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ブラウンストーン  作者: tate
4: フェイタル・シアーズ
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-4-

「ったく心臓にわりぃよ、こんなモン渡しやがって」

「すみません、他に選択肢も特になくて」

 そんなやりとりを交わしつつ、リックが短銃をワタリに返す。それを受け取ったワタリはグリップの上の辺りを軽くさわると、それを背中の方にしまい込んだ。ワイシャツを捲るとベルトに差してあるそれが見えるのだろうな、いつもそんな感じだったのだろうか、等とチサトはぼんやりと思う。

「もう大丈夫なんだな?」

 リックがワタリに念を押す。ワタリはちらりと視線を外に向けると、「僕が解る範囲では大丈夫です」と答えた。リックは暫くいぶかしげな視線を向けていたが、「まあいいか」と半分投げやりに呟いた。そして床の上に座ったままのチサトに目を向ける。

「リンゴ、テーブルの上に置いたから適当に食ってくれ」

「うん。ありがとね、リック」

 二人が立っているのを見て、チサトものろのろと体を起こす。ずっと腕の中で大人しくしていたジノは、リンゴと聞いていち早くダイニングの椅子に座っていた。「リンゴ食べたい!」と目を輝かせている少年を見て、ワタリがキッチンからナイフと皿を持ってくる。一つだけですからねと念を押し、ワタリはリンゴの皮をむき始めた。

 一本に繋がった皮が皿の上に綺麗に円を描いていく様を一瞥し、リックがわざとらしく咳払いをした。

「で、何が起こったんだ。オレにも説明してくれよな」

「説明って」

「お前なあ、オレに銃を渡してチサトをよろしくってフツーに考えれば異常事態だろ。半端に巻き込んでおいて何でもありませんって、そりゃねえぜ。チサトだって何が起こってるのか解ってないんだろ?」

「うん。出来れば知りたい、かな」

 リックが顔をしかめた、出来ればというチサトの言葉が気に入らなかったのだ。

 チサト自身、彼女の身に何が降りかかっているのか事細かに知りたいと思っている。少なくとも彼女が命を狙われているのは間違いないし、自身にはその理由が思い当たらないのだから誰かに教えてもらいたい。

 でも心のどこかで、知らぬが仏だと囁くチサトが居る。

 よく考えれば、おそらく事の発端は以前プラントエルフィンで起こった連続殺人だろう。あの事件の犯人はチサトの命を狙っていると言っていた。となると、エルフィンを始めとした大勢の女性達は、チサトのために犠牲になったということだ。その事実は恐ろしい、可能性を考えただけでも胸が押しつぶされそうになる。

 だったら尚更、チサトは真実を知らなければならない。誰が彼女の命を狙っているのか、そしてその背後にある故は何なのか。

「私が狙われたってことは、私も解ってる。誰かが私を殺そうとしてるよね」

 言葉を切り唇を舐めた。口の中はからからに乾いていて、唇もかさついている。自分が異常に緊張しているのをチサトは感じていた。

「私自身は全然心当たりがないんだけど、ワタリ君は知っていたりする?」

「そうですね。名前までは知りませんけど、どういう人達なのかは漠然と大雑把になら解ります」

 皮をむき終えたリンゴを四等分に切り分け、芯をくり抜きながらワタリが答える。リックとチサトもダイニングテーブルについたのを片目にしつつ、ワタリは言葉を続ける。

「チサトさんを狙っているのは、地下の人間達ですね」

「地下? この間行ったあの、ジオフロントのこと?」

「そうですよ。はい、リンゴどうぞ」

 八つに切り分けられたリンゴを皿に並べてテーブルに置くと、間髪容れずにジノが一片を頬張った。

「それ以上の詳しいことは僕も知りません、彼らの名前や具体的な経歴等は一切」

 ワタリは肩を竦めた。

「彼らが自発的にチサトさんを狙っているのか、誰かに頼まれて行動しているのかも判別は付きません」

「でも何で私が地下の人間に狙われるわけ? ますます理由が思いつかないわよ。地下には私の書いた記事なんて流れてないでしょ」

「それはそうでしょう、ジオフロントと地上の世界は基本的に隔絶されているはずですから。というか、交流があればもっと地上の人間は地下のことを知っているでしょうし、逆もまたしかりです」

「だったら、私の記事を読んで恨みを抱いた人がいるという線は消えるわね」

 漫然とやりとりを交わしてはみたが、やはりワタリは事の真相を知っているという確信が大きくなる。連続殺人犯はどうやらワタリのことを知っていたようだし、何より事情を知らなければ彼らが地下からやってきた等とは言えないはずだ。それでもやはり残る疑問は、何故チサトは地下の住人に命を狙われるかということ。直球を投げたら、ワタリはそれを打ち返してくれるだろうか。

