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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 前章 蜂鬼退治。
15/34

15、無味乾燥フィナーレ

✪★★★★★


「俺の弟を殺したのは、お前だろ」


「……」


「康次郎を殺した時、どんな気持ちだった? お前はどう思ったんだ?」


「う……うぅ」


 見上げる健太郎と見下ろす女王。

 しかし、勝敗はすでに決した。絶対安全圏であるベッドの上を占拠されたうえに糸が喉元に食らいついているのだから。健太郎が思いっきり糸の付いた左手を引っ張ればかまぼこを切るように寸断されるだろう。


 人質らしいものはある。

 二度の神経毒を受けたナキリは女王の手中に収まっていた。右手の自由を封じられ、身体を上空に吊られようとも決して手放そうとはしない。


 このまま落とせば、ベッドの上へと落ちる。

 万が一にも下手な着地、たとえば首から落ちたとすれば命の保証はない。彼女に固執する女王はそのことを気にしているのかもしれない。


 それでも健太郎には、迷いはない。

 ナキリが死のうとも、仕方ないと割り切っている。

 つまり言葉を交わすしか、女王に生き残る術はないのだ。


 女王は、ポロポロと血の涙を流した。


「あたしは騙されただけなのよ、あたしは悪くない、悪くない悪くない悪くない―――ッ」


「他人に命を握られる感触はどうだ? これから二度目の死を迎える前の意気込みとか聞かせてもらえると助かるんだけどなぁ……」


「ど、努力したわ! でも気付いた時にはもう遅くって……それで―――ッ」


「最期の言葉がそんな安っぽいセリフでいいのか……?」


 会話が成立していない。

 どちらにも他人の話を聞く余裕などないのだ。

 女王は現状に絶望する。

 もう本当に死ぬしか、あの世にしか居場所はないのだと。


 女王が最後に残すのは、謝罪だった。

「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいーーーッ」


 血の涙と相まって凄惨さを盛りあげる。

 しかし、健太郎の心は酷く冷え切っていた。寒気がするほどに。


「……結局、お前が本当に康次郎を殺した奴なのか、嘘か本当か判別する手段はない。あまのじゃくの奴なら『以心伝心』で判るんだろうが、俺にそんな特殊能力はないからな」


 健太郎は落胆した風に肩を落とす。

 まるで仕方なくリアクションを取っているかのようだった。


「非常に残念だ。万が一本物だったら、もっと苦しめてやったのに」


 感想はそれだけだった。

 女王の言い訳も、弁解も、謝罪もぜんぶただ残念以上の意味を見いだせなかった。健太郎の頭はかつて無残に殺された柿崎康次郎のことばかりである。なにか手がかりがあれば、すぐにでも。


「あぁ……そうだ。ひとつだけ確認する方法があった」


 健太郎は思い出す。

 自分が犯人の特徴を知っている。証拠は声しかないけれどそれだけで充分だ。

 同じ声を出してもらえば、すぐに判る。



「断末魔の叫びを聞けば、思い出すかも……なぁ」



 もう、言葉は届かない。

 あるのはただ、純粋な暴力だけ、

 健太郎の左手に、力が入る。身体を野球の投手さながらに振りかぶり、柔道の背負い投げにも似たフォームに入る。一瞬、断罪前の余韻に浸るかのように健太郎は止まった。


 たぶん初めて、女王の目を見た。

 恐怖に慄く瞳と感情を殺した眼が交差する。

 そして、お別れを告げた。


「俺の弟に、地獄で詫びろ」


 思いっきり左手を振りかぶる。

 重さや勢い、力加減は申し分ない。首の骨などお構いなしに切断してしまうクモの縦糸は最大限の猛威として女王の首を落としにかかった。


 不十分な要素はなにもない。

 強いてあげるなら、イレギュラーの存在。

 ――この場に間に合った人間の存在だろう。


「……え? なんで……?」


 ピタリ、と健太郎の糸は止まる。

 せっかくのスナップが効いた左手の引きも完全に殺されていた。

 糸を掴む細腕のせいで封じられた。


「ナキリさん、どうして邪魔を……」


「……キリちゃん?」


 ナキリが動いた。

 身体の自由を奪われたはずのナキリが動く。片手でガッチリとホールドされた彼女は、女王の肩に手を回し、女王の首に巻きついた糸へと手を伸ばした。


 もちろん素手で張った糸に触れれば切れる。強く握ろうものなら深い傷跡となって残るけれど、ナキリさんの手には対糸用の防護手袋がしてあったので、彼女の指が傷つくことはない。


