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ブラウンストーン  作者: tate
1: ファイナル・ストロー
6/28

-6-

 箱を小脇に挟み、自警団の詰め所に顔を出す。エルフィンが行方不明になってから数日は、昼夜問わず人が詰めていたここも今ではすっかり閑古鳥が鳴いている。

 ワタリが顔を出した時は、テート警官とリックが二人で地図を眺めているところだった。

「よう、ワタリ。お前、今日も手伝いに来たのか?」

「今晩和、リック。手伝いというわけではないのですが、ちょっと気になるものが届きまして」

 そう言って抱えていた箱を、地図の脇に置いた。

「それが何か?」

「中を見てみれば解ると思います」

 後は任せましたとばかりに一歩下がる。怪訝な面持ちで顔を見合わせた後、箱に取り付いた二人の様子を眺める。

「うわ……何だこりゃ」

 中に納まっていた金色の一房をつまみ上げ、リックが振り返った。

「何って、見ての通りですが」

 箱の中を暫く睨みつけていたリックは意を決したのか、手を伸ばしかけたテート警官を制すると、右手を持ち込まれた箱の中に突っ込んだ。

 怪訝な色を帯びていた表情がやがてぞっとしない物に変わり、血の気がさあっと引いた。出かかった悲鳴を飲み込むかのごとく唇を横にきゅっと結び、リックは一気に箱の中身を持ち上げた。

 二人にとっては衝撃的な、そしてワタリは先程も拝んだ、金髪が纏わり付いた女性の顔が現れた。

「な、なっ……人の頭!? ぎゃー!」

 己が釣り上げた物を認識するや否や、リックはそれを空に投げ出した。床の上に落下する前に、すかさずワタリがそれをキャッチする。その間もリックは掴んでいた右手を何度も振り、手に何も付いていない事を確認していた。

「わ、ワタリ、お前よく平気でそんなモン掴めるな……」

「流石に人の頭部ではないですね、これは。それに本当に人の首だったら、冷静に箱を届け来るどころじゃないですから。テートさんも見てください」

 後頭部に手を沿え、絡みついた金髪を纏め上げる。その下から現れた面はやたら白く、それぞれのパーツは表面を刻んで作られたもの、つまりはマネキンだ。ただ、髪の生え際は黒ずみ、白い顔面には擦った血の跡がいくつも残っている。

「中味はただのマネキンですね。ただ……」

「ただ?」

「髪の生え際を見てください」

 マネキンの額を指差した。

「この辺黒くなっていますけど、血が固まった跡みたいです」

「……どういうことだ? ワタリ、ちょっとそれ見せてみろ」

 マネキンの頭をリックに託し、ワタリはそれに入っていた箱に視線を向けた。何てことのない、使い古された箱だ。これ自身には血痕は残っていない。最も、ヒトの視覚では認識できないだけで、しかるべき検査を行えば異なる結果が出てくるのだろうが。

「なあワタリ、例の連続殺人の手口、覚えているか?」

「ええ。女性を攫って殺害した後、頭部の皮膚をはがして近縁者に送りつけるという例の――」

 リックと目が合った。テート警官の視線も感じる。

 ごくり、とリックの喉仏が大きく上下に動いた。

「……似てる、よな。というか、そのまんまだよな」

「まぁ……そうなのですが」

 ワタリは口を噤んだ。

 今のチサトに近縁者はいない。恋人がいるという話も聞かないし、彼女が既婚だったりするわけでもない。近縁者に見えなくもないワタリとジノはただの同居人である上に、彼らは健在である。だから『近縁者に送りつける』という一点において、この荷は例の手口に被らない。

 この手の犯人は、こうした連続性にはこだわるものだと思っていたのだが、違うのだろうか。自分が知らないだけで金髪の近縁者がいるのだろうか。それとも――

 はっきりとした結論がないので、敢えて明言は避ける。

「チサトに近しい人で金髪なんて言ったらさ――」

 呻き声を上げてリックが髪を掻き毟っている。彼もチサトと同じことを考えているのだ、間違いない。

「リックまでチサトさんと同じ事考えないでくださいって。エルフィンさんの髪はもう少しブラウンに近い色をしていたはずです。だから、この髪は少なくともエルフィンさんの物ではない……と僕は思いますが、二人ともどう思います?」

