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悪玉の鬼退治  作者: 菜月真直
 前章 蜂鬼退治。
13/34

13、怪物フェイスマスク。

 ✪★★  怪物フェイスマスク


「元に戻りたくはないですか?」


「……なぁに?」


「人間に戻りたくはありませんか?」


 突然のナキリからの提案。

 なにか強い意志を持った言葉に、女王は動揺した。遠くで地獄耳を立てている俺でさえ、思わず変な声が出てしまうほどに不可解な発言である。

 たぶん、一番驚いているのは女王の方だ。


「ぶはッ! キリちゃんったらなーに言ってんの? いまの話をちゃんと聞いていたのかにゃー? 鬼と人間は別物なんだって……」


「それでも、人間に戻りたくないですか?」


「本気で言ってるのかな……? そこまで行くと笑えないね。鬼が人間に戻るなんて聞いたことがないし、できるわけ……」


「あなたほどの自我があるなら、できるかもしれません」


「そもそもあたしは人間に戻りたいだなんて一度も言ってないだろう? なに勝手に話を進めているのさ? いくらキリちゃんでもこれ以上はちょっと勘弁してほしいかな」


 それでも、ナキリは止まらない。


「私にはわかる。少女を集めるのは、寂しさを紛らわすためなのでしょう? だから年齢の近い女子だけを連れて行ったのでしょう?」


「……それは」


「ならば、あなたが蜂鬼の巣から出ればいい。私でよければが一緒にいて、その寂しさを埋めてあげられますから」


「そんな……都合の良い話」


「あとは、ジョーちゃんの勇気次第です」


 また、女王側に動揺が走る。

 ナキリさんの言葉は嘘や欺瞞はなく、女王の心を揺さぶっていた。


「無理、無理無理無理。蜂鬼としてのあたしがそれを許さないわ。フッと気を抜けば人間に襲いかかりたい衝動に駆られるのよ! いまでもこうやって理性的でいるあたしは偽物で、鬼の本性が眠っているの! だから無理、はい論破!」


「私のオリジナル精油なら、問題解決してくれます」


「どうしてそんなこと言うのッ!? なんでキリちゃんはあたしを誘惑するの? あたしは一時の快楽に負けた人間なんだから!? こうなって当然の鬼なの! なんであたしに優しくすんのよ!」


「ジョーちゃん、私の目を見て」

 瞬間の沈黙。


「私たち、友達だから」


「あ……あたしは、こんなあたしでも、いいの……? 呪い呪われ、人間辞めちゃったあたしに、手を貸してくれるの……かなぁ?」


「はい、ジョーちゃんのためならトコトン付き合いますよ」


「……キリちゃん、ありがとう」


 女王がスッと右手を差し出す。

 利き手で交わす握手は友情の証。取引きでもなんでもない、ただ普通の握手である。感極まった女王が反射的にとった行動なのだろう。


「これからも、ずっとあたしの友達でいて」


「はい、もちろん」


 ナキリさんは女王の手を握る。

 女王の心拍はさっきから高鳴りっぱなしなのだが、初の明確なボディタッチだからだろうか、音が跳ね上がった。二人とも笑顔で、遠くから聞いているだけの身としては非常に気まずい状況にある。


 ――この時、感づくべきだった。

 女王の微笑みの意味に気付くのが遅すぎた。


 彼女の心拍が、一気に平常へと戻ったのである。

 焼けた鉄を冷水に浸したかのような。急激な変化。思わず振り返ったころにはすべてが終わっていた。

 ナキリさんが倒れる姿だった。


 ✪★★


「うっしゃああああああ―――ッつ! うまくいったああああ―――ッ」


「なぁ……んでぇ……」


 ナキリの手に、ジョーの毒爪が食い込む。

 女王に力なく身体を預けるナキリの姿があった。それが神経毒による麻痺なのは、大体予想がつくけれど、刺された今になっては後の祭りである。


 女王はウソを吐いた。

 結果は火を見るよりも明らかであった。

 ナキリさんは、もう――。


「おーっと、動くなよ帽子野郎。キリちゃんはともかく人質どもの命が惜しかったらなぁ!」


「……チッ」


「その様子だと、薄々は感づいてたようだな。あたしが最初からこうするつもりだったってよぉ。でもざーんねん、こっちが一枚上手だったみてえだな、ゲラゲラゲラ」


 ――こいつ、全部判っていたのか?


