12、やぶ蛇アイデンティティ
✪★★ やぶ蛇アイデンティティ
健太郎は目を閉じて女王たちに背を向ける。
女王ことジョーとナキリの会話に興味がないように見えるうえに聴覚の精度を目いっぱいにあげる意味がある。だから二人の会話と声色からの表情しか判らない。
おそらく人類初、鬼と人間の友好的関係が始まる。
「ねぇねぇ、キリちゃんはどうしてここへ来たのかしら?」
「私たちは、ジョーちゃんと話し合いに来ました」
「……たち、ねぇ」
不満そうに女王蜂鬼は黙る。
敵意剥き出し(主に俺への)態度も、ナキリさんの言葉に掻き消された。
「防人ギルドではこの蜂鬼の巣を襲撃するプランが立てられています。だから、本隊が動く前に女王であるジョーちゃんと話したかったんです」
「なんとお! あたしのためにわざわざ来てくれたの!? やさしいなぁー」
「……ですからあなたのことを聞いても構いませんか?」
「オッケーオッケー、まかせてよん」
――ナキリさん、女王のテンションに押されてるなぁ。
とにかくこれなら女王からいろいろ聞きだしても怪しまれる心配はない。
取引きなしにここまで友好的に話を進められたのはナキリさんのおかげとも言える。
「ジョーちゃんは何歳くらいなのですか?」
「んん? キリちゃんは目上目下とか気にするタイプなのかしら? あたしは気にしないけれど、聞かれたからにはお答えしましょう!」
ジョーは指を年齢分だけ立てた。
「ズバリ、五さいです」
――乳幼児かよ!
見た目は中坊そのものだが……鬼に地表の常識は通用しないからなぁ。
「まぁ鬼が長生きするのは知ってるみたいだけど、まさかあたしみたいに若いのは初めてかにゃ? キリちゃんと比べて鉄板だけど、発展途上っつーことで大目にみてちょうだい! あひゃひゃひゃひゃ――ッ!」
とにかくやかましい奴だ。
聞き耳を立てるだけなのに、イライラする。
「胸の大きさなんて関係ありませんよ、大事なのは度胸ですから」
「おおッ! キリちゃんが言うと重みが違うねぇ。あたしが言っても説得力がないからさぁ――いやぁ本当に好きになりそうだよ! キリちゃあああん、あたしだあああ結婚してぇくれぇぇぇ――」
「え? ――え?」
ほっとけば、友達の一線を超えそうだな。
「そういえば、集めた子供たちは無事でしょうか?」
「もちろん。他所は知らんけれど、あたしら蜂鬼は人間を取って喰うことはしないからさ」
「なんで女子を集めているのですか?」
「んー、それを聞いちゃうかぁ。でもキリちゃんになら教えてあげてもいいかな? あんまり大きな声では言えないんだけど、特別だぞ!」
ジョーは耳打ちするようにナキリさんへと囁いた。
「あたしって、実はレズなの」
「な、なな――」
――なんとなく知ってたよ。
ナキリさんの動揺。
そして、不自然にナキリさんの呼吸と心拍が乱れる。
「やだあたしったらつい言っちゃった! だって美少女大好きな百合族なんだもーん。あひゃひゃひゃひゃ―――ッ」
「そうですか……私としたことが、早とちりしちゃいましたね」
「早とちり?」
「てっきり……こ、交配するために少女たちを集めているのか、と」
「んんー、実にエロい発想だけど残念だわァ、まァできなくはないけど……そんなことする必要はないのよ。今こうしている間にも鬼は増え続けているんだから、無理に自炊する必要なんてナッシングなわけ」
「……?」
「鬼が生まれる方法を知らないの?」
――こいつ、知っているのか。
鬼出生の秘密。長いこと謎とされていたブラックボックスである。いままで知能指数の高い鬼との接触は何度もあるが、ついに明かされることはなかった事実だ。
ナキリさんは肯定する。
「なんなら教えてあげよっか?」
「いいのですか? そんな大事な話を、取引きなしで」
「あたしら友達じゃん! 友達と取引なんてありえないでしょ?」
「ありがとう」
「……そんなに気持ちのいい話にはならんと思うけどね」
意味ありげに女王は呟く。
――今だけは友情ゴッコに感謝しなきゃな。
しばらくして女王は静かに語りだした。
「鬼ってのは、生物が死んだら生まれるんだよ」
「死んだら、生まれる?」
