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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 後章 悪玉の鬼退治。 完結編。
32/34

16 健太郎の鬼退治 終わり



 人を殺すのにナイフはいらない。

 昔の人が遺す言葉は本当に偉大である。肉体的に殺すなら紐の方が絶対に後処理に困らないし、精神的に殺すなら対象の悪行、性癖を世間に言いふらせばいい。

 人殺しに凶器はいらない。

 ましてや鉄骨なんて語るに及ばず。

 天邪鬼の身体が150センチと仮定すれば、ざっと4倍の長さがある。H型鋼であるからメートル66キログラムであるからして、およそ394キログラム。3メートル級のホッキョクグマに匹敵する重量だ。

 そんなものに当たったらひとたまりもない。

 万が一でもヒットすれば、あの世へと一直線だ。

 そんな思考のなか、第一投を放つ。

 すでに数段飛ばしで階段を飛び降りた後、轟音と焼けた鉄の匂いがした。確認するまでもなく階段と壁は崩壊しており、鉄骨は壁にめり込んでいる。仕掛けてあるワイヤーソーの仕掛けごと木端微塵にしてのけた。

「よそ見してていーのかな?」

 続く第二投、第三投までバッチリ準備している。

 言葉もない。手の付けようがない。

 追い込んだつもりが、ここまでとは……。

 腕を振りかぶるモーション音。

 放たれた第二投。

 今度はおれの進路より少し先の階段へとヒットした。

 塔全体が揺れる中、階段はものすごい揺れとともに崩壊する。幸いにも壁を支えにしている構造なので、転落だけは免れたが、天邪鬼の狙いはそこじゃない。

 足場を、狙われた。

 一瞬だけ、身体が硬直する。

「ふッふ~ん、さっさとぉー、死んでよね!」

 続く第三投。

 おれは転がり落ちるようにしてその場をしのぐ。足が動かなくても、立つことにさえ拘らなければ回避できるのだ。

 最悪だ、埃まみれ。傷だらけ。

 それでもなんとか生きている。

 地面に這い付きながら、天邪鬼の動きを聴く。いまのテンションなら眼で追わずとも、聴覚のイメージだけを頼りにして空間と相手を把握することで常人以上のパフォーマンスが可能だ。

 階段の上にいる天邪鬼。

 そろそろ投げるだけでは当たらなくなったので、距離を詰めているようだ。こちらとしては中距離が最も望ましいけれど、そこまで近づけばあの鉄骨の餌食になるだろう。

 まぁ、当たらなければいい。

 間違いなくこちらに分がある戦いだ。

 しかし、そんな考えもどうやらお見通しのようである。

 天邪鬼はピタリ、と動きを止めた。


「そういえば、まだ大事なこと言ってなかったよね」

「……?」

「ナキリ先輩の殺し方だよ、どうやって死んだか教えてあげるよ」

 この期に及んでなにを狙っている?

 こちとら音を拾わなきゃいけない身なので否応にも聞かなければならない。間違いなく罠、しかしこちらが考える前にもう天邪鬼は話し始めていた。

「あんな最下層の、倉庫の中なんて逃げ遅れるだけなのになんでだろうねー。あの人は嗅覚特化の呪いなのに、火の手に気付かなかったのかな?」

 聞くな、聞いてはだめだ。

「答えは簡単、ナキリは探し物をしていたんだよ。それを見つけるためにあーんな奥深くまで探しに行って、煙に巻かれたんだ」

「黙れ、それ以上喋るな」

「それはね、八夜城子の写真―――彼女に遺留品だからね。オレ様がこっそりと荷物から盗み出して、隠しておいたんだ。そんでもって、倉庫の方へ誘導した後、火を放ったんだ」

 オマエってやっつは、本当にムカつく。

「普通なら逃げるだろうよ、でもあの超絶お人よしのナキリだぜ? 逃げずにそのまま写真と一緒にお陀仏しちまいやがった。無駄死に犬死に、死に損ってやつだなこりゃ傑作だ……ッ」

