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ブラウンストーン  作者: tate
4: フェイタル・シアーズ
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-2-

 白みゆく空を、廃棄されたキャビネットの上に座って見上げた。

 居住区域と未開拓地の境界には、延々と廃棄場が広がっている。ジオフロントで廃棄される物が絶え間なく運び込まれてくるこの場所で、少年は一人空を見上げていた。

 空腹で背と腹は疾うにくっついてしまっているし、誰かと無性に話がしたくてたまらない。でも、自分自身で選んだ道だ。塩化カリウムを注入されて処分される同胞を目の前に、少年はここで自然に朽ち果てることを選んだのだ。彼を優しく見守ってくれた所有者との思い出と共に、安寧の中朽ち果てていく、それが望みだった。

 仕方がない、本当はまだまだ動けるし生きたいけれど、この世界に少年の居場所はもうないのだ。

 ふと、遠くから響く、ごおおおん、ごおおおんとクレーンの作動音に混じって、足音が聞こえてきた。振り向いてみると、じゃりじゃりと廃棄物を踏み分けながら人影が二つ、こちらに向かってくるところだった。一つは長身、もう一つはそれよりも頭二つ分ぐらい背の低い、まるで翼のような形を背負った影。もとより、廃棄場に生身の人間がやってくることなんてほとんど無い。ゴミの山を漁れば多少の金銭になるものはあるだろうが、廃棄場で働く者以外は立ち入りが制限されている。

 その顔が少年から窺える程の距離まで近づくと、二人は立ち止まった。正確には、長身の男性が小柄な方を無理矢理引きずって歩いてきていただけで、男性が足を止めたから少女も足を止めざるを得ないだけだった。小柄な影……淡いブロンドの少女は手錠を掛けられ、もう一端は男性の手の中にあった。

 男性が少年を見上げる。青年と称されるのが相応しい外見のその人は、黒い前髪から覗く黒い双眸を僅かに細めた。

「ドールか、こんな所で何をしている」

 抑揚のない抑えた声に妙な圧迫感を覚える。カーキ色のカーゴパンツに弾帯、コンバットブーツという出で立ちからすると、どこかの警備兵なのだろう。連れられている少女はこの場から逃げだそうともがいているが、青年がその細い腕を捻りあげると小さく呻いて膝を折った。

「えっと……破棄されたからここにいるんだけど」

 事実の一端を口にする、全てではないが嘘は言っていない。たったその一言だけなのに、久々の会話が少年の心をじんわりと温かくする。彼と話をしている青年は、冷淡な視線を向けてくるばかりなのに。

「薬殺を希望しなかったのか」

「……うん」

 青年は、「そうか」と一つだけ相槌を打つと、膝を付いた少女の体を引き起こした。そのまま踵を返そうとする青年に、思わず問いを投げた。

「そ、それだけ? 他に何も聞かないの?」

「お前が何かを確認しに来ただけだからな」

「この人、わたしを施設に連れ戻そうとしてるの! 助けて!」

 少女が会話に割り込んできた。少年を見上げて必死に叫んでいる。少女の背中からは一対の白い翼が生えていて、新型のドールとしてデザインされたヒトであることが少年には直感的に解った。解ったからといって、子供の体力しか持たない自分ではどうしようも出来ないのだが。

「助けてよ! どうせアナタ、ここで死ぬんでしょ? わたしの代わりに死んでよ!」

「そんなこと言われても、ボクじゃ代わりにはならないよ。兄さんだってボクを連れてったりはしないでしょ」

 適当なことを言って青年に目を向けると、視線が交錯した。「いやあ! 離してよ!」と喚く少女の後頭部に一撃入れると、青年は再び視線をこちらに向けた。

「お前、エスペラントは操れるか? 後どれぐらい稼働する?」

 そんなことを尋ねてきた。

「い!? エスペラントは分かるよ。一応、起動してから八年ぐらいになるけど。でも何で? ボクを連れてってくれるの?」

「ああ、連れていってやる。但し、行き先は地上だ」

 地上!? 何で……と疑問が湧いてきたけど、それは飲み込んだ。ここで死んでしまうとすっかり諦めていたけど、この人について行けばもう少し生きながらえることが出来そうだから。でも破棄されたドールを持ち出すなんてよほどの権限が無ければ出来ないし、そもそも地上に行くってどういうことだろう。