「右手に付いたボウガンを外しな! それと武器になりそんなもんは全部捨てやがれ!」


「わかった、言う通りにする」


 ボウガンの弦を外す。これでもう再装填するには十秒以上かかるのでもはや武器としては機能しない。ついでに弓の部分を手袋から完全取り外して地面へと投げ捨てることで武器として使えないことを証明した。


 その光景を見て、女王は満足そうであった。


「それでいいの、言うこと聞いてるうちは悪いようにしないから。人質くらいなら連れてってもいいよー、キリちゃんさえいればもう用済みだしね」


「その人を、どうするつもりだ?」


「キリちゃんにはね、新しい女王になってもらう」


 ――新しい女王にする。

 つまり生身の人間を無理やり鬼にする方法があるのか。どういった手法なのかは見当がつかないけれど、少なくとも人間を辞めなければならないのは確かなようだ。


 女王はナキリを抱き締めながら、悦に浸る。


「キリちゃんってすっごく良い香りがするのー、この匂いのおかげで蜂鬼と蟻鬼は腰抜けにされちゃったみたい。あたしが暴力を忘れるほど癒されちゃってるんだー。だからもし仮にキリちゃんが蜂鬼たちの母体になれば、この香りを克服する個体が誕生するかもしれないわけよ」


 ――戦意を奪うオリジナル精油。

 唯一蜂鬼たちへの有効な防御手段を取られてしまった。

 すべて、女王の手のひらの上だ。


「あたしはキリちゃんと一生ここで暮らす」


「ぁあ……ぁなた、は……」


 ナキリさんが、初めて声を上げる。

 呼吸が乱れ、呂律の回っていないのにもう喋れるとは流石と言える。しかし女王から逃げることはおろか自分で立つことさえ難しそうだ。両手はだらん、とぶら下がったままで微弱に痙攣するだけである。


 すると、女王は後頭部へと優しく手を添えた。


「んー、お口をパクパクさせて可愛いわ! もうちょっと静かにしててね」


「――ッんむ」


 瞬間――、ナキリの口が塞がれた。

 少女漫画のイケメン顔負けのディープキスをお見舞いする。一瞬だけ身体が強張ったけれど、すぐにまたぐったりと女王に抱え込まれる形に収まった。


 ――どうやら、毒を直接流し込まれたようだ。

 これでもう、ナキリさんはピクリとも動けないだろう。


「これでやっと、キリちゃんはあたしのもの」


「…………」


 さっきより脱力したナキリを軽々と抱えて言う。


「最初からこうするつもりだったけど、全部が全部ウソってわけじゃない。真実と嘘は八対二の割合がべストなのよー。あたしが吐いたもうひとつのウソ、キリちゃんは忘れてるようだから、あたしが懇切丁寧に説明してあげるねー」


「あたしとキリちゃんは、本当は地上で出会っているのよ」


「片思いだったけどね。あたしはずっとキリちゃんを見てた。まさかこんな形で出会うだなんて予想さえしなかった。全身に電流が走ったね」


「だから嬉しかったなぁ、思わず悲鳴を上げるほど嬉しかった。でもキリちゃんはあたしのことを憶えてなかったのはちょっぴり悲しかったかな。だから思い出してくれると嬉しいなぁ」


「あたしが鬼になった理由にまったくの無関係じゃないから」


 ナキリさんの耳元で囁くように続ける。


「あたしは、キリちゃんのことが好きな女学生だった。いつも一人のあたしに話しかけてくれたし、なにより他人との付き合いが苦手なあたしにキリちゃんは優しくしてくれた」


「いつしかあたしは綺麗なキリちゃんを独占したくなった」


「その感情がついに爆発した。あたしのマドンナだったキリちゃんに良くない虫が付き始めたの。その年下の糞虫はあろうことかキリちゃんに求愛したわ……あたしからキリちゃんを奪おうとしたのよ」


「どうしても許せなかった。自然と恨みは呪いとなって相手の男子へと向かったのよ。あとは……鬼と取引したら、こうなっちゃったわけ」


「罪な女よね。あれだけ優しくしてくれたのに忘れちゃうなんて……」


「覚えてないかもしれない。人間だった時に名前を言っても気付いてくれないかもしれない」


「でも、もういいや。キリちゃんはこうしてあたしの元へと帰ってきてくれたから。あたしだけのキリちゃん、もうどこへも行かないで」


「――もう黙れ」


 思わず思考が声になる。

 聞くに堪えなくなったストレスを吐き出す。

 聞いてられない、こいつの言ってることは、ただ自分の欲求をあたりにブチまけているだけの糞鬼だ。もう人間として終わっている。

 だから、俺が終わらせてやらないといけない。


「お前、もうダメだ。クロ確定だよ」


「誰が発言を許可したよ、いいから静かに……」


 女王は気配を察知する。

 健太郎の凄味にただならぬ決意を感じながら、無意識に身構えるほどの危機感を抱いていた。


「サービス期間は終わったんだよ、お前はここで退治されろ」


 退治。

 絶望の底から湧いてきた言葉であった。


 ✪★★★

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