「―――オマエさえッ! オマエさえいなければッ!」

 気付けばおれは、攻撃していた。

 ワイヤーソー。二本の糸の刃はまっすぐ上階の天邪鬼へと飛来する。

 迷わずヒラリと宙に舞う天邪鬼。

 そこへ、おれは自身のクモの縦糸を放った。両翼を縛るためだ。

 こんなもの、一瞬で引きちぎられるだろう。熱もあるからなおさらだ。

 しかし、一瞬あればいい。

 おれは、天邪鬼と肉薄する。

 直接、天邪鬼の本体。まだ遊馬だったころの細い首へと極細の糸を絡める。首の関節へと狙いを定めて、一撃で首を落とせるようにだ。

 接近戦ならぬ密着戦。

 これで確実にトドメをさせる。思いっきり糸を引き、張力制御装置を最大出力に合わせて起動させる。勝てる勝てる勝てる。

 ―――勝ったッ! 死にさらせッ!


 しかし、糸は引けなかった。

 おれの左手首はガッシリと掴まれている。

 天邪鬼の本体。遊馬だったころの腕。

 小さい手には不釣り合いなパワーである。

「残念――オレ様本来の腕を忘れちまってたなぁ」

 殴られる。

 思いっきり腹を殴られる。

 一撃で充分、両翼手ではないにしろ鬼のパワーだ。腹筋は貫かれ、骨は悲鳴をあげ、口からは吐血。握力なんてあるはずもなく、せっかくのクモの縦糸も拘束も解けてしまった。

 やられた。完璧にやられた。

 仕留めるどころか、逆にして撃墜されるなんて。

 情けない。

 本当に情けない。ナキリさんの仇を、取れなかった。

 そう、おれじゃなかった。

 ナキリさんにはまだ、気の知れた仲間がいる。


「ぎ、ぎゃああアアぁアアぁアアアアぁ―――ッ!!」

 悲鳴は天邪鬼のものだった。

 なにが起きたのか、と思ったと同時に顔に水滴が散らばった。それが真っ黒な血液だとわかるのに時間はいらない。問題はなぜ天邪鬼が出血をしているのかである。

 天邪鬼の右翼手が、もがれていた。

 綺麗な切断面、肩甲骨と翼の関節を見事に狙っている。ワイヤーの数も5本は必要なのに、だれがこんな芸当をしたのだろうか。

 すぐにだれの仕業かわかった。。

「馬鹿野郎ッ! キッチリ決めやがれッ!」

 ――樹木高貴本隊長。

 ようやく着替えが終わったのか、完全武装の状態である。天邪鬼の翼手を切り落とすほどのテクニックを持っているなんて、やはり世界軸最強の曲弦技師の名は伊達じゃない。

 おれの身体を曲弦技で絡めてくれる。

 これでちょっと痛いけど、落下する心配はない。

 ありがとうございます。

 一緒にいたのがあなたで、本当によかった。


 天邪鬼は落下する。

 なにも掴むものがない。飛行する翼を失った天邪鬼に待っていたのは、ただ万有引力に任せた転落しかありえない。そしてこのまま地面に落下すれば、幾重にも張り巡らされたワイヤーソーがその身体をスライスするだろう。

 ここで、イタチの最後っ屁。


 天邪鬼はまだ終わらない。

 落下する最中、おれの足を掴んだ。

 刹那の気のゆるみを狙った最後のあがき、あの鉄骨を軽々放り投げる翼手で足を握りつぶすのか、と思ったが狙いが違うようだ。。

 このまま道連れにするつもりか。

 それとも一緒に助かろうというのか?

 いずれにしても、往生際の悪い奴だった。

 しかし、偶然にもそこにナキリさんの愛品『紙一重アーマー』が噛んだ。

 摩擦を限りなくゼロにする魔法の布。

 おれの足は、アーマーに包まれて無傷である。そのまま、天邪鬼の翼手を蹴り飛ばした。

「どうやらここまでのようだね」

 ――走馬灯。一秒が数分にも感じられる。

 ――ああ、オマエとの因縁もこれで終わりだ。

「クスクスクス、でも楽しかったでしょお?」


 最後だけ、遊馬の声。

 そのまま闇に消え、最下層に内臓をぶちまける音だけが響く。その音を聴いて、おれの意識はロストした。貫かれた腹も、バキバキに折られた左手も、全然痛くないのは失ったものが多くて感覚がマヒしているのだろう。

 天邪鬼は、こうして悪玉に退治された。

 

 


 

 

 

 


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