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ブラウンストーン  作者: tate
3: タイニー・コーナー
15/28

-3-

 チサトの手を取りジノが向かった先は、住宅街の外れにある木造の小さな建物だった。

「あそこだよ」

 とジノが指を指す。

 壁は白く塗られていて、入り口はスイングドアになっている。屋根付きのテラスには丸テーブルと椅子が二脚、対面に置かれている。もっと近づいてみると、スイングドアの傍らにはメニューボードが立てられていて、どうやらここは喫茶店のようだ。

「コーヒーでも飲むの?」

「うーん、注文したければすればいいけど、お金が無いよ」

「財布なら持っているけど」

「んー、ユーロならここでも使えると思うけど、物価が全然違うと思うよ」

 プラントが異なれば物価も違うことは往々にしてあることだが、それにしてもジノの物言いは何か引っかかる。その原因が、敢えて通貨は同じだと明言したことに気が付いたときには、既にジノは一方的に会話を打ち切り、スイングドアを押していた。

 「いらっしゃい」の声すら掛けられないまま、薄暗い店内に入っていく。カウンターの中に長髪の男性がペーパーに目を落とす姿があるだけで、他に客は見られない。困惑気味に入り口で足を止めたチサトに気を使うことなく、ジノはカウンターへと歩いていく。

「こんにちは」

 物怖じしないジノの背後に、チサトも歩み寄った。

「おや、お客さんかと思えば、君は確かウスイが連れていたドールだね。そちらの女性は?」

 男性の視線がチサトに向く。

「ボクとワタリがお世話になっている人です」

「あ、チサト・レイナードと申します」

「レイナードさん、私はユージン・シルベストリだ。この寂れた喫茶店の雇われオーナーだよ」

 長く伸ばした金髪を後ろで一括りにした壮年の男性は、適当にかけてくれ、と椅子を二人に勧めた。

 不意にスイングドアが乱暴に押し開かれたかと思ったら、女性が一人店内に入ってきた。ユージンと名乗ったオーナーの視線に続き、チサトとジノの二人のそれも入り口に向く。

「あー、疲れたー……ん? 人が居るなんて珍しい、表の方のお客さん?」

「そうだ。いや、そうでもないかな」

「何ソレ。あれ、アンタ……」

 褐色の肌を持つ女性の視線がチサトの顔に留まる。緩くウェーブの掛かった黒髪が女性の顔の左半分を覆い隠しており、表に晒されている右目は琥珀色に輝いている。それが妙にセクシーで、チサトはドキリとした。

 女性は真っ直ぐにチサトとジノの元にやってきた。

「え? あの……」

「そっちの子はドールだね」

 女性の視線がジノに向いた。「名前は?」と唇からこぼれたアルトが奏でる。

「えっと、Y2K2のゼロ型です」

「違う違う。型番じゃなくてアンタ個人の名前のことだよ」

 苦笑交じりに手を振った女性の優しい視線に、ジノは、「あう……」と呻いて頬を染めた。

「ジノです。最初の持ち主さんが付けてくれた名前です」

「へえ、ジノって言うのか。しかし、K20型なんて、本当に初期の頃のタイプじゃないか。よく今まで稼動していたね、結構前にリコールされていたはずだけど……」

「ボクはリコール以前に、持ち主さんが亡くなってしまったから、普通に廃棄処分になったんです。その時、たまたま仕事で辺境に来ていたワタリに拾ってもらったんです」

「……ウスイが? 辺境というと、次世代ドールのプロトタイプが脱走した事件絡みかしら」

「その辺りの話は知りません。でも羽の生えた女の子を連れていたので、多分そうだと思います。でもお陰で、ボクはこうして生きていられるから、ワタリには感謝してます」

 チサトには理解できない言葉が飛び交っている。

 ドール? プロトタイプ? 脱走事件???

「ということは、延命処置もしているってことか」

 はい、とジノはこくりと頷いたところで、ようやくチサトが目を白黒させているのに気が付いた。

「そっか、チサトは全然知らないんだった」

「何だって? ウスイは何も話していないのか……ダメなヤツ」

 ちっ、と女性は小さく舌打ちをすると、まぁ座りなよ、と立ちっぱなしの二人に椅子を勧め、彼女自身はカウンターからスツールを手繰り寄せて腰掛けた。

「自己紹介がまだだったね。アタシはレッシュ。レッシュ・スタックハウスだよ。好きなように呼んで貰って構わない」

「あ、私はチサトです。チサト・レイナード」

 勧められた椅子に腰掛けながら、自己紹介し返す。

「チサトね。何か聞きたいことある? アンタ、何も知らないんだろ」

「ええ? 確かにそうなんですけど、何を聞けばいいのか……」

 不意に投げられた問いにチサトが言葉を失っていると、「どうぞ」とユージンからコーヒーが差し出された。ジノには炭酸の入ったジュース、レッシュの前にはレモンのスライスが浮いた琥珀色の飲み物が置かれた、紅茶だろうか。

