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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 前章 蜂鬼退治。
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14、暗黒トリックアート。

14、暗黒トリックアート。

 

「やはり俺が正しかった。鬼ごときに情を感じるなんて間違ってたんだ」


「おい、帽子野郎! 妙な動きをするんじゃねーぞ!」


 女王が息を巻く。

 武器を奪われた人畜無害な健太郎の脅威を感知する。武器であるボウガンを外したのに、まだ瞳の輝きが失われていない。必死になって汗を流していない。恐怖していない。


 単純に、女王は健太郎を恐れたのだ。


「ナキリさん、聞いてるか。俺はいまから『悪玉』として女王を退治する。その際、俺はあんたを助けない。盾にされても、あんたごと女王の首を刎ねる覚悟がある」


「……!」


「悪く思わないでくれ。これも仕事なんだ」


「………………」


 ナキリさんは答えない。

 生きているのか、死んでいるのかもわからない。いや死んでいてくれた方がハンディがない分だけチャンスがある。あくまでもメンタル的な問題ではあるけれど。

 ――あいにく、こっちも命懸けなんだ。


 瞬間、蜂鬼の巣に奇妙な音が響く。

 ――ジジジジッと、機械的な音。

 あるいは映画で導火線に火が付いた音。

 また、ゼンマイが回っている音のようだ。


 健太郎は微動だにしていない。にも関わらず、この奇妙な音は断続的に蜂鬼の巣内を反響して、空間を支配するかのように始動したのである。


「な、なんの音だ!? お前、なにしやがった!」


「ついに始まった。悪玉決戦兵器『天国へのカウントダウン』この音が終わった時、俺たちはみんな死ぬ」


「なに勝手にしてやがる! とにかくこの音を止めろ! 早く!」


「やだね、今度は俺を騙してみろ。女王」


「ああ、ウザいやつめ! ここはあたしのフィールドなんだよ!」


 刹那、女王の右手が上に上がった。

 危険色の蜂鬼たちがぞろぞろと湧いてくる。あらかじめ決められていたのだろう、健太郎を中心にして蜂鬼が戦闘陣形を組み始めた。さらに女王の周りにも壁になるように隊列を揃えるあたり、戦いなれている様子だった。


 あっという間に健太郎の周りを包囲してみせた。


「だれを退治するって? 適当なこと言ってるんじゃねえよ! みたかこの包囲網! 蜂鬼たちの連携! 死角なんてねーんだよ! なーにが“悪玉決戦兵器”だよ! 爆弾でも機雷でもなんでも持って来やがれってんだ」


「でも、攻撃できない」


「……ああ?」


「お前は恐れている。俺の悪玉決戦兵器で万が一ナキリさんが傷つく可能性を避けようとしているんだろう? お優しいことだね。しかし当たっている、ひとたび発動すればすべてが消えてなくなってたろうな」


「この手が降りれば蜂鬼はお前に襲い掛かる! 嫌なら早くこの音を止めろ!」


「どうせもうすぐ死ぬんだし、仲良くしようぜ?」


「いいから早くこの音を止めろよ帽子野郎――ッ!」

 女王はヒステリックに叫んだ。



「あーもう、わかったよ」


「……え?」


 一瞬だけ、場の緊張がほぐれる

 健太郎はそれを確認すると、小さくうなずいた。


「ところでジョーちゃんよぉ――」


 健太郎は、腰のベルトから『あるもの』を取り出した。


「これ、なーんだ?」


 健太郎が手にしたもの、それは爆弾でもましてや決戦兵器でもなんでもない。この場にそぐわない。レトロな代物。

 奇怪な音の正体とは―――。


 ただのインスタントカメラ、だった。



 ✪★★★★



「あああぁぁぁあああ―――ッッつ ちくっしょう、ふざけやがって! 目が、目が痛いぃぃ――ッ!」


 フラッシュをたかれて、撮影される。

 たったそれだけで、女王の視界は白闇に閉ざされた。


 健太郎の煽りに乗ったのがいけなかった。彼の挙動に細心の注意を払っていたものだから、自然とインスタントカメラを取り出す動作をも凝視してしまったのだ。


 さらに、蜂鬼の視力が良すぎたのも仇になった。

 普通なら数秒だけ目が眩んだ程度であろうが、暗闇でも問題なく見える鬼の目はカメラのフラッシュを必要以上に吸収してしまったのだから。


 様々な条件が噛み合い、健太郎の目潰しは成功した。

 代わりに、女王の怒りに火を灯したのだった


「ゆるせねぇ! 視力が回復したら、もう容赦はしない。 殺してやる! この蜂鬼の巣から逃げられると思うなよ! あああ、ああああああ ちくしょーッ、絶対に殺してや――ッ」


 次に、何かを巻き取るような摩擦音を聞く。

 さっきのカメラのタイマー機能ではない。


 まるでワイヤーが高速で擦れているような、電磁ドライバーでネジを締めているような音である。それがナキリを狙っているものだと気づいた女王は、必死に彼女を片手で強く抱きしめた。


 ――キリちゃんだけは渡さない!