「どうかのう……」

「昼間になってみないとわからねえけど、確かにちょっと違う気もする……かな?」

 マネキンを目の前に首を捻る二人から離れ、ワタリは箱を取り上げた。

 彼の関心はこれがチサトの元に送りつけられたという一点だけなのだが、その意図を掴みあぐねていた。

 まず一点、連続殺人犯は二人だけではなかったことが解った。三人目なのか四人目なのかは解らないが、尋常ならざる手口を踏襲している点を鑑みれば、同胞だったと考えるのが自然だ。

 そして彼らの狙いはチサト自身だったはずだ。例のプレートがそれを如実に物語っている。連続殺人は、ターゲットを違和感なく手中に収めるためのフェイクなのだろう。

 だが、このタイミングで何故この荷を彼女の元に届けたのか。

 彼らが目的を達成するために動き出したと考えるのが自然だが、それにしては脈絡がなさ過ぎる。この荷物に彼らの目的を達成しうる何かがあるのだろうが、それがわからない。マネキンには何もなかった。でなければ、こちらの箱に何かがあるのだろうが――

 ふと、蓋の裏側に粘着性のテープが貼ってあることに気が付いた。表面に犯人を特定するに至る印がないことを確認して、指先で撫でてみる。粘着力はまだ強く、押し付けた指に糊が付いてこないところを見ると、かなり新しいものであることが解った。

 何かが貼り付けてあった?

 それが残っていないということは、最初に封を開けたチサトがそれを取り去った?

 ――拙い、どうしてこれに気が付かなかった!

 小さく舌打ちをすると、未だマネキンをいじくり倒しているリックの背中に声を掛けた。

「リック、それ、置いていくので後のことを頼んでいいですか? チサトさんとジノが心配だから一度戻ろうと思います、こんな物が届いた矢先ですし」

「おう! コイツの事はオレに任せとけ」

「頼みます」

 挨拶もそこそこに詰所を飛び出すと、ワタリは光のない夜道を全力で駆け出した。

 くそ、どうしてこういう時に限って足がないんだ。

 今更己の迂闊さを詰る。

 静謐な夜の街に、彼の足音だけが響いた。


 暗い夜道を一台の自転車が僅かな灯りを頼りにしながら、ヨロヨロと走っていた。

 ペダルを一生懸命こいでいるのは、チサトだ。プラントエルフィンの最北に位置する、朽ち掛けた建造物へ向かうところだった。

 何でこんなに坂が多いのかしら……

 内心ぐちぐち不平を零しながら、箱に貼り付けられていたカードを思い起こす。

『北の遺跡に一人で来い』

 簡潔にそれだけが記された小さなカードは、チサトの胸ポケットに入っている。特ダネの気配を嗅ぎ取り、勢いだけで飛び出してきてしまったが、遺跡に近づくにつれて不安の焔がちろちろと胸を焦がし始めていた。

 やはりワタリに同行してもらうべきだっただろうか。いや、彼ならばチサトは家に残し、一人で状況を確かめに行ってしまうだろう。記者としてこんなネタを逃す手はない。自らを叱咤しながら、ペダルを押し込む足に力を込める。

 そして、指定された場所にやって来た。路肩で自転車を止め、サドルに尻を乗せたまま辺りを見回す。だが、人っ子一人見当たらない。……北の遺跡内部まで来い、ということなのだろうか。

 チサトはショルダーバッグを肩に掛け、懐中電灯のスイッチを入れた。

 ざわりざわりと、時折風が立てる森の囁きに心臓が止まる思いをしながら、薄暗い木々の間隙をそろそろと歩いていく。懐中電灯が照らし出すのは、ほんの数メートル先の、ごくごく限られた円形の部分のみ。