「自然界には善悪なんてないでしょ? あるのは生きるための本能だけなわけよ。けれど、特に意味もない殺生、殺すための殺しとなるとちょっと話が変わってくるんだわ。理不尽に殺された生命の強い未練や後悔、重い想いが『魂』を『鬼』へと変貌させるのだぁ」
――理不尽な死。
本来なら自然界に存在しないはず、人間による理不尽な生命淘汰が意図せぬ形で鬼を産み出していたのだ。生命を無駄に殺して生きる人間の悲しい性なのだが、彼女はそれで納得する人間じゃない。
――ナキリさんにとって辛い現実だろう。
「鬼が生まれるのは、理不尽な大量殺戮の後が多い。あたしの率いている蜂鬼のほとんどがそうやって殺された奴らだ。人間がいる限り鬼は全滅することはないだろうね」
「あ……あなたも、そうなのですか?」
「んん?」
「あなたも、理不尽に殺された蜂の生まれ変わりなのですか?」
「ノンノンノン、キリちゃんも薄々は気づいてるんでしょ? それで合ってるよ」
――女王の言葉の意味。
ナキリさんの心を読み切っている。必死で否定する可能性を、違ってくれと願う気持ちさえもあざ笑うかのように、女王ははっきりと答えた。
「あたしは元人間の鬼。人から生まれた『人鬼』だから」
――やはりな。
これだけの知能を持つ鬼なのだから、元々の知能が高いことは至極当然の考え。ナキリさんもやはり想像していたらしく、顔色は落胆の色に染まる。
女王は、諭すように語る。
「これは内緒なんだけど。あたしは呪いをかけた側の人間なんだよ。ちょっと事情があって、鬼と取引きして相手に呪いをかけてもらったんだ。そしたら今度はあたしが呪われちゃった。呪い返しってやつを受けたわけよ」
「……」
「人を呪わば穴二つ。あたしはキッチリ鬼に呪い殺された。まぁ仕方ないわよね。そういう決まりなんだもん。そこまではいいんだけど、びっくりドッキリ大誤算があったわけだ」
「誤算、ですか」
「なんと、あたしが鬼になっちゃってたんだわ!」
――人が鬼に生まれ変わる。
呪われる、ということはそれだけ理不尽なことなんだ。
「世界軸で目が覚めた。そっからは命を懸けたサバイバルの始まりだったわ。食い物も着る服も住む家もぜぇーんぶあたしが自前で揃えた。鬼としての能力で蜂鬼を手玉にとって、こうして一国一城の主にまでのし上がっていったのである」
「……」
ナキリさんは言葉を詰まらせる。
無理もない。初めて知るには重すぎる内容だ。特に人から生まれた『人鬼』の存在はナキリさんから鬼退治そのものを辞退させかねない危うさを秘めている。
しばらく項垂れたまま動かなかった。
「では……呪いを受けた人間と言うのは……」
「いつ鬼になってもおかしくない。人間と鬼の間をふわふわ浮いた状態なんだよ。呪い返しを受ければ、今すぐにでも鬼へと変貌するから気を付けて。特に帽子をかぶった奴なんかにね」
――余計なお世話である。
「ジョーちゃんが人間だった時の記憶は……持っているのですか?」
「それが良く覚えてないんだぁ。どうやって死んだかは覚えているのにね」
「……、そうですか」
「キリちゃんはどう? 世界軸に飛ばされる前の記憶って持ってる?」
「はい、一応」
「……ふぅん、そうなんだぁ」
すこしだけ悪い雰囲気が続く。
ナキリさんは言葉を選ぶようにしてゆっくりと話し始めた。
「ならば、呪いとは鬼を増やすためにあるのですか?」
「ピンポーン! 正解、大正解! 知能指数の高い鬼が作った『鬼大量製造機』こそが不治の病こと呪いの役割であり、一度かかると元には戻らないんだよ。治らないからこその不治の病だからね」
「……」
――呪いのメカニズム。
誰かを呪えばネズミ算式に憎しみが伝染する。そして効率よく鬼を産み出せるシステムである。鬼どもが取引きする理由も判ろうものだ。
放っておけば、いずれ人間は全滅するだろう。
鬼と人間は、結局は違う生き物なのだ。
決定的で絶対的な差を見せつけられた。
――しばらくふたりの沈黙が続く。
静寂を破ったのはナキリさんである。
次に放った一言は、発言者以外には理解不可能なものであった。
「元に戻りたくないですか……?」
その場にいた全員が、耳を疑った。
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