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ブラウンストーン  作者: tate
2: キー・マイルスト-ン
11/28

-5-

 チサトと別れたワタリの方は、昨晩襲撃されたホテルを見に来ていた。日が昇って随分経ち、ホテル側もようやく状況を把握したのか、黄色いテープがホテルの入り口を閉鎖していた。

 銃撃地点はおそらく、低層の住宅を挟んだ対面にある古びたビルの屋上だろうと目処は付けてあった。少なくとも、あのホテルから射線の通る場所はそこしかない。

 だから先にビルの屋上を訪ねてはいたが、そこにはそれらしき名残はなかった。ちゃんと調べれば硝煙の名残ぐらいはあるかもしれないが、どの道実行犯、そしてそのバックに辿り着くころは不可能だ。そんなことは考えるまでもなく明白だが、自分の目で確認しないのも落ち着かない。だから、何食わぬ顔で現場を見に行く。彼はそういう人間だった。

 昨晩、チサトに話したことも嘘八百……ではないが、彼自身に関することはほとんど嘘だ。

 唯一の真実は、軍に所属していたこと。

 彼自身は別に秘密にしておきたいことを抱えているわけでもないし、追及されれば話すつもりではいる。だがポイントだけ掻い摘んで話してもこんがらがるだけだし、あの状況で一から説明するのは面倒だった。

 何より、ジノがそれを許さないだろう。

 四階の割れた窓ガラスを一度だけ見上げ、踵を返した。

 さて、早いところアーシ大学に戻らなければ。

 急ぎ足で来た道を戻り始める。

 人々の雑踏を掻き分け、駅から郊外へ伸びる大道路を歩いていく。

 途中、無数にある路地の一つに人だかりが出来ているのを見た。人垣が幾重にも出来ていて、その中心で何が起こっているのか具体的にはわからないが、少年と壮年の男性の怒声は聞こえた。

 他愛のないトラブルだろう。

 見なかったふりをして通り過ぎようとしたワタリの袖を、誰かが掴んだ。僅かに眉を寄せつつ足を止める。

「ねえ……助けてあげて……」

 抑揚のない小声でぼそぼそと喋る少女の親指と人差し指が、ワタリの袖を控えめに摘んでいた。四角い形の帽子から、長く伸ばされた髪がこぼれている。

 う、とワタリは言葉に詰まった。

 子供相手に騒いでいるような大人など、ワタリにとっては赤子も同然だが、だからといって手を差し伸べる気にはなっていない。恨みを買うことは厭わないが、不必要な縁は余り作りたくなかった。

