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ブラウンストーン  作者: tate
3: タイニー・コーナー
14/28

-2-

 チサトは再び、シャフトの最奥にある巨大な扉の前に立っている。この場に居るのは、チサトの他に一緒にやってきたワタリとジノ、プラントアーシで知り合ったカツラギ老人と二人の子供。

「準備はよいかな」

 肩越しにカツラギ老人が、チサト達を見遣る。大丈夫です、と一度頷き返した。

 萎びた手が、その中にあるカードキーをスロットに差し込んだ。一度飲み込まれたそれは一呼吸の後、ピッという電子音と共に吐き出された。スロットの近くにあったライトが赤から青に変わるのと共に、パラパラと壁から砂が落ち始める。

「おお? ユッカ、少し離れるんじゃ」

 背後で手元を覗き込んでいたユッカを促し、カツラギ老人もチサト達の元へと下がる。ひとしきり砂が降りおわると、ズズズ……と低い唸りを立てながら土壁が徐に割け始めた。

「どうやらこのカードキーで無事ロックが解除できたようじゃな。こいつはユッカ、お前に渡しておくぞ。帰りの際にも必要になるだろうから、絶対になくさんようにな」

「解ってるよ、じっちゃん」

 地下に降りてくる前に、あらかじめカツラギ老人は扉の向こうにまでは同行できないこと、代わりにユッカとユキジの二人が同行する旨はチサト達にも伝えられていた。また、偽造したカードキーでロックが解除できた場合には、そのまま扉を潜り、その向こうに何があるのかを調査することにもなっている。

 向こう側から扉が開けない可能性についても話はしたが、どちらか片方は、ロックが簡単に解除できるようになっているものだろうという結論に至った。一応保険のために偽造カードキーは二つ作り、かつチサト達が扉を潜ってから三十分はカツラギがシャフト内で待機することにはなっている。

 扉は音もなく、完全に開ききった。

 その向こうには、オレンジ色の光が点々と灯った薄暗い通路が何処までも続いている。

「扉の向こうは完全な密室になっている、という懸念はこれでなくなりましたね」

「そうみたいね」

 完全な密室に閉じ込められて酸欠状態になる可能性も考えてはいたが、その心配はなくなったということだ。

 もう待ちきれないとばかりに開ききった扉の前まで駆けていったユッカが、くるりと身体を返すとぶんぶんと手を振ってきた。

「じっちゃん、行ってくるぜ!」

「気をつけるんじゃぞ。ユキジ、ユッカが暴走せんようにしっかり見張るんじゃ」

「……わかってるわ」

「チサトさん、ワタリさん、うちの孫達を頼みます」

「大丈夫です、任せてください」

 カツラギ老人に見送られながら、オレンジ色に照らし出されている通路へと足を踏み入れる。五人全員が通路に入ったところで、扉が徐に閉まり始めた。足元は綺麗に舗装がされている。材質は石やレンガではなく、何で出来ているのか足裏の感触だけではチサトにはわからない。

 シャフトの底に立ち尽くすカツラギの姿がすっかり見えなくなったところで、「そうそう」とワタリが声を上げた。上着のポケットからプレートにチェーンを通したアクセサリを幾つか取り出すと、「一つずつどうぞ」と全員に手渡した。ユッカやユキジの手の中にもすっぽりと収まってしまうほどの大きさのそれは、オレンジ色のライトを反射して鈍く光っている。

「ワタリ君、これ何?」

「お守りですよ。僕の故郷のプラントでは、こういうお守りを身に着けていたものです。唯の気休めにしかなりませんけど、この先、皆さんに何事も起こらないようにと思いまして」

 ふうん、と適当に相槌を打ちながら、チサトは自身の手の中にあるオレンジ色のプレートを、しげしげと眺めてみる。表面に何かが刻まれているわけでもなく、形も無味乾燥な長方形なのだが、ワタリがわざわざ持ってきたぐらいには何らかのご利益があるのだろう。その好意は素直に受け取っていいと思う。

「ありがとね」

 礼の言葉を述べて首に掛けた。ユッカとユキジの二人も、チサトを真似て首に掛ける。ジノにはワタリがチェーンを首に掛けてやった。ジノはそれを不思議そうに見つめると、

「ねえねえワタリ、こんなのいつ手に入れたの?」

 とワタリを見上げた。

「何時って……随分前ですよ。顔見知りから貰ったりしたわけです」

 ワタリが曖昧な煮え切らない答えを返すとジノは、「ま、何でもいいけどね」と肩を竦めた。二人のやり取りの意図が読めず、チサトが首を傾げていると、「さあ、先を急ぎましょう。一日しか時間はないんですよね」とワタリに背中を押された。

 薄暗く、妙に足音があたりに木霊する通路を歩くこと十分ほど、再び扉がチサト達の行く手を塞いだ。

 ここまでほぼまっすぐだった通路は扉の前でT字路になっており、地下には同じような通路が幾つも走っていることが容易に推測できる。何故こんなものが地下にあるのだろうか。チサトの頭の中に沸々と疑問が湧いてくるが、この場で発したところで答えられる人はいない。