 このまま、誰にも出会えなかったら、何も出なかったら、何食わぬ顔をして帰ろう。

 チサトの中の弱気が首をもたげてきた頃、ライトが人影を映し出した。足を止め、無遠慮にその人影に向かって光を向ける。

「本当に一人で来るとはな、驚いたよ」

 人影が言葉を発した。訛は酷いが、チサトも理解できるエスペラントだ。

「貴方が私にメッセージを送ってよこした人かしら」

「そうだとも」

 中肉中背、これといった特徴のない男性だ。身に纏っているのもこざっぱりとしており、特筆すべきところは特にない。その両手はチサトからも見える位置にあり、何かを隠し持っている様子もない。


 ふと、火の気のない小屋の中でエルフィンは目を覚ました。手は後ろ手に縛られ、口には布が押し込まれている。項に当たる空気が、思っていたよりも冷たい。彼女の豊かなブラウンの髪は、ばっさりと切り落とされていた。

「うう……」

 身をよじって体勢を変える。右肩ばかりが硬いコンクリートの床に押し当てられて、腕は痺れきってしまっていた。痛みに耐えながら、エルフィンは再び目を閉じる。

 不意に、遠くから人の声が聞こえてきた。何を喋っているのかどころか、声自体が途切れ途切れにしか聞こえないが、女性の声だ。

 こんな時間に、こんな場所に何をしに来たのだろうか。

 部屋の中を見回すが、彼女をさらった男は居ない。……男の仲間が来た? 私を殺しに?

 恐ろしい未来を想像し、エルフィンは絶望する。誰も彼女を助けには来ない。


 乱暴にドアが開けられる音と共に、ワタリが息急きった様子で飛び込んできた。

「チサトさんは!?」

「チサト? えっとぉ……」

 もにょもにょとジノは言葉を濁した。ワタリには喋らないから、とチサトの口を割らせたのだ。だったら、やはり彼にはチサトの向かった先を喋ってはいけない。

 ワタリは自室に戻りながらも、珍しくジノに対して声を荒げた。

「知っているのなら言うんだ、ジノ! あの箱はやはり連中が撒いた餌だ。チサトさんを誘き寄せるためのメッセージが、あの箱にはあったはずだ。一刻を争う自体だと思っていい」

 単車の鍵を手にダイニングに戻ってきたワタリは、普段は持ち歩かないレミントンもベルトに挿している。ワタリが命を預けてきた相棒であるリボルバーを見て、ジノにもどういう事態になっているのかが解った。顔が一気に青くなる。

「チサト、北の廃墟に行くって言ってた! どうしよう、僕が止めなかったから……」

「ジノが色々言ったところで、チサトさんが聞くわけがないだろう。追うぞ」

 間も無く、ニューズグッドイヤーのガレージから、二人を乗せた単車が物凄い勢いで飛び出していった。


「わざわざあんな手間隙掛けて私を呼んだってことは、何かよろしくないネタでも提供してくれるってことかしら」

 自分を呼び出した男性が、思っていたよりも凡庸だったことにチサトの恐怖心が増す。見るからにネジが外れていそうな相手も恐ろしいが、普通が一番怖い。

「ネタ……ネタかぁ。俺からのプレゼントが誰のものかはわかったかい? 君もよく知る女の子の髪なんだけどね」

「よく知る……? まさか、エルフィンの髪なの!?」

「へー、エルフィンっていうのか。そう、彼女のものだ。彼女、可愛いよね。俺のことを怖がらずに、普通に会話をしてくれる。俺が孤独だから同情してくれているのかもしれない。お嬢様だから世間とずれているのかもしれない」

「……殺したの?」

 声が震えそうになる。度胸だけは座っているつもりだが、親友の死は怖い。

 男が小さく、そして自嘲気味に笑う。

「いいじゃないか、君は俺の仲間を殺した。だったら、俺が報復に君の親友を殺したって、罰は当たらない。目には目を、だ」

「私が殺した? 何を言って……」

「俺の仲間は二人いたんだがね、俺がちょいと席を外している間に赤子の手を捻るように殺したのは、君だろう。覚えがなければ、君の保護者に聞けばいい。――最も、君の保護者に言わせれば、俺達の方が君の命を狙う不埒者なのだろうがね」

 保護者? 殺した? 誰のこと? 誰を殺したの?

