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ブラウンストーン  作者: tate
5: プロファード・ハンド
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-6-

「ありがと、リック」

「いいっていいって、気にすんな。じゃあまたな」

 軽く手を挙げると、リックは店の車のエンジンを掛けた。その車が黄昏色に染まる街道の向こうに消えるまで見送ってから、チサトは家の中に戻る。はあっと深く吐いた息が白む。

 家の中にはチサト一人しかいない。しんと静まり返った部屋に戻り、リックが使っていたマグカップをシンクに放り込む。自分の立てる音以外何もない空間に耐えられなくなり、ラジオのスイッチを回した。

 ジオフロントの一連の出来事から半年が経ち、季節はすっかり冬になっていた。

 チサトが一人戻ってきたことに対して、エルフィンは色々と問い詰めてきたが、リックは何を尋ねるでもなく、「お帰り」の一言で迎えてくれた。ワタリとジノが一緒ではない理由については、彼らの探していた人と再会したから、とだけ伝えた。元々ワタリ達がプラントエルフィンにやってきた表向きの事情を知る二人は、それで表面上は納得してくれた。

 相変わらずニューズグッドイヤーは新聞を発行していて、裏庭は家庭菜園になっている。当然一人では回らないので、前者はリック、後者の手入れはエルフィンの手を借りている。現在は季節柄、家庭菜園はお休みになっているが。

 ラジオを流しっぱなしにしたままペンを握る。

「夕飯、食べるの面倒だなぁ……」

 一人になると何事も億劫なことに気が付いた。食事を作る気力なんて微塵も湧いてこない、今日の夕食は抜きでいいか。この半年の間、ずっとそんな感じだ。そして最近に至っては、外に出ると彼がその辺を歩いていないかと目の端で探している。

 馬鹿だと思う。それでもワタリは別れ際に約束してくれた。彼はチサトとの約束は破らなかった。だから淡い期待が支えになってしまい、いつまでも何事も億劫なままなのだ。

 珈琲でも淹れようか、そんなことを考えていると、コンコンと堅い音が玄関から聞こえてきた。こんな時間にドアノッカーを叩くなんて誰だろうと、怪訝に思いながらもチサトは腰を上げる。窓の外に目をやると、外はすっかり闇の帳に包まれている。カンテラを手に玄関まで向かう。側の棚の上にそれを置いてからドアの前に立つと、扉を僅かに開き、隙間から外を窺った。

「よう、チサっちゃん。もう夕飯食べた?」

 顔を覗かせたのはコンスタン、最近プラントエルフィンにやってきた青年だった。人なつこい笑顔を浮かべ、事ある毎にチサトにちょっかいを掛けてきている。

 懲りないなあ、と彼の諦めの悪さに感服を覚えつつも、「まだだけど」と素っ気なく答える。

「じゃあ飯食いに行こうぜ。どうせ作ってないだろうしさあ」

 確かに作ってはないけどね、失礼な人だ。心の中で悪態を一つ吐いた。

「今日は遠慮しておくわ。まだ仕事が残ってるし」

「そっか、残念」

 丁重にお断りをする。が、コンスタンはするりとドアをすり抜けて、チサトの手からカンテラを取り上げると側の棚の上にそれを置いた。

 チサトを壁際に押しつけると、そのまま抱きすくめられた。

 色の抜けた茶髪から漂う整髪剤が鼻につく。

「ちょっと!」

 コンスタンの右手がチサトの頬を包み込んで、ついと顔を寄せてくる。

 腕を突っ張って、強引に迫ってくるコンスタンの胸を押し返す。

「俺の事キライなの?」

「好きとか嫌いじゃなくて、付き合う気はないって前から言ってるじゃない」

「セックスパートナーでいいよ」

「そういう問題じゃないでしょ!」

 何で今日に限ってこんなに強引なの! チサトにもっと力があれば突き飛ばしてぶん殴ってやるのに。

 必死にぐいぐいと相手の胸を押し返していると、不意に声がした。

「こんばんは」

 びくりとチサトが体を震わせると、コンスタンも動きを止めた。二人の視線が自然と玄関に向く。

 もう一人の訪問者は無遠慮にドアを叩くと、返事の有無も問わずに中に入ってきた。

 それがあまりに耳馴染みのある声で、咄嗟に己の耳を疑った。今チサトに覆い被さっている男性を押し退けることも忘れ、戸口に向けた目を張った。

「すみません、取り込み中でしたか。あれ、それとも僕の助けが必要ですか」

 この冬の時期に妙に軽装でやってきた人物は、肩をそびやかして見せた。眼鏡は掛けていないけれど、長く伸びた前髪から覗く面持ちはワタリだった。

 コンスタンの口が、「何だお前は」とばかりにパクパクと動いている。突然の出来事に空気が漏れるばかりだ。

「わかってるのなら助けてよ!」

 非難がましくワタリを睨み付けると、「わかりました」とワタリは一歩踏み出した。

「最近はプラント間の小競り合いの話もよく聞きますし、ちゃんと錠は降ろした方がいいですよ」

 チサトからコンスタンを引き剥がすと、ワタリは大して体格も変わらない彼の襟首を掴んだまま外に引っ張っていく。コンスタンがチサトに失礼を働いたのは確かだが、それにしては扱いが乱雑だ。

「初めまして、ですよね。僕はワタリと言います。貴方は?」

「くそっ、離せよ!」

「コンスタンよ。三ヶ月ぐらい前に移住してきたの」

 見かねてワタリの背中に声を掛ける。

「そうですか」

 ワタリはぽいっと玄関からコンスタンを放り投げた。本当に言葉通り放り投げられたコンスタンは尻餅を付いたまま、呆けた顔でワタリを見上げている。

「ミトラィユーズがこの辺りに現れるようになったそうですから、コンスタンさんも気をつけた方がいいですよ。今夜は冷えるようですから、暖かい格好をして寝ることをお勧めします。それではお休みなさい」

 目を剥いたコンスタンを冷たく一瞥し、ワタリはドアを閉めた。

「あ、ありがと。助かったわ。私が一人身だからって、あいついつもあんな感じなのよね、まったく!」

 ぶつぶつ文句を言っていると、声を立ててワタリに笑われた。

「相変わらずですねえ」

「でもホントに半年で戻ってくるとは思わなかったわ」

「チサトさんにあそこまで言われたら、なんとしてでも都合付けない訳には行かないですしね。精査の為に月に一度はジオフロントに戻らないといけませんし、そこで何か異常があればもうこちらには戻ってこられないので、いつまでいられるかはわかりませんけど」

「うん、それは許容する。とりあえず何か暖かいものでも飲む? 寒かったでしょ」

 と、踵を返そうとしたところを不意に抱きしめられた。背中に回された腕に力が篭ると、ワタリの冷えた胸の中にすっぽりと身体が収まった。じわじわとチサトの体温が彼に伝わり、交じり合っていく。

 ぎこちなく腕を折り曲げてワタリの背中に手を回す。顔を何とか持ち上げて、耳元に寄せた。これだけはチサトから言わなければ。

「お帰りなさい、ワタリ君」

「ただいま、チサトさん」

 ワタリの囁きを耳に、チサトは回した腕にそっと力を込めた。


 了

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