 こんな刹那では考えをまとめて整然と言葉にすることなんて出来ない。色々考えずに口から言葉が出るに任せよう。

「それから。ワタリ君は私が命を狙われている理由を知っているわよね、教えて」

「な、何でそんな断定口調なんですか」

 ワタリがわたわたと、大げさに狼狽えてみせる。じとと睨み付け、「嘘臭い」とチサトは切って捨てた。そして、そりゃそうだと相槌を打ったのはリック。

「チサトの言うとおりだぜ。地下から来た人がチサトを狙ってるなんていきなり言われたら、お前が事情を知ってると思うのも当然だよなあ」

「う、リックまで。……そうですね、僕が解る範囲でお話しします。その前に何か飲みます?」

「先に話して」

 ためらい勝ちに、渋々と口を開いたワタリに対して、チサトは強めの口調で我を通す。腰を浮かせかけていた彼は、「解りました」と今度は躊躇することなく一つ頷いた。

「最初に言っておきますね、今回の件についてチサトさんには非はありません。全く、微塵もです」

「私のせいではないってこと?」

「ええ、理由はチサトさんとは無関係な、全く別のところにあります。それをお話しする前に一つ確認が。チサトさんは自分の出自をご存じですか?」

「私の出自?」

 チサトはレイナード神父夫妻の一人娘である。表向きはそういうことになっているし、チサトの心の中ではそれを信じて今まで生きてきた。今でもそのつもりだ。

 でも、彼女の本当の両親は別にいる。それは幼い頃から、何となく直感的に抱いてきた違和感でもある。物心が付いた時には既にレイナード夫妻の一人娘ではあったけれど、両親と顔立ちが似ていると言われたことは一度もないし、何より年が離れすぎていた。もしチサトが夫妻の本当の娘だったら、レイナード夫人は五十路近くになってからチサトを産んだことになるが、流石にそれは有り得ない。

 本当の娘として接してくれる両親を前に、私は誰の子なのかと面と向かって聞く機会はなかなか出来ず、父は六年、母は三年前に亡くなった。

 シャリシャリというジノがリンゴを食べる音を耳にしつつ、チサトは口を開く。

「……本当のところは知らない。レイナードの父さんと母さんは私を娘だと言ってくれたけど、血の繋がりはないと思う」

 そうでしたか、とワタリは神妙な顔で一つ頷いた。リックもレイナード家の事情には気がついていたのか、その言葉に衝撃を受けた様子はない。

「チサトさんはジオフロント生まれの人間です。ジオフロントの人間の間に生まれて、その後何らかの手段で地上に連れてこられた、と考えるのが妥当だと思います」

「妥当だと思うって、何よそれ」

「状況から、そう判断するしかないからなんですが。ジオフロントには、『ナッツ・ステイク』というギャンブルが存在します。平たく説明すれば、ジオフロントの全人口からランダムに選出された人間に多額の金を掛け、その人間を捕まえた人が賞金を受け取ることが出来るという代物です」

 人間に、金を掛ける? 咄嗟に意味が理解出来なかった。

 ワタリの言葉を頭の中で反芻する。つまり、世界のどこかに多額の金を掛けられた人間が居て、その人間を捕まえると掛けられた金を得られるということか。一体誰がそんなことをしてい……

「まさか」

 ワタリとリックの顔を交互に見つめた。リックが気まずそうに視線を逸らせる、彼もきっとチサトと同じ結論に至ったのだ。

「チサトさんは言わば、『ナッツ・ステイク』の当たりくじということです。裏付けは取ったので間違いは無いです」

 あまりにも抑揚のないワタリの口調が、冷静な表情が、チサトに反論の余地を与えてくれない。彼はあまりにも現実味のないことを話している。それでも今に至るまでに積み上げてきた事実が、彼の言葉にリアリティを与えている。地下に広がる世界、チサトの命が狙われているという現実。

 なんと言って切り返せばいいのか言葉に詰まるチサトを一瞥したリックが、ぽつりと一言口にした。

「チサトはどうなるんだ?」

「『ナッツ・ステイク』の当たりくじには、有効期限があります。だからくじが無効になるまで逃げ切ればいいだけです」

「有効期限?」

 ええ、とワタリが頷いた。

「当選IDの有効期限は二十年です、時効になったケースはないのであまり知られていませんけど。チサトさんの場合は、後二週間凌げば時効です。時間が無いことは相手もわかっているので焦って色々仕掛けてくると思いますが、プラントエルフィンにいる限りはそれほど危険は無いと思います」