 今一度、袖を摘んでいる少女を見遣る。ここで少女の手を振り払って立ち去ったら、一般常識を鑑みて、非常識な大人に分類されるだろう。……それは余り宜しくない。

 人々の間隙から、輪の中心で何が起こっているのかを窺う。

 少年が男性に首根っこを押さえられ、なにやら叱責されている様子だった。

「あの少年が解放されればいいですか?」

 少女が頷いた。

 ワタリは騒ぎの中心にいる二人に歩み寄ると、徐に口を開いた。

「あの、その子を放してくれませんか?」

 少年の首根っこを掴んでいた男が、「ああん?」と不機嫌そうな呻きと共にワタリを見た。

「てめえには関係ないだろ」

「まぁそうなんですけどね、その子が何か悪さでもしたんですか?」

「してないって!」

 少年が叫んだ。

「オレっち何もしてねーよ! 助けてくれよ、兄ちゃん!」

「黙れ、このほら吹き小僧! ある事ない事好き勝手言いふらしやがって。コイツ、俺の店の品物が盗品だなんて言いやがったんだぜ? 全く、いい迷惑だ」

「盗品じゃねーかよ! 工場からコンテナごと盗まれた部品だろ? ロット番号だって一致してるんだ! デタラメなんかじゃねー!!」

 ぎゃんぎゃん喚く二人を前に、ワタリはばれないように小さく溜息を吐いた。

 それまで浮かべていた笑顔がワタリの顔から消える。

 そして、相変わらず少年を掴んでいる男の足を不意に払った。予備動作は一切ない。突如飛んできた足払いに体勢を崩し、男は尻餅をついた。

 男の手から解放された少年は、慌ててワタリの背中に隠れこんだ。

「てっめえ! 何しやがる!」

「そんなに喚き散らしたら、周りに迷惑です」

 淡々とした口調で言葉を吐きながら、ワタリは尻餅をついた男性を見下ろした。感情の一切こもらない視線が、男性をまんじりと見つめている。

 ワタリの方は無防備だ。攻撃を仕掛ける体勢を取るどころか、拳すら握っていない。それでも彼の双眸に威圧された男は、わざとらしく舌打ちをすると、「今日のところは許してやらあ!」と言い残して逃げていった。

 それと共に、騒ぎを見遣っていた人々の足も再び動き出した。

「ふう。助かったぜ兄ちゃん、サンキューな! にしても、兄ちゃん強いなぁ。どっかで格闘技でも習ってんの?」

 ワタリの背中に隠れていた少年が、さっと正面に回りこんだ。背後には先程ワタリを捕まえた少女が立っている。

「……ユッカを助けてくださって、有難うございました」

 振り向くと、少女はぺこりと頭を下げた。

「何事もなくて良かったね。じゃあ、僕はこの辺で……」

「待った!」

 ユッカと呼ばれた少年が唐突に叫んだ。少年はそそくさと立ち去ろうとしたワタリの腕をぱっと掴んだ。

「兄ちゃん時間ある? あるよな! ちょっちオレっちの話を聞いてくれよ。ええと……ここじゃ都合が悪いから、オレっち達の家に行こう!」

 と一方的に捲くし立てると、「れっつごー!」と先陣を切って歩き始めた。

「ちょ、ちょっと……この後、待ち合わせがあって」

「……時間、全然ないの?」

 ユッカに引っ張られ、致し方なく歩き出したワタリの呟きに、少女が小首を傾げる。帽子の置にある灰色の双眸が、ぱちくりと瞬きをした。

「いや、多少はあるけどね」

「……だったら、少し付き合ってあげて。アイツ、自分の中でストーリーが出来てしまうと人の話を聞かないから。私はユキジ、騒々しいアレはユッカよ」

「僕はワタリです。解りました、少しだけお付き合いします」

 二人に押し切られる形で、しぶしぶ付き合うことにしたワタリは、細い路地を入り込んだ先の古い民家に案内された。

 金属製の扉を押し開け、「じいちゃん、ただいまー!」とユッカが怒鳴った。

 扉の向こうは玄関と称するには広すぎる空間になっており、大きめのテーブルと、床の上にはがらくたとしか形容できない金属塊が、所狭しと置かれていた。

「何じゃ、こんな時間に帰ってくるとは珍しいこともあるもんだ」

 テーブルに向かっていた初老の男性が振り向く。

 二人の子供の他にもう一人、大人がいることに気が付いた男性は、「客かい?」と声を掛けてきた。

「いや、僕はこの子達に無理やり連れてこられただけなんですが……ここはお店なんですか?」

「情報屋じゃ。扉にプレートが打ち付けてあったじゃろう」

 言われてみれば、確かにそんなプレートが在った気がしないでもないが……情報屋などという生業が成立するのかと、どうでもいいところでワタリは感心する。

「じいちゃん聞いてくれよ! この兄ちゃんすっげー強いんだ。あのいけすかねー売人のおっさんを、手も使わずに捻っちまったんだぜ? 兄ちゃんの手を借りれば、例のコンテナを取り返すことが出来るかもしれねーんだ」

