五話 追っ手
そろそろ休むか。国境を目指して歩き続けて半日。日が沈む前に、俺は一度休憩をとることにした。 「帝国側は、俺の逃亡に気づいているはずだが……追ってこないな」
何か作戦を練っているのか、それともただの深読みか。どっちにしろ、 「めんどくさいな。追っ手が来たら殺すだけだが、来ないに越したことはない」
だが、やはり気になる。なぜこれほど時間がかかるのか。俺を確実に仕留めるために、何かを「待って」いるのか。 「……少し、急いだほうがよさそうだな」
考えすぎかもしれないが、急いで損はない。俺は再び走り出した。 この後の戦闘を考えれば、極力魔力は使わないほうがいい。身体能力だけで森を駆け抜ける。
朝日の光が木々の隙間から差し込み始めた。全力で走り続けているせいで疲労はあるが、今足を止めたら、二度と抜け出せない面倒事に巻き込まれる予感がした。 とにかく走り続けろ。
その時――。 「ッ!」 魔力探知に反応。敵は複数。 個々の実力は全員A級。総合的な連携を含めればS級相当か。複数相手はめんどくさいが……。 「あ? 待て。魔力がやたら『薄い』奴が一人いるな」
気配を完全に殺し、魔力を精密にコントロールして近づいてきている。そんな芸当、並の冒険者にできることじゃない。まずいな。 「相手になるしかないか。……最低でも、A級の奴らは先に殺す」
馬の蹄の音が背後に迫る。俺は振り返りざまに叫んだ。 『魔力爆発』 少し離れた地点で爆鳴が轟く。 その瞬間、爆煙を切り裂いて剣士が飛び込んできた。
ガキィンッ! 剣と剣が激突する。――軽い。 俺はその隙を見逃さず、剣士の腹部を思い切り蹴り抜いた。
「ゔっ!」 剣士の顔が苦悶に歪む。 俺は即座に追い打ちをかける。 『魔力爆発』 丸く圧縮された魔力の塊が、至近距離で剣士に炸裂した。 凄まじい衝撃波と轟音が周囲の木々を震わせる。
だが、爆煙の中から現れたのは死体ではなかった。 鎧を纏った巨漢のタンクが、大盾を構えて衝撃を受け流していたのだ。 「連携がいいな。……なら」
タンクの後ろに控えるのは、魔術師か。A級ならば第三位階までの魔術は使えるはず。 「なら、まずはめんどくさい魔術師から殺す」
一気に距離を詰める。 (ッチ、防がれたか。見た目に反して速い) 盾の隙間を狙うが、タンクの反応が予想以上に鋭い。だが、俺は不敵に笑う。 「惜しいな」
俺は右手に魔力を凝縮し、盾の表面へ直接叩きつけた。 『魔力衝撃』 メキメキと嫌な音が響き、盾に亀裂が入る。タンクの眉間に皺がよった。 「まず一人」
逃がさない。魔力を手に集中させ、自分の出せる最大威力で頭部を殴り抜く。 バキィッ! という音と共に、タンクの頭が弾け飛んだ。
休む間もなく、刀に魔力を乗せて抜刀する。 放たれた魔力の斬撃が、魔術師の障壁を紙のように切り裂く。 魔術師は焦って結界を二重に張るが、意識が防御に寄りすぎだ。 俺はその背後へ回り込み、一閃。――剣が空を切る。
「危ないな」 「!」 瞬時に横へ跳び、『魔力爆発』を放つ。 回り込んできた剣士が爆発に巻き込まれた。モロに入ったはずだが、身体強化を防御に全振りしたのか、まだ立ち上がってくる。 「素晴らしい粘りだ。だが――」
空気が熱を帯びる。魔術師の周囲で炎が渦巻いていた。 『炎槍』 放たれた炎の槍。俺はそれを避けない。掌に魔力を集め、正面から掴み潰した。 霧散する炎。俺は笑いながら、魔術師の懐に潜り込む。
「熱いな。お返しだ」 刀が銀色の弧を描く。魔術師の首が宙に舞い、鮮血が草むらを汚した。 「二人目」
残った剣士の目に、激しい怒りと復讐の炎が宿る。 いい目だ。だが、甘い。 俺は容赦なく連続で『魔力爆発』を叩き込む。何度も、何度も。轟音が止んだ時、そこには物言わぬ肉塊だけが残っていた。
「ふぅ。……で、ずっとそこに隠れている奴。出てこいよ」 魔力探知に引っかかる、針の先ほどの小さな「揺らぎ」に向かって声をかける。
「……これに気づくとは。やはり本物ですね」 パチ、パチ、と乾いた拍手の音と共に、白髪の男が歩み寄ってきた。 眼鏡の奥にある知的な瞳。……裁判の時、皇帝の隣にいた護衛だ。
「殺しに来たのか?」 「今すぐに戻るというなら、見逃してあげなくもありませんが?」 白髪は余裕の笑みを浮かべる。
「答えはわかってるだろ」 「ええ、そうでしょうね。では――死んでもらいます」
次の瞬間、世界がスローモーションになった。 白髪が一歩踏み出しただけで、地面の土が爆ぜ、彼がいた場所がクレーター状に陥没した。
速い。とんでもなく。 反射的に刀を構えるが、白髪の拳が空気を切り裂く衝撃波だけで、俺の頬から血が吹き出す。 「(当たったら、死ぬ……!)」
冷や汗が背中を伝う。なんだよあの速度、物理法則を無視してやがる。 今の俺では、勝てない。 判断は一瞬だった。全魔力を両足の細胞一つ一つに叩き込む。
「じゃあな!」 地面を蹴る。白髪の二撃目が届くより早く、俺は森の奥へと消えた。 背後から白髪の笑い声が聞こえた気がしたが、振り返る余裕なんてない。
国境を越えれば、いくら帝国でも手出しはできないはずだ。 魔力を足に纏い続けるのは、肺が焼けるほど疲れる。だが、遠くに検問所が見えてきた。
俺は深くフードを被り、速度を落とさず突き進む。 「ちょっとすいませんね」 返事も待たず、巨大な門を魔力を乗せた一蹴りで粉砕した。
粉塵の中を突き抜け、俺はカルヤ国へと足を踏み入れた。
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