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キィキィとペダルを漕ぐ度に耳障りな音を立てながら、自転車がトロトロと坂道を登っている。自転車を扱いでいるのはチサトだ。前髪が落ちてこないように、ヘッドバンドで止めている。
うんうん唸りながらグリップを力一杯握り、全体重をペダルに乗せる。ふらふらしながら坂を登りきった。この坂さえ登りきってしまえば、雑貨屋まで後は下りだけだ。勾配に車輪が転がるのを任せ、パンパンに緊張した筋肉を休める。
一息ついたところで勾配がゼロになる。すぐ目の前が雑貨屋だ。キュッとブレーキを引き、スタンドを立て自転車を降りた。太股を拳で叩きながら、バスケットからショルダーバックを取り上げた。
「こんにちはー」
「いらっしゃい!」
店内に入っていくと、ハインリッヒのおかみさんが威勢のいい挨拶を返してくれた。物がぎっしりと詰まった棚が所狭しと、しかし整然と据え付けられている。狭い通路を品物を落とさないようにゆっくりと歩いていく。
「いつものなら、右の奥の棚にあるわよ」
「あ、有難うございます」
彼女の言葉に従い、右の奥の棚の前までくる。青と緑色の矢印があしらわれた白い箱を手にとる。隣に並べられていた箱が、手に当たって床に落ちた。チサトは床に落ちた青地に白いボールド体で薬の名前がでかでかと刻まれたその箱を取り上げ、棚に戻す。うーんと首を捻り、落とした箱をやっぱり手に取った。そして生理用ショーツとナプキンと手に、レジに持っていく。おかみさんがレジをカタカタとうち、クラフトの紙袋に品物を入れた。
「手提げ袋に入れようか?」
「あ、そのままでいいです。自転車だし、他に荷物もないですし」
チサトは財布から紙幣を取り出し、安物のつり銭受けに置く。
「チサトちゃんは相変わらず生理痛、酷いの?」
「ええ、もうニ日目なんかは死んでますよ。仕事が重なると薬飲まないと動けなくて」
つり銭を受け取る。ふと、レジのすぐ横に、赤地に黒い手書き風の文字が踊る箱を見つけた。なかなかお洒落なデザインだ。チサトはそれを何気なく手にとって見た。
「ラピュア……?」
「ああ、それコンドームよ。リックが置いたらどーだってうるさいから、入れてみたんだけど。需要あると思う?」
「どうでしょうかね。少なくともうちは需要なさそう。私が買うぐらいかなぁ」
「あら、そうなの? ワタリ君とか使わないのかしら。また勧めておいて」
「え? えぇ。『ふーん』とか言われそうですけどね」
苦笑いを浮かべながら、つり銭をしまう。紙袋を手に持った。
「そういや、コンドームって何か知らなくて母に尋ねたことがあるんですよね、私。もう随分前の話なんですが。今思うと無謀だったなーと思いますね。うちの母もどっちかというと考え方が古い方ですから」
「教えてもらったの?」
「ええ、『避妊具の一つよー』ってあっさりと。他にもどんなものがあるか、その時に教えてもらったんですよね。……ん? そう考えるとうちの母、実はそんなに古いタイプの人間じゃなかったみたいですね」
「へぇ、母娘だとそんな話で盛り上がったりするのね。うちは息子一人だから、私とはそんな話しないわね。ちょっと羨ましいわぁ」
ミセスハインリッヒは肉付きの良い頬をきゅっと上げ、にこやかに微笑んだ。
店から出ると、入り口の近くにダンボールが山と積まれていた。大型のバンが道に停められており、リックがあせあせと荷物を降ろしているところだった。扉の下からもう一人分の足が覗いている。父親と共に仕入れに行っていたのだろう。
紙袋を自転車のカゴにぽーんと投げ入れると、背後から声を掛けられた。
「声ぐらい掛けてくれたっていいじゃないか」
振り向くと、タオルを片手にしたリックが立っていた。
「あ、ゴメン。仕事の邪魔しちゃ悪いかなーと思って」