 一気に捲くし立てたユッカがようやく口を噤んだところで、

「……ユキジ、ワシにも解るように説明してくれないか?」

 老人はワタリとユキジの顔を一瞥すると、そう言った。

 ユキジは、ユッカが仲買人にいちゃもんをつけた挙句、しばかれそうになっていたところを、ワタリに助けてもらった旨を、簡潔に説明した。

「そうだったのか……すまんのう、兄さん。うちのユッカが世話になってしまったようで」

「いえ、まぁ乗りかかった船でしたから」

 普通なら、ここで『例のコンテナ』とは何かを尋ねるのだろうが、これ以上係わり合いになる前にさっさとこの場を立ち去りたいワタリは、敢えて言葉を切った。

「しかし、あの男を簡単に伸したとは……」

 この兄さんならば、と老人が呟いているが、ワタリはそれも聞こえない振りをする。だが老人は、ワタリがあまりいい顔をしていないことに気が付きつつ、言葉を続けた。

「ふむ。例のコンテナっちゅうのはな、外部からこのプラントに輸入されているパーツなんじゃ。プラント最奥部のメンテナンスに使われる代物でな、うちでは作れないから外部から取り寄せているんじゃが、最近それがコンテナごと盗まれるという事件が起こっているのじゃ」

「はあ……」

「ワシらはコンテナのロット番号だけ知らされてな、そこから転売先を洗い出すことを請け負っておるのじゃが、ユッカのヤツめ、先走りおって」

「はあ……」

 生返事を返すワタリを、老人がギロリと睨め付けた。

「兄さん、あまり興味が惹かれないようじゃのう。じゃがこういうのはどうじゃ。そのコンテナはな、地下から運ばれてくるんじゃ」

 地下? どういう意味だ。

 湧き上がってくる疑問、だがワタリはそれを飲み込み、表情には出さなかった。

「ええと、お話中申し訳ないのですが、僕は人と待ち合わせをしていてですね。いい加減行かないと時間が……」

「兄ちゃん、その人もここに連れてくりゃいいじゃん」

「ええ? ……いや、確かにチサトさんはこういう話好きそうですけど」

「じゃあ都合いいじゃん。オレっちも一緒に行ってやるからさ、さー行こうぜ!」

 ユッカがワタリの背中を押す。

 何だかよくわからないことになってきた……と内心でぼやきつつ、ワタリはユッカを連れて大学に戻ることになった。

 そしてワタリの予想通り、「じいちゃんは情報屋だぜ」というユッカの言葉に、チサトはすっかり心を奪われた。そして、「取材するわよ」と息巻く彼女に引っ張られるように、一行は情報屋の戸口を再びくぐることとなった。


 チサトが加わってから、盗難されたコンテナの流出先の調査から、コンテナがそもそもどこからやってきているのかという話題に、徐々にシフトしていった。

「地下って列車で運ばれてきている、とかではなくて?」

「違うんじゃよ、お嬢さん」

 部品が納められたコンテナは、列車が通る地下通路よりもさらに深い、『シャフト』と呼ばれている縦穴から引き上げられているのだという。何時誰がそのような取引を行っているのかは、情報屋にも掴みきれていない。