 女王は右手を振り下ろす。

 それは、蜂鬼たちへの攻撃命令の証。たとえ女王が動けなくても、動ける蜂鬼たちは自動的に健太郎へと襲い掛かる。さっきは様子見だったけれど、もう容赦する必要はない。


――帽子野郎はここで殺す!

 死ね死ね死ね、死ねええええええ――――ッ!


 そんな画策は、すぐに瓦解することになる。

 合図の右手は、ピクリとも動かなかった。


「ッつ、何が起きてる。 なんで手が、フリーズしてんだよ!?」


 右腕から左脇にかけて幾重にも絡んだクモの縦糸。

 徐々に締め上げる糸のテンションは、女王の身体を浮かせた。


「ぎィいいい、いってええええ―――ッ!」


 女王の悲痛な叫び。

 全体重が腕から肩にかけてかかっているのだから、痛くないわけがない。

 それでも、ナキリを放さないのは執念なのだろうか。落とさないように、それこそ鬼の形相で彼女の身体を支える。それが右手の負荷をかけていようとも、絶対に放さなかった。


 どんどん上空へと吊り上げられ、ついには止まった。

 約十メートルほどの空中浮遊。

 だいたいマンション三階相当の高さである。


 視界が戻る頃には、すべてが終わっていた。

 健太郎は女王ベッドの上にいる。

 女王とナキリは頭上の立体歩道の近くまで吊り上げられていた。

 立体歩道を滑車のように巻き付く糸と健太郎の腰でギチギチと軋む張力制御装置がすべてを物語っていた。


 手にはクモの縦糸で編まれたグローブ、そして指先からは女王の右手を拘束し、さらに二人分の体重を吊りあげている無数の糸が目に映った。ボウガンからではなく、健太郎の腰にある張力制御装置からクモの縦糸が直接伸びていた。


 徒手空拳の曲弦技。

 ボウガンなしに糸を飛ばす技である。


「お、お前……どうやってこれを……」


「俺はあらかじめ、頭上の立体歩道にクモの縦糸を張っておいた。、すぐに巻き取って上空へと退避できるようにな。フラッシュの後、糸を巻き取って一旦上空へと逃れた」


「チィッ! そのための目くらましか」


「そして立体歩道から脳天がら空きの女王の右腕めがけて糸を絡めた。あとは糸を解して地面へと降り、代わりにお前を吊りあげたってわけだ」


 まさに一分の失敗も許されない神業。

 実戦で培った技術と困難であるほど冴える集中力、暗闇でも外さない百発百中の命中精度そして呪いによる三半規管の超人化がこの離れ業を可能にしたのである。


 一応、名前は付いていた。

「『曲弦駆動技』――張力制御装置とクモの糸によって生み出された立体移動術。本来は相手を拘束する類のモノじゃないけど、こういう使い方もできるってことだ」


「ぐ、は、離せ!  この糸を外せ!」


「おっとっと、まだ騒ぐ余裕はあるのか? あんまり醜くギャーギャー暴れるんじゃねーよ」


 健太郎は左胸を反る。

 まるで弓を引き絞る動作である。胸に付いた留め具、引っかかる重石、それに付いたクモの縦糸――指のダイアルでテンションを引き上げ、押すことで重石を高速発射する。

 曲弦駆動のモーションである。


「うっかり殺しちゃうかもしれないだろ?」


 キュイン、と風を斬る音が響く。

 音とほぼ同時に放たれた重石は、女王の首を皮一枚で通過した。

 さらに後続のクモの縦糸は腕の振りに合わせて歪曲したかと思えば、まるで意志を持つ蛇であるかのように女王の細首へと絡まったのである。


 糸同士で絡み合って、強力な摩擦を産み出す。

 それこそ、女王の首を落とすほどに。


「糸の切れ味とパワーは電気に依存する。電動自転車で中年主婦がアスリート顔負けのパフォーマンスを発揮したりするだろ? あのイメージだ。俺のさじ加減でこの糸はロープであり、刃物になるんだよ」


「……、ちくしょーめ」


「やっと大人しくなりやがったか、なんのために喋れるようにしてやっているか判るな? お前に話してもらわにゃならんことがあるからだ」


「や、やめろ。やめてくれ」


「やめてくれ……? どの面さげて言ってんだよ。お前にも俺にもそんなこと言う資格はどこにもねーんだ! お前は地雷を踏んじまってんだよ!」


「……ッつ?」


「さっきお前は言ったよな? 『キリちゃんに求愛した年下の糞虫』を呪ったせいで鬼になった、と。そいつを呪ったがゆえに蜂鬼となったのだと」


「……それが、なんだって言うの?」


「俺がナキリさんをしつこく追っかけまわしてるのは理由がある」


 思い出を言葉にする。

 そうすることで、現状を再確認した。


「俺の弟はナキリさんに告白した直後に呪われた――つまり犯人はナキリさんの関係者である可能性が極めて高い。てっきり嫉妬した男じゃないかと思ってたけど、まさかこんな形で巡り合えるなんてな」


 話の核心へと入っていく。

 健太郎の動機。

 もっとも強い恨みの根源へ。


「間違いない。犯人はお前だ」


 

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