口をへの字に曲げ機嫌悪そうな顔を作っていた彼は、別に怒ってないよと笑顔を作った。それから真剣な顔になり、チサトに顔を寄せた。
「エルフィン、もう見つかった?」
チサトは無言で首を横に振った。
「まだみたい。ワタリくんは今日も朝から探しに行ってるよ。皆仕事があるからね、なかなかエルフィンの捜索に全力は注げないみたい。私も手伝いたいけど、捜索に参加したって足手まといになるだけだしさ。ローウェルさん一人が焦ってて、可哀想なぐらいやつれてる。でももう一週間経つのに見つからないから、その……下草や河岸を探したほうがいいっていう人もいるぐら……」
「エルフィンは生きている!」
リックが強い口調でチサトに反論する。無神経だった、ごめんとチサトが謝る。
「いや……オレの方こそ悪かったよ。チサトに怒鳴ったって何にもならないのにな。エルフィン、誰かにさらわれたとは限らないし。ほら、前みたいに親父さんに腹を立てて、家出しただけかもしれないしな」
「うん、そうだね」
チサトは一応、リックの言葉に肯定する。だが、リックもチサトもそんなに楽観的に現状を捉えていない。リックは力なく笑うと、遠くを見た。エルフィンが姿を消して一週間、街は一週間前と何ら変わらず、人々は日常生活を営んでいる。リックもチサトも、雑貨屋手伝いに新聞発刊といつもどおりの仕事を淡々とこなしている。
「よっしゃ、ちゃっちゃと仕事を片付けてオレも自警団の手伝いに行くか。……と、ところでさ」
リックが突然声のトーンを落とす。
「ワタリって……やっぱりエルフィンのことが好きなんかな」
「……はぁ?」
「あいつって普段からエルフィンに優しいし、こういう時は率先して働くしさぁ。お前と付き合ってるような様子もないし」
「む、確かに私とワタリくんはそういう関係じゃないけど、ワタリくんって皆に優しいからなぁ。エルフィンだから優しいってわけでもなさそうだし……」
何気なく答えつつも、彼の言葉にチサトは少し動揺する。そうか、ワタリがエルフィンのことを好きだということも十分に考えられるんだ。
リックに言われるまでそんなこと考えたこともなかった。いや、無意識のうちに考えることを避けてきたのかもしれない。
エルフィンは幼なじみで親友で、彼女が幸せならチサトも幸せだと思える。そして、エルフィンがワタリのことを好きだということも、チサトは知っている。ワタリもエルフィンのことを女性として好きだと言い出したら、自分はどうしたらいいのだろう。
……ん? ちょっと待った。
「何でそんなこと聞くのよ。あんたって彼女いなかったっけ?」
「し、失礼な! 今はいないよ。かれこれ二年ぐらい前に別れた。お前、記者のクセに情報が古いな」
「あのね、そんなプライベートな話までリサーチして欲しいわけ? でも……ふーん、そうだったんだぁ。全然気が付かなかったなぁ」
そう言い、チサトはニヤニヤしながらリックの顔を見る。
「な、何だよ。これはオレの問題なんだから、オレがどう思おうと勝手だろ。それから今の話、勝手にエルフィンに話したりするなよ。自分の口で自分の気持ちは伝えるから」
強い口調で詰め寄るリックに、わかってるってとチサトは苦笑いを送る。自分は口は軽い方ではないと自負しているが、うっかり喋ってしまわない様にしないと、とチサトは今の話を頭の中にしっかりと刻んだ。
「そうそう、聞いておきたいことがあるんだ。最近、見慣れない人やちょっと挙動不審な人を見かけたりしたことない? もしかしたら、エルフィンが行方不明になったのと何か関係があるかもしれないから」
リックは首を傾げて唸った。
「見慣れない人か……。そういえば、一週間ぐらい前に見慣れない男性が缶詰を買いに来たな。両手に抱えられるほど買っていったから印象に残ってるんだけど」
「その人、どんな人相だった?」