「シャフト?」

「そうだぜ、すっげー深い縦穴のこと。梯子が掛けられているから底まで行けるんだけど、底まで行っても別に何もないんだよなぁ」

「……別にユッカが底まで行ったわけじゃないのに」

 茶を運んできたユキジが、冷たく突っ込みを入れた。

 シャフトかぁ、と呟いたチサトは、老人の方を見遣った。

「そのシャフト、見に行けるんですか? カツラギさん」

「行けるぞ。今から行くのなら、ワシが案内してやろう」

「ちょっと、チサトさん!?」

 抗議の声を挙げたワタリの腕を、チサトが掴んだ。そのまま部屋の隅っこへ彼を引っ張っていく。

「実はさ、さっき大学で話を聞いたときにも、シャフトの話が出たのよね。同じ代物かどうかはわからないけど、そんな縦穴なんてそうそうないと思うし」

「……一体大学でどんな話を聞いたんですか」

「例の猟奇殺人の犯人、覚えてる? あの犯人と共通する肉体的な特徴を持つヒトが、シャフトの周辺で見つかったんだって。シャフトの場所も教えてもらった」

 チサトの目が輝いている。何か面白いことを目の当たりにすると、チサトはこういう表情をする。

「……まさか、今からシャフトの中を見に行くとか言い出しませんよね?」

「見に行くつもりだけど?」

 さらりとチサトは言った。

「カツラギさん、是非とも連れて行ってください!」

 止めた方が……と口を開き掛けたワタリを黙殺し、チサトは頭を下げた。

 カツラギ……ユッカとユキジの祖父だ……に案内の了承を取り付けたところで、チサトはワタリを伴って公衆電話に向かった。

「シャフトを見に行くのなら、今日中に家には帰れないですね」

「そうなの?」

「そりゃそうですよ。昨日、プラントアーシに来るのに何時間掛かったと思っているんですか。夜行列車に乗れたとしても、プラントエルフィンに着くのは明日の朝ですよ?」

「そっか。じゃあテートさんに連絡しないといけないわね」

 そこでチサトはふと、考え込んだ。

 テート警察官の自宅に、電話線は敷かれていただろうか。いや、詰め所にも電話があるかどうか怪しい。

「テートさんとこって、電話あったっけ?」

「詰め所にはないですね。何でないのかは知りませんけど」

「ってことは、エルフィンかリックのところに電話するしかないか」

 エルフィンの家に電話をしても、あんな事件があった後だから、伝言一つのために彼女の外出を家族が許すとは思えない。ということは、リックに頼むしかない。

 受話器を上げ、交換手に電話の接続先を伝える。

 程なくして、受話器の向こうから人の声がした。

『はい、ハインリッヒ雑貨店です』

「あ、リック? 私、チサトだけど」

 電話口に出たのは、お目当ての人物、リックだった。

『え、チサト? って何で電話? 用事があれば直接来ればいいだろ』

「今ね、プラントアーシにいるのよ」

『プラントアーシ!? 何たって……ああ、まあその辺はいいや。何の用さ』

 そういえば、リックにプラント外に出掛けることは言っていなかった。受話器の向こうで、リックは感じた疑問を飲み込んだのがわかった。チサトが何も考えずにえいや! で行動を起こすことは多々ある。付き合いの長いリックはそれを知っているから、疑問を飲み込んだのだろう。

「ジノをテートさんに預けてあるのよ。テートさんには今日中に帰るって言ってあるんだけど、帰りは明日になるって伝言、頼まれてくれる?」

『わかった、伝言は伝えとく。でもよ、何で今日帰ってこないんだ。列車でトラブルでもあったのか?』

「ううん、ちょっと記者として自分の目で確かめた方がいいことが出来たから」

『……仕事熱心だな。ま、気をつけろよ』

 受話器の向こうでリックが苦笑いしたのがわかった。

『あーと、ワタリもいるのか? ってか居るよな、ちょっと換わってくれ』

「うん、ちょっと待ってね」

 受話器をワタリに向かって差し出した。

「何ですか?」

「リックが換わってって」

 ぞっとしない顔でワタリは受話器を受け取った。


「もしもし?」

『お、ワタリか。チサトが無茶しないようにしっかり見張れよな!』

 受話器を耳に当てた途端、リックの大声が鼓膜を叩いた。

「わ、わかってますよ。僕の言うことを聞いてくれるかはわかりませんけど」

『それは……若干否定できん』

 リックが笑った。

『ちなみに、これからどこに行くんだ?』

「縦穴らしいです」

『縦穴?』

「ええ。詳しいことは僕も知りませんけど、地下深くに繋がっている穴らしいです」

『地下……? 列車が走っている地下道のことか?』

「違うみたいです。それなら、わざわざ見に行こうなんて話にはならないでしょうから」

 受話器の向こうから、『地下……』との呟きが聞こえてきた。そして僅かな沈黙。

 その僅かな沈黙が、ワタリには引っかかった。地下に向かうことの意味を、リックは知っている……そんな考えが僅かに首をもたげる。

『そっか。じゃあ落盤事故とかに巻き込まれないように、ますます気を付けろよ』

「もちろんです。チサトさんに換わります?」

『いや、いいよ。じゃあな』

 会話が切れた。


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