17、終局 悪玉の鬼退治。
こうして天邪鬼と決着がついた。
螺旋階段の最下層には、天邪鬼だったものはなかった。もう樹木さんの部下が回収して、処理してしまったらしい。はぐれ塔にはもうおれと樹木さんの二人しか残っていない。
そして、交渉はおれに任される。
今現在において柿崎健太郎が適任であると樹木さんが判断したのだろう。とりわけ断る理由などないので喜んで請け負った。
恐怖はない。
八夜城子の場所はすぐにわかった。
地下の階段を降りたあたりで女のすすり泣く声が聞こえたからだ。
泣き声を頼りにして、地下にある安置所に彼女はいた。
オレンジの照明に簡素なベッド、そして日用品の数々が床に転がっている。生活には困らないほどの備品が揃っていた。
そして、八夜城子と対面する。
以前、蜂鬼の巣で会ったころとは違う。空気を熱くさせるハイテンションはどこにもなく、正反対に生気がない、覇気がないと思った。
完全に女王蜂鬼から八夜城子に戻っている。
おれの存在に気付いたのに、冷静だった。
騒ぐどころか、ジッとこちらを見ている。
開口一番、彼女は尋ねた。
「キリちゃん、死んじゃったの?」
おれは黙って首を縦に振る。
「そっか、じゃあわたしは、友だちを助けられなかったんだね」
落胆の一言。
落ち込んだ彼女を見ていられなかった。
おれは懐からお守りを取り出す。
ナキリさん特性の浴衣、『紙一重アーマー』の中に入っていたもの。おそらく火事の中で彼女が必死になって探したものである。命懸けで、そして本当に命を落としてでも探し出した代物だ。
それを八夜城子に手渡した。
近づけば警戒されると思っていたけれど、驚くほどすんなりと受け取ってくれた。
「これはナキリさんの遺品です。彼女はこれを守るために死にました」
「……」
「とりあえず、渡しておきますよ」
八夜城子は、中身を開く。
お守りの中身は小さな写真だった。
本当に小さな写真――プリクラというのか、わからないけど手のひらで包める程度の小さな写真である。
写真には八夜城子とナキリ――まだ七霧だったころの彼女が写っていた。困った風に笑い、それでもこっそりとピースサインを作るナキリさんと彼女の肩に手を添えて、元気よくⅤサインを突きだす八夜城子の姿である。
もう戻ってこない彼女たちの思い出。
それでもこうして、形に残っている。
「防人さん、防人さん」
「どうしました?」
「お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「できることならなんでも」
「わたしを殺してくれないかな……?」
鬼退治依頼。
それも本人からの申し出であった。彼女は自分自身を殺してほしいと言ったのだ。それがどんな気持ちから来るものなのか、想像できないほど鈍くはない。
それでも聞かずにはいられない。
「どうしてそんなことを?」
「わたしの身体はもう元に戻らない。自分の身体の事だからだれよりもよくわかっているわ。またいつ人を襲うかわからないから、殺してほしいのよ」
至極真っ当な意見。
すこし眩しすぎるくらいの言葉だ。
「それは……出来ません」
絞り出すように、彼女の願いを断った。
「あなたの事を、ナキリさんに託されました」
「……キリちゃんに?」
「はい、私の友だちをよろしくお願いします、って。これがおれの聞いた彼女の最後の言葉です。それは彼女の願いそのものでもあるから」
だから殺せない。そういったのだ。
「代わりに、おれと取引きしましょう」
「……取引き?」
「おれは『八夜城子を生かすために鬼退治をする』、だからあなたは『柿崎健太郎の鬼退治を手伝う』」
「生かすための……鬼退治?」
八夜城子は目を見張る。
矛盾しているようで、していない。
「ナキリさんが教えてくれたんだ。殺すのではなく生かす鬼退治。命に代えてもあなたを生かす。あなたを邪魔する障害から、あなたを守りましょう」
「……、……ッ」
「生きてください、ナキリさんの分まで生きてください」
「……それはまた、しんどいね」
疲れたようにため息を吐く。
八夜城子はソッと写真のナキリさんに手を添えた。
「キリちゃん、ズルいよ。わたし、簡単に死ねなくなっちゃったじゃん」
彼女は泣いた。
おれの目を気にすることもなく、泣き崩れた。
ナキリさんの呪いは、伝染した。
強い想いは伝染する。それは相手が死んでも変わらない。
―――取引き完了。
これでもう、彼女は安易に命を絶つことはないだろう。
こうして悪玉の鬼退治は終わった。
殺すことから生かすことへ劇的な変貌を遂げたのである。
今度ふたりでナキリさんに会いに行こう。
それできっと、この呪いは確かなものになる。
瞼を閉じれば、鮮明に思い出せる困った笑顔。
――ナキリさん終わったよ、ぜんぶ。
それでもあなたが好きなのは変わらない。
願わくば。
どうかこの思いが、永遠に続きますように。
悪玉の鬼退治 完。
2014/02/14




