十三、作戦開始。
おれと遊馬ははぐれ塔を登った。
途中にある燭台に糸を絡ませていく。百メートル以上ある建物なので、完璧にトラップを張るには時間が足りなすぎたけれど、樹木さんを含めた五人がかりでようやく仕掛けることができた。
頂上手前でおれらは樹木さんたちと別れる。
屋上は吹き抜けだった。
かつてはガラス張りだったのだろうけれど、いまは穴だらけである。その穴際に足を突っ込む形で腰を下ろした。間違って滑れば、大惨事である。
最悪自分で仕掛けたトラップを喰らう。
そんな危なげな行為に、少しだけ酔っている自分がいた。
合図はこちらから樹木さんたちに送られる。
遊馬が螺旋階段の底へ石つぶてを投げ込んだら、作戦開始だ。
それまでに、入念に心の準備をする。
「健太郎くん、もういいかな?」
「ああ、合図出してくれ」
遊馬は石を投げいれる。
宙に舞う投石は、あっという間に闇に消えた。
そして、小さくではあるが地面に到達する乾いた音が響く。
「これでもう、引き返せないね」
「ああ、そうだな」
――隣に座れよ、とおれは遊馬に促す。
遊馬は小さい身体を擦りつけるようにして近づいてきた。
「健太郎くんはもう鬼を殺さないんだっけ」
「ああ、出来る限りな」
「そっか、これで悪玉って呼ばれることもなくなるのか」
すこし残念そうに遊馬が言う。
こいつは『悪玉』と恐れられるおれがカッコいいと言っていた。このあだ名にこだわりなど皆無だけれど、遊馬の寂しそうな横顔を見るとすこしもったいない気がする。
「なあ、遊馬?」
「なあに?」
「なんでナキリさん、死んだんだろうな……?」
「運命だったんじゃないかな」
遊馬は語る。
「結果的にナキリ先輩は女王蜂鬼を庇っていた。この場所は、健太郎くん女王を見たから信用できるとしても、鬼の味方をしていたのは間違いないんだよ。だから仕方ないんじゃない?」
―ーー死んでも仕方ない。
たしかにそう言った。
「そうだな、仕方ない。あの人は最後まで愚かだった」
「うん、でも心配しなくていいよ。ナキリ先輩の代わりは僕がするから」
「ん……?」
「僕はずっと健太郎くんといるよ」
―ーー死なないかぎりね、という。
ああ、なんて幸せ者なのだろうか。
そんなに嬉しいことを言ってくれる人間がこの世にひとりでもいるってことが、どれほど幸福なことかよくわかる。
本当に、最高の友達。親友だ。
「遊馬、こんなときにあれだけど……」
「ん? なに?」
「これが終わったら、おれと結婚してくれ」
「なッ!? え!?」
遊馬が硬直する。
本気なのか、からかっているのか判らない、といった表情である。たしかにこんな場面で告白するだなんて、死亡フラグにしか見えない。死の危険が限りなく低いとしても。
こんなおれは、やはり愚かなのだろうか?
「お前が女なのは、もう知ってる」
「や、やっぱりバレてたのかぁ」
「形だけでもいい。別に断ってくれても怒らないからさ」
「……、なんで急にそんなことを言うの?」
遊馬は怪訝そうにこちらをみる。
たしかに、もっともな意見だ。
「おれは何かの為に戦ってきた。弟の復讐のため、ナキリさんに褒められるためにだ。でもどちらも失ったおれには生きる理由がない。だから、愛に生きてみようと思ったんだ」
「……愛、ロマンチックだね」
「返事はいつでもいいよ、断るなら早めに……」
「いいよ、結婚しよ」
遊馬は答える。
「僕で良かったら、喜んで」
「そうか、サンキューな」
「お礼を言いたいのはこっちの方だよ。ずっと、こうなる日を夢見てた。友だち以上の関係になりたかったんだ」
「そっか」
ならば好都合だった。
これでもう、ひとりじゃない。
「それじゃあ、まず最初に済ませないといけないことがあるんだ」
「……え? なにを?」
「おまえにプレゼントしたいものがあるんだ、目をつぶってくれ」
ギューッと固く目を瞑る遊馬。
愛らしい、ボーイッシュな彼女。
そんな彼女を、おれは縛りあげた。
曲弦技。両手から放たれる十の投石は遊馬の身体を何重にも覆い、四肢の自由を完全に奪った。完全に身動きの取れない、自分で歩くこともできない状態である。
そして、遊馬を屋上から突き落とした。
クモの糸に繋がれているので、宙吊りになる。
「こ、これは何の真似かな? こういうのが流行ってんの?」
「もう騙しっこなしにしようぜ遊馬、いやちがう。中央病院を焼き、餓鬼の侵入を先導しつつ、ナキリさんの命を奪った鬼さんよぉ」
おれは、見下しながら言う。
新たな怨敵。決着を求められる相手の名前を。
「三年ぶりだな、天邪鬼」
その名前を聞いて、遊馬はニヤリと笑った。