「細かいところまでは覚えていないけど、不審な感じはしなかったから人当たりの良さそうな表情をしてたと思う。体付きもしっかりしていたし、プラント間をぶらぶら旅でもしているんじゃないかな。プラントからプラントを渡り歩いている人なら保存食を大量に買い込んでいくこともあるから、そういう人なのかもしれないな」
相槌を打ちながら、チサトは聞いたことを手帳にメモしていく。それからニ、三ページ前までページを捲り、書き留めた内容を改めて読み直す。
ここ一週間、プラントの人々に聞いて回ったこととリックの話の中で、プラント外部の人間が登場したのは、今のリックの話が初めてだ。エルフィンが行方不明になったことはリックもわかっているから、不審人物をみすみす見逃すとは思えない。リックが見たという男性……全くの潔白とは言えないけれど、彼がエルフィンと何か関係がある可能性は低い、とチサトは手帳に書き足した。
顔を上げるとリックがチサトの手元を指差していた。
「それ、何かの調査?」
「あ、うん。プラント内での変化を追いかける手助けになればいいかなと思って、一週間前から聞き込みをやってるの。役に立つかどうかわからないけど、ないよりはいいかなと思って。半分は唯の自己満足だけどね」
チサトはメモ帳をぱたんと閉じ、ショルダーバッグの中に放り込んだ。サイドスタンドを蹴り上げ、サドルに跨る。それからリックの方を振り向き、何か進展があったら教えてねと言い残し、チサトは自転車を発進させた。
エルフィンが羊の目をした男に捕らえられて一週間、彼女はまだ生きていた。
四肢の拘束こそはされていなかったが、彼女が拘束されている薄暗い部屋は、常に外部から鍵を下ろされており、自由に外に出ることはできなかった。唯一ある小さな窓には目張りが施され、外の様子を伺うことはできない。エルフィンは、今自分がどこにいるのか皆目検討もつかなかった。
最初のうちは、いつ殺されるかと四六時中おびえ震えていたが、やがて相手には彼女を殺す意思はないことを悟った。いや、気休めのため、彼女自身に暗示をかけるためにそう思い込んだだけかもしれないが、兎にも角にも彼女はなんら害されることなく生きている。
ギィと扉が耳障りな音を立てて開く。
「飯だ」
歪んだスチールの盆に缶詰とバケットが載せられている。缶詰の蓋は開けられており、丁寧にもスプーンが添えられているのも何時もの事だ。
「ええと……有難う」
床の上に置かれた盆から缶詰を一つ取り、中味を大人しく口へと運ぶ。彼女を誘拐してきた男は椅子に座り、無言のまま食事を口に運ぶエルフィンを見張っている、否、興味深そうに眺めている。黒い髪の向こうにある双眸はどちらかといえば好意的な光を湛えている――少なくともエルフィンにはそう見えている。
かれこれ十数回、二人は同じやり取りを繰り返している。
「あの」
あまり相手の男性と目を合わせないようにしてきたエルフィンは、勇気を出して相手の目を見つめてみた。
「貴方は私をどうするつもりなの?」
きゅっと男の目が細くなった。
マズイ、怒らせた!? もっと気の利いた言い方もあっただろうに、本音がポロリと飛び出してしまった。
相手は上背もそんなにないし、体つきもどちらかと言えば華奢な方だ。理性を失った狂気もほとんど感じられないし、表情も終始穏やかであったから、心のどこかでこの人は自分に危害を加えないと思い込み、油断してしまった。
殴られるかもしれない……。いや、殺されるかもしれない恐れに体を強張らせる。
が――
「お前は餌だ、だから殺さなかった」
「餌……?」
「殺す必要もないしな。俺はあいつらとは違う、別に人を食らわなければ生きていけない事もないし、正直……」
口を閉ざし、ふいとそっぽを向いた。飲み込んだ言葉が何だったのか気になった。少しだけ鎌を掛けてみよう。