 とにかく、ナキリは動いたのである。

 ――いまになって女王の神経毒が切れたのか……?

 いずれにせよ、糸を引けない。

 これでは女王の首を落とすことはできない。ナキリさんのことだから、この期に及んでまだ女王を助ける気でいるつもりである。さっきの言葉をすべて信用しているのだろう。


 だから甘い。甘すぎる。

 本性を晒した時点で終わりだ。戦力的には奴らが上回っているのだから、この機会を逃せば次はない。あっという間に制圧されて、拘束されて、今度こそ死ぬだろう。


 ――ならばいっそ、ナキリさんごと……。

 しかし、その思惑は見事に外れた。

 そう、ナキリさんは怒っていた。


 女王に対して、裏切りに対して怒っていたのである。

 ナキリさんは肩に回した右手から『繊維』を取り出す。人力でも人骨を寸断するほどの見えない凶器を懐から取り出すモーションが見えた。


 ――しかし、何を切るつもりなんだ?


「…………!」


 そして、一気に引き切る。

 鋭い刃物が交差する音が聞こえた気がした。まるで達人の居合抜きを間近で見ているような気持ちになる。肩から回した手は反動で大きく揺れ、代わりに二つの物体が宙を舞う。


 女王の触角が二本、きれいに切断された。


「あれれ……? なに、これ」


 女王の目から輝きがなくなる。

 鬼の角は重要な器官であるらしい。鶏のトサカが人間でいう指であるように、鬼の角もなくなれば意識を失うほど大切なものだったのだろう。


 とにかく、女王は倒れた。

 それに呼応して、女王の四肢が弛緩する。


 女王に支えられたナキリさんの身体は重力に従って落下した。意識がないのに人ひとりを抱えていることなどできるはずはない。それにナキリさんには女王の身体にしがみつけるほど回復はしてないはずだから。


 問題は場所。落ちてくる場所。

 ナキリさんは、はるか下方の俺に目がけて降ってきた。


 もともとベッドへ落とすつもりで吊り上げたのだが、まさかこんな急に落ちてくることなど予想だにしなかった。しかも、両手が塞がっているうえに女王の身体を支えているものだから軽快に回避などできるはずもない。


 ――だから、ナキリが降ってくるのをキャッチする。


条件反射的に、決して軽いとは言い難い彼女を、わざわざ女王を縛る糸を解除してまでナキリを受け止めることに神経を注いだのだ。この決断に至るまで二秒と掛からなかったのはそれがベストなのだと理解していたからだろう。


ドスン、と落下音と衝撃とともに彼女が降ってきた。


「…………ッ」


 言葉にならない悲鳴を上げる。衝撃をいくらか殺しているのだけれど、やはり高所からの落下はそれだけで勢いがある。下手したら受け手も死んでしまうのではないか。


 とりあえず、ナキリさんのキャッチに成功した。

 まだ満足に動けないのか、悶えている。


 そして、遅れて女王が落ちてくる。

 まさに抜け殻だった。魂だけがぽっくり逝ってしまった風な、いまにでも起き上がって『さっきの続きをしよう』と言って来てもおかしくないほどに綺麗だった。けれど、やはり決定的になにかが足りない女王は、ピクリとも動かなかった。


 触角を失った女王の姿は、まさに人間そのものだ。

 ――終わったのか……? 俺の復讐は、これで……?

 なんともあっけない無味乾燥な勝利だ。


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