「扉……」

「だな。このカードキーで開けられるんかな? 何処に挿すんだろ」

「コンソールは近くにあると思うけど、鍵は……それしかない……よね」

「うーん、だよなぁ。やってみるしかないか。兄ちゃん達さ、何かあるとヤバイからちょっと離れて待ってて」

 チサト達にはこの場で待つように伝え、ユッカとユキジは二人で扉に近づいていく。

 扉の周囲を調べながら、顔を寄せて何かを囁きあう二人の背中を片目に、チサトは周囲を改めて見回した。最初の扉を潜った時から漠然とした既視感を覚えてはいたが、ようやく先日見た幼い頃に夢に出てきた場所によく似ていることに気がついた。あの夢と全く同じ場所ではないだろうが、確かにこのような場所だった。偶然の一致なのか、本当にチサトがこのような地下通路を通ったことがあるのかは覚えていない。

『ろっくヲかいじょシマス』

 抑揚のない電子音に、チサトの意識が引き戻される。眼前の光景に意識を戻すと、鈍色に光る扉がゆっくりと開き始めているところだった。

「あれ? 開いちゃったね。そういうものなの?」

「外から入ってくる分には、あまり制限を掛けていないのかもしれないね。普通の家なら逆だけど」

「ふうん、そうなんだ」

 ジノとワタリのやり取りを耳に挟みつつ、ユッカ達の手招きに誘われてもう一つの扉も潜る。

 この扉の向こう側も、相変わらずオレンジ色のライトが等間隔に灯っている薄暗い通路だった。それでも先程とは空気が違う。黴臭く澱んだ空気はもはやここにはないのは、おそらく空気に流れがあるからだろう。チサトの頬をかすかに風がなでていった。

「ねえねえ、ワタリ」

 ジノがワタリに顔を寄せるように手招きをしている。怪訝な面持ちで身を屈めたワタリにジノが何かを耳打ちすると、ワタリは口元に手を添えて、ひそひそと声を潜めて何かを返す。

 おかしい、とチサトは眉を寄せた。一つ目の扉の前に立った辺りから、この二人の挙動は不審すぎる。

「ワタリ君、ジノ。私に何か隠してない?」

「隠すって何をですか」

 ワタリの方は普段どおり、しまりのない笑顔でいけしゃあしゃあと返してきたが、ジノはチサトの声にビクリと肩を震わせたのを見逃さなかった。

「ジノ、今動揺したでしょ」

「そ、そんなことないよっ。チサトの気のせいだよー」

 怪しい、怪しすぎる。間違いなく二人してチサトに隠し事をしている。とりあえず、この場は不問に付すが、家に帰ったら吐くまで追及することにしよう。

「わかった、後で根掘り葉掘り聞くから」

 とチサトが笑顔を作ると、ジノは明らかに引き攣った笑いを浮かべた。


 通路を道なりに進むと、間も無くぽつんと行く手に光の点が現れた。その光の点を目指して歩いていく。

 やがて薄暗い通路は終わりを向かえ、チサト達は妙に雑然とした空間に出た。言うなれば、プラントアーシで見かけたような、大通りから一本入ったところにあるような、裏路地的な圧迫感だ。足元はレンガで舗装されており……所々、レンガが欠けてしまっているところを見ると、あまりメンテナンスはなされていないようだが……、左右は土台に石を埋め込んだ、明らかなに人工的に塗り固められた壁が迫っている。壁の周囲には、壊れた家具や自転車が打ち捨てられていた。

 頭上を仰ぐとそこには普段より僅かに白みがかった青空が広がり、暗闇に慣れた双眸には強すぎる光に満ち溢れている。

 プラントの地下に向かって伸びているシャフトを降りてきたはずなのに、間違いなく頭上には空がある。それでも、普段見ている空よりは随分と距離が近いようにも、チサトは感じる。

「あれ、太陽……よね……」

「でもここって、地下のはずだよなぁ。ん? どこかに大きな穴が出来て、そこにプラントが丸ごと落ちたりしたりしたっけ」

「……そんな話、聞かないけど……」

 ユッカは落ち着きなく、キョロキョロとあたりを見回している。ユキジも何かここが何処何かを示すものを探しているようだ。

「とりあえず、人を探しましょうか。ここが何ていうプラントなのか、尋ねた方がきっと早いわよ」

「おお、そうだね。さっすが姉さん!」

「ちょっと待ってください。情報を集めるんですよね、でしたら二手に分かれませんか?」

 ワタリが声を上げた。

「二手に?」

「ええ。今、僕の時計で十四時二十分です。流石に真夜中うろうろしたら怪しい人なので、夕暮れぐらいまで活動するとして、だったら五人でぞろぞろ歩くよりは、二人と三人とかに分けた方がいいかな、と」

