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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 後章 悪玉の鬼退治。 完結編。
31/34

15、健太郎の鬼退治。

 戦いには美学がある。

 騎士道精神やら武士道、いわゆる真剣勝負の中に見出した自主規制、こだわりと呼んでいい。ある一定の形に当てはめることによって戦闘を単純化、効率化を図る狙いがある。

 余計なはずが、逆に強くなる。

 そういう事例がたしかにある。

 弱点を狙わない。

 仲間に頼らない。

 愛する者を狙わない。

 トドメは刺さない。

 そして、いまの柿崎健太郎に美学はない。

 一切こだわらない。手段は問わない。

 勝つためなら無様にもなろう、泥をも啜ろう。終わったあとなら、おれが死んだってかまわない。

 けれど勝利だけは、譲らない。

 勝つためならおれは、どんなことでもする。


 ★


 驚きは誰のモノだったろうか。

 最初の一手はひどく不格好なものであった。ここまで追い詰めた状況で、端に追いやった状態では、違和感を感じざるおえない。

 おれは逃げた。

 天邪鬼に背を向けて逃げた。

 手前にある螺旋階段を滑るようにして駆けおりるのとほぼ同時に、天邪鬼の甲高い笑い声と罵声が浴びせられる。しかし、そんなものは耳に入ってこない。

 逃げを選ぶ醜態も、受け入れよう。

 天邪鬼は追ってくる。

 接近戦タイプだと思っていたが、近づかないといけないのはこれで証明された。あとはいかにして近づけないか。捕まれば、あの両翼手でペシャンコにされる。

 これがホントの鬼ごっこ。

 相手は本物の鬼なのだけれど鬼ごっこ。

 そして、このまま奴を仕留める。

 そのためにおれが行うアクションはたったひとつだけだ。


 ――跳ぶ。

 手すりに足をかけて、螺旋階段から飛び降りる。

 全長121メートル、その屋上付近からのノーロープバンジー。2011年12月31日にオーストラリア人が高さ111メートルのヴィクトリアフォールズ橋からバンジージャンプを行った際ロープが切れるというハプニングがあったのはあまりにも有名な話であるが、これはそれに近い。

 結果的にオーストラリア人は、生還を果たした。

 この事故最大の奇跡は、彼が唯一負ったかすり傷は、橋から落下したあと川に流されたことによって付いた傷だったことくらいだろう。

 しかし、おれが飛び降りるのは川じゃない。

 最下層はガッチガチのコンクリート製床。おまけに自分で仕掛けた対空用のトラップが張り巡らされている。仮に一本でも引っかかれば、魚肉ソーセージを寸断するようにして四肢はスライスされるであろう。

 宙に舞いながら、元いた場所に目をやる。

 天邪鬼が攻撃したあと、両翼の怪力を利用した突進で階段ごとえぐり取っている姿だった。あのまま駆けおりていれば、まるごと餌食になっていただろう。

 このままでは、勝てない

 しかし、それでいい。そうでなきゃダメだ。

 天邪鬼を仕留めるトラップを発動させるためには、仕方のないことだ。


 ―ーーおれは右手に隠した糸を、力いっぱい引いた。

 罠に使う透明な糸、おれの右手の動きに呼応するかのように息をひそめていた罠たちが一斉に牙を剥く。ピアノ線を爪で弾いたような、張り詰めた音がピィィン、と微かに聞こえた。

 天邪鬼は、上へと逃げる。

 目に見えぬ凶器から本能的、あるいは直感的に回避を選択する。しかし悲しいかなおれの攻撃は2メートルそこら跳んだところで回避できるものではない。

 攻撃は、たしかに被弾した。


 ―――ジョリン、と金属を抉る音が響く。

 天邪鬼の動揺と、硬い鱗が数枚だけ削り出された。

 おれは、体勢を立て直す。

 少し上階にある照明めがけて布石を打ち出して引っかけ、クモ男よろしく多少の痛みを伴いながらも着地に成功した。地獄耳を澄ませずとも、天邪鬼の場所は容易に特定することができる。

 はるか上階で、天邪鬼は壁に引っ付いている。

 握力にものを言わせて、壁に翼手をめり込ませていた。ゴキブリやナメクジには真似できないワイルドなクライミングをするやつだ。

 すこしだけ、奇妙な間をおいたあと。

 天邪鬼は、ためらわずに跳躍した。

 寄り道せず、まっすぐおれの命を奪うために跳ぶ。初速だけなら100キロは出ているであろう人型大の塊はなんの躊躇いもなく突っ込んでくる。

 それよりも早く、おれはまた階段を駆け降りる。

 さっきとなにも変わらない。同じことの繰り返し。

 ある地点に来たら、螺旋階段から飛び降りる。

 そしてまた、トラップのスイッチを引く。

 同じように、風を斬る音が数回だけ響いた。今度はさすがに読まれたのか、それとも知っていたのか、身を低くすることで回避する。代わりにトラップの正体、着弾するはずだったそれは天邪鬼の目の前で止まっていた。

 ―――限界寸前まで張り詰められた糸。

 もはや刃物と変わらない切れ味を誇るそれを見て、天邪鬼はつぶやく。

 なるほど、『ワイヤーソー』か、と。

 御名答、その通りだよ。

 おれの攻撃は全部『糸』だ。限界まで張力を高めた糸は刃になる。ましてや絶対に切れないという触れ込みの『クモの縦糸』なのだから、触れただけで肉は裂け、骨を断ち、指を落とす。

 そんな『ワイヤーソー』がこの塔のそこらじゅうに仕掛けてある。

 最初に駆け降りる際にワイヤーソーの留め具に透明な糸を絡めて、飛び降りる際に引き抜くことによって張力解放を促していたのだ。

 攻防一体の戦術。

 それは、言われずとも天邪鬼は気づいていた。


「キミはボクに近づかないつもりなんだね」


 もはや言葉を交わすこともしない。

 ただ無言だけが返事だった。

 このまま断ち切る。その首もろとも命を切り落とす。


「このままキミを追いかけても、いずれは体を削り取られるだろうね。地上に着けばボクの勝ちなんだろうけれど、この高さじゃあどうにも難しい」


 やはり、一筋縄ではいかない。

 達人が同じ技を二度と喰らわないのと同じ。

 天邪鬼もまた人間の知性を持った鬼。

 ちゃんとこちらの考えを読んでくる。

 腹が立つくらい、頭が回るんだ。


「だったら、ボクも近づかないことにするよ」


 天邪鬼が、壁を抉る。熱で接触部を溶解させて壁に埋まっている鉄骨を引き抜いた。力と熱を使って、引き抜いたのだ。

 なんて規格外の化け物だ。


「鬼さんからのプレゼントはお好きですかぁー?」


 天邪鬼は、鉄柱を思いっきり振りかぶる。

 まるでピッチャーのオーバースロー。

 おれは、思わず声に出していた。

 こんなの愚痴らざるにはいられない。


「―――大っ嫌いだよ、いまも昔もな」


 この戦い―――決着は近い。



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