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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 後章 悪玉の鬼退治。 完結編。
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十話 完璧なはずの結界。



 おれは、準備していた。

 女王を捕獲するのは樹木さんとの合意のもとに進められたプランなのだけれど、問題は女王か否かを見極める術である。だから一度面識のあるおれが同行するよう命令されたのだ。

 隔離病棟で一番大きな出口。

 ここで一生懸命、罠を設置していた。護衛官であるおれが離れている間、その責務を放棄するわけにはいかないから、こうして厳重かつ完璧すぎるトラップを仕掛けるのである。一度定着させたらなかなか外すことはできないのが厄介ではある。

 曲弦技の達人・樹木さんも一緒になってクモの糸でできた最上級トラップを固定する作業に力を貸してくれる。

「完璧ですね、糸の結界レベル4」

「おい、さっさと行くぞ」

 樹木本隊長に声をかけられる。

 まるでちょっと近場へ足を運ぶ調子ではあるが、行く先は女王の隠れ家である『はぐれ塔』だ。とても命を取り合う鬼退治へと向かうテンションではない。

 小さいから血圧が低いのかもしれない。

 小柄な体格に、張力制御装置はデカくみえる。

「おい、いま失礼なことを思っただろう?」

「いえ、まったく何も」

「チッ、まぁいい。今回だけは聞き逃してやる」

 ああ、そうだった。

 この人は他人の心を聞き取れるんだった。

 おれと同じ『地獄耳』

 異常に発達した聴覚は、相手の心音を聞き分けて真偽の判別がつく。ウソ発見器やらの理屈は樹木さんにとって朝飯前のことなのだ。もはや読唇ならぬ読心の域にまで達している。

「ベストコンディションならお前もできるはずだぞ、耳を澄ませればな」

「そんな使い方したことないです」

「やり方を学べば、大抵できる。できないなら才能ないだけだ」

 さらっと酷いことを言う。

 そして、樹木さんの無表情から聞き取れないおれは才能ないらしい。

「健太郎くん、さっきから入口でなにやってるのー?」

 後ろから声を掛けてきたのは、遊馬だった。

 どうやら外出から帰ってきたところらしい。

 ちゃんと武装していた。

「おお、いいところへ来たな。今からここを封鎖するとこだ」

「封鎖?」

「ああ、入口を鬼が侵入できないようにする。クモの糸を極限にまで張り詰めて、入ろうとする鬼だけをブロックするんだ」

 一度破られた結界より強力な代物だ。

 それも樹木本隊長に褒められたやつ。

「具体的にはどうなるの」

「単純な話、スライスされる」

「す、スライス!?」

「そう、鬼が踏み込む体重だけで綺麗に肉が裂けて、無理に進めばそのままミンチになる糸の結界だ。人間の非力じゃあ発動しない。もう網みたいなもんだから、これを物理的に破るのはムリだ。断言できる。

「猫の子改め餓鬼一匹さえ進入できないぞこれ」

「へーすごいね」

「樹木さんにも手伝ってもらったからな、異世界一安全な隔離病棟だ」

 そうだ、完璧な結界だ。

 これで鬼は入ってこれない。

 それこそ煙か何かでもない限り。

 と、ここで異臭に気付く。

 物が焼ける、焦げた臭い。

 壁から飛び出た換気扇を見ると、もくもくと白煙が上がっていた。

「だれか料理でもしてるのかな?」

「え? 僕が夕食の買い出しに行ってたんだよ」

「んじゃあお風呂とか……」

「お風呂でこの臭いは変じゃない?」

「そうだな、一体だれが……」

 そして、煙の顔色が変わる。

 真っ新な煙からどす黒い漆黒煙へと、変貌した。

 と同時に、ドスンッと妙な地響きがした。

 なにかが起きていた。

 どう見ても、火事だった。

「柿崎ッ! こっちへ来いッ!」

 樹木本隊長の動きは冷静だった。

 糸の結界レベル4をあっという間に解除して、中の人たちを連れ出した。小さい子は大きい子に抱えさせて、パニックにならないよう最大限の注意と観察を徹底していた。

 これが隊長の器。

 非常事態で実力が判るというけれど、樹木さんのは本物だ。少女たちはなんと一分以内に病棟内から姿を消し、全員が外へと脱出することができた。

 樹木さんのおかげで、大事は避けられた。

 しかし、ショックは相当である。

 現在潜伏している鬼。火災の原因である幽鬼。

 それが隔離病棟内にいるのだ。

 完璧な結界だったのに、いともたやすく侵入されるだなんて。やはりナキリさんと関係があるのか。でもこんなに大胆に、そしてバレずに火災を起こすことなんてできるのか?。

 餓鬼の件もある。

 しかし、どうやって中へ侵入した?

 もしかして、だれか裏切り者がいるのか?

 混沌に掻き乱された意識は、樹木さんの声で目覚める。

「おいッ! ちゃんと全員いるか? 点呼とれッ!」

 そう、全員ならよかった。

 点呼をとるまでもなく、ひとり足りなかったのだ。

 困った笑顔が似合う、色白の彼女がいない。

「……ナキリさんは?」

「いないよッ! どこにもいないッ!」

 遊馬が叫ぶ。

 ボロボロになった彼女の姿はどこにもない。

 影も形もない彼女は、一体どこにいる。

 答えを自覚するまでもなく、駆けだした。

 螺旋階段はもう使うことなく、支柱に繋がり一気に最下層へ下っていく。もはや落下となにも変わらないこの行動を、最速でやってのけた。

 火事場の馬鹿力というやつだ。

 地下と言う性質上、火事はマズい。

 火の手が回り切るまえに、ここから立ち去らねばならない。本当は出火原因を特定できればいいのだが、ここまで煙が来てる以上そんな悠長なことを言ってる余裕はないだろう。

 それを確信できるほど、かなり視界が悪かった。

 一呼吸するまでに、すこし時間がかかる。

 それまでに、なんとか助けなければ。

 ナキリさんがいるはずの尋問室。

 しかし綺麗さっぱり片付いた部屋は、虚しさだけがぎゅうぎゅうに詰まっていた。失望を通り越して、怒りがふつふつと湧き上がるを感じた。

 もう時間がないのに、なにやっているんだ。

「ナキリさんッ、どこだッ、どこにいる!?」

 返事はない。

 煙はもくもくと、依然やむ気配をみせない。

 もしかして、もう逃げたのか?

 そうだ、おれと入れ違いで脱出したのか。だとしたら間抜けだ。

 二次災害になる。

 でもここで引き返すともしも居た時のことを考えてしまう。引き際は大切だけれど、この目で確認するまで逃げるに逃げられない。そういう意味でおれは救助隊には向かないのかもしれない。

 おれは、ついに最下層まで来ていた。

 換気扇のおかげで、まだギリギリ視界の効く場所。

 だれもいない。

 ホッと胸をなでおろしながら、後にする。

 踵を返そうとして、あることに気付く。

 煙に混じって、懐かしい香りが吹き抜けた。

 焦げ臭いなかでも、強く残った夏蜜柑の香り。

 まるで蜜の香りに吸い寄せられる虫のように、導かれた。そして、目で確認する前に涙が止まらなかった。

 耳で感知するまでもなく、わかった。

 強張る手で、臭いのする扉を開く。

 そして、現実は非常にも事実だけを語っていた。

 隔離病棟最下層。

 だれも近寄らない物置倉庫。



 ナキリさんは、遺体で発見された。

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