「正直?」
「生物を殺すのはあまり好きではない」
零れ落ちた男の本音に、エルフィンは咄嗟に反応できなかった。咄嗟でなくとも、何と返事をしたらよいのかやはり解らない。相槌に窮し、口を閉ざしたまま相手の挙動を窺う。
「だがそれももう終わりだ」
不意に立ち上がった男はエルフィンの髪の毛を掴み上げる。悲鳴を上げながら男の足元でもがくエルフィンを見下ろし、おもむろにナイフを取り出す。
ナイフの刃先が薄暗い部屋の中で、不気味に煌いた。
コンコン
新聞社「グッドイヤー」のドアノッカーが、金属音にしては落ち着いた音を立てた。訪問者があったようだ。
当の住人たちは夕食を食べ終えたばかりで、約一名を除き、ダイニングルーム兼リビングルームで食後の一服を堪能しているところだった。
「こんな時間に誰かしら」
「あ、僕が出ますよ」
マグカップをテーブルに置いて腰を浮かせたチサトを制し、ワタリが小走りに玄関に向かう。すっかり暗くなってしまった玄関のライトを付け、鍵を開ける。
「お届け物です」
少しドアを開けて外を窺うと、戸口に立っていた男性が手に持った箱を少し掲げてそう言った。
なんて事ない、配達屋や荷物を持ってやってきたのだった。
だが少し変だ、とワタリは思う。何時もはこんなに遅くにやってくることはない。電気が十分に使えない今、街灯の数は少なく日没後の街は暗い。だからこの辺の人々は、少なくとも野外の仕事は太陽が西の空に沈み切る前に済ませてしまうのが常だ。それは配達屋も例外ではない。
内心の怪訝はおくびにも出さず笑顔で対応しつつも、相手を観察する。
「ああ、宅配便ですか。いつもご苦労様です」
「こちらにサインをお願いします」
帽子を目深に被った配達の男性が、伝票の控えとペンを差し出した。ワタリはそれを受け取った。
変わったところは特にない、普通の伝票だ。
宛名は社名とチサトの名前の両方が入っているし、差出人の名前もきちんと記入されている。荷物を受け付けた店の名前も記載されている。差出人の名前に覚えはないが、そういうこともあるだろう。
サインを書き入れて、伝票と引き換えに荷物を受け取る。配達にやってきた男性も、別に見た目は普通の人間だ。表情は帽子の影に隠されているが、服から覗く腕と手は有色人種の色に見える。
片腕に抱えられそうなサイズの割に、ずしりと重みのある荷物だった。
「……ワタリ……ウスイ?」
「はい、僕の名前です。ファミリーネームは違いますが、確かにここはニューズグッドイヤーの本社ですよ。ええと、貴方は新人さん?」
男性は伝票をポケットにねじ込むと、ワタリの問いには答えずに引き上げていってしまった。
「あー、有難うございますー……」
戸口に一人残され行き場のなくなった挨拶を飲み込むと、ワタリはドアを閉めた。
はて、と首を傾げながら戻ってきたワタリに声を掛ける。
「何よ、変な顔して。誰だったの?」
「配達屋さんでした。荷物、チサトさん宛ですよ」
「宅配便……こんな時間に珍しいわね」
「やっぱりチサトさんもそう思います? 僕もそう思って。それに何時もの配達屋さんとは違う人だったし」
抱えていた荷物をテーブルに置き、「変ですよねー」と呟きながらワタリは再びキッチンに戻っていった。
チサトは荷物に貼られている伝票に目を通す。差出人はリア・マンティスピッド、住所はプラントアーシのものになっている。
「隣のプラントか……でも誰だろう、この人」
「ねーねー、チサトー。中味何だった?」
「まーだ、これから開けるから」
品名にはそっけなく『雑貨』と書かれているだけだ。おおよそ、どこかの新聞社の物好きの記者が、執筆依頼と共にネタでも送ってきたのだろう。特に何も考えずに、封を解いてダンボールを開けた。
金髪のような代物と共に、鉄錆の臭いが鼻を突いた。
これって……もしかして……!?