 それに、何故自分が命を狙われなければならないのだろう。全く意味がわからない。


 鬱蒼とした森が闇に溶け出すあたりで、ワタリは単車を止めた。荷台の上に立ち上がったジノが、ワタリの肩越しに一点を指差す。

「あれ、自転車だよ」

「チサトさんの物のようだ……急ごう」

 ジノがワタリの両肩に足を掛け、頭にしがみついた。勝手に肩に乗ってきた少年を気にする様子もなく、ワタリは単車から降りる。

「何か聞こえたり見えたりしたら、教えてくれ」

「リョーカイ!」

 ジノを肩車し、ワタリは闇に沈む木々の中へ歩き出す。

「あれ、飛ばないの?」

「目立つだろう、敵を逃す」

「そっか」

 極力物音を立てないよう、ワタリは森の中を歩いていく。一ヶ月前に訪れたときと同じルートを辿る。森の内部は多少深緑が深くなったようにも思うが、あの時から足元の状態はそれほど変わっていない。

「ヒトが歩いた跡は見えないよ、チサトはきっとここは歩いていないね」

「そうか……」

 視線を足元に落とす、今日は特に月が輝いているわけではない。人並みの夜目しか持たないワタリには、そこまでは詳しく周囲は見えない。何故ジノはここまで五感が発達しているのかは、疑問を抱いたことはある。ただのドールに過ぎないのに……いや、ドールだからこそ五感が強化されているのかもしれないが、それにしても便利な存在だ。だがそれは、それ以上でもそれ以下でもない。

 黙々と歩を進めるワタリは、やがて数日前にヒトの死骸を見つけた木々の間隙に辿り着いた。エルフィンを探しに来たときは、このあたりにヒトの気配はなかった。今もヒトの気配は感じない。ヤツはこの辺りには潜んでは……

「あれ? ヒトの声がする」

 そう囁いたジノが、くいくいとワタリの髪を引っ張った。

 そして、あっちの方から、と一点を指差した。


「一人はチサトの声、もう一人は……わかんないや、男のヒトの声みたい」

 ワタリの頭にしがみつきながら、ジノが言う。油断すると舌を噛んでしまいそうだ。

 彼は闇の中を走っていた。普通の人間の感覚しか持たないのに、足を取られることなく、開いた空間を縫いながらジノの指差す方角へ、最短距離を駆け抜けていく。

 不意に、ワタリがぴたりと足を止めた。ジノの体が慣性で前方へ跳んでいきそうになる。

「……捕らえた。もう少し接近する」

 ジノはワタリの頭にピッタリと身を寄せ、息を潜めた。気配を消すという感覚はよくわからないが、極力闇の中に体が溶けていく様に、何も考えないようにする。

 再びヒトの声が聞こえてきた。目を凝らすと、木の幹が作り出す僅かな間隙に対峙する男女の姿が写っている。一人はチサト、もう一人は知らない男性。

「俺は君の首が欲しいだけだ。よくもまあ二十三年も生き延びたものだ。君は、君の保護者に感謝すべきだ。でも、それも今日で終わりだ」

 男が言葉を吐いた。

 チサトが殺されちゃうよ! そう叫びたい。叫ぶことが出来ない代わりに、ワタリの頭にぎゅっとしがみつく。

 きちり、とシリンダーが回転音を立てた。ワタリがリボルバーの銃身を一点に向ける。その照準は、ジノの目には見えている男に向けられている。いつの間にかワタリがイヤーマフをつけているのを見て、慌てて自分の指で耳の穴を塞ぐ。

