侯爵令嬢アディラの場合
テンプレ第二弾。
『かわいいわね』
それがハルド侯爵嫡女アディラの口癖だと言うのは、ハルド侯爵家と親しい者ならば皆知っている。
彼女が『かわいい』と言うものはそれはもう多岐に渡ると言うことも。
衣装や装飾品人形やぬいぐるみだけでなく、菓子や音楽も『かわいい』と形容する。
それだけでなく他人の話し方や行動なども『かわいい』と表現する。
特にアディラが『かわいい』と好むのは─。
沈鬱な面持ちで寄り添うのは、ハルド侯爵嫡女アディラの婚約者であるライエル・モーント伯爵子息と、アディラの従姉妹フィリ・ルディック男爵令嬢。
その二人をテーブル越しに眺めつつアディラは膝の上に座る愛猫を撫でる。
「アディラお姉様ごめんなさい」
「すまない、アディラ……」
「あなたたちなにに対して謝ってるの?」
ゆったりとしたアディラの喋り方に、眉を顰めてライエルは言う。
「私たちは愛し合ってしまったんだ!」
「許して、アディラお姉様!」
にやにやと笑いながらフィリも言う。
「まあ、あなたたち愛し合っているの?」
「ええ」
「そうだ」
口元に手を添えてアディラは『あら』と呟いた。
「ライエルは私と婚約していたのでないかしら」
「だが私はフィリを愛してしまった」
「ライエル様を責めないで」
「君には悪いとは思うが私はフィリを伴侶と選んだ!だから君との婚約を破棄をしたい!」
「ごめんなさい!アディラお姉様!」
悲劇の主役にでもなったつもりか声を張り上げる二人にアディラはにこりと笑うと言ったのだ。
「ふふ、かわいいわね」
「あのこ頭がおかしいんじゃないかしら?」
「しっ!ここはまだハルド家の土地だ。そんなこと大声で言ってはいけないよ」
生意気にも自分を嗜めてきたライエルに内心イラつきながらフィリは、目に涙が浮かんだふりをしながら俯き小さな声で呟く。
「ごめんなさい……、わたしさっきのアディラお姉様がこわくて」
「ああ、フィリ!すまない怯えさせたい訳ではないんだよ。
確かにアディラは相変わらずなにもわかってない苦労知らずのバカな女だ。そのバカさ加減が意味不明で怖いと言うのだろう?」
─全然違うわよ。
と思いながらもフィリは儚く可憐に見える(とフィリが信じてる)自身の容姿を最大限に活用して、ライエルの腕にそっと身を寄せた。
「ライエル……私たち大丈夫よね?」
「大丈夫だよ、フィリ。私たちは問題なく一緒になれるよ。なんてったって私がハルド侯爵を継ぐのは決定事項なのだから。アディラなんて薪小屋にでも閉じ込めておけばいいのさ」
「それ素晴らしいわライエル!」
頼られて嬉しいのかライエルは鼻の下を伸ばしてフィリの肩を抱く。
「私が愛するのはフィリだけだけれど、ハルド侯爵家の体面を保つ為にはアディラも必要だからね。用事のある時以外は薪拾いや薪割りをやらそう」
「まあアディラお姉様は薪なんて割ったことも拾ったこともないわよ、きっと」
「だからだよ、フィリ。
アディラも君の苦労の百万分の一くらいは理解しておくべきなんだ」
「ライエル、貴方なんて優しいの!」
本当にアディラは私の苦労を知るべきだとフィリは腹の中で呟いた。
シーズン毎に二枚しかドレスが作れないこと。
一週間にたった二回しか人気菓子店の菓子を食べれないこと。
柔らかい仔牛のステーキが食べたいのに鶏のステーキばかり夕飯に出ること。
家庭教師に及第点をもらえなくて貴族学院に入学出来ないこと。
自分は刺繍が苦手なのにアディラは刺繍が得意なこと。
髪の色が銀じゃなくて茶色なこと。
眼の色が緑じゃなくて黒なこと。
アディラには専用のメイドが三人もいるのに自分には一人しかいないこと。
