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ブラウンストーン  作者: tate
2: キー・マイルスト-ン
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-1-

 プラントを騒がせた猟奇殺人事件から、早くも一ヶ月が経った。連続殺人犯にさらわれたエルフィンは、無事保護されてから一週間ほどはショックが抜けきらず、床に臥せったままだった。

 それでも二週間が過ぎるころになると、ぽつぽつと表にも姿を現すようになり、今ではニューズグッドイヤーの庭でチサトとアフタヌーンティーを嗜むほどになった。

「エルフィンさんは強い人ですねぇ」

 とは、ワタリが感心して洩らした呟きなのだが、エルフィンが思ったよりも早く日常生活を取り戻したのは、きっと足しげくチサトとワタリが彼女を見舞ったからだと、チサトは考えている。無論、誰にもそんなことは言わなかったが。

 事件の方は、チサトが殺人犯に誘き出された事もワタリが射殺した事もうやむやにしたまま、普段どおりワタリがエルフィンを探しに出たところ、死体と捕らえられたエルフィンを偶然北の遺跡で発見できた、ということにした。

 ローウェル氏はエルフィンが無事だった事で、事件の真相を追いかけるどころではなかったし、ワタリによる始終の説明以外の手がかりがない以上は、自警団もそれ以上の追及は出来なかった。犯人は死亡した、だから事件は解決した、それでいいではないか、ということだ。

 その後一ヶ月、新たな被害者は出ていない。

 そして、チサトは男が語った事も、ワタリの行為も、結局追及しなかった。



 居間の時計が三回、ぽーん、ぽーん、ぽーんと鳴った。

 十五時だ。このぐらいの時間になると、郵便が届く。そして、ニューズグッドイヤーではお茶の時間になる。アフタヌーンティーという程豪華なものではないが、毎日凝りもせずワタリがせっせとお菓子を作っては出す。どこからレシピを仕入れているのか、チサトは知らないが、毎日変わったお菓子が登場するのだから、ワタリもよくやっているものである。郵便配達員もそのことを知ってからは、ニューズグッドイヤーを配達順路の最後に回し、一緒にお茶を頂くのが日常になっている。

 ちなみに、このご時勢三時のアフタヌーンティーなどというものを楽しんでいるのは、ニューズグッドイヤーのリビングぐらいなものだ。大概の家庭では、午前中、遅くとも十二時頃にお菓子を食べている。

 今日はミントティーと、ベリーを混ぜ込んだホイップクリームを添えたプレーンシフォンケーキだった。

 郵便配達員が帰ってから、チサトは配達された郵便物の封を切る。普段はダイレクトメールの類も沢山届くのだが、この日に限っては行儀の良い白い封筒が一通届いただけだった。

 封筒を裏返して、差出人の名前を見る。多少癖のある文字が、『レジナルド=バーン』という名前を綴っていた。チサトははっとした顔になり、急いで封を切る。中には几帳面に折りたたまれた便箋が二枚と、写真が一枚入っていた。

 好奇心に引かれて、チサトの手元を覗き込んでいたジノは、写真に目をやると、「あれ?」と首を傾げた。

「この写真って、この前の事件の犯人じゃん。どしたの?」

「うん? あの事件に興味を持った教授がね、資料を送ってくれって依頼してきたからレポートのコピーと写真を送ったの。写真も別に返却不要って書いておいたんだけどね、律儀な人ね」

 手紙を読みながらチサトは答える。そして手紙の最後まで目を通したところで、彼女はそれを凝視したまま、「うーん」と唸った。

「難しい顔をして、どうかしたんですか?」

 お茶の片付けを終えたワタリが、エプロンで手を拭きながらキッチンから戻ってきた。眉根を寄せるチサトの顔を見て、はて、と首を傾げた。

「もしかして、シフォンケーキが苦かったとか」

「それなら食べた時に言うわよ」

 相変わらず手紙を睨め付けたまま、チサトが突っ込みを入れた。

「そ、そうですよね……ところで、今日の夕飯はどうします? 特になければ」

「カレーがいいな! カレーカむぐっ」

 カレーは昨日作りました、とワタリはジノの口を塞いだ。

「ナスとトマトが収穫時なので、ラタトゥイユでも作ろうと思っていますけど……って、チサトさーん。聞いてますかー?」

「ワタリ君!」

 突然チサトが立ち上がった。

「は、はい!?」

 反射的に返事をしたワタリに向かって、彼女はこう言った。

「出掛けくる」

「えっと、どちらへ?」

「プラントアーシへ」

「――はい?」


 窓から覗く空は夜の帳にすっかり覆われ、まばらに立つ街頭がぼんやりと夜の街を照らし出している。

 ニューズグッドイヤーのダイニングテーブルの上には、ざく切りのナスがやたらと目立つラタトゥイユが各人の前に並び、中央にはスライスされたフランスパンの入ったバスケットと残りのラタトゥイユの入った鍋が置かれている。そのテーブルを囲むのは、チサト、ワタリ、ジノの三人。