チサトとジノが中を覗き込み、互いに言葉を飲み込んだ。
「ジノ、ワタリ君呼んできて」
「う、うん。わかった」
いつもなら僕が最初に見るんだー! と騒ぐジノが大人しくキッチンに走っていった。あまり信じたくはないが、彼にもこれが人様のあた……ダンボールの蓋に相当する部分に、何かカードが貼り付けられていることに気が付いた。そっと剥がして裏表の両面を確認した上で、テーブルの上に置いた。
「この臭いって、その荷物からですか?」
ジノに押されながらやってきたワタリが眉を顰めた。そして、エプロンの裾で濡れた手を拭きながら徐に箱の中を覗く。
「ねえ、それって人の……人の頭みたいに見えない?」
「どうでしょうか」
そっけなく答えると、ワタリは右手を箱の中に、左手で外から箱を持ち上げてひっくり返す。人の頭かもしれないって警告したのに、彼は無造作に手を突っ込んだ。どこか彼はチサトの中の常識とは違っている、というかおかしい。今に始まった話ではないので、今更驚いて見せたりはしないが。
左手で箱を徐々に持ち上げると金髪が溢れ出し、箱を取り去った頃にはワタリの右手は完全に隠れてしまっていた。頭部の切断面は白く滑らかで、何処からどう見ても頭部のモデルだ。とりあえず、人の生首ではないようだ。そこにブロンドの髪が乗せられているように見えるのだが……
「マネキンの頭にしては、何かこう……血の臭いがしない……?」
「かつらじゃないんだ?」
脇から眺めているだけの二人が口を挟む。物を手にしている当人と言えば、髪を掴んで二、三度引っ張ったっきり神妙な面持ちでダンボールを眺めている。
「かつらじゃないですね。人の頭部モデルに、本物の髪が皮膚ごと貼り付けられているように見えます。誰かの頭を剥いだんですね、これの送り主は」
見ます? とばかりに手にした髪の塊をずいと差し出され、チサトとジノは飛びずさった。
「見ないわよ、馬鹿! ワタリ君冷静過ぎ!」
「この髪の持ち主はきっと亡くなっていますね。頭の皮膚をここまで剥がされてしまうと、流石にちょっと……生きているってのも可哀想な状況ですし」
「待って、頭皮が送られてくるってもしかして……」
「ええ、昨今流行の猟奇殺人と無関係ではないと思います。そこで一つ、何故これがチサトさんのところに送られてきたんでしょうか? チサトさんの近縁の人の頭なんですかね、これ」
「ブロンドかぁ……でもこの色、どこかで見たことがあるのよねー」
うーむ、と考え込むチサトの腿をジノが突いた。
「エルフィンの髪もこんな色だよ」
「そうそう! そういえばそうよねー……えーっ!? そ、そうなの、かしら……いや、エルフィンの髪はもう少しストレートだったようにも思うけど……」
「チサトさん、落ち着いて。エルフィンさんの物だって決まったわけじゃないし、そもそもエルフィンさんが殺人犯に攫われたかどうかも定かじゃないんですから」
「そ、そうよね」
ぶつぶつ呟いていたチサトは、大きく深呼吸をすると椅子にへたり込んだ。
「とりあえず詰め所に届けてきます。ここにいつまでも置いておくわけにはいかないですから」
「うん、宜しく頼むわ」
ワタリは元々入っていた通りに人の頭部を箱に戻すと、ちょっと行ってきますと闇夜の中に出て行った。
チサトは改めて、テーブルの上に残されたカードを手に取った。
「あれー? それってさっきの箱の中に入ってたやつじゃないの? ワタリ、忘れてっちゃったけどいいの? いーのー?」
「いいの。っと、私もちょっと出掛けてくるけど、ジノは留守番してて」
「えー……チサトは何処に行くの?」
「あのねぇ……」
「教えてくれたら大人しく留守番してる!」
ホントだよ! 約束するよ! と目を輝かせているジノを片目に、チサトは腕を組んだ。
うーん……ジノに教えたらワタリ君にも伝わってしまいそうなんだよなぁ。
「ワタリには喋らないから!」
う、なかなか鋭い。とはいえ、ジノにもついてきて欲しくない。
「仕方ないなぁ。場所はね……」
チサトは二言三言、ジノに耳打ちすると、いつも持ち歩いている鞄にカメラを放り込んでバタバタと出て行った。
「北の遺跡って……ちょっと前にワタリが同類を見つけたって言ってたとこだよなー。大丈夫かなー、チサト」
一人残されたジノは、不安げに玄関のドアを見遣った。