、頭の隅に置いといてくれればいいよ」


「……り、了解しました」

 ユーマは断ることはできない。

 鬼退治においての現場監督権はすべて隊長に委ねられる。つまりここで本気でやがろうとも絶対に先隊長の言うことを聞かなければならないのだ。

 それを理解して、先隊長はこのタイミングで人事異動を告げた。


 ―――やることがいちいち勘に障る男である。

「健太郎君も、いいだろう?」

「もちろん……了解です」

「うん、いい返事だ」


 気が付けば、陣の最前線に着いていた。

 三十六名の勇士が揃いもそろって大門の方へと向いている。全員の準備は整っているようで、出発の時を心待ちにしているようだ。


「皆の衆。前置きは無用だ。今夜は『鬼退治』の時間―――手柄を立てるために張り切っていくぞッ!」

 オーッと手を突きあげて呼応する先隊の連中とユーマ。


 エリート防人である大門の存在が蜂鬼退治を勝ち戦ムードしていた。

 この場にいるだれもが気付かなかっただろう。

 これから行く場所が本物の地獄であることを……。



 ★★★★★


 蜂鬼の巣へは五分と経たずに到着した。

 あまりにも早い到着―――距離にして最前線から一キロも離れていないだろう―――は先隊にとって幸運としか言いようがなかった。実際に鬼退治をするときは戦闘よりも移動の方が時間を使うのが常識だからだ。


 巣の手前にある粘着トラップに蜂鬼はいなかった。

 ひょっとしたら、拉致された少女が偶然引っかかってないかという淡い期待も込められていたのだがそんなこともない。


「だめか……今回も収穫なしだ」


 蜂鬼の巣を観察する。

 巨大樹の根本にポッカリと大きな穴が開いていた。

 大人三人が並んで入ってこられるくらいの穴からは肌寒い空気が流れ込んでくる。それと同時にほのかに甘いシロップの匂いが香ってきた。穴の中は暗黒に包まれており、目視では中の様子は確認できない。


 今までこの蜂鬼の巣に入ったものはいない。

 蜂鬼のサンプルがないと危険が大きいからだ。本隊のためにもここで一匹生きた蜂鬼を連れて帰りたかったけれど、設置型粘着トラップは役に立たなかった。

 健太郎の耳にも蜂鬼の接近を感じない、

―――ここはメインの出入口ではないのだろうか?


「手ぶらで帰るわけにはいかないなぁ。ここから中へ入ろう」


「ファッ!?」


「行くとしたら四人、視覚の俺と聴覚の健太郎、嗅覚の高尾、そして触覚のユーマだ」


「ファッファッ!?」

 ―――ユーマが言葉にならない悲鳴を上げる。

 金魚が息継ぎするように口をパクパクさせている。


「いくらなんでも危険過ぎやしませんか? 囲まれたら終わりですよ」


「私には勝算がある―――まず蜂鬼の門番がいないこと、そして人間がここまで巣に接近しているにも関わらずなんの反応も見せないことだ。私は『この蜂鬼は“昼行性ちゅうこうせい”だ』という仮説に確信を憶える」


「つまり、蜂鬼は眠っている……と?」


「その通りだ。しかし、確証がない。ここの蜂鬼が夜に眠らないとは断言できない。ひょっとしたら誘っているのかもしれない。だから進入には覚悟がいる。ここではキミたち個人の意見を尊重しよう」

 名前を呼ばれた三人が顔を見合わせる。


「先隊長のお望みならば、この高尾は喜んで同行します」

 柴犬顔の高尾は胸を叩いて言い切った。


「俺もいいですよ、でもユーマは置いて行った方がいいかもしれませ……」


「ボ、ボクも連れてってくださいッ!」

 ユーマは叫ぶようにして言葉を遮った。

―――目には涙を浮かべている、泣きそうなほど怖いんだ。

 無理もない、一歩間違えればそこは墓場になるのだから。


「お願いです……一緒に行きたいんです」

「よく言った、お前たちの命は私が預からせてもらう」


 先隊長が躊躇せずに巣の中へと入る。

 それに続いて嗅覚の高尾、そして健太郎はユーマを庇うように前へと出る。片手には速射式のネットランチャーを握った。すぐにでも迎撃できるように粘着弾も込めてある。


 ユーマは健太郎の後ろにぴったりとくっつく。

 ガタガタ震える身体を押さえつけ、健太郎の服の袖をしっかり掴んでいた―――その我慢は決して無駄ではなかった。


 巣の中は星空のように明るい。

 あちこちに鈍く輝いた正六角形の紋章―――いつか見た脳のシナプスが絡み合う様子にも似た立体的な建造物は見る者を下へ下へと誘う。蜂鬼の巣そのものが輝く性質を持っているのかもしれない。地下へと続く星空である。

冷たい空気と同時に甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 濃厚な蜂蜜の香りである。


「これは想像以上だ―――やはり来てよかった」

 先隊長は嬉しそうに言った。


 どこまでも続くミステリアスは風景、そこには蜂鬼の影も形もない。

 蜂鬼の羽音やフェロモン、急激な寒暖の変化もなかった。

 ―――つまり、無傷で蜂鬼の巣へと侵入を果たした。


「やはり、この蜂鬼は夜に活動しない。これは大きな進歩だ、すぐに外にいる者たちを中へ入れよう。全員で陣の形成とトラップの設置を行う―――大急ぎでな!」

―――ユーマは安心した風にぺたり、と座り込む。

 蜂鬼の巣攻略の第一陣。

 それは長い夜の始まりを告げていた。


 ★★★★★


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