十一話 命のバトン
「っざけんなァ! なんとかしろ―――ッ!」
医師隊の襟首を掴む。
他の者は止めようとするけれど、怒り狂ったおれの暴力を止められるものはいない。三人に組付かれたまま、ドクターの襟元に食らいついたのだ。
こんなに騒いでも、ナキリさんは目覚めない。
ブルーシートの上で横たわるナキリさんはまだ動かない。
「彼女はもうすでに……」
「はやく治せよッ、治せって言ってんだよッ!」
「て、手を放してください」
「治せっていってんだぜッ! バラバラにされてーかこの野郎!」
ちくしょう。
ちくしょう、ちくしょう。
無理やりにでも、医師を従わせてやる。
このまま医者を一発殴ろうとしたところで、手が止まる。グイッと肩を掴まれただけなのに、全身が押さえつけられたかのように動けなかったのは自分以上の怒気を肌で感じ取ったからだろう。
樹木さんの声。
「俺のせいだ」
樹木さんは、悲しそうな眼をしていた。
「俺が居ながら、ナキリを死なせた。俺が殺したようなもんだ」
すまない、と樹木さんが言う。
そんなことが違うってことくらい判る。
それなら餓鬼の侵入許してしまったおれはもっと悪い。樹木さんに責任があるはずもない。こんな神出鬼没な相手に、だれがお前のせいだと言えるのだろうか。
涙が止まらない。吐き気が止まらない。
泣きすぎて呼吸ができない。
「ううう、ちくしょー、なんでだよぉぉぉ、あんまりだろこんな結末……」
やっと仲直りできたのに。
これからもっと話したかったのに。
おれは失ってから気付くんだ。
失ってから大好きだったって気づかされるんだ。
なにもできない自分が、一番悔しかった。
「人はいずれ死ぬ」
「……はぃ」
「ナキリも例外なく死んだ。けどな、決して無駄じゃない。ナキリならこうして悲しんでいるお前をみたら、どうすると思う?」
「……あの人は寂しがり屋だから。泣いてほしいと思います」
「そうか」
「泣いて泣いて、涙が枯れるまで泣いたら、もういいよって、そんなに泣いてくれるひとがいるだけで私は幸せですよ、っていうと思います」
「そうだな、きっとそうだ」
樹木さんは彼女の前で膝を立てる。
ナキリさんの顔からナプキンを取り外して話しかけた。
「俺が付いていながら、こんなことになってすまない」
返事はない。あるはずもない。
彼女の手、すっかり冷たくなった手を強く握った。
「その代わりに引き受けよう。八夜城子はかならず、俺達が救ってみせる」
樹木さんの涙が一粒だけ落ちた。
ナキリさんの頬に落ちたそれは、まるで嬉し泣きしているかのようだった。そう思えてしまうほどに彼女、ナキリさんの表情は安らかだった。
「俺はもう行く、彼女のことをよろしく頼む」
樹木さんは、もう通常運転だった。
切り替えが早いのは、羨ましい限りだ。
おれは一度だけ、ナキリさんの元へと駆け寄る。
傷つき、それでも安らかな顔。
もっと、あなたの笑顔を見ていたかった。
最後におれは彼女へ向かって、ありのままの気持ちを告げた。
「ナキリさん、―――大好きだ」
嘘じゃない。今なら言える本当の気持ち。
やっと素直になれた気がした。
そして、彼女お気に入りの浴衣を手に取る。
白と桜色の見事な浴衣。それを腰に巻いた。
ナキリさんをここに置いていかない。あなたの遺志は絶対に彼女の元へと届ける。そのためにいまだけおれの傍にいてください。
とても柔らかく、そして重い肌触り。
彼女の『紙一重アーマー』はこんなにも重たいだなんて知らなかった。この鎧と一緒にいろんなものを背負い込んでいたのだろう。
でも安心してください。
おれが決着をつけに行きます。
ナキリさんの仇なんて言わない。きっとあなたは嫌がるだろうから。
これはあくまで鬼退治。
邪悪な鬼を叩き切る。
「樹木さん、おれに考えがあります」
「ほう、どんなだ」
「うまくいけば、幽鬼と火災鬼を同時に始末できます」
「……見当は付いてるのか」
「ええ、しかし『取引き』してください」
「ふん、どうせ断ってもやるんだろ?」
「……すみません」
「まあ好きにしろ」
「ありがとうございます」
すべての舞台は整った。
いまだけおれは、悪玉だ。
言い訳などしない。好き放題に鬼を貪り、喰らい、土に返す鬼以上の化物。糸を使って獲物を粉々にする最低最悪の殺人鬼。
幽鬼との決着は近い。
いま一度、おれは心を鬼にする。