 成程、ワタリの言うことも尤もではある。チサトも自身の腕時計に目を落とす。針はワタリのモノとほぼ同じ時刻を指していた。

「そうね、二手に分かれるのもいいかも。じゃあ、十七時にまたこの場所で合流するでいい?」

「わかりました。ええと……」

 ワタリがジノ、ユッカそしてユキジを順番に見た。流石に子供三人を纏めるわけには行かないと思っているのだろう。それはチサトも概ね同意だ。

「じゃあ、私とワタリ君は別々ね。後は」

「ボク、チサトと一緒に行くー」

 すかさずジノが手を挙げた。

「オレっち達は兄ちゃんでも姉さんでも、どっちでもいいぜ?」

「わかりました、僕がユッカ君達と一緒に行きましょう。チサトさんはあちらをお願いします、僕達は向こうの方で聞き込みをしてきます」

 あちらと言ってワタリが指差したのは、民家が多く立ち並んでいると思しき区画。ワタリ達が向かうという方向は、道路は伸びているが民家の数は相対的にまばらになっている。チサトが立っている場所からはいずれも人通りの具合はわからないが、より情報の集めやすそうな方向を譲ってくれたようだ。

 それじゃまた十七時に、と集合時間を確認してから、チサトとジノは三人と別れた。

「とりあえず、人を探そうか」

 こくりとジノが頷いたのを確認して、チサトは住宅街へ向かって歩き出した。

 トンネルから歩き出して間も無く、チサトの顔が曇り始める。遠目には小奇麗に見えた街並みも、実際に分け入ってみるとそれが単に取り繕ったものに過ぎないことがすぐにわかった。大通りに面した建物や民家は比較的新しく建てられたものばかりなのに、一つ路地を覗き込めば、そこは屋根や壁に修繕の跡が見られる古屋だったり、ビニールシートを張っただけの雨露を凌ぐ空間が至るところに見られる。人々の身なりも、チサトが知る世界……プラントエルフィンやプラントアーシの人々に比べると、簡素……むしろ粗末だった。

 それだけならば、このプラントはチサトが暮らすプラントに比べて生活水準が低い、で済むのだが、困ったのは会話が成り立たないことだった。

 最初にすれ違った女性に声を掛けたが、チサトの喋っていることは全く理解できていなかった。その時はジノがチサトの言葉を別の言語で女性に伝えてくれたお陰で、ここが『シオン』のC区画と呼ばれていることがわかったのだけど。

 女性が立ち去ったのを見てから、チサトはジノの耳元に顔を寄せた。

「ねえ、今の何語?」

「英語だよー。英語で話せば、大体どんな人とも話ができるからさー」

「英語……」

 英語という言語の存在はチサトも知っている。人間がプラント内部でなくとも生活が出来た時代、事実上の世界の公用語であった言語だ。現在の公用語はエスペラント語、人類がプラントに移住した際に、言語も平等であるべきと人工言語のエスペラントが世界の公用語に決められたという歴史がある。だから、ここがプラントの一つならばエスペラント語が通じるのが当たり前であり、英語を使う人など現在はほとんどいないはずだ。

 それなのに、彼女のすぐ隣を歩くジノは当たり前のように英語を喋っているし、それ以前にここでは英語で話す必要があることを知っていた。

 どういうことだ。ジノはこの街を知っていた、ということなのか。こんな、プラントの地下に広がっているはずの場所を?

 疑問を飲み込みつつ大通りを道なりに歩いていると、ジノがこんなことを言った。

「ねえ、チサトは今のままでいいの?」

 藪から棒にジノの口から発せられた言葉の意図がわからず、チサトは、「何がよ」と答える。ジノの視線は足元に向いたまま、チサトの方には向かない。

「ワタリのこと」

「ワタリ君のこと?」

 チサトは即座に、ジノの言いたいことを理解する。何となく同居人のままの関係でずるずる今に至るが、そのままでチサトは満足なのかと言いたいのだろう。十歳そこらの子供に心配されてしまうのは些か遺憾だが、その子供の目にもチサトは欲求不満そうに写っているのだろうか。

「うん、今のままでいいのかなーって。ホントはワタリがもっとチサトに歩み寄ればいいと思うけど、ワタリの性格を考えるときっと無理だから。うんと、ボクは今のままで全然いいんだけど、チサトはそれで本当にいいの?」

「……どうなんだろう」

 白黒つける必要性はその実あまりない。周囲の人々はチサトとワタリは事実婚状態だと思っているし、ワタリがふらりとどこかに行ってしまっても、男女の仲がもつれたり壊れたりするのは当たり前だとプラントエルフィンの人々は考えている。だから、現状維持を心から望んでいないのはきっとチサトだけで、でも当のチサトは現状を壊したくないとも思っている。

 煮え切らない返事を返すと、ジノはわざとらしく溜息を吐いた。そしてチサトの右手を握る。

「じゃあ、ちょっとついて来て」

「ちょっとって……どこによ」

「チサトは知ってた方がいい事を教えてあげるよ」

 チサトの問いには答えず、ジノはチサトを引っ張るようにして歩き出した。どんどん歩を進める少年の後頭部を見遣りながら、チサトは引っ張られるがままに彼の後を付いていった。


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