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カツラギの先導で、一行が向かったのはセントラル・アーシ・ステーションだった。
「駅……ですよね? ここなんですか?」
「違うぞい、お嬢さん。例のシャフトは列車の走る地下道と連結しておるのでなぁ、わざわざ危険なプラント外の入り口を使うこともなかろうて」
知り合いの駅員に、線路内を通らせてもらえるように話をつけてくる、とカツラギが一行から離れる。と、チサトがはぁ、と溜息を吐いた。ワタリが一瞥する。
「どうしたんですか?」
「ううんシャフトの付近に倒れていたって聞いてたからさ、そこも見たかったなーと思って」
「いやいや、プラントの外は危険だって事ぐらい、チサトさんだって知っているでしょう。むしろ、カツラギさんの心遣いに感謝してくださいって」
そうなんだけどね、と詰まらなさそうな顔のまま、チサトがぼやいた。
すぐに戻ってきたカツラギに案内され、駅のホームから線路脇のキャットウォークを歩くこと約十分。キャットウォークの下部に見える、金属製の扉を老人は指差した。
「ここがシャフトに繋がっておるのじゃ」
へえ~、とチサトが感心の吐息を漏らす。
「でも何故列車の地下道とシャフトが繋がっているのですか?」
「さあな。じゃが、地下から物資を運び込んでいるんだ。このプラントの者がバイパスを作ったとしても、それほど不自然ではあるまい」
カツラギ老人はおどけ混じりに、地上を指差した。
金属製の扉を横に引くと、緩やかなスロープが現れた。そこを下ると少し開けた空間になっており、その先に地下に繋がる洞があった。
「梯子があるじゃろう? そこを降りれば、シャフトの底に行き着く」
落下防止のための命綱を腰に巻き、五人はぞろぞろと梯子を降りていく。先陣を切るのはカツラギ老人、殿をワタリが務め、ひたすら梯子を降りる。
「……じっちゃん、どれぐらい降りるんだよ!」
ユッカの声が薄暗いシャフト内に響いた。土くれの壁の割には、妙に反響音が残る。
「文句垂れるな! ついてくると言ったのはユッカ、お前自身じゃろうて」
「そうだけどさー」
こんなやり取りが数回為されたところで、「ふう、ようやくついたわい」という老人のぼやきが辺りに木霊した。
命綱を外し、カツラギが懐中電灯を灯す。暗いシャフトの底もまた、土がむき出しになっていた。平らにならされており、人の手が入っているのは明らかだ。
へー、とユッカが物珍しげに、そこいら中を無遠慮に光で照らし出す。
「じっちゃん、ここで引き渡されるはずだったコンテナが盗まれたって事だよな?」
「入ってきた情報を信じればな」
続いてシャフト底部に降り立ったワタリも、懐中電灯を灯した。彼が手にする懐中電灯が、くるりとシャフトの底を一周照らし出した。目に見える範囲には、さらに下層に続くような穴はないようだ。
「チサトさん、僕の側から離れないでくださいね。……この広さなら迷子にはならないと思いますが、何があるかわかりませんから。調査はカツラギさんにお任せしましょう」
じと、とチサトが睨め付けた。
「……わかってるって。でもこれじゃ、文字通り見るだけになりそうね」
チサトとワタリの二人を梯子近くに残し、情報屋の三人は散開し、シャフト底部を調べ上げていく。調べるといっても、チサトの目に映る辺り一面は土の壁に過ぎず、唯の縦穴以上の何物にも見えない。
頭上を仰いでも、かなり遠くに光の点がぽつんと見えるばかりで、コンテナを引き上げるにしても、どうやっているのかさっぱり想像ができない。本当にこんなところでわざわ物資の引渡しをしていたのならば、まさに狂気の沙汰だ。
彼方に飛んで行きそうになったチサトの思考を引き戻したのは、張り上げられたユッカの声だった。
「じっちゃん! ここに何かある。何だろ……」
「ホントね……何かが差し込めるみたい。カード状の物でも入れるのかしら……それにしては幅が狭いけど……」
ユッカの肩越しに、彼の手元を覗き込んだユキジは、手を伸ばして土壁をこすってみた。その下には、半透明の物質で保護された細長いスロットが見える。
「カードキーかなんか? でも扉なんて……あ!?」
何かに気がついたユッカが、ばたばたとチサト達の側に駆け戻ってきた。
「兄ちゃんもさ、オレっちが照らす方向を一緒に照らしてくれよ」
「え? は、はい。解りました」
遅れてやってきたユキジとカツラギも、二人に倣って土壁を下から上へ、照らし出す。
「ほら! やっぱりここに扉があるんだ! 上手く隠されてるけどさ」
ユッカが微妙に残っている段差に光を当て、影を浮かび上がらせていく。ぴっと通った直線的な影が、シャフトの底から上へ向かって伸びていく。光のスポットは、そのまま長方形を描いた。
「確かに扉のようじゃ……しかも、やたらでかいのう」
ふうむ、と顎を撫でながら、カツラギは再び扉へと歩いていった。
扉のある辺りを再び調べ始めた老人達の背を眺めていたチサトは、ふと隣に立っているワタリに視線を投げる。飄々としているその横顔に、普段とはちょっと違うものを感じた。
「ワタリ君、どうかした?」
「何でですか?」
不意に声を掛けられ、ワタリは僅かに目を剥いた。チサトの双眸が、ワタリの顔を覗き込んでいる。
「ううん、怖い顔をしてたから。嘘だけど」
「嘘って……」
そう呟いたワタリが、呆れ混じりの吐息を漏らした。
嘘、という言葉を信じてくれたらしい、よかった。思わず口が滑ってしまったけど、ワタリの目が怖かったのは本当だ。表情は普段と同じ柔和なものだが、眼光だけが妙に鋭く見えて……そう、三人の行動を一つも見逃さないように監視しているように見えたのだ。
ワタリは、この場所に隠された意味を知っている……?
「ダメじゃ。やはりあのスロットに差し込むキーか何かが必要なようじゃ。現時点では扉を開くことは出来ん」
「あらら、そうですか……」
と残念そうな声を挙げたのはチサト。ワタリは露骨にほっとした顔を作った。
いかにも怪しげな扉を目の前にしながらも、カツラギ老人の店に引き上げてきた一行。
茶をすすって落ち着いたところで、徐に老人が口を開いた。
「お嬢さんや、暫く時間をもらえるかのう? ワシの方でこの扉を開ける方法を調べておく。ここで引いては情報屋の名が廃るからのう。目処が立ったところでまた連絡を入れるってことでよいかな?」
不意に飛んできた言葉の意図がすぐには飲み込めなかったのか、チサトは一瞬呆けた顔を作った。
「は、はい! お願いできるのなら是非! 私も扉の向こうに興味がありますし。代金はどうすればいいですか?」
ちちち、とカツラギは首を横に振った。
「これはワシら、アーシ情報屋衆のプライドじゃ。扉のロックを解除する件についてはロハで結構。そうじゃのう……一ヶ月……いや、遅くとも二週間で連絡できるようにしよう」
「に、二週間って……おじいちゃん、大丈夫?」
心配そうな表情のユキジと、目をキラキラさせているユッカ二人の肩を老人がぽんぽんと叩いた。
「二人にも頑張ってもらうからな」
「解ってるぜ、じっちゃん!」
「…………」
進展があれば逐一連絡だけはいれるとの約束を交わし、チサトとワタリの二人はカツラギ達と別れた。
そして二人はその日の最終列車に運よく滑り込み、プラントアーシを後にしたのだった。