アディラの父親は身体を鍛えているのに自分の父親はでっぷりとふとってること。
自分には婚約者がいないのにアディラにはいること。
全部全部アディラが侯爵家の生まれで自分が男爵家の生まれだと言うだけでこんなにも格差がある。
アディラの父と自分の父は兄弟だと言うのに不公平だ。
なのに両親も家庭教師も友人でさえ『アディラを見習え』と言うなんて酷いと思う。
自分はとても頑張っているのに、理不尽すぎる。
だから奪ってやっても良いと思った。
ライエルは少し頭は足りないが見た目はとても良い。
なによりアディラと婚約した際、ハルド侯爵家と養子縁組をしたと言っていた。
ならば次代のハルド侯爵はライエルだ。
そしてライエルが愛してる自分がハルド侯爵家夫人になり、ライエルと結婚出来なかったアディラはただの居候になる。
自分は優しいからアディラを追い出したりなんか絶対しない。
ちゃんと住むところと食べ物を与えて養ってあげるつもりだ。
侯爵家嫡女だった頃より生活水準は落ちるだろうけど無一文で追い出されるよりはマシだろう。
自分がすごくたくさんした苦労よりは全然辛くも苦しくもないんだから。
フィリは本気で『アディラは恵まれていて自分は苦労ばかりしている。だからずるいアディラから婚約者を奪いその妻になることで自分の苦労をアディラに教えてやらないといけない』そう考えている。
ライエルはライエルで自分がハルド侯爵になるのだと本気で信じている。
伯爵家の次男であるだけでさして褒められることなど皆無な自分がハルド侯爵家を継ぎ、自分の意思で伴侶を選べる立場だと本気で思い込んでいる。
か弱く可憐で苦労ばかりしているフィリを本妻にしても、アディラを便宜上の側室としてハルド侯爵邸内に住まわせておけば、対外的にも問題なく済み自分とフィリは幸せに暮らし、皆に祝福されるのだと何故か本気で信じている。
だからこそハルド侯爵領で自分達の稚拙な計画を大声で話すことが出来るのだろう。
道行く領民たちが不快気に自分達を睨んでいることに気付かずに。
「─といくつも報告があがっているが」
「うふふ、本当につめが甘過ぎてかわいいわ」
現ハルド侯爵であるアーサー・ハルドが眉を吊り上げながらアディラに問うが、彼女は楽しそうに微笑むばかりだ。
「私としては婚約破棄をしてモーント伯爵家に慰謝料を請求しようと思うが」
「まあお父様、それはダメよ」
眉間に深く皺を刻んでアーサーは娘に問う。
「アディラ……なぜだ?」
「だってかわいいのだもの。
二人共本気で自分達がハルド侯爵夫妻になれると信じてるのよ」
「私はあの二人の浅はかな考えも理解出来ないが、おまえがあの二人をかわいいと評するのも理解に苦しむよ」
苦虫を噛み潰したようなアーサーの苦悩は、
「ねえ、お父様。あの二人だったらすこぅし焦らしてあげればお茶会やパーティで流行小説でよくある断罪とかやってくれるかしら?」
頬を紅潮させ興奮しているアディラにはちっとも通じない。
「アディラそんな不名誉なことを奴らにやらせたらおまえにも傷がつく」
「私のなにが傷つくの?何一つ悪いことはしてないと言うのに。
ああ、ライエルのようなおバカさんを婿に選んだり、フィリにちゃんと弁えさせないルディック男爵を切らないお父様には傷がつくかもしれないけど」
「アディラ!
ライエルを選んだことはともかくルディック男爵は私の大事な弟でもある!」
「大事な弟ならその子どもをもっとちゃんと躾させるべきじゃないかしら」
「……っ」
ぐうの音も出ないのか黙り込んだアーサーをうっとりとみつめて、アディラはそれは楽しそうに微笑み言った。
「あの二人もお父様もほんとうに愚かでかわいいこと」




