十二、本番での凡ミス
はぐれ塔とは、ビル群の廃墟である。
地球の内側にある世界軸、その異世界側から人間界へと道を開こうとした残骸たちが無造作に打ち捨てられているだけの場所だ。百メートルは優にあろうセンタービルはいまもなお健在である。
最南端にある巨大なホテル。
その一本だけ明らかに異質、頭ひとつ飛びぬけた塔のことを『はぐれ塔』と呼び、人々の間で定着していったのである。
そこに女王蜂鬼がいる、とナキリさんは言った。
だから、おれと樹木本隊長、あとは信頼できる数名のみを引き連れてはぐれ塔へとやってきた。無傷で保護することを目的としているため装備に余念はない。
そして、はぐれ塔で捜索を始めてすぐに異変が起きた。
というか、おれが悪かった。
おれが樹木さんに殴られるところから、物語は始まる。
「馬鹿野郎ッ! 大事な場面で下手ふみやがってッ!」
「す、すみません」
「てめえ、これで逃げられたらお前のせいだぞコラァッ!」
殴打、掌底ではり倒された。
勢い余って後ろに積んであったガラスへと吹き飛ばされる。ものすごい破壊音と、降り注ぐガラスの欠片は凄惨さを過剰に演出していた。
どこか切ったのか、右の視界が赤く染まる。
「け、健太郎くん!!」
遊馬が駆けよってくれる。
他の二人も何があったのか、ソワソワとしていた。まだはぐれ塔の周辺調査中の出来事であるから、まさか流血事件が起きるとは夢にも思わなかったのだろう。
冷静な樹木さんが殴るだけの理由があった。
「なにがあったんですか、本隊長」
「柿崎の野郎、女王に見つかりやがった」
「え、女王は地下にいるんじゃ……」
「どうせ腹でも空かせたんだろう、表に出てきてたらしい。その時にこの野郎は女王に見つかった、そして女王はあわてて地下へと戻っていったそうだ。それをあろうことか、こいつは黙って見逃したんだぜ」
そうだ、その通りだ。
周辺調査中、おれは女王に出くわした。けれど、言葉をかける間もなく戦意が無いことも伝えられぬままに逃げられた。考えてみれば、なにも知らない女王にとっておれは超危険人物なのだから当たり前だ。
女王に見つかり、逃してしまった。
「これで保護できる確率はグッと下がったぜ」
「全員で乗り込めば勝てますよ」
「それで自害でもされてみろ、いままでの犠牲が水の泡になる。
「……それって、」
「女王はいつ逃げ出してもおかしくないってことだ」
樹木さんは武装解除する。
戦闘服と一体化している、張力制御装置、グローブを外した。もう一度着るのに少なくない時間が必要なのに、ぜんぶ放棄したのである。
「しかたない、これから女王と和解する」
「和解、話し合いをするんですか?」
「そうだ。敵意がないことを示し、女王の方から投降するように促す。うまくいけばすんなりと受け入れてくれるだろう。彼女の中に『八夜城子』が残っている可能性に賭けてみる」
唯一残された打開策。
しかし、最大の問題がある。
「問題はだれが女王と話しをするか、だな」
丸腰での交渉。
それはすなわち命懸けの行動である。女王の反撃を受ける覚悟があるものでなければならない。破談した場合、高い確率で危険が付いて回る。
そして、重苦しい雰囲気が支配する中、
「僕にやらせてください」
―――遊馬はおそるおそる手を上げた。
「僕なら女王と面識がありますし、チビだから抵抗されない、と思うでしょう。このメンバーのなかでは、適任だと思います」
たしかに、その通りだ。
ここは遊馬に任せるべき。頭も回るしコミュニケーションに長けるこいつを女王にあてがえば話くらいなら成立するだろう。
しかし、あくまで正論である。
いつも正しいとは限らない。
「ダメだ、やっぱりおれが行く」
樹木さんは、正論を踏みつけた。
「考えてみれば、むこうはおれがいることを知っていると仮定したら、最高戦力であるおれが姿を隠せば自然と身の危険を感じるだろう。そして複数人はダメだ。数の暴力は脅しには使えるが説得には向かない」
「……そんな」
「これは本隊長命令だ、女王との交渉には俺一人でいく」
だれも文句など言えるはずもない。
「これから作戦を告げる、一度しか言わないからよく聞け」
全員がメモをとる準備をする。
「樹木はまず、丸腰のまま地下へと降りる。その間に樹木の部下ふたりは出入口を完全封鎖しろ。絶対に開かないようドアを糸でがんじがらめにするんだ。そして柿崎と遊馬、お前らはこの塔の最上階で待機しろ」
さらに続ける。
「もし樹木が交渉に失敗したら、女王は逃亡するだろう。しかしはぐれ塔唯一の出入口を封鎖しておけば外へ逃げられない。そして女王は滑空する程度の飛行能力を持っているから塔の上へ逃げようとするだろう。そこを柿崎と遊馬で無理やりにでも保護しろ。手段は問わない」
失敗したときのフォローまで完璧だ
この状況ではベストな作戦。
「そのため、柿崎以外の全員が武装解除しろ。俺が失敗したとき、無理やり保護するか、始末するか、柿崎の判断にゆだねる、だから……」
両肩を掴まれる。
樹木さんはすこし熱の入った口調で言った。
「今度こそ頼むぞ」
ナキリのためにも、と言葉が続いてる気がした。
おれは黙って、期待に応えるしかできなかった。
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