 人差し指がトリガーを引いた。

 ぱんという破裂音が辺りに響くのと共に、ジノの体が少し浮いた。続け様にもう一度、発射音。ワタリがトリガーを引いたまま撃鉄を起こした。

 イヤーマフを外しながら、ワタリが走る。彼のレミントンは、既にベルトに挟まれていた。

「何で二回も撃ったの!」

 ジノが怒鳴る。周りの空気が膨張したかのごとく、音がぼんやりとしか聞こえない。

「怒鳴るな。確実性を増すためだ」

 下草を掻き分けた先には、驚きのあまり目を見開いたまま倒れた男を凝視するチサトが立ち尽くしていた。

「チサトぉ!」

 ジノはワタリの肩から降りると、チサトの足にしがみついた。

 その衝撃で我に返ったのか、硬直していたチサトの手が優しくジノの頭を撫でる。撫でつつも、彼女の視線は相変わらず男に向いたまま。

 ワタリが倒れた男性を覗き込む。右のこめかみ付近に穴が二つ空いており、その反対側、地面に接した部分には血塗れになっていた。無言のままシルバーの鎖が覗く首元に指を差込、頚動脈の辺りに当てた。

「……し、死んでいるの?」

「はい、死亡しています」

 ワタリはチサトの方を見ない。その横顔は至って平静……平静すぎてかえって不気味なぐらいだ。

「……今の、ワタリ君がやったの?」

「そうです、でもオフレコでお願いします」

 ワタリの手が倒れた男の首元で動く。シルバーの鎖を引きちぎり、それが繋ぎ止めていたプレートごと取り上げた。

「エルフィンさんは?」

 普段と変わらない様子で、飄々とワタリがこちらに歩いてくる。チサトがワタリに対して畏怖の念を覚えないか、ジノは冷や冷やしながら彼女を見上げるが、チサトはそのことに頓着した様子もなく、

「あの荷物、やっぱりエルフィンの髪だったんだって! どうしよう!!」

 と、歩み寄ってきたワタリの腕を掴んだ。

「チサトさん、落ち着いてください。あの髪がエルフィンさんのものだというだけでしょう? とにかく、エルフィンさんを探しましょう」

 ワタリに名前を呼ばれただけでチサトの動揺が小さくなったことに、ジノは気が付く。きっとワタリは気がついていないんだろうな、と思い、内心で溜息を吐いた。

「ここはこのままにしておきましょう。後で僕が自警団に報告します」


 その後、朽ち掛けた遺跡の一室に拘束されていたエルフィンを見つけた。

 髪の毛はばっさりと耳の後ろ辺りで断ち切られ、四肢は縄で縛り上げられていた。その状態で、冷たいコンクリートの床の上に転がされていたのだ。

 部屋の中に設えられているのは、埃を被った家具がほとんど。その中で比較的最近まで誰かが使っていたと思しきは、ローテーブルとソファだけだ。ローテーブルには、ナイフが一本突き立てられていた。

「エルフィン! よかった無事で!!」

 チサトは彼女の元に駆け寄る。その声に顔を上げたエルフィンの目から、涙がぼろぼろと零れ落ちた。チサトは急いで、エルフィンの口に押し込まれている布を取り去る。

「チサト……私、私……」

「もう大丈夫、大丈夫だから安心して」

 遅れてやってきたワタリはナイフを引き抜き、エルフィンを抱き起こした。そして彼女の四肢を拘束していた縄を、起用に断ち切っていく。

 腕が自由になったエルフィンは、ワタリに抱きついた。

「怖かった。いつ殺されるんじゃないかと思って……」

「もう大丈夫です、家まで送りますよ」

 肩を震わせ、ワタリの胸にすがりつくエルフィンと、ブラウンの豊かな髪がばっさりと断ち切られた彼女の頭を優しく撫でるワタリの背中を、チサトはまんじりと見つめる。

「どしたの、チサト。つまんなさそーな顔してさ」

 ジノが目をキラキラさせながら、チサトの顔を覗き込んでいた。

「な、何言ってんのよ、この!」

 チサトは少年の頭をぐりぐりと拳で小突き回す。やめてよー、とイヤイヤするジノの姿に笑いながらも、やはり、小さなトゲがちくちくと彼女の胸の中を転がるのを止めることはできなかった。



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