「そんなに唐突に話を振られても、レイナードさんだって困るだろう。君は何故彼女をここに連れてきた?」

 ユージンの最初の言葉はレッシュに、後の言葉はジノに向けられたものだ。

「……チサトはワタリのことを全然知らないし、知ろうとしないから、だけど……」

「成程、では私達はウスイのことを彼女に話せばいいのかな?」

 ジノは逡巡した後、「うん」と小さく頷いた。

 ここまでのやり取りからして、ジノはユージンとレッシュの二人と面識があることはチサトにもわかった。そしてこの二人はワタリとも面識がある、いや、旧知の仲のようだ。でもワタリは確か、プラントエルフィンにやってくる前は別のプラントで暮らしていたはず。ここもプラントの一つ、ということ?

「あの、先に一つお伺いしてもいいですか? ここは、一体何なんですか? 『シオンC区画』だとは教えてもらったのですが」

「ここの人間に聞いたのかな。確かにここは区画Cだが、正確には、ランス市の居住区画Cと言う。ランスの白人街と言えば、大抵は通じるな」

「『シオン』というのは……」

 小首を傾げるチサトの顔を一瞥し、ユージンはようやく気が付いたのか、「そうか」と一人頷く。

「君は『シオン』自体を知らないということか。ここはジオフロント、地下に存在する巨大な空間だ。ここにどうやって来たのかは詮索しないが、地下に向かって移動してきただろう」

「ジオフロント……」

「そうさ。『シオン』というのは、白人街でジオフロントを意味するスラングだね。旧時代の人間が核を使って地表面を人間の住めない世界にしてしまった時、地下に有った広大な空間をシェルターとして利用したんだって。シェルターというか、国家としての機能を全部地下に移動させた上で、核戦争をやらかしたってこと」

 ユージンの言葉をレッシュが補足する。

 そう遠くない過去に核戦争が起こり、その結果人はプラント内部で生活せざるを得なくなったという過程、プラントに移住する前の人類が地下シェルターに避難したという話もなら、チサトも聞いたことがあった。地下シェルターは既に廃棄されたものだとばかり思っていたが、それがまだ生きている……それどころか、ヒトの居住区域として健全に機能しているということなのか。

「でも、人間は地上に出てきて、プラント内部で暮らすようになったんじゃ……」

「それは一部の人間の話だね。ジオフロントという閉鎖空間に耐えられなくなった者が地上に移住した。プラントの類は、初期の移住者の名残みたいなものさ。まぁ、言う程ここは閉鎖的な空間ではないんだけどね。全世界とネットワークは接続されているし、地下を通るリニアで地球の裏側にも移動できるぐらいには」

 ただ、本物の太陽はここでは拝めないけどね、とレッシュが肩を竦めた。

「どれぐらいの人が住んでいるんですか?」

「人口? どれぐらいだろ……隊長、わかるかい?」

「六億程度だと聞いているよ、全盛期の頃のおよそ十分の一だ」

 ユージンが答える。

「十分の一……?」

「少ないかな」

「いえ、思っていたのよりも全然多いので」

「地下ではあるが、人の居住面積は旧時代のそれとほとんど同じだからね。今は食糧生産量から、許容人口を試算して人口抑制施策が行われている」

 情報がどんどん齎されるのはありがたいが、チサトの処理能力を若干超えている。いや、若干どころか相当超えている。この後、ワタリの話も聞かなければならないのだ。今までに聞いた話も、理解の範疇を超えた仔細は地上に戻る頃には忘れ去ってしまってそうだ。

「ここのことは大体そんな具合だ。さて、次はウスイの話だったかな」

 チサトの内心を読んだかのように、ユージンが話題を転換させる。地上で暮らしていた人間には、ジオフロントの話はにわかには信じがたいものだとわかっているのだろう。正直、ありがたい配慮だ。

「私とレッシュ、ウスイの三人は同僚だったのだよ。ある事件をきっかけにウスイは私の元を離れていき、それっきりになっているがね」

「同僚……お二人はどんな仕事をされているのですか?」

「傭兵業さ。……ああ、でも傭兵というと語弊があるか。治安維持を主な仕事にしているから、警備員みたいなものだと言えば、アンタにはわかりやすいかもね。金貰って要人のボディガードをしたり、街の治安を維持したりと、何でもござれさ。その時にチームを組んでいたんだ。ユージンが隊長で、アタシとウスイともう一人、隊員が居た」