 数刻前、突然出掛けると言い出したチサトを、二人は何とかなだめて今に至っていた。

 だが、夕食に手をつけているのはジノ一人。ワタリはスプーンにナスを乗せたり皿の中身をかき混ぜたり、それらを口に運ぶでもなく握っているし、チサトに至っては両手を膝の上に置いたまま、テーブルを睨め付けている。

 ワタリはチサトが口を開くのを待っていた。しかしこのままでは何時間でも黙っていそうなので、彼の方から切り出した。

「チサトさん。プラントアーシに何しに行くのかまでは聞きませんけど、ちょっと出掛けてくるという距離ではないですよ。プラント間を移動するのだから、それなりに準備をしてですね――」

「先日の連続殺人事件、覚えてる?」

 チサトがワタリの言葉を遮った。

「いくら僕でも、そんな最近のことを忘れたりはしないですよ」

「あの犯人について、新聞でちらっと触れたじゃない。それに興味を持った大学の教授から問い合わせがあったという話はしたわよね」

「あの手紙って、その教授さんからの返事だったんだー」

 ジノの横槍に、そうよ、とチサトが答えた。ジノの皿が空になっているのに気付いたワタリが、ラタトゥイユをよそう。

「その教授から返事が着てね、面白い話があるから興味があればどうぞって」

 そこまで喋ると、チサトはスプーンを口に運び始めた。彼女の話はこれでおしまいのようだ。

 皿の中身をぐるぐるとかき混ぜていたワタリの手が止まる。

「そういう事情なんですね。だったら、僕にはチサトさんを止める権限はないですから、行って来るといいですよ。でもプラント間の横断は安全とは言いがたいので、ちゃんと計画を立ててからにしてくださいね」

 ワタリが釘を刺したのは、プラント外部の安全は保障されていないからだ。

 規制が敷かれているわけでもなく、プラント外部には人体を侵す危険物質で満ちているわけでもない。もちろん、プラント間の物流はあるし、一般人が地表を通ってプラント間を横断することは出来る。地表を渡らずとも、地下を貫くプラント間を横断する交通手段もないことはない。

 いずれにしても絶対に安全ではなく、それが故に一つのプラントから一生を過ごす人間も多い。

 口ではそれほど心配している素振りは見せないようにしながらも、チサトを一人で他のプラントに行かせることには承服しがたいというのが、ワタリの内心だ。彼女の職業を考えると、行くなとは言えない。では自分が同行する? 理由がない。プラント外部に出ることが危険だからという理由で同行するのは、不自然な気がする。


 一方のチサトは、釘を刺すワタリの言葉などに耳を傾けてはいなかった。

 何となく解ってはいたことだが、このままでは一人でいってらっしゃい、ということになりかねない。せっかくの遠出なのに、それはあまりに味気ないではないか。


 二人が口を開かない中、ジノはおたまを使って鍋から直接ラタトゥイユを食べていた。双方が考えていることは、何となくわかる。どちらが言い出しても、結局同じ結論になるのだろうなー、僕はどうしようかなー、などと考えながら、とりあえず野菜を口に放り込む。

 沈黙を破ったのは、チサトの方だった。

「ワタリ君、一緒に行こう」

「……一緒に、ですか?」

 ワタリが間抜けな声を上げた。ジノはやっぱりねー、と納得顔を作る。

「そうよ。それとも何? 私と一緒に行くのは嫌だって言うの」

 チサトが機嫌を損ねた声で返した。

「そ、そんなことはないですが……ジノも一緒にですか?」

 ワタリの言葉で、チサトの眉がさらに釣り上がる。だがそれも一瞬、直にチサトは笑顔を作ると、ジノの頭に手を置いた。

「ジノはお留守番よ。テートさんとこのお世話になればいいわ。ね、ジノ」

 ジノがいい悪いを言う前に、チサトの手に力が篭もり、ジノの頭がかくんと縦に落ちた。

「ね、ジノもこう言っていることだし。明日出発できるように、今から準備するわよ。おー!」

 一人でどんどん話を進め、チサトは自室に戻っていった。

 少々呆気に取られた表情のワタリが、ジノに目をやった。

「留守番でいいのか?」

「全然、僕は構わないよ。最初からそうしてもらうつもりだったしねー。たまには二人で旅行なんてのも、いいんじゃない?」

 小さく肩を竦めてから二カッと笑ったジノを、ワタリは不思議そうに見つめ、食器をキッチンへと運んでいった。その背中をジノは呆れ混じりの色を含めた目で見遣る。

「……何で気が付かないんだろう。ひょっとして馬鹿?」


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