11、女王エンカウンター
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「もうすぐ巣の最奥に着きます」
蜂鬼の巣攻略にも終わりが見えてきた。
血管のように枝分かれした立体歩道。
上下移動を繰り返す道のりから最奥へと続く道を選ぶのは並大抵のことではない。本来ならばスキャンをかけて見取り図を入手することが攻略法なのであるが、二人の場合は違う。
健太郎は聴覚を以って深さを把握する。
二人分の足音は反響音を耳で拾うのに都合がよかった。
そしてナキリの嗅覚はフェロモンを追う。
女王蜂鬼の放つ道しるべフェロモンを目印にすれば、正解に近い道のりを取捨選択してゆくことができる。蜂鬼攻略においてこれほど適任者はいないだろう。
時間にして十分もいらなかった。
立体歩道は終わり、ついに地面へと足が着く。
「流石に暗いですね。明かりがないのは厳しいかも……」
「もうすぐ目が慣れてきますからしばらく待ちましょう」
山のように盛り上がった地形。
上から来たはずなのに、なぜか山の頂上を確認することはできなかったのは、計算されて立体歩道を作られたのだろう。
均等な丸みを帯びた山。
その頂上を見て、二人は愕然とする。
「まさか……もうすでに入室している?」
「ここが女王の間……ですか」
巣の中央にあるものを見て、目を疑った。
――清潔に整えられたベッドがある。
キングサイズのそれは煌びやかな装飾とフカフカのマットレス、新品同様のシーツ、どれもが銀座の最高級ホテル顔負けの逸品である。ゴツゴツした蜂鬼の巣とは調和しておらず、そこだけ世界が違うようだった。
そして床は真っ赤な絨毯。
――まるで血だまりであるかと勘違いしてしまいそうなほど赤く、足の裏にべっとりと血糊が張り付くような感触である。
ベッドの周りの雰囲気をガラリと変えてしまうほど強烈な色と意外性を持っていた。
「――ついに見つけたぞ」
そして健太郎は声を殺す。
ターゲットを確認したのである。
――女王蜂鬼。
黄と黒の縞模様をした学生服。フリフリのスカート。
見た目は十台の少女に見える。まだ幼さの残ったベイビーフェイスだ。
そして、鬼の象徴である二本の『角』。
彼女の額、正確には前髪の生え際あたりから露出している二本の角は長く、先端は丸くなっている。カチューシャに見えなくもないけれど、健太郎はいままで百鬼を殺した経験から直感した。
……こいつが、女王蜂鬼か。
見た目は女王って言うよりは王女って感じだ。
距離にして十メートル弱。ターゲットに動く気配はない。
そして、健太郎は女王が不動の理由を知ることになる。
(……! 女王蜂鬼のやつ、眠ってやがる!)
すやすやと就寝中だった。
もう深夜零時を回って、丑三つ時。素行の悪い子供でも寝付く時間である。蜂鬼が昼行性であることは大門の仮説であったけれど、これで証明された。
……千載一遇のチャンスだ。
いま、女王は眠っている。このまま女王を曲弦技で拘束すれば、あとはどうにでもなる。捕虜の確保や蜂鬼の掃討、うまくいけば――女王の捕獲さえ可能になる。
しかし――、どうして気付かなかったのだろう。
今回の鬼退治は、ひとりじゃなかった。
ナキリさんがいることを、忘れていた。
「こんばんはー、あなたが女王蜂鬼ですかー?」
(……!?!?)