「傭兵、ですか」

「そう。表立って言えない事も散々やってきているよ、特にウスイはね。これは昔の話だから今のアイツと重ねてみる必要はないけど、金さえ積めばどんな仕事でも確実にこなすことで有名だったからね。正直、アタシもウスイは敵に回したくない。感情の起伏はほとんどなくて考えが読めない上に、殺意がなくても人が殺せる、そういうヤツだったからね」

 チサトが当人から聞いた話とは随分食い違っている。傭兵業、そう聞いてもピンとこないが、プラントを襲撃する時に戦力になるような人々のことだろうか。

「ウスイがチームを抜けたのは、もう一人の隊員が殉職したのがきっかけさ。そのもう一人はウスイとずっとコンビを組んでた男だったから。感情なんて微塵もないかと思っていたけど、ウスイも人間だったんだね」

 しみじみといった感で、レッシュが言葉を吐いた。

 ジノはジュースをすすったり追加で出された菓子を頬張るばかりで、口を挟んではこない。ジノを一瞥すると、目が合った。

「ボクもワタリのことを全部知ってるわけじゃないけど、ユージンさんやレッシュさんの言ってることはホントだと思うよ」

 ジノに言われなくとも、ワタリが平然と人を殺められる人間だったことは、何となくチサトにもわかっていた。具体的に血の臭いがするとか、人を殺めたことのある人間の目だ、という直感的な何かを感じたわけではないが、エルフィン誘拐事件やプラントアーシのホテルの出来事を考えると、理性的なチサトはレッシュの話が納得できる。納得できるだけだが。

「ボクとワタリが知り合ったのは、五年前、ワタリが地上に行く直前の話。廃棄場で黄昏ていたボクは、その場の勢いでワタリに拾ってもらったんだ。で、二年ぐらいぶらぶら旅をしてたんだけど、お金がなくなって行き倒れたところを、チサトに助けてもらったんだよ」

「てことは、最初に話してた脱走事件とやらは五年前の出来事ってこと」

 そうだよー、とジノが頷く。

 五年前……ジノは五歳ぐらいの話だ。五歳の子供が廃棄場で黄昏ているとは、一体どういう状況なのだろう。そもそも廃棄場とは何だ? チサトの頭の中の疑問符がどんどん増えていくが、ジノが捨てられたと言葉にはしがたい。

「ねえ、ジノ。チサトはドール自体を知らないんじゃないのかい?」

 物言いたげなチサトの表情に気が付いたレッシュが、つと言葉を発する。ジノも、「あ……そうかも」と少々罰の悪そうな表情になった。

「チサト、ドールの話も聞いておくかい?」

「ドール?」

「うん、ボクのことだよ」

 ジノが破顔する。

 レッシュが言葉を続ける。

「ドールというのは、愛玩用の生命体のことさ。子供に買い与えられる人形やペットと同列の、愛玩用のアイテムだよ。ジオフロントでは普通に売買されているものさ。……この辺ではドールを持っている人は流石にいないけどね」

 チサトはまじまじとジノを見つめた。毒気のない少年の笑顔は可愛いと、チサトは純粋にそう思ってきたのだが……いや、ジノは人間だ。手を握れば暖かいし、心臓も鼓動している。何より自律的に思考して、行動する。

「基本構造は人間と同じさ。DNAレベルでも、人間とドールの差は個々の人間間でも見られる程度の違いしかないから、アンタがジノを見て人間だと思うのは当たり前のことだね」

「元々、ドールは年老いた世帯の世話用の商品だった。ロボットでは柔軟性にかけるが、人間を雇い入れるのは何かと面倒が生じる。ならば、専用の生命を作ればいいと時の人間は考えたわけだね。ドールは人間のクローンだけど、温厚で恭順な性格、愛されるための整った容姿になるように、DNAをデザインしている。人工子宮で発生させた、人工生命体だ。地上では珍しいかもしれないが、ジオフロントではバイオテクノロジーは随分と進んでいてね。人間のクローン作成は全世界的に禁止されているが、ドールのように用途を限定したクローンは合法的に作られているのだよ」

 淡々と紡がれるユージンの言葉だが、チサトの心にはストンと入ってこない。

 クローンはわかる。DNAが生命を構成する材料をコードしていることも、知識としてはある。が、それらを組み合わせると何故ジノができるのかが、チサトにはさっぱりわからない。

「ドールが単純なクローンと違うのは、寿命がペットレベルに抑えられているということと、所有者が死亡した際に破棄することが許されていること。ドールの平均寿命は十年ほどだ」

「破棄……?」

「その昔、飼い主が居なくなったペットが屠殺処分されたのと同様に、所有者がなくなったドールも処分されるってことさ。ジノは処分される直前に、ウスイに拾われたんだろうね」

 レッシュの言葉に、「そうだよー」と当たり前のようにジノは頷いた。


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