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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 後章 悪玉の鬼退治。 完結編。
22/34

六話、夜襲。



 その日の夜、突然目が覚めた。

 隔離病棟に押し込められて数日、特に何事もない日々に慣れを感じ始めた頃であり、緊張からの不眠ではない。

 物音が聞こえたからだ。

 ガサゴソッと耳障りな音。

 耳垢が耳道で暴れまわっているときの音に似ていた。

 なんだろう、と起き上がる。

 音のする方へゆっくりと近づいていく。

 接近するにつれて何の音か、どれくらいの体格か、何をしているか? 男か女か、何人かなどが判明していく。これもおれが受けた呪い『地獄耳』のおかげであるのは少しだけ感謝だ。

 なにか、物色する音。

 ひとり。

 若い息遣い。

 女。

 その音の正体を確認して、思わず息を飲んだ。

「なんで、彼女がここに……」

 ナキリである。

 彼女はこんな夜更けに荷物を漁っていた。それも凄い剣幕、明かりもつけずになにかを探していたのである。その様は、病衣のコントラストも相まって丑の刻祭りを連想させる。

 彼女はなにを探しているのだろうか?

 しかし、声をかけることはなかった。

 その前に、もうひとつの音に耳を取られたからだ。今度の音は探るまでもなく、正体がわかる。

 這いまわる音。

 人じゃない。生き物。

 小さい。

 性別不明。

 そして少数。

 けれど、かなり素早い。

 これは餓鬼。

 弱いものを喰らい、私腹を肥やす子鬼。幼児程度の大きさではあるが鋭い牙と凶暴性を持つ。理性など持ち合わせていない奴らがこの隔離病棟へと足を踏み入れていた。

 まさか、トラップが破られたというのか。

 クモの糸で作られたトラップ。

 ここにいる少女たちの香りに誘われたのか。

 いずれにせよ、セキュリティの甘さが悔やまれる。こんなことならもっと厳重に警備しておくべきだった。普段は警備員などが置かれるが、あいにく今日の警護はおれの役目である。

 戦わなければ、おれがやるしかない。

 餓鬼発見から行動へ移すまで、二秒とかからなかった。

「ギ、ギギガ―――ッ」


 廊下に出ると、すでに敵は目視できた。

 暗順応しきった瞳は十分に、色彩さえもはっきりと映し出す。

 青紫色をした子ども程度の手足、それに比べて常人の三倍はある長い舌、そしてぎょろりとのぞかせる二つの眼球。

 歯ぎしりが神経に障る。

 ―――これが餓鬼。

 およそ三匹。まるで子供が遊びに駆け回るかのように、こちらへと向かってきた。行く先には隔離された少女たちがいる部屋である。

 もちろん許すわけにはいかない。

「おっと、そこまでだ。ここから先は通さん」

 おれは通路に立ちふさがる。

 すると、餓鬼たちは急いで急ブレーキをかけた。いかに子鬼といえど、おれを無視すれば無事ではすまないことはわかっているんだろう。もちろん通過すればそのまま刺身にしてやるつもりだった。

 恐怖が本能を上回ったのか。

「ギ、ギギギ―――アギ」

 三匹はその場でクルクルと回る。

 臭い、ウザい、うっとおしい。

 本当に、みているだけでイライラする鬼だった。

 さっさと退治してしまおう。このレベルの知能指数では捕まえたところでまともな話を聞くことはできやしないのだから。

 すると、ピタッと子鬼たちが止まる。

 騒がしさは一転、静寂へと変わる。六つの眼光はおれに集中したのだ。

 迷っている?

 理性のないはずの鬼が迷っているのか?

 そして、三匹は口を揃える。

 まるでリレーをするかのように、続けた。

「ナ」

「キ」

「リ」

「サ」

「マ」

 そう言った。確かに、ナキリと言った。

 こいつらは、しゃべるほど知能が高くないはずなのに、意味のある言語、はっきりとした口調で話したのである。それ自体にも驚きではあるけれど、発した言葉も大問題だった。

 ―ーーナキリ様。

 こいつらが敬称で呼んだのは、彼女の名前であった。


 瞬間、足元が煙に包まれる。

 ドライアイスの白煙のようなものは足首が浸かる程度にまで蔓延して、子鬼たちを追いかける形で上へと駆けて行った。

 子鬼どもは、悲鳴とも判らない声を上げる。

 この煙は鬼を払うためのものだった。

 苦しいのか、痛いのかわからないけれど、まるで転がるかのように出口へと走っていき、そのまま外へと飛び出した。

 彼らの足音はそのまま、どこかへ消えてしまった。

「……なんとか追い払えましたね」

「……、……」

 白煙を起こした張本人、ナキリが現れた。

 彼女は子鬼どもを追い払う煙を焚くために、ああして準備していたのかもしれない。実際、こうして子鬼どもを撃退することに成功した。


 入口の扉を念入りに閉める。

 もう二度と、鬼の侵入を許さないように外すのさえ危険なトラップを仕掛けなおした。これで猫の子一匹入ってくることはない。

「……あんた、一体なにを隠しているんだ?」

「………ごめんなさい」

 思わず口にした言葉。

 彼女が答えることはない、判りきったことだった。

 単純に怖い。

 この女は何を考えているのか判らない。ひょっとしたらもうすでに気が違っているのかもしれなかった。いつ寝首をかかれるかわかったものではない。

 おれはこの人の前では武器を手放せないだろう。

 そう、すでに事は起こっていた。

 詳細を知るのは、そう先の話ではなかった。

 

 

 

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