「何でだ? 何処にいても危険だろ」

「ジオフロントと地上は隔絶されていると、先程言いましたよね。往来ですら制限されているのですから、ジオフロントの人間が地上でいざこざを起こしたら厳しい追及は免れないでしょう。だからプラントにいる限りは、なりふり構わない状態で襲われることはないと思います」

 ワタリが言葉を切ると、しんと静まりかえった。

 チサトには彼が何を言いたいのかいまいちわからない。リックがチサトが言うべきことを代弁してくれているのは有り難いが、チサトの疑問まではリックは把握していない。

「……ワタリ君、とりあえず私がどうすればいいのかだけを端的に教えて。考えるのは後にするから」

「プラントエルフィンで二週間大人しくしていて下さい」

「でもここに居たってチサトは狙われるだろ」

「プラントエルフィンなら地理を把握できていますし、少人数で来る限りは僕一人で対処できます」

「お前一人でできんの?」

「大丈夫です、出来ます。現状維持ですし」

 現状維持という言葉に、何故かリックは目を僅かに見開き唇を噛みしめた。

「お前……退治ってそういう意味かよ。まあ、オレに出来そうなことがあれば言ってくれよ。出来る範囲で手伝うからさ」

「有り難うございます」

 話を途中で切り上げたリックは、店の手伝いがあるからと申し訳なさそうに帰っていった。

 リックを見送った玄関口で、チサトがぽつりと呟く。

「二週間だっけ」

 踵を返しかけていたワタリが、「そうです、後二週間です」と他愛もない呟きを掬い上げた。

「でも、ジノは二週間も今の状態のまま放っておいて大丈夫なの? できるだけ早く研究施設とかいう所に連れて行かないとダメなんじゃない?」

「それはそうですけど。ジノ当人も理解はしているはずです」

「何を」

「地上では十分な延命処置が行えないということです。体調を崩して苦しい思いをすることも全て理解した上で、ジノはここにいる事を選択しているはずです」

「ボク、平気だよ」

 不意にジノの声が飛んできた。視線を奥に向けると、ダイニングの戸口からジノがちんまり顔を覗かせていた。

「ワタリの言うとおりだから。全部解っててここにいるから、ボクは大丈夫。チサトは、チサトのことだけ考えてればいいよ」

 チサトが歩み寄ると、ジノは彼女の顔を見上げて破顔した。作り物ではない笑顔に、思わずチサトは少年の体を抱きしめる。

「何でそんなこと言うのよ、バカ! 無くなっちゃってもいい命なんて、この世界には一つもないのよ」

「でも」

 ジノが言い澱んだ。チサトからは見えないが、ジノはワタリの表情を窺っているに違いない。そのワタリからは何ら言葉は発せられていないが。

「ワタリ君、ジノを研究所に連れて行くと治療費が掛かったりするの?」

「費用ですか? 掛からないことはないですけど、気にしなくて大丈夫ですよ」

「本当に?」

 ジノを抱きしめたまま、ワタリの方を振り向いた。玄関口の棚に片手を乗せたまま、彼はチサトとジノを見つめている。

「はい。十三年も稼働したドールなら研究対象としても価値があるでしょうし、その価値で治療費の大半は相殺出来ると思います。後はジノ当人がどう思うかですけど」

 腕の中に収まっている少年を見遣った。ジノが治療を拒否するわけがないと思い込んでいたが、当人はそれを望まない可能性もある、ということなのか。普通に考えれば一秒でも長く生きられた方がいいに決まっている、手が打てるのなら打った方がいいに決まっている。違うのだろうか。

「ボクは……チサトと長く居たいな」

 治りたい、とは言わなかった。それでもチサトとより長く過ごす為には、治療が必要になるはず。

「ジノを連れてジオフロントに行こう、ワタリ君。やっぱり私には、治る可能性をみすみす逃すことなんて出来ない。どうせここでも地下でも、私は狙われるんでしょ?」

「そうですけど」

 溜息混じりにワタリが渋々と頷く。

 ジノを一人放り出すことはできないし、かといってチサトをプラントエルフィンに残したまま、ジノとワタリの二人で地下に向かうという選択肢もない。必然的に三人そろって地下に出向くことになる。

 チサトに対して、「手だてが無いことはない」とワタリが答えた段階で、ワタリにはこうなることは想像が出来ていたはずだ。ジノの身体に関する知識は、当然チサトは持ち合わせていない。ワタリは幾らでも都合の良いように事実をねじ曲げることは出来たのに、あのように答えたのだから。それでも念を入れ、彼が前言を翻せないように言葉を積み重ねた。

 そして、後は彼に任せればいい。きっともう、彼の頭の中には今後のプランが出来ているに違いない。


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