「あなたと話し合いに来ました、すみませんが起きてくださーい」
――思考が、凍結する。
わざわざ敵を起こそうだなんて、信じられなかった。
慌ててナキリさんの口を塞ごうとしたけれど、意味はなくなった。
ベッドの上で、伸びをする女王が目に入ったのだから。
「んん~? どこかで話し声がする―――ってうひゃあああああああ、なになになに、どうして!? どうなってんのこれぇ!?」
女王はベッドの上で飛び跳ねる。
――完全に後手に回った。
寝ているところを拘束した方が簡単に話が進んだだろうに、ナキリさんはそうしなかった。このままでは戦闘は避けられないのは明白だ。話しがややこしくなる。
しかし、健太郎の思惑が外れた。
「――すっげえじゃん! 蜂鬼たちのトラップを掻い潜ってくるなんてさ。ねえねえ聞いてもいい? どうやってここまで来たの?」
「歩いてきました」
「あひゃひゃひゃ、マジで移動方法答えられちゃったよ! そういう意味じゃねーのにッ、うける! この子面白過ぎぃ! なんかツボって蒸せてきたッ」
女王蜂鬼は息を詰まらせる。
ベッドの上で転がり回る有り様はまるで人間のようである。言葉をしゃべる鬼である時点でかなりの知能指数を持っているようが、所詮は人間の子ども程度みたいである。
「いやぁ、正直ここまで来られた人間なんていなかったんだわ、つーか皆無。だからあたしは実は嬉しかったの。独りって気楽だけど寂しいもんね。ちゃんと言語になってるこれ?」
「はい、ちゃんと聞こえます」
「うれしいわ~。こうして普通にリアクションしてくれるだけで楽しいわ~。もっといろいろおしゃべりしましょ! 友達になってほしいな~」
「もちろんです。えっと……女王蜂鬼さん」
「ノンノン、あたしの名前はそんな野暮ったいモンじゃないのよ!」
女王蜂鬼は、ベッドから飛び降りる。
同じ目線、ナキリさんより少し大きな身長の女王蜂鬼は、無警戒のままナキリさんの元へと駆け寄ってきた。
「あたしが蜂鬼を統べる長、『女王蜂鬼のジョー』 憶えといてね~」
「私はナキリ。防人ギルドで救護隊長を任されている者です」
「んじゃあ、キリちゃんって呼ぶね。あたしのことはジョーちゃん、って呼んでくれると嬉しいな~。お願いできるかしら?」
「ジョーちゃん」
「サイコ~! キリちゃんと握手握手」
ナキリさんと女王が握手する。
ジョーが近づいてきた分だけ、健太郎は後退した。
なにを飛ばされても即座に回避できる間合いをキープする。敵地においては絶対条件であり、ましてや目標と握手を交わすなどありえない行いだ。
――まるで本物の友達みたいだ。
それこそ、俺とナキリさん以上にそれっぽい。
「……さっきから何ガン見してんだよ? そこの帽子野郎」
気が付けば、女王蜂鬼はこちらを睨んでいる。
まるで仇をみるような目、決して良い感情を持っていない瞳だ。
「あたしが近づいた途端、逃げたよね? 気分悪いわぁ、あんたさぁ、キリちゃんの何なの?」
「別に……ただの友達だよ」
「ほんとかぁ? キリちゃんに手ぇ出してんじゃねぇだろうなぁ!?」
なんなんだこの鬼。
なぜここまでムキになってくるのか。
「彼とはただの仕事仲間です。そこは信用してください」
「キリちゃんが言うなら、信じる!」
あっさりと信じやがった。
それにしても、ナキリさんに断言されてしまうとテンションが下がってしまう。それも友達ではなく仕事仲間なのだから、不特定多数の人間と同じ扱いになっているのも萎える原因だった。
「あ、そうだ。健太郎くんはこれを預かってください」
そういうと、ナキリさんはリュックをこちらへと投げて寄越した。
荷物の中身は護身用の武器一式と現場の記録用器具である。
ボウガンの矢とクモの縦糸、古びた手帳、インスタントカメラ、そして化粧セットが詰められていた。
つまり、ナキリさんはただいま丸腰である。
「話し合いには物騒な代物です。健太郎君はそこで待っててください」
「……ナキリさん、本当に馬鹿ですね」
「馬鹿正直ですから」
ではよろしく、とナキリ微笑んだ。
明らかに自虐の込められた言葉を残して、ナキリさんは女王とともにベッドの方へと登って行った。ふたりはノリノリでおしゃべりをする雰囲気である。
俺は、いつでも離脱できるように山の中腹で待機する。
女王蜂鬼のジョーとの交渉がついに始まった。