 次々と湧いてくる疑問は全部飲み下した、今はここから出られることを素直に喜ぼう。

「兄さん、有り難う。あの……もしボクが足手まといになるようなら、遠慮無く捨ててくれて構わないから。どうせここで朽ち果てるはずだった命だしさ」

 弾帯に下げられている銃を見遣りながら、少年はそう告げた。どこかの警備兵をやっている人間なら、それぐらいドライな関係を保っていた方がきっと上手くやっていける。案の定青年は、「承知した」とだけ答えた。

「名前は。識別番号ではなく、持ち主がつけた愛称の方でいい」

「ジノ、だけど。兄さんは?」

「ウスイだ、ファーストネームはワタリという。どう呼んでもらっても構わない」

「わかった!」

 それから勢いよくキャビネットから飛び降りたジノは、不安定な足場に取られてひっくり返った。目から星が飛んで、視界がブラックアウトした――


 目を開けると、そこは薄暗い寝室だった。ジノはベッドに寝かされていて、体の左側に何となく圧迫感を感じている。少し頭を起こすと、ベッドに突っ伏したチサトの頭が見えた。いつの間にかジノは眠ってしまっていたようで、今まで見ていた物は単なる夢だったのだ。五年前の出来事、しかもワタリと初めて出会った時のことを今更夢に見るなんて。

 足手まといかぁ……

 半分寝ぼけた頭で、先程の夢を反芻する。今のジノは、ワタリから見たら足手まといになる寸前……いや、もう足手まといになっているだろう。遺伝子に刻まれた寿命に打ち勝つのは到底無理で、腹痛はこの先どんどん酷くなり、体力も落ちていく。自力で動けなくなる日もそう遠くない。

 音もなく寝室のドアが開いた。器を乗せたトレーを片手に、ワタリがそっと部屋の中に入ってくる。

「ジノ、薬の時間だ。食べられそうか?」

「ん……ちょっとなら。今何時?」

「二十一時を回ったところだ」

 チサトはベッドに突っ伏して寝こけている。昨晩はあまり睡眠を取っていなかったようだし、昼間は普通に仕事をしていたようだから無理もない。ワタリはトレーとカンテラをサイドボードの上に置いた。そしてクローゼットから薄手の毛布を引っ張り出してくると、彼女の肩に掛ける。その様子を眺めながら、ジノはゆっくりと体を起こした。トレーの上からポトフの入った器を取ると、スプーンで口の中にぽくぽくと運び入れる。

 本当はあまり食欲もないし、そもそも口から物を入れると痛みが増す気がする。でも、だからといって何も食べなければエネルギー切れでへたってしまうし、空の胃袋に薬を入れる方が毒だ。

 半分ほど胃に収めたところで、「ごちそうさま」と器を戻した。

 ワタリから渡された錠剤を素直に飲み込む。昨晩から増えた四つの錠剤は、抗生物質と鎮痛薬、そして胃腸薬だと以前説明された。白いカプセルと併せて服用しても効果が出なくなったら、地上ではもう手の施しようがないとも言われている。

 「ねえ、ワタリ」と、ドアノブに手を掛けた青年に語りかけた。彼が足を止め、振り向いたのを見て言葉を続ける。

「ボクと初めて会った時のこと、覚えてる?」

「覚えている」

「あのときに言ってたこと、ボクが足手まといになったらって話なんだけど。やっぱり無かったことに出来ない?」

 ワタリの双眸が淡々とジノを見下ろしている。チサトの目があるときは愛想のいい顔をしているのに、本来の彼を知っているジノだけが相手になるといつもこうだ。途端に感情の起伏がなくなってしまい、何を考えているのかわからなくなる。

 もそもそと体を動かし、半分ブランケットに埋まっていた頭を表に出した。視線を少し左にずらすと、ベッドに突っ伏したまま寝こけているチサトの頭が見える。もっとこの人と一緒に過ごしたい、あの温かい手を握りしめていたい、頭を撫でて貰いたい。これから己の身に起こるはとても苦しいことだろう。それでも、その苦しさとこの空間で得られるものを天秤に掛けると、得られるものの方が大きい。いや、気がついてみたら大きくなっていた。

 問題は、ワタリがこの提案を受け入れてくれるかの一つだけ。そもそもあの提案だって、ジノが足を引っ張ることが容易に推測できるから交わしたものだ。状況は変わっていないのだから、首を横に振る可能性だってある。

 でもワタリはあっさりと、「わかった」と返してきた。

「彼女もそれは望まないだろうから」

 ああそういうことね、と小さな胸の中で苦笑を漏らした。ジノ自身の意志ではなく、チサトが望むだろうからジノを生かす。そういう意味では、ワタリの判断基準もわかりやすいというものだ。

 でも、何故ワタリの判断基準がチサトにあるのか、そういえばジノは知らない。


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